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『あなたの子です』 一言だけ書かれたメモ。メモを手にしたマイクロトフは硬直していた。 いつものように朝練で汗を流したマイクロトフが部屋に戻ると、ドアの前に籠があった。籠の上にこのメモが置かれていたのだ。そして籠の中にはすやすやと眠る幼い赤ん坊の姿が。 自分の子であるはずがない。こういう心当たりはまったくなかった。 しかし、そうとなると誰の子か……? マイクロトフは籠の前にしゃがみこんで赤ん坊の寝顔をみつめる。その愛らしい姿に自然と頬が緩む。しばし眺めて……気づいた。産着からわずかに覗くその髪の色は……。 「……………………」 マイクロトフは無言で立ち上がるとそっと籠を抱き上げ、いまだ惰眠を貪っているであろう男の部屋を目指した。……その顔は恐ろしいまでに無表情だった……。 部屋に向かう途中、ともすれば怒りのまま荒々しい歩調になりそうになるのをなんとか抑え、赤子が起きないようになるべく静かに歩いた。腹の中は煮えくり返っていたが、この赤子にはなんの罪もない。 悪いのは……あいつだ!! マイクロトフは目指していた部屋の前まで着くとノックした。自制したつもりだったが多少荒っぽくなってしまい、慌てて赤子の顔を覗きこむ。幸い、赤子は目を覚ます気配もなくすやすやと寝入っていた。 マイクロトフはちょっと安堵の息をつくとためらいもなくドアを開けた。そして部屋の中に入りテーブルに籠をそっと下ろすと、ベッドの住人に歩み寄る。 「……カミュー」 怒りをこらえたせいか唸るような低い声が出た。普段からなかなか起きないこの男がそれくらいで目覚めるはずもなく。 マイクロトフは殴ってやりたい衝動をぐっとこらえて布団の上から揺さぶった。 「おい、起きろ、カミュー」 「う、ん、あと5分……」 夢うつつな返答にマイクロトフは切れそうになるのを深呼吸してやり過ごす。もう一度乱暴に揺さぶった。 「カミュー、おまえの赤ん坊がきているぞ!」 「……俺の赤ちゃんが欲しい? うーん……それは難しい相談だけど……、とりあえず子作りしてみようか……」 「わ!!」 寝ぼけた声とともにぐい、と腕を引っ張られてマイクロトフはバランスを崩す。カミューに覆い被さる格好となったのを手慣れた感じでひっくり返された。そこに当然のようにカミューがのしかかってくる。 「カ、カミュー! 何をする?!」 「何って……、子作り♪」 両手で頬を包んで、んー、と唇を近づけてくるカミューにマイクロトフはぶち切れた。 「寝ぼけるな、どあほう!!」 怒声とともに腹に容赦ない蹴りをお見舞いする。まだ半覚醒状態だったカミューはまともにくらい、鈍い呻き声を上げてそのままベッドに倒れ伏した。 すると、マイクロトフの怒鳴り声に籠の中の赤ん坊は目を覚まし、そのまま火がついたように泣き出してしまった。 「あ、ああ、すまん……。驚かせてしまったな」 マイクロトフは慌ててベッドから降りると、籠の中を覗き込んだ。そしておもむろに赤ん坊を抱き上げる。 「マ、マイク?」 突然の赤子の泣き声にさすがに驚いたカミューは、呆然とマイクロトフと抱き上げられた赤ん坊を見た。マイクロトフは少しぎこちないながらも武骨な大きな手で赤ん坊の首を支え、頭を自分の胸にもたれるように体勢を整えてやる。すると赤ん坊はすぐ泣き止んだ。その様子にマイクロトフは目を細める。 「よしよし。いい子だな」 ぽんぽん、と背中を叩くそのしぐさが、表情が、あまりにも優しげで。カミューは状況も忘れてしばし見惚れていた。そして、驚きと堪能がひととおり終わると口を開く。 「……誰の子だい?」 カミューにしてみれば当然の疑問を口にしたつもりだった。しかし、瞬時にびきっと空気が凍る。ゆらり、と振り返ったマイクロトフの表情は能面のように冷たかった。 「…………カミュー」 「う、うん?」 直情型のマイクロトフがこんなふうに無表情になると異様な迫力がある。カミューは思わずたじろぎながら応えた。 「……何も言わず、目を閉じて、胸に手をあてて考えてみろ」 「え?」 何のことか、と問い返そうとしたが、ぎろり、と、恐ろしい目で睨まれて、カミューは慌てて言われたとおりにしてみる。