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夜はあんなに艶めいて俺を夢中にさせるのに。夜が明けるとストイックな彼に戻ってしまう。 その凛々しい姿は誰の色にも染まらない、と宣言されてるようで、何度、夜を共にしても不安と虚無感がつきまとう。 元々、自分が想いを伝えて、なかば強引に関係を持ってしまったから、彼は哀れな親友に同情して、身体の快楽と割り切っているのかもしれない。 ……彼に愛されてる自信がない……。 「……ュー……カミュー! 起きろ!!」 ゆさゆさと揺すられて、カミューは浅い眠りからゆっくりと意識が覚醒してきた。寝ぼけ半分、目を開けると愛しい人の顔がそばにあって……。 ぐい。 「わっっ!」 寝起きとは思えない力で腕を引かれて、マイクロトフはバランスを崩してカミューの上に覆い被さる格好となった。 「なっ、何をする、カミュー!」 「おはようのキス」 言うが早いか強引に掠めとる。マイクロトフは一瞬呆然としていたが、我に返るとカミューの額に平手で一撃くらわして、身を起こすとごしごしと唇を手の甲でこすった。 「は、恥ずかしいヤツめ! おっ、俺は部屋でシャワー浴びてくるからな! お前もとっとと支度しろ!」 「シャワーなら一緒に浴びようよ〜」 ベッドに寝転がったまま腰に抱きつくカミューをげしっと足蹴にして、 「誰が入るか!! もう、知らん! 先に行ってるからな!!」 と、マイクロトフは足音も荒く部屋を出ていった。 蹴られたはずみでベッドから落ちたカミューは 「……いいじゃん……恋人同士なんだから……」 と、寂しくつぶやいた。 おいていかれてはかなわない、と大急ぎでシャワーを浴びて身支度を整えると廊下に通ずるドアを開けた。 そこには、まだ少し仏頂面ながらマイクロトフが待っていて……。カミューは驚いて目を見開いたが、すぐ嬉しそうに微笑みを浮かべる。 「ごめん、待たせたね」 「……早く行くぞ」 照れ隠しのようにぶっきらぼうに言って歩き出す彼が可愛くて、愛おしくて。 カミューはくすくす笑う。 なんだかんだいっても毎日起こしにきてくれる恋人。朝食を共にするために待っていてくれる恋人。 律義なだけかもしれないが、こんな些細なことが自分をこんなにも幸せにする……。 「何だ?」 突然、笑いを漏らしはじめたカミューにマイクロトフが怪訝そうに問う。カミューは 「何でもないよ。ただ、ちょっと幸せだなぁって思っただけ」 と、すばやく肩を抱き寄せて、頬にキスを落とす。 にっこりと幸せそうに笑うカミューの顔面に、真っ赤になったマイクロトフの怒りの鉄拳が振り下ろされ、今度こそおいていかれた……。 はあ……。 カミューは執務室の机に頬杖をついて、ため息をついた。 結局、あのあと食堂まで追いかけていったが、マイクロトフは青騎士たちと一緒のテーブルについていた。……空席もなかった。 なんであれくらいのことで怒るかなぁ……。マイクは俺のことやっぱり好きじゃないのかなぁ……。 頬にちゅーするくらいいいじゃないか……とカミューは思う。マイクロトフが人通りの多い廊下でされたことに激怒してることなどまったく気づかない。 はあ……ともう一度ため息をつくと、書類にサインを待っていた副団長がやれやれ、といったふう肩をすくめた。このやり手の赤騎士団長がこんなふうに無防備に考え事をするときは大抵ろくなことではない、ということがわかっていたからだ。政治がらみ等、重大な案件で悩んでいたりすれば決して顔に出さない。鉄壁のポーカーフェイスで完全ガードする。 「どうしたんですか? 団長」 穏やかに問えば、「んー……」と気のない返事が返る。 「何か悩み事でも?」 にこにこ。副団長は人の警戒心を突き崩す威力を持った笑みを浮かべてカミューの顔を覗き込む。カミューはぱたっと机に突っ伏して上目遣いで腹心の部下を見上げる。 「レイはさー……、恋人に愛されてるなーって思うときってどんなとき?」 「は?」 赤騎士副団長・レイブリックは首を傾げて質問の意味を頭の中で反芻する。そして、ようやく理解したのか、瞬時に真っ赤になった。 「なっ……、何をいきなり……!」 この反応は恋人がいるのか……とカミューはおもしろそうにみやる。 いつも、ほやん、と穏やかに微笑んでいるこの青年、実は隙がほとんどなく、私生活もきれいに隠している。鉄壁の笑みで何事にも対応するため、こういう動揺した姿はめったにみられないのだ。 レイブリックは赤面したまま口元を手で覆い、天井を仰ぐと2、3秒目を閉じてからカミューに向き直った。にやにや笑っている赤騎士団長に、ちょっとだけむっとしたような表情をみせる。そして、おそらく一部の人間にしかみせないだろう、意地悪げな笑みを浮かべた。 「それって団長は愛を感じないってことですか?」 「う……」 今度はカミューが言葉につまる番だった。レイブリックはにっこりといつもの笑みに戻ると、 「あれだけ浮き名を流していた方のセリフとは思えませんね」 と、からかうように言った。カミューはむすっと頬杖をついて答える。 「そりゃ、いままでとは勝手が違うからね」 その様子は、普段の優雅に振る舞う赤騎士団長とはかけはなれていて、レイブリックはくすくす笑う。 「そうですねぇ……。