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目の前で美男美女が優雅に踊っているのを見て、マイクロトフの胸はちくり、と痛んだ。 あれほど念を押されていたのに。頭ではわかっていても心がついてこない……。 音楽の終わりにあわせて足を止めた二人がみつめあって微笑み合うのをみたとき、マイクロトフはいたたまれなくなって、パーティー会場を抜け出した。 1時間ほど前…… 深く重ねていた唇を名残惜しげに離すと、カミューはぎゅっとマイクロトフを抱きしめた。 「マイク。絶対信じてね。俺はマイクロトフだけを愛しているんだから」 「う、うるさいっ! 早く離せ!!」 少し乱れた息で、抗議の声をあげるマイクロトフをよそに、カミューはますます腕に力を込める。 「ああ、本当はこんなことやりたくないんだよ。でも俺が引き受けないとマイクにお鉢がまわるし……」 「わかった! わかったから、早く離せ!!」 じたばたと暴れるマイクロトフにカミューはしかたなさそうに腕を緩める。でもまだ腕に囲ったままで。 「いいね? 俺が何をしようと決して本心じゃないんだよ。俺の愛を疑わないでね。愛してるよ、マイクロトフ」 「なっ、何度言う気だ?! お前は!!」 「何度言ってもたりないよ。ああ、マイクロトフ。せめてお前が見てないところでならどうとでもできるのに」 言いながらまた口づけようと顔を寄せてくるカミューにマイクロトフは堪忍袋の尾が切れた。 「いいかげんにしろ!」 どすっ 容赦ない鳩尾への膝蹴り。カミューは鈍いうめき声とともにしゃがみこんだ。恨めしそうに見上げる目には涙が溜まっている。 「何度する気なんだ、お前はっっ! こ、こんないつ誰が通るかわからないところで!!」 こんなところ、とは騎士団長をはじめ、幹部クラスの部屋が並ぶ廊下。幹部たちはもちろん、他の騎士たちも出入りが多いところだ。さっきから「愛してる」だの、熱烈なキスだのを散々繰り返されて、壁に寄りかかってようやく立っているという状況だった。 「俺は誰に見られてもかまわないけど?」 「俺はかまう!!」 憤死しそうな勢いで怒鳴るマイクロトフにカミューは肩をすくめる。実は何人か通りかかったのを睨みつけて追い払っていたというのに。 「だって、どんなにしても不安なんだもん」 ぶーと口を尖らすカミューに「お前は子供か!!」と一喝すると、マイクロトフはその場を立ち去ろうと背中を向けた。 カミューは立ち上がってマイクロトフの肩に手をかけ、引き止めると、妖艶な笑みを浮かべながら、 「子供はこんなことしないと思うけど?」 と肩越しに頬に手を添えてまた唇を寄せる。 ごんっ 今度は頭に拳が落ち、カミューは頭を抑えて再びしゃがみこんだ。 「馬鹿者!!」 「うう……痛いよ、マイク……」 「俺は、状況もわかっているし、引き受けてくれたお前には感謝してる! なんの心配があるというんだ?!」 真っ赤になって怒鳴るマイクロトフをカミューはしゃがみこんだままじっと見上げる。 「なんだ?」 「……マイクがかわいいヤキモチを妬くんじゃないかって心配なんだよ」 「かっ、っ! 誰が妬くか! そろそろ時間だろう!! とっとと行け!!」 マイクロトフが外に通ずる階段の方を指差すとカミューは立ち上がってマイクロトフの腕をとった。 「一緒にいこ。ね?」 甘えるように小首を傾げるカミューに、マイクロトフはしかたなさそうにため息をついて一緒に歩き出した。 向かうはとあるパーティ会場。今夜そこで行われる宴に、白・赤・青騎士団長以下、幹部クラスが参加することになっていた。そのパーティは各界からさまざまな権力者が招待される盛大なもの。そして、白騎士団長から呼ばれた両団長に、とある女性を丁重にもてなせ、という命が下された。 もともと華やかな場が苦手なうえに、さらに苦手な女性を相手するなどマイクロトフにできるわけもなく、必然的にカミューに矛先は向けられた。