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「俺は、もう、人間じゃないんだ……」 「なん、だって……?」 カミューが目を見開くとマイクロトフははらはらと涙を零した。 「俺は……、ネクロードに血を吸われた……。闇の眷族になってしまったんだ……」 カミューは呆然とマイクロトフの告白を聞いていた。あまりにも信じられない事態に、頭が混乱している。マイクロトフは片手で顔を覆って、しゃくりを上げた。 「だから……、もう、一緒には、いられない……」 「マイク……」 事態が把握できなくても愛しい恋人が泣き続けるのを放ってはおけない。カミューはマイクロトフの頭を抱き寄せようと、腕を伸ばした。 「触るな!」 「マイク……?」 「俺に、触れるな……。頼むから……」 弱々しい声で懇願されてカミューは手を止め、眉に皺を寄せる。 「……どうして?」 「日に日に……衝動が、大きくなって、きてるんだ……」 カミューに触れられるたびに、カミューの甘い香りを嗅ぐたびに、首筋に食らいつきたいという甘美な誘惑に襲われていた。……もっとも、すぐ、そんなことを考える余裕はなくなるのだが。 「俺の、血を……吸いたい?」 カミューの静かな声にマイクロトフはびくっと肩を震わせる。そっと顔を上げてカミューを見つめると、つらそうに顔を歪めた。それはおそらく肯定。カミューは止めていた手をもう一度伸ばし、今度こそ頭を抱き込んだ。 「いいよ……」 「いや、だ……」 「俺はマイクのものだから。何をしてもいいんだよ」 「……いやだ……」 子供のようにいやいやと頭を振るマイクロトフの髪を優しく撫でてやる。 「俺の血を吸ったら俺も仲間にならないのかな?」 「……だめ、だ……。シエラ殿に聞いた……。なりたての俺では……力が足りない、と……」 マイクロトフの言葉にカミューは内心舌打ちした。マイクロトフと一緒に永遠ともいえる時を共に過ごせたら、なんて夢のような話だったのに。 「どのくらいほしいの? 俺が死んじゃうくらい?」 「……わから、ない……」 「そうだね……。試してみないとね」 カミューの言葉にマイクロトフはびっくりして顔を上げた。 「そんな、ことっ、できない!」 「大丈夫。俺はマイクのものだけど、マイクも俺のものだよね? 先に俺が見返りをもらうから、おあいこだよ」 カミューがにっこりと笑って言うと、マイクロトフは涙で濡れた瞳を不安そうに揺らして見つめてくる。 「見返り……?」 「そう。……キス、させて」 耳元でそっと囁かれた言葉にマイクロトフは一瞬きょとん、とする。そして、我に返ると怒りだした。……顔が赤いのは怒りか、羞恥か。 「い、命を落とすかもしれないというのにっ。お、おまえは……っ」 「ふふ。もちろんただのキスじゃないよ。俺が、いい、というまで、ね。 そのあとは気の済むまで血を啜るといいよ……」 言いながらマイクロトフをそっとベッドに押し倒す。 「カ、ミュー……」 「一生忘れられないようなキスをあげるよ。……覚悟してね」 欲望を含んだ艶めいた笑み。それはマイクロトフを見惚れさせるのにじゅうぶんなもので。すっかり抵抗がなくなったマイクロトフにカミューはゆっくり覆い被さっていく。 「……キスだけで……イかせてあげる……」 耳元で淫らに囁いて……噛みつくように口づけた。 「……ん……っふ……」 「ほんとに牙が生えたんだね……」 「っ、……ぁ……」 「ほら……犬歯もこんなに尖ってる……」 「ぅ……ん……」 十数分後。 マイクロトフはぐったりとベッドにうつ伏せていた。枕に顔を押し付けているのは真っ赤になった顔を見られたくないのだろう。それを脇に腰掛けたカミューが面白そうに眺めていた。 「ごちそうさま♪」 「う……うるさいっっ!」 まだ荒い息をつきながらマイクロトフは唸るように言い返す。 ……カミューの予告どおりになったのである。こういう関係になってかなり経つが、こんなふうに直接触れられもしないでイかされたのは初めてだった。 羞恥、屈辱、どこでこんな技を覚えたのだという嫉妬じみた怒り。いろんな感情がぐるぐると頭を駆け巡っているらしい。 こういうときのマイクロトフが思ってることなど手に取るようにわかる。カミューは身を屈めて、耳元にからかうように囁いた。 「ふふ。かわいかったよ、マイク」 「うるさい、うるさい、うるさい!!」 頑として顔を上げないマイクロトフにカミューはさらに笑いを誘われる。 マイクロトフは頭上でくすくすと笑い声がするのを恨めしく思いながら、でも恥ずかしくて顔は上げられなくて。ううう……とやり場のない怒りを抱えていると、 「じゃあ、今度はマイクの番だよ」 と、なんでもないように言われて、思わずがばり、と身を起こした。カミューは穏やかに、ほんの少しだけ寂しそうに微笑んでマイクロトフをみつめている。マイクロトフの胸がちくり、と痛んだ。 「カミュー……」 やっぱりできない、と言おうとして、マイクロトフは己の身体の変化に気づく。あれ? と首を傾げるとカミューが問うてきた。 「どうしたの?」 「……それが……、その……なんというか……、欲しく、なくなったんだ……」 マイクロトフのとまどったような口調にカミューはきょとん、とする。 「え?」 