〜春の日差し〜




「だいぶ日差しも暖かくなってきたね」
「そうだな」
 元マチルダ騎士団赤騎士団長のカミューと同じく元青騎士団長のマイクロトフは同盟軍の本拠地の庭を並んで歩いていた。足元には消えかけた雪がまばらに残っており、その量は日に日に減っている。
「ここはマチルダほど厳しい冬ではなかったけれど、やっぱり春は待ち遠しいね」
 カミューが穏やかな笑みを浮かべて言うと、マイクロトフは並んでいるカミューの方を見る。亜麻色の髪が柔らかい日差しを受けて金色のように輝いて見えた。マイクロトフはまぶしいものを見るかのように目を細める。
「ああ。春はいろいろな生き物に命を吹き込む、目覚めの季節だからな」
「へえ、マイクにしてはロマンチックな表現だね」
 にやっと笑うカミューに、マイクロトフも負けずにからかうような笑みを浮かべる。
「生き物、の中にはカミューも入っているんだぞ。やっと、寒くて布団から出られない、なんて言い訳を聞かなくてすむ」
 マイクロトフの言葉にカミューは渋い顔をする。マイクロトフはその表情に笑いを漏らした。
「これからは容赦なく起こしてやるからな」
「かんべんしてくれよ……」
 げんなり、といったカミューにマイクロトフはますます笑う。
「だいたいおまえは朝が遅いぞ。もう少し早く起きろ」
「うーん……、そんなに遅くはないつもりだけどね」
「俺が起こすからだろう。起こさなきゃいつまでも寝てるくせに」
 前にマイクロトフが朝練を終えて部屋に戻ろうとしたとき、軍師・シュウに呼び止められて、少し軍略的な話をしたことがあった。なんだかんだで1時間ほどかかり、部屋に戻るとカミューはまだ寝ていたのだ。
 言いたい放題言われたカミューはなんとか反撃してやろうと少し考えた。そして、にやり、と笑う。
「だって、夜はマイクが寝せてくれないし」
「なっ……!」
 とたん、真っ赤になるマイクロトフにカミューはしてやったり、と笑った。マイクロトフは、おまえがしつこいんだろう、とか、おまえが煽るんだろう、とか、いろいろと反論は浮かんできたが、口にするのも恥ずかしくて、しばし口をぱくぱくさせるにとどまった。そして、自分をからかって楽しそうなカミューを見て、すっと真顔になる。
「……よくわかった。今夜からは誰かに部屋を替わってもらう」
「え?」
「今夜からおまえの安眠のじゃまはしないから、ゆっくり寝てくれ」
 思わぬ言葉にカミューが目を見開くと、マイクロトフは無表情のまますたすたと早足で歩きはじめてしまった。コンパスの大きいマイクロトフが早歩きすると駆け足とあまりかわらない速度になってしまう。思わず足を止めてしまったカミューと、あっというまに距離がひらいてしまった。
「え? あ、ちょ、ちょっと待ってよ、マイクー」
 いつもの華麗さはどこへやら。カミューは情けない声を上げてマイクロトフの後を追う。マイクロトフはそれを背後に聞きながら、ふふ、と小さく笑いをこぼした。今回は勝ったようだ。
 マイクロトフは速度を緩めずに、空を見上げる。冬の終わりを告げるような真っ青な空に穏やかな日差し。
 そういえばあのときもこんな天気だったな、と思い出す。


 それは10年前のこと。
 ようやく長い冬が終わろうとしていた穏やかな天気の中。休みが重なった2人は城外にある小さな丘にきていた。そこは2人のお気に入りで、ゆっくりと過ごしたいときはよく向かう場所だった。普段は2人して寝転がったりする大きな木の根元に、今日は向かいあって立っていた。
「どうか、俺の話を最後まで聞いてほしい」
 そう言ったカミューはいつになく真剣な目をしていた。カミューがこんな表情をするのはごくわずかしか見たことがない。それは、本当に本気になったときだけだった。マイクロトフは何が起こるのかわからなかったが、あまりにも真剣な、緊張した様子に、ただ頷くことしかできなかった。

 従騎士の試験に合格し、マチルダ騎士団に入団して一年が経とうとしていた。周りは18歳くらいで入団している中、カミューは16歳、マイクロトフは15歳で合格していた。入団当時はお互いどことなく敬遠していたが、とあることがきっかけで仲良くなったのは初夏。そしてちょうどその頃に行われた部屋替えで2人は同室になった。そして、それから9ヶ月経った今、2人は自他共に認める親友同士になっていた。

