〜光在る世界〜




 俺の世界は狭かった。カミューに出会うまでは……。

 カミューと出会い、行動を共にするようになって、俺の世界は開けた。カミューはいろんなことを俺におしえ、俺の狭い世界の殻を破ってくれた。生涯無二のかけがいのない友だった。この日までは……。


「マイクロトフが、好きなんだ」
 そう告げた彼の顔はいつになく真剣で、どこか苦しそうだった。
 俺はそんな彼の表情に動揺して、うまく思考が働かなかった。彼の言葉が理解できなかった。ただ、自分だって彼のことは好きだ。これ以上信頼できる友はいないと思っている。改めて口にするのは恥ずかしい気がしたが、彼に応えなければ、と思った。
「あ、あの、俺も……」
カミューのことが好きだ、と続けようとしたが、
「俺が言っているのは恋愛感情だよ」
 と、少し苦笑いして遮られ、俺の頭はますます混乱した。

 恋愛……感情……?

「お、俺は男だぞ?」
「そんなの関係ない。ただ、おまえを愛している」

 アイシテイル……

 不思議な響きだった。異国の言葉を聞いたような感覚。
 俺はしばし茫然としたが、カミューが自分の答えを待っているのだとわかると、急いで答えを探した。しかし、ただでさえ恋愛沙汰が苦手な俺が答えを見つけられるわけもなく、ただ、わかったのは自分には『愛してる』なんていう言葉は似合わないということだった。
「俺は……そんなふうに思ったことがない……」
 うつむいて答えると、頭上でふっと、ため息のような笑ったような気配がした。顔を上げるとカミューは微笑んでいた。
「うん、ごめん。どうしても言いたかっただけだから」
 じゃあ、と別れの言葉を口にしたカミューはどこか儚げで、俺はカミューが消えてしまうのではないかという馬鹿な想像に駆られた。

 カミューが……いなくなる?!

 そう思っただけで目の前が真っ暗になったような感覚に襲われる。俺は背中を向けようとするカミューの腕を思わず掴んでしまった。
「カ、カミュー……!」
 頭の中ではいろんな言葉がぐるぐる回っていた。しかし、肝心の言葉が続かなくて、焦る。俺の突然の行動に目を見開いたカミューは俺の顔を凝視すると、俺が言わんとすることをわかってくれたらしい。ふっと視線を和らげた。
「俺のこと、軽蔑してない? 気持ち悪いって」
「そんなこと、思うわけがない!」
 咄嗟に答えるとカミューは笑って首を傾げる。
「じゃあ、おまえが許してくれるなら、これからも親友でいてくれるかい?」
「あ、あたりまえだ!!」
 自分が言いたかったことを口にしてくれたカミューに俺は内心ほっとしていた。気が緩んでカミューの腕を解放する。カミューは柔らかく微笑んで「ありがとう」と言うと、今度こそ立ち去った。
 一人残された俺はその場に立ち尽くしてカミューの言葉を反芻する。

 アイ、シテイル……

 同じ男に言われたというのに、不思議と嫌悪感はまったくなかった。いや、あまりにも唐突で、突拍子もない言葉だったため、現実味を感じることができなかったのが正直なところかもしれない。
 互いを親友、と呼べるようになってからどれほどの月日が流れただろう。彼が自分にそんな想いを抱えているなんてまったく気付かなかった。

 いつからだろう。一体、何がきっかけで……。いや、その前に俺なんかのどこにそういう感情が沸くのだろう……。

 そう思うとため息が出た。
 どこからどうみても武骨な男なのに。魅力などかけらもあろうはずもない。むしろ、彼のほうが異国の雰囲気も手伝ってとても魅惑的だ。
 男が男に憧れる、というのはまだわかる。実際、自分も騎士団の先輩方にそういう憧憬の念を抱いていたのだから。ただ、それは、ああいう立派な騎士になりたい、と思うだけで、恋心とは違っていたはずだ。
 しかし、彼が自分に憧れるはずはない。なんでも器用にこなし、人当たりもいい彼を俺がうらやましく思うことはあっても、不器用で直情型の自分を彼がうらやましいと思うわけがない。

 では、なぜ……?

