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「やっ……、かみゅぅ……、も、もう……ぅ……」 「だめ。まだ全然たりないよ……、マイク……」 「も、う、むり……だっ……あぅ……っ」 「そう? こっちはまだ元気みたいだけど」 「やぅっ……あああぁっ!!」 「ねぇ、マイク……もっと……」 ずきずき。 マイクロトフは痛む腰を騙し騙しかばいながらダンスニーを振るっていた。両手剣は破壊力がある分、相当重い。本当は剣など振るえる状態ではなかったのだが、同盟軍のリーダーの指名とあらば断るわけにはいかない。しかも、理由が理由だけに……。 カミューのヤツめ! 本当に限度というものを知らないのか、あいつは! マイクロトフは心の中で毒づきながら、剣を振るう。 今日はロックアクスの北にある洛帝山にきていた。この山のモンスターは特殊攻撃をするタイプが多いので、地元出身のマイクロトフとカミューがパーティに加わっていた。 それにしても最近のカミューは度が過ぎている! このままでは俺の身がもたん!! なんとかして断る手立てを考えねば……! とはいえ、ここ最近は毎日断っているのだ。それを強引に押し切られて……というパターンとなっている。 なんで自分なんかにこんなに執着するのかわからない、とマイクロトフは思う。 ちらり、と隣を見やればカミューが涼しい顔をしてユーライアを華麗に振るい、モンスターを次々と屠っていた。そして、マイクロトフの視線に気づくとバチンとウィンクしてくる。マイクロトフはばっと赤くなって視線をそらした。 そのとき。 「あっ、危ない!!」 そう叫んだのは誰の声だったか。 マイクロトフが振り向くと、モンスターというのが似合わないくらい愛らしい、しかし、紛れもない邪気を纏った小さい少女の姿が目の前に迫っていた。とっさに避けようとしたが間に合わず、強い衝撃と目が眩むような光に包まれて気を失った……。 「マイク! マイクロトフ!!」 ピクシーに攻撃されて眩い光に包まれたマイクロトフの元に、カミューが慌てて駆け寄った。他のメンバーたちも残りのモンスターを片付けて駆け寄ってくる。 カミューが光の中に手を突っ込むと、ぷに、という柔らかい手応えがあった。 「マイクロトフ?!」 カミューはその手応えに違和感を感じつつ、とりあえず光の中から引っ張りだそうと、もう片方の腕も光に突っ込み、身体を挟みこむ。そして、渾身の力を込めて引っ張った。しかし、ふわり、という拍子抜けするほどの軽い重みに、勢いづいていたカミューは後ろにひっくり返る。 そして。 仰向けになったカミューの目の前には、きょとんとした顔の幼子の姿があった。 「マ、マイク……?」 「だぁれ?」 漆黒の髪と瞳を持つ5歳くらいの幼子は可愛らしく首を傾げる。その小さな身体にはぶかぶかの青い服、マチルダ騎士団青騎士団長の制服が申し訳程度に引っかかっていた……。 「うわあ。かわいい!」 城主をはじめ、洛帝山に行っていたメンバーが同盟軍に帰ると、カミューの腕に抱かれた子供を見て、ミリーが駆け寄った。子供は黒い髪、瞳の持ち主で、カミューの紫のマントに包まれていた。ミリーが手を伸ばそうとするとカミューがひょい、と肩のあたりまで持ち上げてしまう。当然、ミリーの手の届かない位置になってしまった。 「失礼、レディ。手は洗われてますか? それと、その動物は触れるとかぶれるかもしれませんので、近づけないでいただきたいのですが?」 にっこりと人当たりのいい笑みを浮かべつつきっぱりと触るな、と言ってきたカミューにミリーは頬をふくらます。 「しっつれいねー。ボナパルトが触ったってかぶれたりしないわよぉ!」 「子供はデリケートですからね。それでは」 にこやかに抗議を受け流しつつ、カミューはとっとと部屋へと戻っていった。後ろ姿を呆然と見送るミリーに、一緒に帰ってきたナナミが慰めるように肩を叩く。 「あれ、マイクロトフさんなんだよ。カミューさん、ずっとあの調子でね……」 「えー? あれがマイクロトフさんなのぉ?!!」 ミリーの絶叫があたりに響き渡った。 マイクロトフはピクシーの特殊攻撃によって5歳くらいの子供になっていた。記憶も当時のものに戻ってしまったらしく、いままでのことをまったく覚えていない。 通常であれば身体のサイズが小さくなるという現象になるはずだが、そのピクシーが新種だったのか、雑種だったのか、いまとなっては知るすべもない。戦闘が終わってしばらく待ってみても元に戻る気配もなかった。 