 マイクロトフが頷くとカミューはほっとしたように息をついた。しかし、表情はまだ固く、視線は落ち着かないように足元あたりをさまよっている。いつも自分より1歳しか上じゃないのが不思議なくらい余裕たっぷりな態度を崩さない彼らしくない様子に、マイクロトフも緊張してきた。じっとカミューを見つめて次の言葉を待つ。カミューはうつむいたまま唇を噛んだり目を閉じたりしていたが、やがて顔を上げるとマイクロトフの漆黒の瞳を真っ直ぐとらえた。とたん、マイクロトフの胸がどきり、と跳ねる。その原因に思考が辿りつく前にカミューが口を開いた。
「その、突然、こんなことを言っても信じられないかもしれないけど……」
 カミューは一旦、言葉を切って軽く唇を舐める。唇が乾くほど緊張しているらしかった。マイクロトフはわけもなく握った手に汗がにじんできたのを感じる。
 何を言われるのか見当もつかなかった。見当がつかない分、想像は悪い方へ働く。自分のことを面倒みきれなくなったとか、嫌いになったとか言われたらどうしよう、とひどく不安になった。普段から直情的な自分はカミューに迷惑をかけてきたのだからありえない話ではない。
 うつむいてしまったマイクロトフに、カミューはゆっくり言葉を紡いだ。
「マイクロトフが、好きなんだ」
「え?」
 思わず顔を上げたマイクロトフをカミューは痛いくらい真摯な瞳で凝視する。マイクロトフはその視線を受けたまま、カミューの言葉を頭の中で反芻する。

 オレノ、コトガ、スキ……?

 自分もカミューのことは好きだ。好きでもない人間といつも一緒にいられるわけがない。しかし、それをわざわざ口にするのはどうしてだろうか……?
 とりあえず、一緒にいたくない、とか言われなかったことにほっとしつつ、カミューの意図がいまいちわからなくてきょとんとしていると、カミューはそれに気づいたのかさらに口を開いた。
「好き、というのは友人としてではなく……、あ、いや、もちろん、友人としてもこれ以上はないってくらい信用しているし、大事だけど。
 俺が言っているのは1人の人間として、だよ」
 1人の人間として好き、ということは友人として好き、というのと何が違うんだろう、とマイクロトフはますますわからなくなる。それが顔に出たのだろう。カミューはため息をつくと、
「つまり、俺が言ってるのは、恋愛感情を持っている、ということだよ」
 と、打ち明ける。マイクロトフはぽかん、と口をあけた。

 恋愛……感情?