とりあえず、自分の尺度で量るのをやめたらどうですか?」 「え?」 きょとん、としているカミューに諭すように笑いかけて、 「自分が標準だ、と思っても個人差がありますからね。しかも、似た者同士ならまだしも……」 と、いいかけてさりげなく口を紡んだ。 カミューはその様子に、こいつはマイクのことだと知ってるんだろうな、と思う。お互いはっきり口にしたことはないが、みかけはこのとおり、ほやん、としていても、副団長という地位からもわかるとおり、それとなく敏いヤツだ。まあ、こちらも隠してるわけでもないのだけれど。 「団長は少し突っ走っているのではないですか? 『恋は盲目』状態だと思いますよ」 「……そうかな?」 「私にこんなことを言われてるくらいですから、かなり」 きっぱりと言い切られてはカミューも苦笑いを返すしかない。 「なるほど。肝に命じておくよ。 レイ、私は公私にわたってよきアドバイスをくれる、優秀な片腕を持って幸せなことだよ」 「どういたしまして。 それでは、この書類にサインをいただけますか?」 レイブリックはすまして応えると、さっきからカミューの下敷きにされてる書類を指差す。カミューは書類についてしまった皺を伸ばし、すらすらと署名した。そして、レイブリックに手渡す。レイブリックは書類を大事そうに抱えるとドアに向かった。 カミューが、いいヤツだよなぁ……と、背中を見送っていると、レイブリックはドアを開けてからくるり、と振り返り、にっこり笑った。 「ちなみに私はいつでも愛を感じますけどね」 バタン。 …………前言撤回。 マイクロトフはペンを握ったまま、窓の外をぼうっと眺めていた。 カミューが手慣れた感じで自分に触れてくるたびに、経験の差を感じずにはいられない。……過去の女性の影を感じずにはいられない。 わかっていたけど……。 ちょっと悔しくて、ちょっとせつない。 自分ばかりが動揺して。自分ばかりがどきどきして。 向こうは余裕しゃくしゃくでからかってくるのに。自分は恥ずかしくてまともに対応ができない。照れ隠しに怒るのが精一杯。 はあ……と、マイクロトフはため息をついた。 そして何気なく時計に目をやって愕然とする。いつのまにかお茶の時間が過ぎていた。 いつもなら時間ぴったりにカミューが騒々しくおしかけてきて、強引に仕事を中断させられ、無理矢理ティータイムに突入するというのに。 忙しいのだろうか? しかし、お茶の時間はここ何年来と続けてきた習慣で、カミューが無断ですっぽかしたことはなかった。急用が入っても誰かに伝言を頼んだりしていた。 今朝はいいようにからかわれて、勢いのままに朝食を別にしてしまったけど。お茶の時間になればいつもの調子でおしかけてくるものだと信じて疑わなかっただけに、マイクロトフは不安になる。 マイクロトフはしばらく唇を噛んでいろいろ考えていたが、決心したように顔を上げると椅子から立ち上がって急ぎ足でドアに向かった。勢いよくドアを開ける。 ごちっ 鈍い音とともにドアが突っかかって、マイクロトフは視線を下げた。そこに転がっている物体に思わずあきれたような声が出る。 「……何をしてるんだ? おまえは……」 しゃがんだ体勢のまま後頭部に痛烈な一撃をくらい、前のめりになったカミューは後頭部をさすりながら顔を上げる。痛みのあまり涙目になっていた。 「……マイクと……お茶したかったんだけど、迷惑かなーとか、まだ怒ってるかなーとか思ったら部屋に入れなくて……」 部屋に入れなくて、ドアの前にしゃがみ込んで悶々と悩んでいたらしい。マイクロトフはこの伊達男がどんな顔をしてこんなところにしゃがみ込んでいたのだろう……と思ったら、笑いが込み上げてきた。それを敏感に察知したカミューはすねたような目つきになる。 「いきなりドアを開けるなんてひどいよ……」 「いつまでたっても来ないお前が悪い」 マイクロトフの声には、笑いの中に優しい響きが確かににじんでいて。カミューはきょとん、とした顔になる。 「……ひょっとして、迎えにきてくれようとしたの?」 「さあな。 ……入らないのか?」 少し笑ってドアを大きく開けて促せば、カミューは慌てて立ち上がり、部屋にすべりこむ。マイクロトフはゆっくりドアを閉めた。そして、まだ頭をさすっているカミューに歩み寄り、そっと後頭部に触れる。 「ああ、こぶになってるな。痛かったろう?」 優しい声が胸に染みて、カミューは甘えるように肩に顔をうずめた。怒るかな、と思ったが、マイクロトフはそのまま後頭部を優しく撫でてくれる。その心地よさにカミューはそっと目を閉じた。 ああ、何を不安に思っていたのだろう……。マイクはこんなにも自分に優しくしてくれるのに。 ……きっと自分にだけ、だ。 そう思うと幸福感に満たされて。カミューはマイクロトフの背中にそっと腕を回した。 それがいつも自分を抱きしめる力強い腕じゃなく、甘えるような、すがるようなものであると感じたマイクロトフは、自分ももう片方の腕を背中に回してやる。 カミューの肩がわずかに震えた。 「マイク……」 「ばか。泣くやつがあるか」 「だって……」 幸せで、幸せで。 そんなカミューをマイクロトフはしっかりと抱きしめてやった。 泣くほど痛かったのか……。 …………二人の溝はまだ深い。 オチない……(汗) |