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「愛してるぞ、カミュー」 愛しい恋人の突然の言葉に。 「え? ええ?! ど、どうしたの、マイク! 春の陽気にあてられちゃった?」 カミューは一瞬茫然とし、次いでパニックに陥った。そのあまりな言いようにマイクロトフはムッとしたように眉根を寄せる。 「阿呆。いつもは、言え、と、うるさいくせして、いざ言うとそういう反応を返すのか?」 マイクロトフの不機嫌な声に、カミューは慌てて頭を振る。 「ご、ごめん! そうじゃなくて、信じられないというか……あんまり嬉しくてちょっとパニックになっちゃったみたいだ」 マイクロトフは睨むようにじっとカミューを見つめていたが、やがて目を閉じてため息をついた。 「まあ、俺も悪いのか」 おまえに言わせてばかりだからな、と照れくさそうに笑うマイクロトフにカミューはどきり、とする。そっとマイクロトフの顎に手をかけ、自分の顔を寄せた。怒るかと思ったがマイクロトフは軽く目を伏せただけだった。 「ねえ……もう一回言って」 「……愛してるぞ」 ちょっと間をあけて応えてくる声に歓喜で胸が震える。 「もう一回……」 吐息が触れそうなくらいの近距離で囁くと 「しつこい」 と、ちょっと呆れたように言われた。カミューは、何度でも聞きたいのに、と思いつつ、唇をそっと合わせる。 ああ……夢のようだ……。 「って、夢かい」 目を開けたカミューは憮然とつぶやいた。昼食を摂り、あまりにも天気が良かったので外に出て、大木に寄りかかって休んでいたのだが、いつのまにか寝てたらしい。不自然な格好で寝ていたため少し軋んでいる身体を起こし頭上を見上げると、大木にはもうじき開きそうな蕾がたくさんついている。それは春になると咲く花。 「春の陽気にあてられていたのは俺のほうか……」 夢の内容を思い出すと苦く笑うしかない。夢に見るまでに焦がれていたのか、と。 カミューは目を閉じてマイクロトフの顔を思い浮かべた。 もう3ヶ月会っていない。マイクロトフは新年が明けてからすぐ国境付近の砦に任務のため向かった。1週間ほどで任務は終わったのだが、今年は例年にない大雪で砦に向かう途中にある山で雪崩れが起き、道を閉ざしてしまったのだ。強行に突破すれば帰ってこられないことはなかったのだが、砦に滞在している騎士たちが事実上孤立してしまうことになる。何かあったときに早馬を飛ばしたくてもいつもの倍以上の日数がかかるだろう。マイクロトフはそういった不安を募らせないために現地に残り、そのまま復旧の指示にあたったのだ。復旧は順調に進み、まもなく帰ってこられる、というのは昨日届いた知らせ。 1週間の予定が3ヶ月になろうとはあまりにも予想だにしなかった事態で。連絡を取りようにも雪崩れが起きた箇所を通過して行き来するのは屈強な騎士といえども危険が伴うため、あまりそれもできなかった。自ら行くことができればよかったのだが、仮にも自分は赤騎士団長の立場。それに青騎士団の仕事も増えてしまった身ではそれもかなわなかった。ずっと「まだしばらくかかりそうだ」という知らせだったのが、昨日、ようやく「帰れそうだ」という知らせに変わったため、こんな夢を見てしまったのだろうか。 カミューは砦がある方角を見つめ、山の向こうにいる恋人に思いを馳せる。と、さわさわと風が吹き、頭上の木々が揺れ、葉がこすれあう音がした。カミューはつられて頭上を見上げる。雪が降る日が減り、地面に積もった雪が溶けはじめてからカミューは毎日のようにこの大木の元を訪れていた。春になると薄紅色の花を咲かせる木。なんとなくこの花が咲けばマイクロトフが帰ってくるのでは、という思いに駆られ、日々、木の元に座り込んでは祈るように願っていた。 俺を養分にしてもいいから早く咲いておくれ、と。そして、春とともにマイクロトフを俺の元に運んできてくれ、と。 「もう少しかな……」 膨らんだ蕾にカミューは目を細めた。 はらり、はらりと花びらが舞う。 ああ、まただ、とカミューは思った。最近、毎日のように見る夢。ようやく咲いた薄紅色の花の下でマイクロトフと再会する夢。 「カミュー」 優しく呼ぶ声は普段ならめったにありえないことで。夢の中で都合のいいようにマイクロトフを変えているのだ、と思うと思わず苦笑が漏れる。次の展開もわかりきっていた。 「カミュー」 そっと肩を揺すられ目を開ける。そして、夢は終わり、誰もいないのだ……。 「なにをやっているんだ、こんなところで。風邪を引くぞ」 「………………桜の精?」 わざわざ愛しい人をかたどって出てきてくれるとは。随分サービスがいいことだ、とカミューはぼんやりした頭で思った。しかし、 「……春の陽気にやられたのか?」 呆れたように眉を寄せ怒ったように言うその姿は……。 「ええっ?!」 カミューはいささかまぬけな声を出して飛び起きた。日差しの元、空のように澄みきった青が目に眩しい。待ち焦がれたその姿が目の前にあった。 「マイクロトフ?! えええっ? 本物?!」 思わず腰あたりにしがみつくように手をかけ見上げると、マイクロトフはなぜか慌てたように膝蹴りを繰り出した。