 あまりにも予想を越えた単語に、マイクロトフの頭の中は真っ白になった。真っ白なのに、口が勝手に動いた。
「俺に、か?」
「そう」
「いつから?」
「いま思えば、仲良くなったときから」
「俺は……男、だぞ?」
「わかっているよ」
 いちいち答えるカミューはまだ真剣な表情を崩さない。マイクロトフは「いつものようにからかっているんだろう?」とは言えなかった。
 黙り込んだマイクロトフをカミューは痛みをこらえているような目で見つめる。
「いきなりこんなことを言ってごめん……。でも、情けないことに限界が近づいていたんだ。気持ちを打ち明けないとこれ以上はマイクの傍にいられないと思ったんだよ……」
「カミュー……」
 傍にいられない、という言葉はマイクロトフの胸に突き刺さった。口下手で人付き合いが苦手なマイクロトフにとって、カミューは唯一心置きなく付き合える友だった。
「どう、して……、傍にいられないなどと……」
「うん……。マイクは俺を友として信用していてくれてるでしょ? でも、俺はマイクをそういう目で見てるから、裏切っていることになるじゃない。
 本当は俺の気持ちは隠し通そうと思っていたんだよ。でも……」
 カミューは言葉を切ってうつむいた。そして、顔を上げたときには琥珀色の瞳が泣きそうに歪んでいた。
「限界だった……。いつも一緒にいたいと思っているのに、一緒にいると耐えられなくなってくる。苦しくて苦しくて、俺は気が狂いそうだった……」
「耐えられないって……?」
 呆然としながらも問い返すマイクロトフにカミューは少し笑った。それはどこか昏い笑みだった。
「綺麗なマイクロトフにはわからないだろうね……。俺はね、マイクに性的欲求を覚えるようになったんだよ」
「な……」
「傍にいると触れたくて。でも、触れたら最後だってわかっていたから、必死に押し殺していた。 眠っているおまえに何度も口付けたことがあるんだよ」
「なっ……」
 絶句して思わず唇に手をやるマイクロトフをカミューはじっと見つめる。その表情はひどく悲しげだった。
「ごめん。気持ち悪いよね……。でも、それだけじゃおさまらない自分がいて……。どう
しようもなく日に日に大きくなっていって……、もう、ダメなんだ。
 気持ちを打ち明けたら、いくらかはおさまるかもしれないと思った。俺の気持ちは受け入れなくていい。ただ、そのうえで傍にいることを許してくれたら、俺はきっと我慢できる。
 ……もちろん、おまえが傍にいるなと言ったら、俺はおまえの前から消えるよ」
「だめだ!」
 何が、とか、どうして、とか考える間もなくマイクロトフは叫んでいた。カミューは驚いて目を見開く。
「俺の傍からいなくなるなんて……嫌だ。俺は……おまえしかいないのに……」
 最後は聞き取れるかどうかというぐらい小声になってマイクロトフが言う。うつむいてしまったマイクロトフをカミューはしばらく見つめていたが、やがて口を開いた。
「傍に……いて、いいの? こんな俺でも?」
 カミューの声は震えていた。マイクロトフは慌てて顔を上げて、カミューの琥珀色の瞳をとらえる。マイクロトフの漆黒の瞳も少し潤んでいた。
「いてくれないと困る。いてほしい」
「マイク……、ありがとう……」
 カミューが嬉しそうに、穏やかに笑うと、マイクロトフの鼓動が跳ね、急に落ち着かなくなった。赤面してうつむくと、わけもわからず口走る。
「その……、おまえの言ってる『好き』はよくわからないが、俺もカミューのこと、好き、だぞ……。それではだめなのか?」
 マイクロトフの言葉にカミューは再び目を見開く。あとで思えばこれが爆弾だったのだが、このときのマイクロトフが気づくはずもなく。
「マイク……、俺のこと、好き、なの?」
 カミューの口調が微妙に変化していたのに、幸か不幸かマイクロトフは気づかなかった。
「あ、ああ。カミューの言う『好き』とは違うんだろうが……」
「同じ……かもしれないよ?」
「え?」
 カミューの言葉にマイクロトフが驚いて顔を上げると、カミューはにっこりと微笑んでいた。それは、いつも浮かべる余裕たっぷりの笑み……。
「マイク、俺の恋人になって。そして、その『好き』が恋愛感情かどうか確かめてよ」
「なっ、こ、こい?! い、いや、俺の『好き』は違うと思う……」
「どうしてわかるの? マイクは恋愛沙汰は苦手じゃない。本当に俺の『好き』と違うの?」
「う……」
 マイクロトフは口ごもった。立ち直ったカミューに口で勝てるわけがないのだ。
「どうしても違う、とわかったら、友人に戻ろう。何事も経験してみないとね」
 おとなしくなったマイクロトフに満足げに微笑むカミュー。マイクロトフはなんだか悔しくて上目遣いに睨みつけた。
「俺は絶対おまえのような性悪をそういう意味で好きになったりしないぞ!」
「絶対なんて軽々しく口にしちゃだめだよ。絶対、なんてこの世には2つしかありえないんだからね」
「2つ?」
「生まれることと、死ぬこと」
「騎士の誓いは絶対じゃないのか?」
「大事なものではあるけどね。それを貫き通せるという保証はどこにもないと思うよ」
 さらり、と言ってのけるカミューに、マイクロトフはかなわない、と思う。あきらめのため息をついたマイクロトフに、カミューは嬉しそうに微笑む。
「じゃあ、これからもよろしくね」
 その、あまりにも幸せそうな微笑みに、マイクロトフもつられて微笑んだ……。


「……ク、マーイク!」
 腕をとられて、マイクロトフははっと我に返って足を止めた。少し息を切らしたカミューがむう、と唇を尖らす。
「ひどいよ。いくら呼んでも振り返ってもくれないんだもの。愛がないなぁ」
 子供のように拗ねてみせるカミューにマイクロトフは小さく笑みをこぼす。
「カミュー」
「ん? なんだい?」
「俺のこと、好きか?」
「うん。好きだよ」
「これからもか?」
「うん。絶対、一生変わらない」
 即答するカミューにマイクロトフは少し意地悪げな笑みを浮かべる。
「絶対、はこの世に2つしかないのだろう? 軽々しく口にするな」
「え……?」
 カミューはきょとん、と首を傾げた。しかし、2つ、と言われて思い出したのか、慌てて口を開く。
「訂正。変わらないわけがない。これからもますます好きになっていくよ」
「そうか」
 マイクロトフはめったにみせない満面の笑みを浮かべ、不意打ちをくらったカミューはそれにしばし見惚れた……。



 おわり




7887HITしてくださったポチさまからのリクエストで
「春に思うこと」でした。
思うこと、というより思い出(汗)
たぶんマイクは10年ぶりに思い出したんだと思います(爆)
カミューさんは毎年思い出しているんだろうなぁ……。
ポチさん、リクエストありがとうございました!
そしてうまく応えられずすみません……


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