 答えは出なかった。


 それから、俺とカミューの間はどことなくぎくしゃくした。俺が原因だった。カミューは普段と変わりなく接してくれたのに、俺が変に意識してしまっていたのだ。
 そんなある日、二人で酒を飲んでいると、カミューがぽつりと言った。
「ごめん。おまえを苦しめるつもりはなかったんだ」
「え?」
 俺は問い返してから、あの告白のことを指していることに気付いた。
「いや……、苦しめるだなんて……」
「でも、おまえは苦しそうだ」
 眉を寄せるカミューに俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。カミューは普段どおり振る舞っているのに、自分がうまく対応できないせいなのに。
「カミューが悪いわけじゃない。俺が……」
 弁解しようとしてもうまく言葉が出てこない。こんなときまで俺の口は言葉を紡げないのか。
 そんな俺を見て、カミューはどこか寂しそうに笑った。
「もう2度と口にしないから、許してくれ……」
「許すだなんて……」
 言い淀む俺の目の前でカミューは目を伏せた。
「おまえが忘れられるまで、少し距離をおくことにしよう」
「え?」
 カミューの言葉は死刑宣告のように俺の胸に突き刺さった……。


 カミューは言葉どおり俺と距離をおきはじめた。口をきかない、というわけではない。必要最低限の会話は普通におこなわれる。だが、それだけ。そのほかの他愛もない雑談や噂話の類はまったくなくなった。
 それは自分も望んでいたことのはずだった。あの告白を聞いてからというもの、カミューの一挙一動に過敏に反応するようになってしまい、毎日神経をすり減らしていた。それがなくなるのだから、楽になるはずだった。
 しかし。彼と話さなくなるだけでこんなに俺の世界は静かなのか。なんの面白味もない、狭い世界。彼と知り合う前に戻っただけだというのに、窒息しそうなほど窮屈な世界だった。いかに彼が支えになってくれていたのかを痛いほど思い知らされる。
 そして、気付いてしまった。
 彼が前のように微笑んでくれなくなったことに。笑わないわけではない。いつも柔らかい笑みを浮かべて話してくる。しかし、それは、他の人へ向ける人当たりのいい笑みと何ら変わらないものだった。前は彼の感情のままにいろんな笑みを惜しげもなく見せてくれていたのに。それがなくなってしまった。
 自分だけの特権のはずだった。それが失われた。彼にとって、自分は『その他大勢』と一緒になってしまったのだ。

 俺の世界は足元も見えないほどの深い闇だけになってしまった……。


 俺はすっかり習慣となってしまった深夜の散歩にでかけていた。散歩、といえば聞こえがいいが、眠れない身体にアルコールを流し込んで、さらに無理矢理疲れさせようとする行為は徘徊、といったほうがよかったかもしれない。昔の快眠が嘘のように眠れない日々。浅い眠りを繰り返しては同じ夢をみて飛び起きる自分。
 同じ夢。

