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マイクロトフに出会うまで、俺の世界はモノクロのようだった……。 マイクロトフは闇色の髪、瞳を持っているのにもかかわらず、光を纏っていた。彼の傍にいると世界が色づく。彼の傍にいるだけで、救われる自分に気付いたのはいつの頃か。 彼と行動を共にするようになった俺は、まず、彼の高潔な精神に惹かれた。純粋に騎士に憧れる姿は清廉潔白そのもので、見てて気持ちが良かった。しかし、同時に危なっかしさがあった。不器用な彼を守ってやろう、という兄にも似た庇護的な気持ちがいつのまにか、守りたい、という想いに変化していた……。 それに気付いたとき、彼は『友』ではなくなってしまった……。 「マイクロトフが、好きなんだ」 俺の言葉に彼は目を見開いた。当然だろう。親友だと思っていた相手にこんなことを言われるなんて、予想もできなかったろうから。 彼は逡巡したあと、 「あ、あの、俺も……」 と、口を開いてきたから、俺は苦笑いした。 俺『も』? 違うよ、それは。 「俺が言っているのは恋愛感情だよ」 俺の言葉に彼は眉を寄せてしまった。嫌悪、というよりは困惑しているように見えるのは都合のいい解釈だろうか。 「お、俺は男だぞ?」 とまどったようにもっともらしいことを言ってくる彼を少し気の毒に思いながら、俺は間髪入れず応える。 「そんなの関係ない。ただ、おまえを愛している」 アイシテイル…… 不思議な響きだった。心の中でつぶやいたことはあったが、口にしたのは初めてだった。口にしたとたん、彼を愛しいと思う気持ちがあふれてくる。 しかし、それはあまりにも一方的な想い。 自分に友情以外を抱いてなかった彼にとっては裏切りにも近いだろう。これが自分でなければ一蹴するのだろうが、相手が悪かった。つい、さっきまでは互いにかけがえのない『親友』だったのだから。いや、互いに、というのは綺麗事か。俺はかなり前からこの想いを抱いていたのだ……。 じっとマイクロトフを見つめていると、彼はうつむいてしまった。いつもの快活な彼らしくない態度に少し胸が痛んだ。きっとどうやって断るのが自分をいちばん傷つけないのかを考えているのだろう。 「俺は……そんなふうに思ったことがない……」 やがて、ぽつりとつぶやかれた言葉。 俺は彼マイクロトフがうつむいているのをいいことに、ふう、と息をついた。 彼が気にしないように、なんでもないように振る舞わなければいけない。その仮面を被る準備だった。 俺のため息にマイクロトフがつられたように顔を上げるとにっこりと微笑んでみせる。 「うん、ごめん。どうしても言いたかっただけだから」 それは本音。しかし、かすかに期待していたのも確かで……。ボロが出ないうちにこの場を去ろうと、じゃあ、と別れを告げて背中を向けようとした。 そのとき、 「カ、カミュー……!」 どこか頼りない声と共に彼マイクロトフに腕を掴まれた。 突然の行動の意図がわからず、俺は彼の顔を凝視した。しかし、口下手な彼は言いたいことがうまく出てこないらしい。ただ、激しい焦燥が見て取れた。 なんだ……? 何を言おうとしてる……? 彼の瞳に浮かんでいるのは脅えに見えた。しかし、何に脅える……? いきなり親友に向かって愛を告げた自分に脅えるのなら引き止める必要はない。 そこまで考えて、俺はようやく思い当たった。 彼は俺という『親友』を失うのが怖いのだ……。 それは嬉しくもあり、同時に絶望に突き落とすことでもあった。 恋人にはなれない。だが、親友でいてほしい……。 なんて身勝手な、残酷な願いだろう。しかし、俺にはそれを拒む勇気はなかった。自分とて彼なしの日々など考えられなかったのだから。 普通、同性に告白されたら嫌悪し、避けるようになるだろう。そんなあたりまえのことすら考えてなかった自分に自嘲の笑みが浮かぶ。 「俺のこと、軽蔑してない? 気持ち悪いって」 「そんなこと、思うわけがない!」 間髪入れず応えてくる彼に、今度は少し安堵の笑みが浮かぶ。 「じゃあ、おまえが許してくれるなら、これからも親友でいてくれるかい?」 「あ、あたりまえだ!!」 彼はそう応えると、ほっとしたのか俺の腕を解放した。俺は「ありがとう」と微笑むと、今度こそ背中を向けた。 これ以上、ここにいるのはつらかった……。 俺は自分の部屋に向かいながらさっきの言葉を反芻していた。 アイシテル…… 初めて家族以外に抱いた、愛しいという想い。それは家族へ向ける愛とは確実に違っていた。いままで何人かの女性と付き合ってきたが、誰にも感じたことがなかった、強い執着と独占欲。