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幾夜も肌を重ねたのに。幾度も想いのたけを注ぎ込んでいるのに。 彼は溺れない。彼は汚れない……。 ふと目が覚めると周りはすでに明るかった。カミューは重い頭を軽く振りながら少し身を起こす。隣に寝ていたはずの恋人はすでにいなかった。 わかってはいるが、いつものことだが、淋しい、と思わずにいられない。目が覚めたときにすぐ間近に愛しい人の寝顔があって……というシチュエーションに憧れているのに、つれない恋人は早朝に起きて日課の鍛錬に行ってしまう。自分が早起きすればいいのだろうが、それはそれ。可愛い恋人を満足させるために夜な夜な頑張っているため、朝は泥のように眠ってしまっているのだ。 カミューは昨夜の恋人の媚態を思い出して、にへら、とレディの前では見せられないような顔で笑い崩れた。 ああいうのもいいなぁ。マイクもけっこう感じてたみたいだし。 一人悦に入っていると、廊下のほうからこつこつと規則正しい足音が聞こえてきた。カミューは慌てて布団の中に戻ると、ドアに背を向けるように壁際に寝返りをうった。足音は自分の部屋の前で止まり、少しだけ控えめなノックの音がした。そしてドアが開く。 カミューはそっと笑って目を閉じた。 「カミュー? まだ寝てるのか?」 いつもと同じセリフを言いながら近づいてくる彼。カミューはこの低い声が好きだった。寝息を立てるふりをする。と、耳のあたりに彼の息が触れた。壁側を向いている自分の顔を覗き込もうとしているらしい。カミューに悪戯心が芽生える。 いきなり布団から手を伸ばして彼の首に回し、引っ張った。 「うわっ」 バランスを崩したところをもう片方の手を腰に伸ばしてベッド上に引きずり上げる。カミューの視界が一瞬真っ青になった。彼の制服の色。カミューの好きな色。 鈍い者ならカミューの上にべしゃ、とのっかかってしまうだろうが、そこは腐っても騎士。マイクロトフは慌てながらもカミューの脇に両手をついて身体を支えた。マイクロトフがカミューに覆い被さるような格好になる。 「おはよう、マイク」 にっこりと上機嫌な笑みを浮かべてカミューが言うと、マイクロトフはちょっと赤くなって怒ったように応えた。 「朝っぱらからなんの真似だ? カミュー」 不機嫌な声もなんのその。カミューはえへへ、と嬉しそうに笑う。 「たまにはこういう体勢もいいよね。襲われてるみたいで」 「っ、おまえがやったんだろう!」 マイクロトフが真っ赤になって怒鳴るとカミューはそうだね、とまったく悪びれず笑った。そしてマイクロトフの首に腕を回すと、 「じゃあ、今日のおはようのキスはマイクから」 と、目を閉じる。 「なっ……何をばかなことを……っ」 「いいから、いいから♪」 …………沈黙。 しばらく待っても降りてこないぬくもりにカミューが焦れて薄目を開けて盗み見ると、耳まで真っ赤にして口をぱくぱくさせているマイクロトフが写った。 なんだかんだいっても毎日していることなのにどうして慣れないんだろう、とカミューは可愛くも思い、歯痒くも思う。 どうして彼は綺麗なままなんだろう? どうして彼は穢れないんだろう……。 それは彼を手に入れたようで手に入ってないような焦燥。自分ばかりがこんな想いを抱えている、という嫉妬じみた思い。 見てみたい、とカミューは思った。自分が手を出さずに乱れる彼の姿を。夜、自分の腕の中で艶めく彼はもちろん絶品だけど、それは自分が乱しているだけ。彼が自ら乱れる姿を……見たい。 カミューは目を閉じたまま、あれこれと作戦を練りはじめた。 「マイクからしてくれないなら、今日のキスはたっぷり10分はしてあげるからね」 目の前のマイクロトフにはしっかり釘をさして。 追い詰めて、みよう。自分との戦いにもなるだろうが、焦らして、焦らして。彼はどうするだろうか……? 自ら誘う? それとも自慰にふける? どちらでもいい。淫らな姿を見せて……。 思考がまとまりかけたとき、ふわり、と唇にぬくもりが降りた。驚いて目を開けると赤面したまま睨みつける漆黒の瞳とぶつかる。 「これで……、いいのだろうっ」 「うん……」 カミューはちょっと感動したように自分の唇に触れた。薄目開けとくんだった……と少なからず悔やまれる。きっとそれはそれは可愛い顔をしていただろうに。 「さあ、だったら早く起き……」 「ご返杯してあげる♪」 「なんっ……」 慌てて離れようとするマイクロトフよりカミューのほうが素早かった。