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「ねえ、マイク。明日、どこかに行かない?」 椅子に座って本を読んでいたマイクロトフは手を止めて、自分の膝に頭を乗せて自分を見上げているカミューに視線を移す。 「どこかって、どこに?」 「んー。どこでもいいんだけど。せっかく久々に休日が重なったんだし、デートしよう」 「……デートっていうな」 かすかに頬を染めて不機嫌そうに言うマイクロトフに、カミューは「だってデートじゃん……」と不満そうにつぶやく。これ以上突っ込むと照れ隠しに怒りだすのはわかっているから大きい声では言わないけれど。 「ねえ、どこか行こうよ?」 もう一度甘えるように誘えば、膝の上で動く顎がくすぐったいのかマイクロトフはちょっと笑ってカミューの髪をくしゃり、と撫でる。その優しい手つきにカミューが目を細めた。 「しかし、団長が二人とも城を離れるというのはあまり良くないんじゃないのか?」 どこまでも生真面目なマイクロトフはちょっと思案顔になる。カミューはおおげさにため息をついてみせた。 「あのさあ……、マイク。少しはわがままになろうよ。ほんと久々なのに、マイクは俺と出かけるのがそんなに嫌なのかい?」 「う……。そ、そんなことはない……。俺も……行きたい、けど……」 赤面して詰まりつつも嬉しいセリフを言ってくれたマイクロトフに、カミューは破顔して手を伸ばす。膝立ちになってマイクロトフの首の後ろに手を回すと頭を引き寄せて軽く口づけた。 「大丈夫だよ。マイクの青騎士団も、俺の赤騎士団も俺達が一日いないくらいでどうにかなるような、やわな連中じゃないだろう?」 言ってもう一度口づける。今度は少し深く。マイクロトフの口から同意とも吐息ともとれる声が漏れる。 「……ん……」 「マイクは普段、青騎士団のため、マチルダのために頑張りすぎるくらい頑張っているから、たまにはお休みしないと」 ゆっくり、何度も何度も口づけるとマイクロトフが応えるようにカミューの背中に手を回し、椅子から崩れ落ちるように降りてきた。カミューは覆い被さるような格好になったマイクロトフを受け止め、床に引き倒してさらに深く口づける。 マイクロトフの息が完全に上がったころ、ようやくカミューは口づけを解いて、漆黒の瞳を覗き込んだ。 「ね?」 目をそらせないように両手で頬をはさみこむと潤んだ瞳が恥ずかしそうにみつめかえしてくる。それはあまりにも扇情的で……。 「お、俺は……、常に騎士団や、マチルダのためだけに、頑張ってるわけでは、ない、ぞ……」 まだ少し上がった息で反論してくるマイクロトフに、カミューはちょっと笑ってもう一度唇を落とす。 「でも、優先順位からいくと俺のほうが下だろう? たまには俺を優先してよ」 いたずらっぽく目を細めると、マイクロトフもちょっと笑い返す。 「お前がそう言うなら……。明日はお前のことだけを考えていよう」 頬を少し赤らめながらも真っ直ぐ目を見て言われたセリフに、カミューは目を見開いた。やがて、ゆっくりと奇麗に微笑むと、 「ありがとう、マイク……」 と、強く、優しく抱きしめた。 「ねえ、マイク。そろそろ起きないと……」 カミューにゆさゆさと身体を揺さぶられてマイクロトフは布団に潜ったまま不機嫌そうな声で応えた。 「……行かない」 「えええっ?! どうして?! 昨日は『行きたい』って言ってくれたじゃないか!」 ひどいよーと騒ぎ立てるカミューに、マイクロトフは布団の間からわずかに目だけを出して、じろり、と睨みつける。 「誰のせいだ! お、おまえがっっ……」 言いかけて口ごもるマイクロトフに、カミューは、ああ、とようやく思い当たった。布団の上から、むぎゅ、と抱きつく。 「んー……。確かに昨夜はちょっと無理をさせちゃったかなーとは思ってるんだけど……」 「ちょっとだと?! ふざけるな! こ、腰が全然立たないんだぞ! 馬になんか乗れるか!!」 「うーん……。困ったねえ」 「一生困ってろ、ばか!! この、節操なし!!!」 