「あ、いや……、まったくってわけではないが……さっきよりは、全然欲しいと……思わない……」 「……どうして? さっきは我慢ができないほど欲しかったんだろ?」 いらない、と言われるとそれはそれで不満らしい。カミューがちょっと頬をふくらませて言うと、マイクロトフは腕組みをして思案顔になった。カミューもいままでの出来事を振り返ってみる。と、ひとつの仮定にいきあたった。 「ねえ、マイク……、それってさ、ひょっとして……」 「え?」 「イったからじゃない?」 「なっっ……!!」 瞬時に真っ赤になるマイクロトフの顔を至極真面目な顔で覗き込む。 「いままでってどうだった? 俺に抱かれた後も血を吸いたいと強く思った?」 「あ……」 言われてマイクロトフも思い当たる。最初は露になったカミューの首筋に食欲を覚えるが、すぐそれどころはなくなって……終わったあとはこういう身体になる前と変わらず、満たされた、穏やかな気分になっていたような……。 「もしかしたら、吸血鬼にとって、性欲と食欲は同じようなものなのかもしれないね」 よくわからないけどさ、とカミューは独り言のようにつぶやくと、にっこり笑った。 「でも、そうだとすると需要と供給が成り立って、万々歳だね♪」 「は? 需要と供給って……わ!」 どさり、と再びベッドに押し倒されて、マイクロトフは慌てた声を上げる。カミューは両頬を包み込んで間近に瞳を覗き込んだ。 「俺が死ぬまで、いっぱいいっぱい愛してあげる」 だから、ずっと一緒にいよ? と、そっと額に、瞼に、鼻先にキスを落とす。最後に唇にキスしようとすると、両頬をはさんでいた手を上から握られた。カミューがちょっと動きを止めると、マイクロトフは右手は手を握ったまま、左手をカミューの首の後ろに回して引き寄せ、唇を重ねる。 そっと離すとマイクロトフは少し照れたような、はにかんだ笑みを浮かべた。 「……カミューが死ぬときは……俺を殺してくれ」 「マイク……」 カミューのいない世界になんて生きていたくない……とマイクロトフはカミューの背中に腕を回す。カミューは目を閉じてそのぬくもりを感じていた。……そうしてないと涙が零れそうだったから。 「ねえ、マイク……」 「ん?」 「他の人でも血を吸いたいと思うときがあるの?」 「……いや、ない。カミューだけだ」 マイクロトフがちょっと考えてから答えると、カミューは嬉しそうに笑った。 「そう。よかった。他の人の血を吸っちゃダメだよ。マイクの体内に入っていいのは俺だけだからね」 きわどい言い回しにマイクロトフは赤面する。 「……そういうこと言うな」 「あれ? なんで顔が赤いわけ? 何を想像したのかなー?」 カミューが、ふふ、と含み笑いを漏らすと、 「う、うるさいっ」 と、そっぽを向いてしまった。 カミューはその横顔に唇を寄せる。 「ねえ、血を吸ってみて」 「え?!」 マイクロトフが驚いて目を見開くと、カミューはにこり、と笑う。 「もう、飢えるほどは欲しくないんでしょ? だったら、死ぬまで吸うわけじゃないよね」 「な、なぜだ……?」 「どんな感じなのかな、と思って。それに、さっきは俺の望みだけきいてもらったしね」 どうぞ、とカミューは自分の襟元を崩して首筋を露にする。それを見たマイクロトフはぞくり、と背中が粟立つのを感じた。確かに渇望するほどではなくなったが、それでも、食らいつきたい欲求は湧く。 ごくり、と喉を鳴らして、 「いいのか……?」 と、上目遣いにお伺いを立てると、カミューは艶やかな笑みを浮かべて頷く。マイクロトフはその笑みに惹き込まれるようにカミューの首筋に顔を寄せていった。カミューはマイクロトフの頭を抱き寄せながら、倒錯的な気分に捕らわれる。最愛の人に血を吸われる……なんて残酷な、なんて甘美な誘惑だろう……。 首筋に尖ったものがあてられた。カミューは次に襲うであろう痛みを待って、陶酔するように静かに目を閉じる。 ……首筋に甘い痛みが走った……。 あれ? ふと目を開けたとき、状況がわからなかった。 マイクに血を吸われて……? 貧血でも起こして気を失ったのだろうか? と、思ったが、愛しい人は自分の腕の中で安らかに寝息を立てている。彼の性格上、自分が倒れたりしたら、ずっと心配そうに見ているだろうからこれはちょっとおかしい。 そっと彼の唇に指を這わせた。……先程までの尖った感触がない。 カミューはちょっと息をついた。 夢か……。 そう思うと展開の強引さに納得し、苦笑いする。緩慢な動作で髪をかきあげた。 それにしても吸血鬼だなんて突拍子もない……。どうしてあんな夢を見たんだか。 眠りにつくまでの記憶を辿りながら無意識に自分の首筋に手を当てる。……と、かすかな痛みと甘い余韻を感じて、ああ、とようやく思い当たった。 昨夜、マイクロトフがめずらしく酔っ払って、「いつも俺にばかり痕をつけるのはずるい!」などと言い出して、自分にのしかかってきたのだ。首筋に噛みつくように口づけ、思うさま強く吸っていたから……。 それで、あんな夢か……。随分、短絡的だけど……。 でも、悪くない夢だった。 カミューは唇の片端をつりあげてちょっと笑うと、再び眠りにつくために、マイクロトフの頭を胸に抱きなおした。 いつもの位置。自分がいちばん落ち着く体制。 ゆっくり目を閉じた。 明日の朝、鏡を見るのが楽しみだ……と、思いながら……。 おわり |