カミューもマイクロトフの見てる前で女性と一緒にいる、など嫌だったが、かといってマイクロトフが自分の目の前で女性と……なんて耐えられそうにもなかったため、しかたなく引き受けた。 前は全然平気だったのに。想いが通じてからはほんとうに狭い人間になった。 いろんな女性を相手するのはゲームに似た感覚でそれなりに楽しかったりしたものだが、マイクロトフと恋人同士、という関係になってからはそういうことを微塵も感じなくなった。とくに、実は彼もけっこう自分を好きらしい、と知ってからは、彼には自分のかっこいいところばかりを見てほしい、なんて青臭いことを考えるようになった。 彼に恋してから調子が狂いっぱなしだ。しかも、それを嬉しいと思っているあたりかなり重症なんだけど……。 カミューの任務のため多少早くパーティ会場に着いた。二人で受付けを済ませ、中に入ろうとすると、カミューが「襟が曲がってるよ。直してあげる」とマイクロトフをなぜか柱の陰に引っ張り込んで。すばやくキスする。 「なっ……!」 「じゃあ、俺は行くから。マイクはもうちょっとゆっくりしてから入るといいよ。レディたちに囲まれたかったら別だけど」 マイクロトフが何か言う前にウィンクを残してカミューは会場へと消えていく。マイクロトフは赤面した顔が戻るまでしばらくそこから動けなかった……。 中庭に出ると、ひんやりとした空気がマイクロトフを包んだ。吹き抜ける風が酒に火照った身体に気持ちいい。 ふう、とひとつ息をついた。 自分がこんなに心の狭い人間だとは思わなかった。 仕事だとわかっているのに。自分の代わりに引き受けてくれたとわかっているのに。 どうしても自分以外の人間に優しく微笑みかけるのが嫌だった。優しく触れる手が嫌だった。 マイクロトフは噴水の傍にベンチをみつけるとそこに座った。 少し酔ってるせいだ。頭を冷やせば冷静に二人を見られるはず……。 醜い嫉妬心を酔いのせいにして、マイクロトフは天を仰ぐ。星が奇麗だった。前にカミューにあれこれ星座をおしえてもらったことを思い出して、知らず目で追う。 と、ふわり、と背中にぬくもりを感じた。暖かい腕が胸の前で合わされる。 マイクロトフは驚いて振り返った。 「カミュー!」 カミューは返事をしないで肩口に顔を伏せた体勢のまま、ただ腕に力を込める。 「カミュー! 任務はどうした?! こんなところにいる場合じゃないだろう!!」 さっきまで自分の傍にいてほしい、と思っていたくせに、非難がましい言い方をする自分が嫌だ、とマイクロトフは思った。 「……ごめん……」 「え?」 「嫌な思いさせて……」 ぽつり、と謝罪の言葉がカミューの口から漏れる。マイクロトフは胸が締めつけられる気がした。カミューは何も悪くないのに。自分を心配して大事な任務を放り投げてここまで追ってきてくれたのに。 「なぜ……お前が謝る? お前は任務を果たしているだけだ……」 声が震えるのを必死にこらえて言うと、カミューはそっとマイクロトフの手を握る。 「でも。マイクに嫌な思いさせた……」 どこまでも優しい声に、マイクロトフの涙腺が緩む。後ろから抱きしめられた体勢から身体を捩ってカミューの胸に顔をうずめる。 「お前がっ、そうやって、俺を甘やかすからっ、俺は……俺は……」 足手まといにはなりたくないのに。カミューに迷惑をかけたくないのに。 言葉に詰まって、どんっ、どんっ、と胸を叩くマイクロトフの背中に、カミューは腕をまわして優しくさすってやる。 女性をエスコートしている間も目は常にマイクロトフを追っていた。ダンスが終わり、周りを見渡したときに彼の姿が見当たらなくて、いてもたってもいられなくなって会場を飛び出した。 そして夜空を見上げてる彼をみつけたとき、その姿があまりにも儚げで。自分の目の前で消えてしまうんじゃないかと怖くなって……思わず強く抱きしめてしまった。 彼を不安にさせたくないのに……。 「カミュー様?」 背後から女性の声がした。腕の中のマイクロトフがびくっと強ばる。とっさにカミューから離れようと腕を突っ張ろうとしたマイクロトフを許さず、カミューは背中と頭に添えていた手に力を込めてますます強く抱きしめた。 