しかし、事情がさっぱりわからないカミューにはそんなことをしても何が浮かぶわけもない。仕方なしに沈黙していると、赤子の「きゃっきゃっ」という声が聞こえてきた。薄目を開けるとマイクロトフの顔に小さい手が無邪気に触れている。それを甘受しているマイクロトフの表情はこのうえなく穏やかで、慈しみにあふれていた。 いいなぁ…… 自分はわけもわからず怒りをぶつけられているのに。しかもあんな顔、自分にだって向けられたことがない。 カミューは理不尽なものを感じつつも、これ以上マイクロトフに怒った状態で接しられるのは耐えられない、と心の中で白旗を揚げる。 「ごめん……、マイク。俺には何のことかわからないよ……」 神妙に言ってみせると、マイクロトフはとたん眉を吊り上げた。カミューは思わず枕で頭をカバーしつつ、 「ごめん! 本当にわからないんだ! ……その子が一体、どうしたんだい?」 と、枕のからそっと顔を出す。 「本当にわからないのか?! 一年くらい前に心当たりはないかと言ってるんだ!!」 「え??」 激昂するマイクロトフのセリフにカミューはきょとん、と瞬きをした。そしていままでのマイクロトフの言動を反芻して……、ようやくひとつの仮定にたどりつく。 「それって……、俺の子供じゃないかって言ってるわけ?」 おそるおそる口にしてみるとマイクロトフは怒りの形相のまま頷いた。カミューはぎょっとする。 「!! な、何を言ってるんだい?! ち、違うよ!! 俺がそんなことをするはずがないだろう!!」 「では、この子の髪の色はなんだ?! おまえと同じ茶色だろう!! 騎士団の中で茶色い髪はおまえだけだ!」 マイクロトフの言葉とともにずいっと差し出された赤ん坊は遊んでもらっていると思っているのか、楽しげな笑い声を上げて足をばたばたさせた。思わず受け取ってしまったカミューは赤ん坊をしげしげと見つめる。 確かにまだ薄い産毛は黒というにはあまりにも色素が薄い……。 「確かに……髪の色は似てるかもしれないけど……。 でも、俺には心当たりがまったくないよ」 「絶対か?!」 ムキになって聞いてくるマイクロトフにカミューもさすがにムッとする。 「絶対だよ」 「剣に誓えるか?!」 ますますムキになるマイクロトフに、カミューは、自分のことをそんなに信用できないのか?! と、怒鳴りそうになったが、ここで自分が感情的になったら終わりだ、と寸前で思い留まり、落ち着くためにちょっと息をつく。そして、漆黒の瞳を真っ直ぐ捕らえて口を開いた。 「……マイクに誓うよ。 俺はマイクロトフという最上の恋人を得てから、一度たりとも他の人に心奪われたことはないし、身体の関係も持ったことがない。それはこれからも生涯不変のことだ」 きっぱり言い切ると、マイクロトフの瞳に明らかに安堵の色が広がった。カミューを信じている反面、茶色、というマチルダではめずらしい髪の色がどうしても彼を連想させて不安を拭い切れなかったのだろう。 カミューは山場は越えた、と内心ため息をつきながら、亜麻色の髪をかきあげた。 「そもそも、この子はどこからきたんだい?」 問いかけると、マイクロトフは苦虫を潰したような顔になる。 「……俺の部屋の前に『あなたの子です』というメモとともに置かれていたのだ」 「はあ?!」 カミューは思いもしない返事にすっとんきょうな声を出す。唖然としたまま顔を上げると、マイクロトフは途方に暮れたような顔をしていた。 「マイク……、それって……」 「ち、違うぞ! 俺は断じてそんなことはしていない!」 とたん、真っ赤になって否定しはじめるマイクロトフに、カミューはさっきまでのお返しとばかりに問い詰める。……違うということはわかりきっていたが。 「でも、マイクの部屋の前に置かれていたんでしょ?」 「し、しかし、俺はそういうことはしていない……」 「だったら、どうしてマイクの部屋の前にわざわざ置いていくの?」 「う……」 元々、カミューに口でかなうはずがない。しかもマイクロトフの苦手な色沙汰話となればなおさら。マイクロトフはうまく言い返せなくて口篭もってしまった。赤面したまま悔しそうに睨み返してくるのをカミューは、かわいいなぁ、なんて思いながら、 「信じてもらえないことの辛さがわかったかい?」 