〜夏の日常〜




 ちりりん

「綺麗な音だね」
「ああ」
 カミューとマイクロトフは窓に吊るされたものを見上げていた。
 それは綺麗な細工が施されたガラスでできた、器を逆さにしたような形をしていて、中に糸が通っている。その糸に小さな金属がくっついていた。
 異国のもので「風鈴」というものだった。
 その名のとおり、風が吹くと糸が揺れ、金属がガラスに触れて鈴のような透明な音が鳴るしくみになっている。夏になると窓際に吊るすのだという。確かにその涼しげな音は暑い夏には耳に心地良かった。

 風が止んで音がしなくなると、マイクロトフは手で糸を揺らす。ちりちりという音に目を細めた。
「ずいぶん気に入ったみたいだね」
「ああ。なんとなく涼しくなってきた気がしないか?」
 屈託なく笑うマイクロトフに、カミューは穏やかに微笑み返す。最近夏バテ気味だった彼がこんなふうに明るい様子をみせるのは久しぶりだった。マチルダは寒冷地だったため、ここ、ノースウィンドゥの夏はかなりこたえていた。
 少しでも気休めになれば、とカミューが交易商から買ったものだったが、どうやら予想以上に効果はあったらしい。
「よかったね。マイクロトフ」
 カミューの言葉に、子供扱いされたと思ったのか、マイクロトフはちょっと頬を赤らめてムッとした顔になる。
「どうせ、単純だ、とか思っているんだろう……?」
 その拗ねた様子が可愛くてカミューはぷっと吹き出した。
「思ってないよ。素直で可愛いなぁって思っただけ」
「可愛いって言うな!」
「そうやってムキになるところが可愛いんだよ。わからないかなぁ」
「っ! お、おまえなんか嫌いだ!!」
「いいよ。俺はその倍愛してるから。割ればちょうどいいだろう?」
 悔し紛れの言葉にもカミューは全然こたえる様子はなく、マイクロトフは悔しい、と思うと同時に自分の言った「嫌い」という単語に少し傷つく。勢いとはいえ、嫌な言葉を口にしてしまった。
 唇を噛んでうつむいてしまったマイクロトフに、カミューはからかいすぎたかな、と苦笑いし、顔を覗き込む。
「マイク?」
「……嫌いというのは……嘘だ……」
 ぽつん、とつぶやかれたセリフにカミューは目を見開いた。
 しばし沈黙がおりる。呆れられたか、と恐る恐る顔を上げようとしたマイクロトフにカミューががばりと抱きついた。
「ああ、もう! めちゃめちゃ可愛い!!」
「なっ……!」
「あああ、俺って幸せ者だなぁ!」
「だっ、抱きつくな暑苦しい!!」
「ほら、鈴の音、鈴の音! 暑くない、暑くない!!」
 カミューは片手を伸ばして風鈴の糸を掴むとぶんぶん振り回す。がちがちと鈴の音とは程遠い音が鳴った。
「情緒のかけらもないことをするなーっ!!」
 マイクロトフの怒鳴り声が窓から響き渡った……。


 ちりりん

 夜風に揺れる風鈴が奏でる涼しげな音が、部屋に響き渡る。窓際に腰かけたマイクロトフが気持ち良さそうに目を閉じていると、後ろからカミューがそっと抱きしめてきた。
「今夜はこのまま窓を開けていようか」
「そうだな」
 穏やかな応えに、カミューは今夜こそは、と思う。最近、マイクロトフは夏バテのせいで、ロクに触れさせてもくれなかった。半ば強引に、と思っても本気で嫌がるので無理強いもできず、カミューも辛い日々を送っていたのだ。
 そっと首筋に軽くキスをしてから耳元で囁く。
「ね、マイク……。今夜は……いい?」
 返事は肘鉄の代わりに沈黙。耳から首筋にかけて赤く染まっていくのをカミューはうっとりと眺める。顎に手をかけると素直にこちらを向いた。少し恥ずかしそうな瞳が、ひかえめに自分も欲しい、と言っているようで。カミューは艶やかに微笑むとゆっくり口付けた……。


 カミューの眠りは浅い。ふとした拍子に起きてしまうこともしばしばある。
 いまも、腕の中のマイクロトフが身じろぎした動きで意識が浮上してしまった。
 ゆっくりと目を開けると視界いっぱいに黒い物体。それが愛しい人の髪の毛だとわかるとカミューはそっとキスを落とす。そのとき、胸元でごそごそと動くものがあった。それが原因で目が覚めたらしい。カミューはわずかに身を引いて視線を下げた。すると、マイクロトフが自分の喉元をぼりぼりと掻いている。
「マイク……?」
 小声で呼びかけてみたが、返事はなかった。眠ったまま手だけが無意識に動いているらしい。いつから掻いていたのか、白い肌が赤く腫れていた。カミューはやめさせようと手を軽く握る。そして、腫れた部分を見て、原因を知った。中心がぷっくりと腫れている。