ぐいっと首を引き寄せると何か言いかけていたマイクロトフの唇に己のを重ねる。 おはようのキスにしては激しくしつこく貪っているうちに、最初は抵抗していたマイクロトフがへにゃ、とカミューの上に倒れ込んできた。どうやら身体を支えていた手に力が入らなくなったらしい。カミューがそっと口づけを解くと、はあ、とマイクロトフはカミューにはこのうえなく悩ましげに聞こえる吐息をつく。 「ば、かカミュー……。朝っぱらから、こんな……」 「ふふ。感じちゃった?」 カミューは悪戯っぽく笑うと、自分の首筋に顔を隠したマイクロトフの髪から項にかけてゆっくり撫でた。その指の動きは夜の愛撫のようで、マイクロトフはますます頭に血が昇る。 「ば、かっ……!」 怒る声にはいつもの力がなくて、カミューしめしめと思う。どうやらかなり感じたらしい。せっかくのチャンスだから、いただいてしまおうときっちり着込まれた騎士服に手をかけた。 「ちょっ、な、何をする気だ?!」 「何って……、ねえ?」 慌てた声を出すマイクロトフの身体を、カミューは器用に自分ごとひっくり返す。暴れるマイクロトフをあっさり抑え込んで本格的に脱がしにかかった。 そして。 ぴた、とカミューの手が止まる。 しまった……! さっき作戦を立てたばかりじゃないか。これからマイクロトフを追い詰めるだけ追い詰めて焦らさなくてはいけないのに! がっくしと心の中でため息をつく。 我ながらそんな計画を立てたことが恨めしい。しかし、見たいものはしょうがない。 心の中で何度も自分に言い聞かせ、暴走する欲望をぐっとこらえる。カミューはかなり未練がましく手を離した。 「カ、ミュー……?」 状況がわからず、目を瞬かせるマイクロトフを見てカミューは、反則だ! と心の中で絶叫する。 なんで、そんな無防備な顔をするんだ! もう、もう、襲ってくれといわんばかりじゃないか!! と、かなり自分勝手なことを思ったところで、どうすることもできず、無理矢理笑顔を張りつけた。 「朝からふざけてられないね。シャワー浴びてくるから待っててよ」 と、カミューはベッドから降りる。 カミューがシャワー室に消えたところでマイクロトフはようやく身を起こした。 あそこまでカミューが仕掛けてきて向こうからやめたことなど一度もない。 朝から、など冗談だと思いたいが、向こうはいたく本気で、いつも自分が力いっぱい抵抗しなくてはいけない。運が良ければ振り払うことに成功し、運が悪ければ(というか、ほとんど)「夜まで待て」とか苦し紛れに向こうに妥協させ、最悪の場合はあれよあれよという間に流されて、身体のほうがどうしようもなくなりそのまま……というときもある。 今回は、どちらかといえば最悪のパターンだと思っていた。それほどカミューのキスは巧みだったし、その前のいつもと違う体勢で自分からのキス、という状況も少し影響していたのかもしれない。 たぶん……流されるんじゃないかと漠然と思っていた……。 ほっとするべき事態をどこか残念に思っている自分に気づき、マイクロトフは力いっぱい頭を振る。 「な、何を考えているんだ……っ」 真っ赤になった自分の頬を両手で叩いた。 2人は食堂で少し遅い朝食を摂っていた。 今朝も健康的にボリュームある料理をおいしそうに平らげているマイクロトフの向かいの席で、カミューは物憂げな表情を浮かべてサラダのミニトマトをフォークでつついていた。 カミューのその姿はウエイトレスをはじめとした女性の、一部男性もいたが、視線を釘づけにするほど麗しい。 あー……。俺、持つのかなぁ……。 今朝だってあんなに可愛いマイクロトフを目の前に我慢をしなきゃいけなかったなんて……。拷問だよ、拷問。ほんっとうにもったいなかったなぁ……。 悔しい思いが無意識にこもり、ミニトマトにフォークを突き刺そうとした。ミニトマトはつるりと滑って皿から飛び出す。 「あ」 声を上げたのはマイクロトフだった。食べ物は大切に、という教育を幼少の頃より徹底して受けてきていたため、床に落ちてしまったミニトマトを少し悲しい思いで見つめる。 カミューはマイクロトフの声に反応して顔を上げた。マイクロトフもその視線を受けて顔を上げる。しばし見つめ合ったのち、同時にため息をついた2人の口から出たのは、 「もったいない……」 意味合いは全然違えど、同じセリフだった。 それからカミューの苦難ははじまる。