カンカンに怒るマイクロトフに、カミューは、だって……と心の中でつぶやく。 『明日はお前のことだけを考えていよう』 なんて嬉しい言葉を言ってくれたから。ついつい理性の箍が外れてしまったんじゃないか……。 「今日は俺のことだけを考えていてくれるって言ってくれたよね?」 「ああ。今日はおまえへの怒りだけで一日過ごしてやる!」 「そんな〜。マイク〜〜」 カミューは情けない声を出して布団にすがりつく。しかし、マイクロトフは布団をかぶったまま出てこない。 「ねえ、天気もいいし、行こうよ。 馬は俺と一緒に乗るといいし。なるべくゆっくり走るよ。ね? おいしいお弁当も作ってもらってるんだよ? マイクの好きなカツサンドとか」 ぴくり。 布団の山が動いた。どうやら最後の一言に反応したらしい。カミューはここぞとばかりにたたみかける。 「どうしても行かないっていうなら部屋で食べてもいいけどさ、自然の中で太陽を浴びて食べるお弁当は格別うまいと思うよ?」 「……………………」 ちょっとだけ布団から目を覗かせたマイクロトフにカミューは全開の笑顔を向ける。どうやら天秤が傾きかけているらしい。 「ね? シャワー浴びるの手伝ってあげるから」 カミューがそう言ったとたん、布団から覗いている瞳が険しくなった。カミューは慌てて手と頭を横に振って言い繕う。 「ヨコシマなことは絶対しない。誓うよ。だから、ね?」 カミューのおねだりをするように小首を傾げるしぐさに、マイクロトフは心の中でため息をつく。 実はカミューのこういうしぐさに弱いのだ。……口にしたことは、もちろんないけど。 「マイク?」 「……じゃあ……、ほら」 ひっぱり起こせ、とマイクロトフが布団の中から片腕を出す。カミューは嬉しそうに笑ってその手を取ると、とりあえずちゅっと手の甲にキスを落とした。 とたん、 「邪まなことはしないって言っただろう?!!」 「キスが邪まなのかい?!!」 カミューの傷ついたような声が部屋に響き渡った……。 城を出るとき二人で一頭の馬に乗っていくのは恥ずかしい、と言ったマイクロトフの意志を尊重して、……カミューは周りにみせつけてやりたいと思っていたが今日はマイクロトフに逆らえるわけもなく……、マイクロトフを門の外の人目につきにくいところで待たせ、カミューは一人で馬を取りにいった。 マイクロトフはその後ろ姿が見えなくなると、ふう、と息をつく。 入浴するときも、着替えも、ここまで連れてくるときも。壊れものに触れるように、これ以上はないってくらい丁寧に優しく扱われて。 それはまるで令嬢に対する態度のようで、気恥ずかしく思う反面、どこか申し訳なく思う。 そんなにヤワじゃないのにな。 確かに身体はまだきついが、自力で動けないほどでもない。それなのにせっせと身の回りを世話してくれるのでつい甘えてしまった。……自分を大切に想ってくれてるのがひしひしと伝わって嬉しかったから。 それに昨夜だって…… 俺のことを……かなり好き……じゃなかったらあんなに求めたりはしない……と、思う……。 自分の中で辿り着いた結論に、バッと赤面する。 そこに馬を引いてカミューが戻ってきた。顔を赤らめているマイクロトフに気づき、慌てて駆け寄ってくる。 「マイク? ひょっとして熱があるの? ……やっぱり外出はとりやめようか?」 カミューの優しいセリフにマイクロトフは頭を振る。原因は……言えるわけがない。 「違う……。大丈夫だ」 マイクロトフは心配そうに眉根を寄せているカミューに笑いかけて、眉間に指をそっと押しつけた。自分が「皺になるよ」と笑われながらいつもされてるように。 「マイク……」 「さあ、行こう」 促すようにカミューの手を取ると、カミューは少し微笑んでマイクロトフの頭をくしゃり、と撫でた。 心の中では無理をさせたくない、という逡巡があったが、やはり一緒に出かけたいという気持ちのほうが強い。 カミューはマイクロトフの手を握り返して、馬に近づくと、 「フェン、今日はいつも以上におしとやかに頼むよ」 と、優しく声をかけて、ぽんぽん、と軽く身体を叩く。