 彼が自分に決別の言葉を置いて立ち去る夢……。

 夢の内容を思い出しただけでぶるっと身体が震えた。きっとこれは近い将来の姿。
 俺は空を見上げた。今日は新月で月はかけらも見えなかった。視界一杯に広がる闇。

 まるで……俺の心のようだ……。

 ぼんやりと見上げていると、
「マイクロトフ……?」
 ここで聞くはずのない声が聞こえた。俺は都合のいい幻聴かと思いつつ、ゆっくりと声がしたほうを振り返る。そこには、驚いたように目を見開いているカミューの姿があった。
「カ、ミュー……」
「何をしているんだ? こんな時間に……」
「カミュー!」
 俺は闇の中に浮かぶ、唯一の光を見つけたかのように駆け寄った。いや、まさに、この暗闇の中ではカミューの亜麻色の髪は金のごとく輝いて見えた。
「マイク……?」
 いきなり走り寄ってきた俺にびっくりしたように身を引こうとするカミューより、俺がその腕を捉えるほうが早かった。
「おしえてくれ、カミュー! どうすれば……どうすればおまえの傍にいられるんだ?!」
「マイク……」
「おしえてくれ!」
 すがるように腕を掴む俺を見てカミューは困ったように眉を寄せるとそっと身体を抱き寄せた。カミューの胸に顔をうずめるような格好になって、初めて俺は自分が涙を流していることに気付いた。しかし、そんなことにかまう余裕はなく、ただ、どこか安心するようなぬくもりに、ぎゅ、と目を閉じる。
「俺は……」
 頭上から少し掠れた声がした。普段より低く、どこか苦しげな声。俺は突き放されるのでは、という恐怖に駆られ、腕にますます力をこめた。すると、カミューの腕が躊躇いがちに俺の背中と頭に回される。
「俺はおまえの問いに応える答えはひとつしか持っていない……。しかし、それはあまりにも卑怯なものだ……」
 その声が、それはだめだ、と言っているのを感じ取って、俺は慌てて顔を上げた。
「かまわない!」
 カミューは苦しげに眉を寄せ、力なく首を振った。
「おまえを傷つけてしまう……」
「かまわない……。カミューの傍にいられるのならどんな方法でも」
 俺は必死に言い募った。なりふりなどかまっていられない。カミューのいない世界にはこれ以上耐えられなかった。
 カミューの琥珀色の瞳が一瞬痛みに耐えるように細められた。そして、真っ直ぐ俺の目を捉える。
「後悔……しても、もう戻れないよ?」
 自分の覚悟を問うような視線を俺は真っ直ぐ見つめ返して、夢中で頷いた。

 後悔なんて、しない。カミューを失うことより恐ろしいことはないから……。

 カミューはふわり、と微笑んだ。それは焦がれてやまなかった、心の底からの笑みだった……。


 ふわふわ、とした感覚に、ああ、まただ、と思う。
 意識がわずかに浮上して、夢と現実の狭間を漂っているとき、いつもあの夢を見る。

 見たくない。見たくないんだ……。

 必死に目を開けようとするが身体は意のままに動かず。そうしているうちにだんだんとカミューの姿が浮かんでくるのだ。自分の背を向け、立ち去っていこうとする姿が。
「マイク」
 いやだ。別れの言葉など聞きたくない。
「マイク」
 呼びかける声を頑なに耳から追い出そうとしていると、ふわ、と頬をぬくもりが包んだ。そして、気付く。自分を呼ぶ声がいつもの冷たい無機質な声ではなく、どこか暖かいものであることに。
 そう意識したとたん、あれほど開かなかった瞳が簡単に開いた。目に飛び込んできたのは少し心配そうに、だが、限りなく優しい色をたたえた琥珀色の瞳。
「カミュー……?」
「大丈夫? なんだかうなされていたみたいだったけど……」
 俺の頬を包んでいた暖かいぬくもりがカミューの手だとわかると、俺はその手に自分の手を重ねた。状況を理解すると同時に安堵が心に広がっていく。
「カミュー……」
「身体、大丈夫?」
 心配そうに聞いてくるカミューに俺は少し笑った。確かに昨夜の初めての行為に身体のあちこちが軋んでいたが、それよりカミューが傍に居ることが嬉しかった。
「ああ、大丈夫だ」
 俺の返事に今度はカミューが微笑んだ。とても嬉しそうに、とても幸せそうに。カーテンの隙間から漏れた朝日がカミューの亜麻色の髪を、琥珀色の瞳を、きらきらと眩しいばかりに輝かせて、とても綺麗だった。

 ほら。おまえが居る世界はこんなに明るい……。



 終わり




「アゲハ蝶企画」に提出させていただいた文です。
大好きな曲なのにこんな表現しかできなかった自分に完敗(涙)
久々に一人称を書いてみたのですが、とっても後悔(笑)
しかも懲りずにカミュー視点も書いてるし。
冒険しすぎですかね??


−カミューside−     −back−