自分が我慢するだけならまだしも、マイクロトフを煽らないといけない。マイクロトフを煽るということは当然反応を目の当たりにするわけで……。カミューの理性は糸1本でつながっているようなものだった。 昼間はいつも以上にちょっかいを出して煽っておいて、夜はさりげなく「おやすみ」と言って自分のベッドで寝る。遅くまで仕事をしたり、飲みに行ったりして、部屋に帰るとそのまま寝たり。途中まで進めておいて、「あ。ローションを切らしているんだった。マイクに痛い思いはさせられないからね」とやめたり(これは自分も相当つらかったので、2度としなかった)。 そんな生活が数日経つと、背中を向けて寝るカミューにマイクロトフがもの言いたげな顔をして見つめるようになった。カミューは彼の視線を痛いほど感じていたが、涙を飲んでぐっとこらえる。 これはそろそろか、と思い、仕事を増やしたりして部屋に帰るのをさらに遅くした。現場を目撃するため、何時頃には帰るから、と予告しておいて、わざとそれより少し早く帰ったりした。……まだ空振りだが。 そして。 カミューがマイクロトフを抱かなくなってから2週間が経った。 いつものようにカミューは少し酒場で飲んできてから部屋に戻ると、マイクロトフの姿がなかった。 「……マイク?」 カミューは首を傾げた。どこに行ったんだろう? 自分が飲みに行く、と言っても彼は最近よく見せる少し寂しい目(これがカミューの心臓をわし掴みにする)をして「ああ」と応えただけだった。 ひょっとしてトイレとかで……? カミューは不埒な想像をし、わくわくしながらシャワー室から隅々まで探したが、マイクロトフは部屋にはいなかった。 カミューは所在無さげにベッドに腰掛ける。 そろそろやめようかなぁ……。もう、限界だよ……。 やっぱりマイクロトフは綺麗なのだ。どろどろの欲望にまみれた自分とは違うのだ。それでも。そんな自分を受け入れてくれているのだから、これ以上を望むのは贅沢なのだ。無駄なあがきはやめよう……。 カミューが悶々とした思いを抱えていると、がちゃ、とドアが開いた。 「よお、不良騎士。今夜はもうお帰りかぁ?」 「マイク……?」 マイクロトフは上機嫌な様子でドアにもたれる。その顔はほんのり赤い。カミューは立ち上がって、マイクロトフの傍に歩み寄った。いつもの彼からは考えられないほど強いアルコールの匂いが鼻をつく。 「マイク……、飲んでるの?」 「なんだ? おまえだって、いつも飲みに行ってるだろう? 俺が飲んじゃ悪いのか?」 んー? と不機嫌そうに眉を顰めてカミューの顔を覗き込む。その顔は思いがけないほど幼くて、カミューはどきり、とした。 「飲むのは悪くないけど……、どこで飲んでいたの?」 酒場には自分がいた。と、なると、誰かの部屋で飲んだ可能性が高い。誰がこんな可愛いマイクを見たんだ、とカミューの心中は穏やかではない。 「バレリア殿の部屋だ」 「……なんだって?」 カミューは頭の中が真っ白になった。 マイクが、バレリア殿と……? 「やはり、女性はいいな」 そう言ってマイクロトフは少し照れたように笑った。その言葉に、その表情に、カミューの理性が一瞬で切れる。 だんっ、と物凄い勢いでドアにマイクロトフの肩を押しつけた。マイクロトフが痛みにくぐもった声を上げる。その唇に噛みつくように……いや、実際噛みついてそのまま口づけた。あがく身体を力ずくで抑え、服を引き裂いていく。 わずかに離した唇から、ぞっとするような低い声が出た。 「許さないよ、マイクロトフ……」 狂暴な獣と化したカミューはマイクロトフの身体を容赦なく貪る。理性を完全に飛ばしたカミューは気づく由もなかった。マイクロトフが満足げな笑みを浮かべていたことに……。 髪を優しく撫でられる感触にマイクロトフは目を開けた。間近から覗き込む琥珀色の瞳に、ああ、と状況を思い出す。 何度も貫かれ、達かされ、注ぎ込まれて……。いつの間にか気を失っていたらしい。 「マイク……?」 「カ、ミュー……」 声が掠れていた。どのくらい叫んだのか口の中がカラカラだった。身体中が、痛い。しかし、心は安堵感と充実感に満たされていた……。 カミューはマイクロトフの口元に手を伸ばした。唇の端に触れるとズキリ、とそこが痛む。マイクロトフは、そういえば最初に噛みつかれたんだったな、と思い出す。琥珀色の瞳は傷ついた、しかし、強い光を秘めていた。 「マイクは……俺のものだ」 「そう……なのか?」 