「カミュー!」 小声で抗議の声を上げるマイクロトフの背中を優しく撫で、その体勢のまま振り返る。 「どうしたんですの?」 「ああ、申し訳ありません。友人がちょっと具合が悪くなりまして。少し風にあたっていたのです」 にっこりと微笑みを作って答えるカミューに女性は心配そうに眉をしかめる。 「まあ……。大丈夫ですの?」 「ええ。少し酔っただけのようですので。一人にしてしまい、失礼しました」 「いえ。お姿が見えなくなったので心配で探してましたの」 「それは申し訳ありませんでした。ここは冷えますので、どうぞお戻りください。私ももうすぐ戻りますので」 「ええ。お待ちしてますわ」 女性はドレスを優雅にひるがえして会場のほうへと引き返していった。 マイクロトフの頭上でため息が漏れる。 「もう……帰ろうか?」 優しく囁かれた言葉にマイクロトフはぎょっとして少し赤くなった目で見上げる。 「だっ、だめだ! 任務の途中だろう!」 「あんな茶番、どうでもいいよ。それよりマイクにこれ以上嫌な思いをさせたくない」 きっぱりと言い切るカミューにマイクロトフは胸を突かれた。自分の中の子供じみた嫉妬心がみるみる浄化されていくのがわかる。 マイクロトフは目を閉じると、静かに頭を振った。 「だめだ……。俺は、大丈夫だから、ちゃんと任務を果たしてくれ」 「マイク……」 「お前がどうしても嫌だ、と言うなら俺が相手してこよう」 ちょっと笑って、できもしないことを口にするマイクロトフに、カミューは安堵を含んだ苦笑いを浮かべる。 「それは……困るな。マイクが女性と仲良くしてる姿なんかみせつけられたら、女性をはったおしてしまいそうだ」 「マチルダいちのフェミニストの言葉とは思えないな」 「優先順位があるんだよ」 くすくす。二人で額をくっつけあってぬくもりをわけあう。 マイクロトフは、もう大丈夫だと思った。 ようやくパーティも終わり、二人は城に帰ってきた。 カミューは強引にマイクロトフの手を引き、自分の部屋に連れ込む。マイクロトフもとくに抵抗しないでついていった。 ドアを閉めると同時に抱きしめてくる腕に幸福感を感じながら、胸に顔をうずめようとしたマイクロトフはあわてて腕をつっぱねて抵抗した。 「マイク?」 あまり余裕がないのを精一杯我慢しているのにさらにおあずけをくらうのか、とカミューの声は不満を隠せない。しかし、マイクロトフの声も不機嫌なもので……。 「……香水の匂いがする……」 「えっ?」 慌てて自分の腕を嗅いでみてもすでに鼻が慣れてしまっているのかわからない。確かにあの女性はきつい香水をつけていたから移ってしまったのだろう。 あたふたするカミューを見て、マイクロトフはくす、と笑った。 「シャワー浴びてこい。……待ってるから」 カミューは思いもかけない言葉に目を見開いた。普段、こういうことにつれないマイクロトフも自分と同じくらい求めてくれているのか、と。 「うん。すぐ出るから。 ……ああ、だめだ。一緒に入ろう!」 「え?! な、なにばかなこと……」 マイクロトフがなにやら抗議の声を上げていたが、カミューは一切無視して脱衣所につれていく。有無を言わさず服を剥ぎ取るとさすがにあきらめたのかおとなしくなった。自らも服を脱いで先に浴室に入る。 シャワーのコックをひねり、頭上からお湯を浴びる。ひととおり全身が濡れると、入り口に立っていたマイクロトフを手招いた。吸い寄せられるように近づいてくるマイクロトフを腕に抱き込んで、 「ほら……。もう大丈夫だろ?」 と濡れはじめた頭にキスを落としながら囁く。マイクロトフは安心したように頷いて胸に頬を寄せた。 ……と。 カミューの首筋にうっすらと残る紅い跡が目に入った。……どうみても口紅の跡。 むかむか。 「マイク。今日は覚悟してね……」 そんなマイクロトフに気づかず、カミューはうっとりと唇を寄せてくる。 がぶり。 「!!!!」 首筋につけられた歯形の跡は1週間は消えなかったという……。 おわり |