それが日に日に増していくのを止められなかった。力ずくでも奪いたい、という乱暴な衝動がなかったといえば嘘になる。しかし、気付いてほしい、という切なる想いのほうが強かった。それが、限界を超えた。 彼はどんなに驚いただろう。精悍な顔つきと誠実な人柄は女性に人気があるのにもかかわらず、彼は恋愛沙汰を苦手としている。それが、可憐な少女ではなく、長年友として付き合ってきた自分に愛を告げられるなど。彼にとっては災難以外の何者でもなかっただろう。 それでも。こんな自分をまだ必要としてくれた彼。それが嬉しくもあり、苦しくもある。これからはこの恋心を殺して彼に接しなければいけないのだ。 演じきってみせる……。 彼にとって、最高の親友を。それがどんなに苦しいことかはわかっている。それでも、彼の傍に居られなくなるくらいなら耐えてみせる……。 しかし、それからというもの、俺と彼の間はどこかぎくしゃくしたものになってしまった。自分はいつもどおり振る舞っているつもりだった。だが、彼が俺を警戒するような素振りを見せるようになったのだ。何気なく肩を叩いたつもりが身を強張らせたりする。 当然といえば当然だった。恋だ愛だと綺麗事を言っても、その先にあるのは肉体的欲求。好きなら触れたい、欲しい、と思うのは自然の摂理だ。 自分がどんなに何気なさを装っていても、聡い彼は気付いてしまったのかもしれない。この自分の中に潜む、彼にとってはおぞましい以外の何者でもないであろう、醜い欲求に……。 そして。我慢が限界を超えた。 これ以上、彼を傷つけたくなかった。そして、それ以上にそんな彼を見て傷つきたくなかった。彼が望むなら、と、親友に戻ろうとした努力は報われないのだ、と悟ったとたん、自分の中で何かが崩れ落ちた。 これ以上、互いを傷つけるくらいなら、離れてしまおう……。 俺は二人で酒を飲んでいるときにマイクロトフに告げた。 「ごめん。おまえを苦しめるつもりはなかったんだ」 「え?」 グラスを見つめ、どこかぼうっとしていたマイクロトフは俺の言葉に顔を上げた。すぐ俺の言葉を理解したのか、少しとまどったように口を開いた。 「いや……、苦しめるだなんて……」 「でも、おまえは苦しそうだ」 もっともらしいことを言えばマイクロトフは困ったように眉を寄せる。 「カミューが悪いわけじゃない。俺が……」 なにやら言いかけるものの、うまく言葉がでてこないらしいマイクロトフに俺は力なく笑った。……あきらめの笑みだった。 「もう2度と口にしないから、許してくれ……」 もう2度と、愛を囁いたりしないから、せめて普通の関係に戻ってくれ。ぎくしゃくしたやりとりはもう嫌だ……。ゆっくりでいいから前のような屈託のない笑みを見せるようになってほしい……。 「許すだなんて……」 俺の言葉に言い淀むマイクロトフの顔を見たくなくて俺は目を伏せた。 「おまえが忘れられるまで、少し距離をおくことにしよう」 ……自分に死刑宣告をしたようだった……。 俺は宣言したとおり、マイクロトフと距離をおいた。距離をおく、と言っても彼を避けたりするわけではなく、必要最低限の会話はするようにした。彼と口をきかないなんて耐えられなかったし、早く、元のように気兼ねなく会話ができるようになりたかったから。だが、余計なことは口にしなかった。余計なことを口走るのが怖くて。彼がへんに意識しないよう、俺は周りの人たちに接するように振る舞った。 それにしても。彼と話をしないだけで、世界はこうも色褪せているものなのか。なんの面白味もない昏い世界。他の友人と歓談しても全然楽しくなかった。 彼との他愛のない会話がどれほど自分の糧となっていたことか。 これは罰だ。最初は傍にいられるだけでいい、と思っていたのに、ひょっとしたら自分の想いに応えてくれるかもしれない、と、欲張ってしまった自分への罰……。 早く……早く元通りに微笑んでほしい……。 深夜もいいかげん過ぎた頃、俺はようやく帰路についていた。 閉店ぎりぎりまでアルコールを流し込んでいたにもかかわらず、頭はいやに醒めている。身体はさすがに少しふらつくものの、肝心の酔いがまわらないのでは、なんのためにこんな遅い時間まで酒を飲んでいたのかわからない。 空を見上げると晴れているのに月がなかった。 「今日は……新月か……」 どこか澄んでいるような闇色に愛しい人の姿が思い浮かぶ。 まるで……マイクのようだな……。 同じ闇だというのに、自分の心となんと違うことだろう。改めて自分の醜さを思い知らされて、いたたまれなくなり目をそらした。そして、その視線の先にここにいるはずのない姿を目にする。 「マイクロトフ……?」 