馬は甘えるように鼻をすりつけてきた。隣でマイクロトフもそっと手を伸ばす。 「重くてすまないが……。よろしくな、フェンリッタ」 そう言うと、馬は了承の返事のように小さく鳴いてみせた。 カミューは軽い身のこなしで馬上の人となると、マイクロトフに手を伸ばす。マイクロトフが、本当に令嬢になった気分だ……、と、少し気恥ずかしく思いつつその手を取るとぐい、と力強く引っ張り上げられた。もう片方の腕を腰に回してそのままカミューの前に横座りさせられる。……それは女性に対する座らせかただ。 「カミュー!!」 マイクロトフが真っ赤になって抗議するとカミューがくすくす笑う。 「おや、お気に召しませんかな、お姫様」 「誰がお姫様だ!! 早く降ろせ!!」 「ああ、大声を出さないでもらえるかい? フェンリッタ嬢が驚いてしまう」 さらりと言葉を封じられて、マイクロトフは赤面したままうーっと唸る。しかし、自力ではさすがに乗り降りはできない。くすくす笑っているカミューを尻目に、せめて横座りからまたぐ体勢にしようと馬上で軋む身体と格闘しはじめた。 ようやくもう少しで片足が反対側へまたげそうになったとき、タイミングを見計らっていたかのようにカミューが馬を走らせた。 「わ!」 マイクロトフはバランスを崩してとっさにカミューにしがみついた。自然、胸に抱きつくような格好になる。 「カ、カミュー!!」 「あはは。しっかり捕まってないと落ちちゃうよ」 カミューは楽しげに笑ってさらに馬を走らせた。体勢が不安定なマイクロトフはますますしがみつく。目元を赤くして至近距離にあるカミューを睨みつけた。 「お、まえ、性格悪いぞ!」 「うん。必死になってるマイクがあんまりかわいいから、つい、ね」 カミューはしれっと応えて、マイクロトフの髪にキスを落とす。そして片腕で腰を抱き寄せ、体勢を安定させてやった。 何を言っても軽くかわされるのが悔しくてマイクロトフは無言で睨み続けたが、カミューには、 怒ってるつもりかもしれないけど、そんな潤んだ瞳で睨まれてもねえ…… と、まったく通じてなかった……。 「このへんがいいかな」 言うが早いかカミューは馬を止め、ひらり、と地面に降り立った。微笑みを浮かべて、優雅なしぐさで手をマイクロトフのほうに差し出す。 「お手をどうぞ、お姫様」 茶目っ気たっぷりに言うカミューに、マイクロトフは多少憮然としながらも、しぶしぶその手を取った。手を引かれ、重心が下に傾くとカミューがもう片方の腕を背中に回し、ふわり、と抱き下ろす。 「身体は大丈夫かい?」 「ああ……」 ふざけた真似をしてても、カミューの手綱さばきは絶妙で、ほとんど振動がなかった。自分とは大違いだ、と改めて感心しつつマイクロトフは応える。 「それはよかった」 カミューはにっこりと笑うと、馬からシートを下ろしてばさっと広げる。マイクロトフに座るよう促して、「馬を繋いでくる」と近くの木に馬を引いていった。 マイクロトフはシートに座り込むと開放感を味わうように大きく伸びをした。まだ少し身体が軋むが、朝よりはだいぶいい。伸びをした体勢のまま、ごろん、と仰向けになった。 ああ……。いい天気だな……。 全身に降り注ぐ太陽が、頬を撫でる風が、気持ち良くて。目を閉じてさらに自然の恵みを味わおうとする。 「寝たら襲うよ?」 ふいに間近で声がして目を開けると、カミューが頭側から覗き込んでいた。くすっと笑うとそのまま口づけてくる。マイクロトフは再び目を閉じてそれを甘受した。首のあたりにカミューの前髪が触れるのがくすぐったかった。 唇が離れると、 「起きてても襲ってるじゃないか」 マイクロトフが笑いを含んだ声で抗議する。カミューも微笑み返して、 「隙をみせるマイクが悪いんだよ」 と、答えた。 そして、お昼にしよう、と、マイクロトフを引っ張り起こす。 二人でバスケットを広げてサンドウィッチをほおばり、紅茶を飲む。 食事が終わればシートに並んで寝そべって、他愛のない昔話をした。 些細だけど久しぶりにのんびり過ごす、幸せな時間……。 「またこようね」 「ああ……。そうだな」 おわり |