と、にやり、と笑う。マイクロトフは小声で「すまなかった……」と謝った。カミューは満足げに目を細めると、とりあえず本題に戻ることにした。 「さて……、これからどうしようか?」 「やはり、父親を探さねばなるまい?」 「そうだよねぇ。マイクの部屋と間違われそうな人といったら……」 カミューは言いながらマイクロトフの近隣の面々を思い出す。 自分たちのように個室を与えられるのは幹部クラスだけ。しかし、幹部クラスとなればほとんどが年配者。自分たちと同世代は数人しかいなかった。 「……このように置き去りにされるということは、不義の子……なのだろうか?」 ぽつりとマイクロトフがつぶやく。カミューが顔を上げるとマイクロトフはカミューに歩み寄ってきて、カミューの腕の中の赤ん坊の頬にそっと触れた。その顔は苦渋に満ちていて、カミューは眉根を寄せる。片腕を伸ばして、マイクロトフの赤ん坊に触れてないもう片方の手を握った。 「そうだね……。その可能性は高いと思う。でも、俺たちにできるのはこの子の父親を探し出して、必要があれば説得すること。そうじゃないかな?」 「ああ……。そうだな」 マイクロトフはちょっと唇を噛んで応えると、握られた手をぎゅ、と握り返してくる。カミューはわずかに腕を引いた。マイクロトフも特に抵抗しないで引き寄せられ、そのまま目を伏せる。カミューもならうように目を閉じた。 唇が触れようとした瞬間……。 ぎゃーっと赤ん坊が泣き出した。2人は息が触れるくらいの至近距離で見つめ合い、同時にため息をつくと視線を下に移す。 「どうしたんだろうな?」 「…………さあね」 カミューの声は限りなく不機嫌だった。 「ふうん、女の子か」 「カミュー!! そうやってじろじろ見るな!! とっととミルクを作ってこい!!」 マイクロトフの怒声にカミューは軽く肩をすくめて身を引く。ベッドの上のマイクロトフはオムツの交換作業に戻った。 赤子がどうして泣き出したのか、すったもんだの問答の結果、オムツが濡れていることに気づいた。慌てて赤子が入っていた籠を調べると、オムツのほかミルク等一式が入っていて今に至るのである。 「やれやれ。まさか、5年以上も前に習ったことが役に立つなんてね」 「まったくだな」 2人して苦笑いを浮かべた。 2人は従騎士時代に救助方法の一環として赤子の世話も一通り習っていた。マイクロトフが先程赤子を泣き止ませたのも「赤ん坊は心音を聞くと落ち着く」という教えを思い出してのことだった。 一般騎士だった頃ならともかく、部隊長という地位に就いてから体験するとは。 習うのと実際に行なうのとはかなり違う。マイクロトフはじたばたと暴れる赤子に悪戦苦闘しながらようやくオムツの交換を終えた。 「よし。これで終わりだ。もう大丈夫か?」 マイクロトフが赤ん坊を自分の目の高さまで抱き上げると赤ん坊はぴたりと泣き止んだ。そして愛らしい笑顔をみせる。マイクロトフもつられるように目を細めた。そこに哺乳ビン片手にカミューが戻ってくる。 「ああ、終わったの? はい、ミルク」 マイクロトフに哺乳ビンを手渡すとカミューは赤ん坊の頬をつついた。赤ん坊は、きゃっきゃっとはしゃいだ声を出す。 「おやおや、ご機嫌だね」 カミューの柔らかい声音にマイクロトフはカミューを見上げた。そして、はた、と気づく。カミューは起き抜けの格好のまま……つまり、素っ裸だったのだ。 「カミュー! おまえ、婦女子の前でなんて格好をしているのだ! とっととシャワーを浴びて服を着て来い!!」 「えー? せめて風邪引くから、とか言ってくれないの?」 「うるさい! とっとと行け!! だいいち、今日は仕事だろう! 急がないと遅刻だぞ!」 「はいはい」 カミューは服とタオルを手にシャワールームに向かった。 赤ん坊を「婦女子」なんて言うところがマイクらしいなぁ……などと笑いながら。 「じゃあ、俺は仕事に行ってくるよ」 騎士服の留め金をはめながらカミューが言う。とっくに勤務時間は過ぎていたが、カミューは全然気にしていない。 「ああ。すまないが、今日はここに居させてもらう」 ヘタに部屋を出て誰かに見つかったら大騒ぎになる。