自分のこともきれいさっぱり忘れられたカミューは最初、かなりのショックを受けていた。が、それはマイクロトフにまだ多少舌たらずな声で「かみゅー?」と呼ばれた瞬間、すっぱり忘れた。そしていまの過保護状況となるのである。状況がまったくわからず、不安がるマイクロトフをうまく宥めて、親代わりのような絶対の信用を勝ち取るのに成功したのだ。 「特に異常はないですね。子供としては健康そのものですよ」 ホウアンは聴診器を外して、そう診断した。カミューはほっと息をついて、後ろからマイクロトフの服のボタンをはめていく。……服はバーバラから借りていた。色はもちろん青。診察用の椅子に座らせられていたマイクロトフはカミューを見上げた。 「終わったの……?」 その丸い大きな瞳には不安が見え隠れしていて、カミューは可愛い……とうっとりしながら微笑んで頭を撫でてやる。 「そう、終わり。いい子だったね、マイクロトフ」 診察イコール注射、という子供らしい図式ができあがっていたマイクロトフは椅子に座ったときからカミューの服の裾をぎゅっと握ったままだった。泣きそうな眼をしていたが、カミューがからかい半分「怖いの?」と聞くと、「怖くない!」などと強がってみせたりしていて、その姿もまたカミューにはたまらないほどの愛らしさだったのだが。 しかし。 「ところで、ホウアン殿、治る見込みはありますか……?」 どんなに可愛くても、マイクロトフであることには違いなくても、子供は子供。 一生このままだと自分としてはツライところが多々ある。夜とか夜とか夜とか。 「そうですねぇ……。正直、わからない、というのが実状ですが……」 「まさか、一生このままなんてことは……」 「それはないと思いますよ。モンスターの攻撃で恒久的な効果のあるものはまだ確認されてないですからね。せいぜい2、3日、というところでしょう」 にっこりと笑ったホウアンに、カミューは内心万歳をした。 期限付きなら心置きなく、好き放題……云々。 「かみゅー」 終わったと言われても、白衣を着た人間から早く逃げたいと思っているのか、両手を差し伸べてきたマイクロトフをカミューは軽々と抱き上げて、自分の肩に掴まらせる。 「それでは、ホウアン殿。お世話になりました」 カミューは軽く頭を下げて医務室を出ようとした。ホウアンは思いたったように口を開く。 「カミューさん、子供の世話はたいへんでしょう? もし、なんでしたら、どなたか女性の方に……」 「けっこうです」 笑顔にきっぱりと拒絶という文字を貼りつけてカミューは遮った。こんなおいしい思いを誰にさせるものか、という強い意思がホウアンを直撃する。 「マイクロトフもこのとおり私に懐いてますし。赤子ならまだしも、このくらいの歳なら大丈夫ですよ」 「あ、ああ、そうですか。では、何かあったら訪ねてください」 「ええ。心遣い、ありがとうございます」 迫力負け、とでもいうのだろうか。なんの悪気もなかったホウアンはカミューの妙な圧力に負けて引き下がった。 「かみゅー、降りる」 廊下に出るとマイクロトフが身体をねじってカミューの方を見、言った。洛帝山からずっと抱っこしていたのに、どうしたのか、と、カミューは子供特有の大きな目を覗き込む。 「どうしたの?」 「歩きたい!」 やっと安全なところ、という確信ができたのか、好奇心いっぱいな瞳で見つめ返してくるマイクロトフを、カミューはそっと降ろしてやった。いままでは自分の腕の中だけが彼にとっての安全地帯だったのに、と少し淋しく思っている自分に苦笑いしながら。 ちょん、と両足で着地したマイクロトフはそんなカミューに気づかず、てってってと2、3歩、歩いてみた。そして、くるり、とカミューを振り返って、小さい手を伸ばす。 「手ぇ……」 「え?」 何を求めているのかわからなかったカミューは、つられてマイクロトフに手を伸ばした。すると小さい手がぎゅ、と握ってくる。マイクロトフは安心したように笑うと、また歩き出した。カミューはマイクロトフの歩幅に合わせて歩きながら、あまりの愛らしさにくらくらしていたりする。 その日、青い服を着た子供と手をつないでスキップする元マチルダ騎士団赤騎士団長の姿があちこちで目撃された……。 「おいしい?」 「うん! おいしい!」 カミューは蕩けそうな笑みの見本のような笑みを浮かべて隣のマイクロトフを見つめた。マイクロトフは夕飯のお子様ランチを一生懸命ほおばっている。いまはミートソースがかかったスパゲッティと格闘中だった。 食事は混乱を避けるため(というよりカミューが他の人間に見せたくないため)、部屋でとっていた。 