出ない声を無理矢理出すと、カミューは苦しそうに顔を歪める。 「誰にも……渡さない。たとえ、お前にお似合いの女性だろうと誰だろうと……。だから、どうしても俺から逃げ出したかったら、俺を殺してくれ」 「カミュー……」 「そうしないとお前を離してやれない」 カミューはぎゅっとマイクロトフを抱きしめる。そのせつない抱擁にマイクロトフは、なぜ、と思う。 手放そうとしたのはそっちじゃないか……。 だから……、俺は…… ぽつん、と肩に生暖かい液体が落ちてマイクロトフの思考は中断する。ふと見ると自分の肩に顔をうずめているカミューの肩がわずかに震えていた。 マイクロトフは反則だ、と思う。さっきまであんなに自分を思うさま蹂躪していたのに。どうしてこんなに脆いんだろう、と思う。 獣じみた姿と脆い姿……。自分にしかみせない本当の姿……。 マイクロトフは微かに笑みを浮かべると亜麻色の髪をそっと撫でた。 「カミュー」 「うん……」 「すまなかった。さっきのは嘘だ」 「え?」 カミューが顔を上げるとマイクロトフはぶっ、と吹き出す。 「色男が台無しだぞ」 涙に濡れた顔はちょっと、というか、かなり情けない。カミューはぶう、とふくれて乱暴に涙を拭った。 「いいよ、そんなの。マイクの前で格好つけてもしょうがないし。……それより、何が嘘なの?」 「その……バレリア殿と飲んでいたというのは嘘だ」 マイクロトフは嘘をついた後ろめたさからか、少し頬を赤らめて言った。嘘をつくのも苦手なのに、さらに女性の名前を利用した、ということにカミューは驚かずにはいられない。 「じゃあ……、誰と飲んでいたの?」 「青騎士たちの部屋で飲んでいたのだ」 「………………」 なお悪い、とカミューは思った。彼等はマイクロトフにしてみれば忠実で頼もしい部下なのだろうが、カミューにとっては2人の仲を引き裂こうとしているこの上なく邪魔な親衛隊どもなのだ。しかもあんなへろへろになるまで飲ませておいて。絶対、隙あらば……と企んでいたに違いない! あいつら……おぼえていろよ……。 心の中で物騒なことを思っているとマイクロトフに顎をすくわれた。漆黒の瞳に真っ直ぐ射抜かれて、カミューはどきり、とする。 「俺が……カミューのものなら、カミューは誰のものなんだ?」 「マイク……」 カミューは一瞬目を見開いたが、すぐ満面の笑みを浮かべた。 「愚問だよ、マイク。俺はずっと前からマイクのものだよ……」 愛してる……とそのまま顔を寄せ、マイクロトフに口付ける。おとなしく口付けを受けたマイクロトフはにっこりと微笑んだ。 嫌われたわけではなかった。あんなに激しく求められてはさすがにわかる、が……。が、しかし…… カミューは、あれ? と思う。いつものマイクロトフの笑みと違う。そう、たとえるならば、自分はよく浮かべる、何か企んでいるような含み笑い……。 と、思ったとたん、ぎゅっ、と掴まれた。……自分の中心を。 「なっ、マ、マイク?!」 「では、白状してもらおうか。この2週間、なぜ俺を抱かなかった?」 恐ろしいほどの低音で問い詰められて、カミューは全身から一気に冷や汗が出てきた。 まずい! こんな展開になろうとは……! 「えっ? え、と……」 「しかも昼間は散々煽っておきながら……何を企んでいた?」 「うっ……そ、それは……」 言い訳を考えようとするとマイクロトフが先手を打つ。 「正直に言え。さもないと……」 と、握っている手に力を込めてきた。どう頑張ってもそこは男の急所。カミューにはなすすべがなかった。痛みに涙目になりながら白状する。 「マ、マイクが……、自分でするとこを見たかったんだ……」 「は?」 目を丸くするマイクロトフにカミューは上目遣いでぼそ、とつけたす。 「一人エッチするところ……」 …………………… 「カミュー……」 ゆうらり、といった表現がぴったりの怒りのオーラをまとったマイクロトフにカミューは青ざめる。 「わーっ! ごめんなさいっ、ごめんなさいっっ!!」 「この……色情魔!!!」 翌日。 二日酔いだという(注:カミュー申告)マイクロトフに代わって朝練に登場したカミューの訓練は苛烈を極めたという……。 そして。カミューは1ヶ月の禁欲命令を下された。 しかし、マイクロトフは、前の2週間ですっかりセクハラの腕を極めてしまったカミューの毒牙にかかってしまうのである……。 「ば、か、かみゅぅ……っ」 はいはい。愛しているよ、俺の穢れなき恋人。 おしまい(汗) |