幸い、マイクロトフは今日は休暇だったため、このままカミューの部屋で過ごすことにした。 「うん。かまわないよ。ちょくちょく様子を見にくるから。団長が休みじゃなかったら俺もなんとか休めたのに」 「今日はアルス様はお休みか?」 「ああ。せっかくマイクにあわせて休暇願いを出したのに、おかげで却下されたんだ」 「そう言うな。ほら、行ってこい」 マイクロトフが苦笑いして言うと、カミューはじっとマイクロトフの顔を見る。 「なんだ?」 「なんか、行ってこい、なんて新婚みたいだね」 にへら、と笑い崩れるカミューにマイクロトフは真っ赤になる。 「ばっ、ばかなこと言うな! とっとと行け!」 「うん。じゃあ、行ってくるよ」 カミューはにっこり笑ってマイクロトフの顎をすくうと、ちゅっ、と軽く口づけた。 「行ってきますのキスだよ」 「〜〜〜〜〜〜っっ」 「じゃあ、全然手がかりはなかったのか?」 「うん。それとなくあちこち聞いて周ったんだけどね。それらしい話は聞こえてこなかったよ」 カミューは騎士服の襟を緩めながらため息まじりに言った。遅刻していったというのに、しかも何度も部屋に様子を見にきていたのに、定時にあがってくるところがこの男らしい。 「それにしても妙なんだよね。こんな大きな籠を持った女性なら絶対目立つはずなのに、門番に聞いても知らないって言うしさ」 「そうか……」 椅子に座っていたマイクロトフは傍に置かれた籠に目をやった。そこには遊び疲れたのか、赤ん坊がすやすやと眠っている。その無垢な姿にマイクロトフはせつなさを感じずにはいられない。重々しく口を開いた。 「仕方がない……。明日団長に相談するとしよう……」 「……そうだね。もう、俺たちじゃ、どうしようもないからね……」 カミューはマイクロトフの背後から肩にそっと手を置く。マイクロトフは顔を上げた。その表情にはなにやら決意の光がみえる。 「カミュー……、もし、この子の引き取り手がなかったら……、俺が……」 「マイク?!」 カミューが驚いてマイクロトフを凝視すると、マイクロトフもそのまま目をそらさずに見つめ返してくる。マイクロトフが本気だということを悟ると、カミューはふっと視線をゆるめた。 「わかった。好きにするといいよ。ただし、そのときは俺の子でもあるからね」 「カミュー?!」 今度はマイクロトフが驚く番だった。カミューは少し寂しげに、だが、穏やかに微笑み返す。 「俺たちのあいだには子供はできない。だったら、この子を天からの授かりものとして、2人の子として育てよう」 「カミュー……」 マイクロトフはカミューの言葉に幸福感で胸がしめつけられるのを感じながら、自分の肩に置かれたカミューの手に自分の手を重ねた。 「そうだな……」 穏やかな表情で目を閉じたマイクロトフにカミューが顔を寄せる。 吐息が触れそうになったとき……。 トントン ノックの音がそれを遮った。 「……………………」 2人は半目になって見つめ合い、同時にため息をついた。カミューが荒々しくドアに歩み寄り、相手を問う。 「俺だ」 「団長?!」 カミューは声の主に驚いてドアを開けた。私服姿の赤騎士団長はニヤっと笑うと、 「マイクロトフは来てないか?」 と、中を覗き込む。そして、マイクロトフ、正確にはマイクロトフの傍に視線を止めると、 「おお、いたいた」 と、ずかずかと部屋の中に入っていった。 「ア、アルス様?」 突然のできごとに唖然としているマイクロトフにかまわず、赤騎士団長はマイクロトフの傍まで歩み寄ると、おもむろに籠を抱き上げる。 「おや。お姫様はお休みか」 中を覗き込んで愛しげに目を細めた。 「だ、団長?!」 カミューの混乱したような声音に赤騎士団長は振り返り、人の悪い笑みを浮かべる。 「エレインが世話になったな」 「は?」 「まあ、おまえは仕事だったろうから、ほとんどマイクロトフに世話になったんだろうな」 「え?」 何が何やらさっぱりわからない、といった顔をしている二人を赤騎士団長はおもしろそうに交互にみやる。 カミューはようやく事態が掴めてきた。 「その子は……団長のお子さんだったのですか……」 問いかけ、というよりは確認に近い口調に団長は 「あたりまえだ。俺に似て美人だろう?」 