これは……都合のいい幻覚か……? 「カ、ミュー……」 暗闇の中でも彼の姿ははっきりと見てとれた。俺は茫然と口を開く。早寝が習慣の彼がどうしてここにいるのかわからなかった。 「何をしているんだ? こんな時間に……」 「カミュー!」 マイクロトフは俺の名前を叫んで駆け寄ってきた。俺は現実と幻の区別がまだつかなくて反射的に身を引こうとした。触れたとたん消えてしまったらあまりにも虚しい……。 しかし、それより一瞬早くマイクロトフが俺の腕を掴んだ。 「おしえてくれ、カミュー! どうすれば……どうすればおまえの傍にいられるんだ?!」 「マイク……」 一瞬、彼が何を言っているのかわからなかった。しかし、 「おしえてくれ!」 叫んだ拍子に彼の漆黒の瞳から透明な雫が流れ落ちたのを見た瞬間、俺はマイクロトフの身体を抱き寄せていた。 俺が……追い詰めたのか? どうして。あんなに努力して彼に元通りに戻ってもらおうとしたのに。無駄だった? 届かなかった……? ならば。どうして俺から離れようとしない……? 俺の心に絶望と共に醜い感情が染み渡っていく……。 だめなら。もう友人に戻れないのなら進むしかないだろう。彼が望む「傍にいられる」方法に。 「俺は……」 醜い欲望を現すかのように声が低く掠れてしまった。その声に恐怖したのかマイクロトフの腕に力がこもる。そのすがるようなしぐさにいつもの彼らしさが微塵も感じられなくて、いたたまれない思いで背中と頭に腕を回し、しっかりと抱きしめた。 「俺はおまえの問いに応える答えはひとつしか持っていない……。しかし、それはあまりにも卑怯なものだ……」 おまえは受け入れられるのか? 傍に居たいと言われても、俺は友に戻るべき手を尽くしてしまったんだ……。 もう、おまえが犠牲になるしかないんだよ……? 「かまわない!」 あまりにも簡単に、悲痛に応えてくるマイクロトフに、俺は何もわかってない、と力なく首を振った。 「おまえを傷つけてしまう……」 「かまわない……。カミューの傍にいられるのならどんな方法でも」 その瞳には揺るぎ無い決心の色がはっきりと浮かんでいる。その強さに惹き込まれながら、ゆっくりと口を開いた。 「後悔……しても、もう戻れないよ?」 それは最終通達。冷たく突き放していながら、必死に肯定を願う自分。相反する思いが胸を締め付ける。 ここでためらわれたら俺はどうすればいい……? 今度こそおまえの前から姿を消そう……。 しかし、彼は俺の目を真っ直ぐ捉えて力強く頷いた。瞬時に呪縛が解けたかのように胸が熱くなる。俺は何日かぶりに心の底から笑った……。 彼の身体は蜜のように甘く、俺を陶酔させた……。 ゆっくりと漆黒の髪を撫でていた。何度も。飽きるということを知らないかのように。 愛しい人が自分のものになってくれた、という浮かれた気持ちとは裏腹に、少しでも手放したら溶けて消えてしまうのではないかというばかな恐怖に駆られていたのだ。 何度も、何度も彼を犯す夢を見た。そのたびに彼は俺をなじり、憎悪の瞳を向けて姿を消す……。 そんな夢ももう見なくて済むのだろうか……? しばし、瞠目した。もう彼を傷つけたくない。夢の中であろうとも……。 そのとき、眠っているはずのマイクロトフの口から呻き声のような声が漏れた。目を開けると、彼は眠ったまま苦しそうに、どこか悲しそうに眉間に皺を寄せ、うなされている。 「マイク」 そっと声をかけたが、起きる気配がない。 「マイク」 もう一度名を呼び、顔を覗き込もうと頬を手で包み込んだ。すると、漆黒の瞳が開かれ、俺を見つめる。 「カミュー……?」 ぼんやりとした頼りない声で俺を呼んだ。泣きそうに見えるのは気のせいか? 「大丈夫? なんだかうなされていたみたいだったけど……」 俺は恐る恐る口を開いた。ひょっとして、今の状況を飲み込んだとたん、拒絶されるのではないか、という恐怖がよぎる。マイクロトフは、ほう、と息をつくと、俺の手に自分の手を重ねてきた。 「カミュー……」 どこか安堵したような声に、重なった手のぬくもりに、俺も少し安心する。しかし、どこかけだるそうな様子に、身体が相当つらいのだろう、と思う。 「身体、大丈夫?」 俺の言葉にマイクロトフは、ふわ、と綺麗に笑った。 「ああ、大丈夫だ」 綺麗な笑みに魅せられて、自然、俺も笑みが浮かぶ。彼が昨夜は錯乱していて一時的な感情で俺を受け入れたのではないのだ、ということがこのうえなく嬉しい。 漆黒の髪が、瞳が、カーテンの隙間から漏れた朝日を受けて艶やかに煌く。それは闇色なのにもかかわらず、このうえない眩い光を放つものだった。 ほら。おまえが居る世界はこんなに明るい……。 終わり |