 蚊に刺されたのか……。

 窓を開けていたせいで蚊が入り込んできたらしい。カミューはそっとマイクロトフから離れ、ベッドを降りると窓を閉め、殺虫効果のある香を焚いた。そして再び布団に戻る。
 マイクロトフはまた喉を掻いていた。白い肌に痛々しいまでの赤い腫れ。よく見れば周りも何箇所か刺されたらしく、少し赤くなっていた。
 鎖骨から下には自分がつけた所有印がいくつも散らばっている。しかし、蚊は柔らかいところを好むのか、喉や顎の下あたりに集中したらしい。自分には、見えるから、と絶対許されない位置に赤い跡を残していった虫たちに軽い嫉妬を覚える。
 カミューはムッとして、白い喉元に唇を寄せた……。


 朝。マイクロトフの第一声は、
「かゆい……」
 だった。むくり、と身を起こし、いちばんかゆみを感じる喉に手をやるとちくっとした痛みが走る。わずかに眉を寄せた。
「蚊に刺されたのか……」
 どうやら夜中に蚊に刺され、寝ているあいだに掻いていたらしい。腫れて、熱をもっていた。そういえば窓を開けっぱなしだったか、と窓に目をやるとすでに閉まっている。わずかに虫よけの香の匂いもした。どうやらカミューが夜中に気づいてやってくれたらしい。

 どうせなら、俺が刺される前に気づいてほしかった……。

 少し自分勝手なことを思いながら刺された箇所のかゆみに負けてぽりぽり掻く。あとで、ホウアン殿から薬をもらってこよう……と思いながら朝練の準備にとりかかった。


 ホウアンに「ずいぶん刺されましたねぇ」と笑われながら薬をもらってきたマイクロトフは鏡に向かって、なるほど、と苦笑いする。赤い斑点が顎から喉にかけて点々とできていた。
 練習に行ったものの、かゆみのため集中できず、ホウアンが起きる頃を見計らって練習を切り上げてきた。マチルダは寒冷地のためそんなに蚊は多くなく、こんなに何箇所も刺されたのは初めてだった。
 指で薬を掬い、いちばんひどい腫れになっている喉仏付近に塗る。
「っ! たた……」
 薬が想像以上に染みて、マイクロトフは思わず涙目になった。掻くんじゃなかった……と今頃後悔しても遅い。ぐっと奥歯を噛みしめて他の箇所にも薬を塗っていった。
 1箇所、また1箇所と薬を塗っていって、とある箇所で指が止まる。

 ……痛くない。

 鏡で見る限りでは他と同じく赤く腫れているのに、薬を塗っても染みなかった。「?」と思って触ってみるがかゆくもない。首をひねりながら作業を続けると、他にも何箇所かそういうところがあった。
 最後の1箇所、と思って鎖骨のあたりの腫れに薬をつけたが、そこも痛みがない。そして、気づく。その、鎖骨付近は蚊に刺されたんじゃなくて、昨夜、今もベッドに寝こけている男につけられた痕だと……。思わず赤面して……ふと、思いあたる。

 !!!

「おい! 起きろ、カミュー!!」
 マイクロトフはベッドで惰眠を貪っているカミューを乱暴に揺さぶった。
「う……ん……」と寝ぼけた声を出すカミューにかまわず上にのしかかり、無理矢理起こす。
「ん……、もう少し優しく起こしてくれよ……」
「うるさい! 早く起きろ!!」
 寝ぼけ半分眼を開けると、のしかかったマイクロトフが真っ赤になって睨みつけていた。カミューはおもむろに腕を伸ばしてマイクロトフの首の後ろに手を回すと、ぐい、と引き寄せて、ちゅ、と軽く唇を合わせる。
「おはよ。マイク」
「なっ、何をするんだおまえは!!」
「何って、おはようのちゅー。目の前にこんな可愛い顔があったら口付けたくなっちゃうじゃないか」
「……………………」
 可愛いって言うな、とか、おまえの脳味噌にはついていけない、とか、言いたいことは山ほどあったが、嬉しそうににこにこ笑っているカミューを目の前にするとそんな気力も失せた。マイクロトフはがっくり、とうつむいて、はあ、と盛大なため息をつく。カミューはそれをおもしろそうに見やりながら、
「で、どうしたの? 俺になんか用?」
 と、乱暴に起こされた理由を問うた。マイクロトフは、そうだった! と勢いよく顔を上げる。
「お、おまえだろう! これは!!」
 マイクロトフが指差したのは薬を塗っても痛くなかった、腫れた箇所。鎖骨付近以外は心当たりがないが、蚊に刺されたのでないとすれば、思いあたるのはこの男の仕業だった。
「あ。ばれた?」
 あっさりと犯行を認めるカミューにマイクロトフは激昂する。
「ばれた、じゃない! こういう見えるところにはつけるなって言っただろう!!」
「だって、蚊ごときに遅れをとるわけにはいかないだろ」
「蚊相手に張り合うなーっっ!!」


 ちなみに蚊に噛まれた跡とカミューがつけた痕、どちらかが多いかは本人たちのみぞ知る。



 おしまい




参加させていただいている「甘々推進委員会」の
交換会に提出した文です。
お題は「夏の風物詩」
すみません……。頭悪すぎです……。
こんな駄文が当たってしまった
ミヨシハルナ様にはなんといってお詫びしたらいいのか……(涙)


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