防御する間もなかったカミューは顔面にもろに食らう。さすがにたまらず、腰から手を放し、自分の顔を覆った。 「あ……いたたた。な、なにをするんだ。酷いじゃな……」 カミューが涙目になって抗議しようとすると、長衣の陰から他の青騎士たちの姿が目に入った。いつも優雅で華麗な赤騎士団長の見たこともない姿に、皆茫然とやりとりを見ている。カミューは、ああ、そういうことか、と納得し、ごまかすように立ち上がった。ぱんぱん、とズボンについた埃を払うと、少し顔を赤くしているマイクロトフにそっと耳打ちする。少々咎める口調になるのはどうしようもなかった。 「どうして一人で会いにきてくれなかったの?」 「……俺はまだ帰ってきたばかりだっ。これからゴルドー様に報告に上がる。おまえも来い」 マイクロトフは唸るように返すと、待たせていた青騎士たちのところに戻って一緒に城の方へ歩いていく。カミューは慌てて後を追うと、あたりまえのように先頭を歩くマイクロトフの隣に並んだ。こうして肩を並べて歩けるのは自分だけなのだと思うと、優越感を覚えずにはいられない。隣を歩くマイクロトフをそっと見た。視線に気付いたマイクロトフがこちらを向くと笑みを浮かべる。 「おかえり」 「……ああ」 ぶっきらぼうに返されてカミューは不満に思いつつも、しょうがない、と折れるしかない。普通に振る舞えば誰も変に思わないのに、そういう器用な真似ができる恋人ではなかった。後ろに部下を従えている今、青騎士団長の顔を崩すことはできないのだ。それを思えば帰還の報告にあがる前に自分に声をかけてくれただけでも充分すぎるほどだった。 それに。 わずかに赤くなった耳を見て、まあ、許してやるか、という気にもなる。 城内に入るとマイクロトフは部下たちに労いの声をかけ、解散を告げた。青騎士たちはようやく任務が終わったことを実感したのか安堵の表情を浮かべると、思い思いの場所に向かって散っていく。部屋に向かう者、詰め所に向かう者、仕事にあたっている同期に帰還を知らせにいく者……様々である。彼らも1週間ほどの任務が3ヶ月以上に延びるとは思いもしなかったのだろう。明らかにほっとした様子だった。 マイクロトフとカミューはそのまま2人でゴルドーの執務室に向かう。部下たちと別れ、こちらも少し肩の力が抜けたようなマイクロトフに、カミューはまた労いの笑みを浮かべる。 「ごくろうさま」 「ああ」 今度は、少し照れたような笑みが返ってきた。カミューは、ああ、ようやく帰ってきたんだなぁ、と改めて実感する。そして、城内の廊下、という場所がこのうえなく恨めしい。 場所が場所だったら。抱きしめて何度もキスして。あわよくばそのまま……。 「カミュー」 「なっ、なに?! べつにやましいことなんか考えてないよ?!」 邪まな想像に駆られていたところに名前を呼ばれ、カミューは、まさか心の中を読まれたのか? と動揺する。マイクロトフは呆れたようにため息をつくと、カミューの頭上を指差した。 「花びら」 「え?」 カミューが反射的に頭に手をやろうとすると、一瞬早くマイクロトフの手が伸び、髪に絡まっていたらしい花びらを摘んで目の前にかざした。 「本当はもっと早く取ってやろうと思っていたが、部下の手前、な……」 照れたように目を逸らすマイクロトフにカミューは我慢ができなくなり、素早く辺りを見回した。そして柱の陰が死角になると判断すると、ぐいっと腕を引いてマイクロトフを柱の陰に引っ張り込む。突然の行動にマイクロトフが口を開こうとするより早く口付けた。さすがに場所を考えて一瞬で離れる。あまりの不意打ちに言葉が出なくなっているマイクロトフに万感の想いを込めて囁いた。 「会いたかった」 マイクロトフは真っ赤になったまま口をぱくぱくさせていたが、やがて大きくため息をつくと、 「俺もだ……」 と、小声で応える。とても不本意そうな声にカミューはくすくす笑った。きっと、何をする! とか、こんなところで言えるか! とかいろいろと言いたいことや葛藤があったろうに、結局出てきた言葉がこれなのだろう。恋人としての彼は素直じゃないことが多いのに、こういう肝心なときは素直になってしまう。けっこう愛されてるのかな、と思うと顔が緩むのが抑えられなかった。 「カミュー! いつまで笑ってる!」 「マイクロトフ、顔が真っ赤だよ?」 からかうように言うとマイクロトフは慌てて顔を片手で覆う。カミューは3ヶ月以上離れていたのにちっとも変わっていない反応に満足し、 「じゃあ、そろそろいこうか」 と、柱の陰から廊下に戻ろうとした。しかし、後ろからぐいっと引っ張られバランスを崩す。何事? と振り返ると同時に後ろから口付けられた。ぬくもりが離れてもカミューは茫然として言葉も出てこない。 「……春の陽気にあてられたんだっ」 穴があくのでは、というほど見つめられ、マイクロトフは目を逸らして言った。そして、自分を落ち着けるかのように目を閉じ、一呼吸おくとカミューを見て、 「顔が真っ赤だぞ」 と、にやり、と笑う。 片手で顔を覆いながら、やっぱり本物には敵わないな、と思うカミューであった。 おわり |