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「それにしても随分降ったねぇ」 呆れたような、感心したような口調で言ったのはマチルダ騎士団・赤騎士団長のカミュー。手には愛剣ユーライアではなく、雪かき用のスコップを持ち、一面の銀世界を眺めていた。 「ああ。そうだな。このぶんでは午前中は仕事にならんな」 答えながらもせっせと雪かきをしているのは同じく青騎士団長のマイクロトフ。 まだ春は遠い冬のさなか、一晩で20センチを越えるドカ雪が降ってしまった。普段の数センチ程度の積雪なら交代で雪をかくが、これだけ積もってしまうと、朝から総出で雪かきである。自然を相手にしては肩書きもなにもない。こうして両団長自らもスコップを持って出動しているのだ。 あちこちで雪かきの指示する声が上がっている。こういうときは何よりも経験がものを言うため、自然、年配者が主に指揮をとる。 「ねえ、マイク、あっちの方に行ってみようか」 カミューは自分たちの周りがほぼ片付いてきたのを見てとると、まだ手がつけられていない一角を指差す。マイクロトフは額にうっすらとにじんだ汗を手の甲で拭うと「そうだな」と頷いた。 ざくざくと新雪を踏みしめて新たなる雪かきの場を求めて歩く。最初のうちは気が重いこの作業も、どんどん雪がなくなっていく様子にいつしか夢中になることが多い。特に入団したての少年たちはゲームのように遊び半分、競い合ったりしていた。それを横目で見ながら、自分たちが同じくらいの歳だった頃を思い出して、カミューは知らず目を細めていた。それに気づいたマイクロトフが声をかける。 「カミュー? どうしたのだ?」 言われて、カミューは自分が笑っていたのに気づいた。ちょっと照れくさそうに笑うと、 「ちょっと……、昔のことを少し、ね」 と、マイクロトフの瞳を柔らかく捉える。マイクロトフはその優しい眼差しにどきん、と脈が波打つのを感じながら、それを表に出さないようにしてさらに問いを重ねる。 「昔……?」 「マイクと初めて迎えた冬だよ」 意味ありげに笑うカミューのその表情から、あらぬ想像に辿りついてしまったマイクロトフは口をぱくぱくさせた。 「なっ……」 なんてことを言い出すのだ、と言わんばかりのマイクロトフに、カミューはわざとらしく眉を上げる。 「どうしたの? 同室になって初めての冬の話だよ?」 何を想像したのかな? と、からかうようにマイクロトフの顔を覗き込む。わざと誤解させるように言っておきながら、しらじらしく聞いてくるカミューに、マイクロトフは真っ赤になって拳を振り上げる真似をする。 「……入団一年目と言えばいいだろうっ」 カミューもふざけて頭を庇う振りをした。 「ムードがないなぁ」 「……あほう」 くすくす。 マイクロトフの呆れたような、照れてるような一言に、カミューは楽しそうに笑う。 同室になって初めての冬はカミューはまだマイクロトフに片想いしていた。 カミューは「寒い」と言って一緒の布団に潜り込んだり、寝ぼけたふりして抱きついたりと、いろいろと手を尽くして気づかせようとしていたが、恋愛沙汰には悲しいほど疎いマイクロトフには「甘ったれ」の印象を植え付けただけで、効果はなかった。「ひょっとして俺のこと好きなのか?」と聞かれたら即座に頷く用意はしてあったのに。 そんな時期もあったか、とカミューは感慨にふける。 いま思うと笑ってしまうくらい子供っぽい真似をしていたが、当時の自分はあれが精一杯だったのだ。あれだけ必死になったのは後にも先にも…… マイクロトフ。おまえのことだけだよ…… 「カミュー」 「え?」 マイクロトフの呼びかけに我に返ったカミューは足を止めてマイクロトフの方を見た。マイクロトフも少し離れたところに立ち止まっていて、手にはなにやら上から伸びた緑のものを握っている。そしてめずらしく人の悪い笑みを浮かべて……と、状況を把握しようとしていると、 どさどさ。 「わっ!!」 マイクロトフが緑のものを離した瞬間、カミューの頭上に大量の雪が落ちてきた。 雪まみれになって目を瞬くカミューを見てマイクロトフは指を差して笑う。カミューが呆然と頭上を見上げると先程とは比べものにならないくらい少量だが、さらに雪が落ちてきて顔面を直撃する。マイクロトフはますます笑い声を上げた。カミューは憮然として顔に落ちた雪を払うと、雪を落とした正体を見た。 「笹……?」 頭上では銀世界には似つかわしくないほどに鮮やかな緑色をした笹が、明らかに風の力ではない動きでゆらゆらと揺れていた。それでカミューは合点がいく。 普段なら手も届かない高さに伸びている笹が、雪の重みでしなって先端が下がり、アーチ状になっていたらしい。それをマイクロトフがさらに引っ張って手を離したとたん、元に戻ろうとする反動で笹に積もっていた雪が落ちてきた、というわけだ。 