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マイクロトフは自室の窓際に立ち、外をじっと眺めていた。 「そんなに睨みつけても雨は止まないよ?」 不意に背後から声をかけられ、マイクロトフは、いつのまに、と思いつつも視線は窓から動かさず、からかうような口調にムッとしたように応える。 「べつに睨んでなんかいない」 見なくても相手が誰であるかなんてわかりきっていた。青騎士団長の私室に堂々と入り込める人物など1人しかいないのだから。 「そうかな? 眉間に皺が寄っているけど」 と、笑いを含んだ声の主は歩み寄ってくると、背後から抱き締めるように腕を回し、片方の手を眉間にそっと人差し指をあてた。それはマイクロトフが眉を寄せるときに行なういつものしぐさ。 「皺になるよ」 いつものセリフ。 そして、眉間に触れた手はそのまま窓枠を掴んでいたマイクロトフの手に重ねられ、もう片方の腕は抱き締めるように腰に回る。マイクロトフの背中にぬくもりが軽く触れた。 「カミュー」 夜はともかく昼は友人の顔を崩すのをよしとしないマイクロトフの咎めるような声に、声の主・カミューは、くす、と笑った。確かにこんな行為は友人の範囲内ではない。しかし、カミューはそのままの体勢で口を開く。 「退屈そうだね」 「……雨は嫌いだ。行動範囲がぐっと狭まってしまう」 今日の屋外演習も中止になってしまった、と、身体を動かすのが何より好きなマイクロトフは憮然としたように応えた。今はカミューの振る舞いより空の振る舞いのほうが気に入らないらしい。カミューはくすくす笑う。 「しょうがないじゃないか。今は梅雨なのだから」 「梅雨は食べ物が傷みやすいし、何もいいことがない」 食べ物を引き合いに出すところがなんともマイクロトフらしい。さては大事にしまっておいたおやつにでもカビが生えたりしたのかな、と、カミューはおかしく思いながら、宥めるように重ねた手をそっと撫ではじめる。 「カミュー」 再びかけられた咎める声も気にせず、 「俺は好きだな。こうして2人でいられる時間が増えるんだから」 と、カミューは広い背中に甘えるように頬を擦り寄せた。 今日は1日がかりの大規模な屋外演習を行なう予定だった。それに合わせるようにデスクワークも何日か前から調整されていた。それが中止になってしまったため、今日のスケジュールがぽっかりと空いてしまったのだ。 こんな昼間から、多忙なはずの青騎士団長が私室にいるのも、そこに同じくらい多忙なはずの赤騎士団長がやってきたのもそのためだった。 「カミュー!!」 背中のぬくもりも、優しい指の動きも、昼間にはあまりにも似つかわしくないもので、マイクロトフは真っ赤になって身を捩ろうとした。しかし、そんな行動などお見通しだったカミューは笑いながらそうはさせじと抱き締める腕に力を込める。すると、マイクロトフは心底慌てたようにもがきはじめた。 「離せ、カミュー! なんのつもりだ?!」 「いや、マイクがあんまり嫌がるから」 おもしろくてつい、と楽しそうに笑うカミューに、マイクロトフは不本意ながらも抵抗をやめた。ムキになればなるほどこの男を喜ばせるだけだということを悲しいくらいマイクロトフは知っている。自分をからかうのに、それはもう無駄な労力を惜しまない男なのだ。 マイクロトフが身体から力を抜くとカミューは、おや、という顔をして背後から顔を覗き込もうとした。しかし、同じくらいの身体つきでは肩越しに横顔のアップを見るのがせいぜいである。……まあ、表情が見えなくても仏頂面をしているのは疑いようもなかったが。 カミューは満足したように目を細め、再び背中に頬を寄せると、 「マイクにとってはうっとおしいだけかもしれないけど、この時期の雨は農作物にはかかせないものだからね」 と、子供に言い聞かせるように言った。 「秋においしいものを食べたかったら少しの間、我慢しないと」 「……わかっている」 夏の間に使用する水は、この時期に降るまとまった雨によってほとんどが賄われる。降水量が足りないと水不足になり、大変なことになる。それは生まれてからずっとこの土地で育っているマイクロトフにも充分すぎるほどわかっていた。わかってはいるのだが、どうしても自分の楽しみを減らす目の前の雨を恨まずにはいられない。 わかっている、とは言いながらも憮然とした表情を崩さないマイクロトフにカミューはくすくす笑う。普段は誰もが認める、鉄壁のお固い青騎士団長殿だというのに、こんなふうに子供のように理性と感情の矛盾を見せる彼がとても好きだった。もちろん、自分の前だけで見せる、という優越感つきである。 「雨の音って寝やすくて好きだけどな」 「おまえはいつも寝ているじゃないか」 毎朝、起こしにいくたびに寝汚いカミューに苦労しているマイクロトフの苦い口調に、カミューはますます笑いを誘われた。 「ま、こんな天気の日には不貞寝するのがいちばんだよ」 「……なんで不貞寝なんだ?」 ただ寝るだけなら昼寝という表現でいいだろうに、とマイクロトフが問うと、 「犬ってさー、雨が降るとそれはもうつまらない顔をして寝そべっているんだよ」 「…………俺は犬か」 憮然とした口調にカミューはたまらず吹き出す。 「だって、耳を垂らしてうなだれてる姿なんて犬そのものだよ」 「誰の耳が垂れてるって?」 「マイクの耳」 カミューは言いながら、背中から顔を上げるとちょっと背伸びをして、ぱくっと耳に齧りついた。 「カミュー!!」 マイクロトフは瞬時に真っ赤になって叫ぶ。そして、すかさず腕を振り上げるとカミューの頭に肘をお見舞いしてやった。 「いったー」 カミューがたまらず両手で頭を庇うと、囲いが解けたマイクロトフは憤然たる様子で向き直った。 「おまえの言うとおり不貞寝してやる! だから、おまえはとっとと出て行け!!」 出口を指差すマイクロトフにカミューは情けない顔をして腰にしがみつく。 「そんなー。一緒に寝ようよー」 「断る!!」 「やだー。一緒に寝る〜〜」 「離せ!!」 「むぎゅー」 ……2時間後、青騎士団長の私室から少々皺の寄った制服姿の青・赤、両騎士団長が出てくるのが何人かの騎士によって目撃された。どこか疲れたようなその姿に、いろいろと憶測が飛び、あらぬ噂が広まったが、噂に疎い青騎士団長は知る由もなく、赤騎士団長は意味ありげに笑うだけであった……。 |