「ああ、ほら。ソースがついてるよ」 「んーんーっ」 口の周りについたソースを指で掬うとマイクロトフはくすぐったそうな声を上げる。ソースをぺろっと舐め取りながら、カミューは、はああ……と陶酔する。すっかりちびマイクロトフの虜になっていた。何をするにも少し舌足らずな声で「かみゅー」と自分を頼りにしてきたり、知らない人が近づいてきたりすると自分の足にぎゅっとしがみついてきたりと、もう、目に入れても痛くないほどの愛らしさだった。 いっそ、このまま……。いや、それは多いに困るけど。マイク、どっかで作ってきてくれないかなぁ……。 などと、実際そんなことになったら大騒ぎのくせに、思考はすっかりドリーマーになっている。 カミューがうっとりとマイクロトフの食事の様を見ていると、マイクロトフは顔を上げてカミューを見た。そして、ケチャップライスをスプーンで掬うと、 「はい」 と、カミューに差し出す。どうやら自分も食べたくて見つめていると思ったらしい。カミューがちょっと笑って、 「くれるの?」 と、聞くと、マイクロトフは大きく頷いた。 「かみゅーだから、あげる」 「そうなの? ありがとう」 カミューはだらしないくらい相好を崩してスプーンを口にする。子供だましのケチャップ味がこの上なく美味に感じた。 「おいしい?」 「おいしいよ」 カミューが微笑んで応えると、マイクロトフは、にぱあ、と満面の笑みを浮かべた。カミューは鼻を押さえて洗面所に消えた……。 「そう。マイクは騎士になりたいの」 「うん! おおきくなったら、りっぱな騎士さまになるんだ!」 力強く応えるマイクロトフにカミューは優しく微笑む。2人は寝る準備をして、ベッドの上に座って話していた。お風呂ももちろん2人で入った。カミューが途中でまたも鼻を押さえていなくなった、というのは余談だが。 「マイクだったら、きっと立派な騎士になれるよ」 「ほんとう?」 「本当だよ」 漆黒の髪を撫でてやるとマイクロトフは嬉しそうに笑った。 「じゃあ、みんなをまもれるんだね!」 小さくても、マイクロトフはマイクロトフ。カミューは、ああ、変わらないな……と眩しいものを見るように目を細めた。 しかし。マイクロトフが急にしょぼん、とうつむいてしまう。 「マイク?」 カミューが名前を呼んでも顔を上げない。いままでの快活な様子とは明らかに違う態度にカミューは眉を寄せる。 「どうしたの?」 優しく問いかけると、マイクロトフはうつむいたままぽつり、と話しだした。 「おれは……みんなをまもりたい。でも……」 「でも?」 少しの沈黙のあと、マイクロトフは顔を上げた。その大きな瞳はいまにも泣き出すんじゃないかというほど不安げに揺れていた。 「じゃあ、おれはだれがまもってくれるの……?」 マイクロトフの言葉にカミューは目を見開いた。いままで聞いたことのない弱音。子供とはいえ、マイクロトフ本人の言葉。 カミューはたまらず、ぎゅ、と小さい身体を抱きしめた。 「かみゅー?」 「俺が守るよ……。マイクのことは俺が守ってみせる」 「……ほんとう?」 「ああ。何があっても必ず守ってみせるから」 「うん……」 マイクロトフは甘えるように額をカミューの胸に押し当てる。カミューの力強い鼓動を感じて安心した。自分を守ってくれる人を見つけた、と思った。 カミューはそっと身体を離すと、マイクロトフの小さな額にキスを落とした。 「約束のキスだよ」 きょとん、としているマイクロトフにカミューが微笑む。マイクロトフは、ふわり、と笑うと、伸び上がってカミューの頬に手を伸ばした。「おれも……」と言って小さい唇を寄せたところは……。 「へえ、やるね」 カミューは小声でつぶやいてぬくもりの残る唇に触れた。 次の日。 「カミュー! 起きろ!!」 ばしばしと頭を叩かれて、うーん……と寝ぼけ半分目を開けたカミューは、目の前に愛しい恋人の姿を確認する。 「あ……。戻ったんだ」 「こっ、これはどういうことだ?! なぜ俺だけが裸で寝ているんだ!!」 どうやら寝ているうちに元に戻ったらしい。子供サイズのパジャマは残骸となってシーツに埋もれていた。 真っ赤になって怒鳴るマイクロトフにカミューは、にやり、と笑って手を伸ばす。 「そんなに積極的に誘ってくれなくても、ちゃんと満足させてあげるよ」 「うわーっ! なっ、何をするっ!!」 「いただきます♪」 カミューはマイクロトフを押し倒しながら、 ちゃんと俺が守ってみせるから……。 と、昨夜のことを神妙に思い出していた。……手はまったく違うことをはじめていたが。 おわり |