「カミュー、雪も滴るいい男だな」 あははは、と楽しそうに笑うマイクロトフにカミューは心底情けない顔になる。 「ひどいよ、マイク……」 「ぼうっとしているからだろ」 マイクロトフは笑いが止まらないまま歩み寄ると肩の雪をほろってやる。 いつものカミューなら頭上にも気を配り、そんなところを通るはずもないのに。何やら心を飛ばしていたことはわかったが、二人で歩いているときにそんなことをされて、マイクロトフはなんとなく面白くなかった。それでこんな子供じみた真似をしてしまったのだが。あまりにもうまくいきすぎてつい笑ってしまった。 マイクロトフはカミューがおとなしくされるがままになっているので、髪に残った雪もほろってやった。既に溶けはじめた雪が雫となり髪を伝い、こめかみに落ち、頬を流れる。それが思いがけず涙のようにみえてマイクロトフはどきり、とした。カミューの涙など数えるほども見たことがないが、色素の薄い瞳が涙にけぶる姿ははっとするほど美しかった。そのときの印象とダブってしまったのだ。 「マイク?」 マイクロトフから積極的に触れてくることなどめったにないため、密かに楽しんでいたカミューは、突然強張ったように手を止めたマイクロトフを怪訝そうに見つめる。 「どうしたの?」 「え? あ、いや……」 マイクロトフはどう答えていいものか、ちょっと口ごもった。 カミューの頬を伝った雫が涙のようで綺麗だった……なんて正直に言ったら何と返されることか。 そんなマイクロトフを見つめていたカミューは、にや、と笑ってわざとらしく髪をかきあげる。 「なに? 見惚れてた?」 「なっ……」 「俺ってそんなにいい男?」 口調は不真面目でも端正な顔に挑発的な笑みを浮かべるとそれなりの色気を感じさせる。マイクロトフは真っ赤になって私室がある建物のほうを指差した。 「ばっ、馬鹿なことを言ってないでとっとと部屋に戻れ! 風邪を引くぞ!!」 「えー? マイクも一緒に帰ろうよ」 「俺は雪かきを指示している!」 「そんなのいいじゃん。他の人たちが頑張ってくれるよ。マイクが俺をこんなにしたんだからね」 責任とって暖めてよ、とカミューはマイクロトフの腕を掴んで甘えたように言ってみる。 「そっ、そうはいかない!」 赤面したまま頑なに首を振るマイクロトフに、カミューはため息をつく。 「わかったよ……」 そっと腕を開放されてマイクロトフはほっとすると同時に少し拍子抜けした。てっきり強引に連れ込まれるかと思ったのに。 「マイクロトフ」 カミューに呼ばれてカミューの顔を見る。カミューは片手を自分の背後に伸ばして……人の悪い笑みを浮かべていた。そして、その手を動かすと…… ばさばさっ 「うわっっ!」 2人の頭上に大量の雪が落ちてきた。 悲鳴を上げたのはマイクロトフのみ。カミューは自分も雪まみれになりながらもしてやったり、というふうに笑っている。 カミューの後ろは竹やぶ。先程マイクロトフがいたずらしたようなほどしなっている笹がなかったため、直接揺さぶったらしい。しかも、揺れが連鎖してたくさんの笹が揺れてしまい、その上にあった雪が大量に落ちてきた、というわけだ。 「カ、カミュー!!」 「ああ、やっぱりマイクの方が雪が似合うね」 カミューはにっこり笑うとマイクロトフの髪に積もった雪をほろってやる。 「でも、このままじゃ風邪引いてしまうから、ね?」 「誰のせいだ、誰の!!」 「俺のせいだよねぇ。うんうん。責任を持って暖めてあげるよ」 と、嬉しそうに腕を取られて、マイクロトフは慌てた。しかしカミューはぐいぐい引っ張って今来た道を引き返していく。 途中で赤騎士副団長に会った。 「……なにをしてるんですか、あなたたちは」 雪はほとんど溶けたとはいえ、濡れ鼠のようになっている両団長を見て、あきれたような口調で問われた。 マイクロトフは羞恥に頬を染めたが、カミューは至極嬉しそうに笑うと、 「やあ、レイブリック。不慮の事故でね、こんなことになってしまったんだ。風邪引くといけないから私たちは部屋に戻らせてもらうよ。あとのことを頼んでいいかい?」 と、まったく悪びれずに答えながら2つのスコップを手渡す。赤騎士副団長・レイブリックはそれを受け取りながらため息をついた。 「わかりました。どうでもいいですけど、2人とも風邪引かないでくださいよ」 「大丈夫。ゆっくり暖まっているから」 限りなく上機嫌な上司の言葉にレイブリックはマイクロトフに同情の視線を送る。うつむいていたマイクロトフは気づかなかったが。 「じゃあ、あとはよろしくね」 カミューはレイブリックの手に何かを握らせると、ひらひらと手を振ってマイクロトフを引っ張っていった。その姿を見送りながら、優秀な赤騎士副団長は「今日一日は部屋から出てこないんだろうな……」とため息をついた。そして、掌を開いて先程握らされたものを見てみる。それは冬だというのに枯れる気配もない、青い笹の葉だった。 そして。赤騎士副団長の予想は当たるのである……。 |