と、自慢げに籠の中が見えるように少し傾ける。そのまったく悪びれてない態度にカミューはこめかみを抑えた。門番ですら籠を持った人物を見なかった、と言っていたのはこの人に口止めされていたのだろう、と、いまならわかる。 「一体、どうなっているんです? わかりやすく説明していただけますか?」 口調は穏やかだが、はっきりと棘を含んだ声音に団長は肩をすくめた。 「今日は女房と水入らずで出かけることにしたんだ。それで、今日マイクロトフが休暇だったのを思い出して、エレインを頼もうと思って、今朝、部屋の前までいったのさ。ちゃんと気を使って朝練が始まる前に行ったというのに、いなくてなぁ……」 どこに遊びに行っていたのやら、朝帰りとはいいご身分だねぇ、と赤騎士団長はからかいの視線をマイクロトフに向けた。マイクロトフは一瞬きょとんとしたが、すぐに思い当たると瞬時に真っ赤になって俯く。……今朝はここで目覚めたのだ。 大抵はマイクロトフの部屋にカミューが訪れるのだが、昨日は所用があったマイクロトフが執務帰りにカミューの部屋に訪れたら、そのまま帰してもらえなかったのである。お互いの部屋には最低限の着替えを置いてあるため、朝練に行く前は部屋に寄らなかった。 もし、寄って鉢合わせしていたら……、いや、それよりもいつもどおり自分の部屋で朝を迎え、訪問されていたら……と思うと、どっと冷や汗が流れてくる。 お堅い、と有名なマイクロトフがこんな反応を示すとは思わなかった赤騎士団長はおや、とおもしろそうに片眉を上げた。さらにつついてやろうと口を開こうとするより早く、カミューがさりげなく団長の視線からマイクロトフを庇うように身体をずらしてくる。 「マイクロトフがいなかった時点で他をあたろうとは思わなかったのですか?」 「いや。こいつのことだから朝練には出てるだろうと思ったしな。そのまま置いていくことにしたんだ」 何事もなかったからいいものの、のんきな返答にカミューは一気に脱力した。 「……では、あのメモは一体なんだったんですか?」 「ん? あれか? あれは俺がせっかく早起きしていったのにいなかったから、ちょっとばかり頭にきたので嫌がらせでな」 「……嫌がらせって、あなたは……」 自分勝手な理由でマイクロトフの部屋を訪ねておいて、どういう言いぐさだ、とカミューはあきれた口調になる。赤騎士団長はそんなカミューに、またも人の悪い笑みを浮かべた。 「本当はおまえのところに置いていこうかとも思ったんだがな。エレインの髪の色はこのとおりだろ? おまえでは洒落にならずにこっそり捨てられるかもしれん、と思いなおしたんだ」 心当たりも一人や二人じゃないだろうしなぁ、と、笑う団長にカミューは真っ赤になって反論する。 「人聞きの悪いこと言わないでください! だいたいその子のせいで私がどんなに疑われたか……!」 カミューの言葉に団長は爆笑した。 「やっぱり疑われたのか? そいつはその場に居合わせたかったぜ!」 「誰のせいだと思ってるんですか?!」 「おまえの日頃の行いが悪いからだろう?」 なあ、マイクロトフ、と話を振られて、マイクロトフは更に赤くなって、ええ、まあ……と曖昧に濁す。今朝の騒ぎを思い出したのだろう。 そのとき、ドアの陰から控えめな女性の声がした。 「あなた……、お二人には大変ご迷惑をおかけしたのですよ。いいかげんになさいませ」 「ん? ああ。エトワール、おまえもちょっと入れ」 赤騎士団長に促されて入ってきた女性の姿を見て二人はようやく合点がいった。彼女の髪は明るい栗色だったのだ。赤ん坊の髪は母親譲りらしい。 「本当にごめんなさい。この人ったら何度言ってもきかなくて……」 「まあ、将来の予行練習だと思えば貴重な体験をしたろ」 「あなたったら……!」 妻の諌めるような口調に赤騎士団長は肩をすくめる。 「じゃあ、帰るとするか。今日は助かったぜ。じゃあな」 「本当にありがとうございました。ご迷惑をおかけしました」 団長は片手を軽く上げて、妻は深々と頭を下げて、部屋から出ていった。 二人は半ば呆然と見送り、しばし言葉が出なかった。 「カミュー……」 「ん?」 「赤騎士団は変わり者ばかりいるのだな……」 カミューには返す言葉がなかった。 おわり |