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カミューは1人でレオナの酒場に来ていた。空いているテーブルに着くと、「お一人だなんてめずらしいですね」と注文を取りにきたウエイトレスに言われ、微苦笑を返す。そして少しきつめの酒をボトルで注文した。 ウエイトレスがレオナのところに注文を伝えにいくと、カミューはテーブルに肘をついて指を組み、重いため息を吐く。先程のマイクロトフとのやりとりを思い返した。 それは、執務が終わり、部屋に戻ってまもなくのことだった。 「グリンヒルを解放した今、次はマチルダだな……」 ぽつり、とマイクロトフがつぶやいた。 カミューはベッドに腰掛けて部屋に持ち帰っていた書類を読んでいた。マイクロトフの声に一旦顔を上げる。しかし、マイクロトフが窓際に立って外を眺めていたため、再び書類に目を落とした。今、見ている書類がそれこそマチルダの攻略に関するものだった。 「そうだね。マチルダ攻略には俺たちが先に立たないといけない。俺たちがいちばん知り尽くしているからね。特徴も……弱点も」 カミューは淡々と応える。書類にいくつか挙げられた作戦の候補はどれも難題で、意識は半ばそちらにとられていた。そのせいもあり、カミューは気づかなかった……マイクロトフの口調が静かすぎたことに。 マイクロトフの静かな、というより無機質な声が投げかけられた。 「…………おまえは……マチルダを攻めることをなんとも思わないんだな」 思いもしない言葉にカミューが顔を上げると、マイクロトフは窓枠に背中 を預け、こちらを見ていた。しかし、夕日の逆光でその表情はよく見えない。 カミューは夕日に眩みそうな目を細めて聞き返した。 「……なんだって?」 「マチルダを攻めるのに、なんのためらいもないのだろう?」 再び、固い声。カミューは書類をベッドに置いて立ち上がった。 「どういう意味だい……?」 カミューは表面上は平静を装っていたが、内心マイクロトフが言い出したことに動揺していた。彼はいまさら何を言っているのだろう……。 「おまえは、騎士として忠誠を誓っていたマチルダ騎士団を陥とすことを当然のように口にする! おまえにとってマチルダ騎士団とはその程度の存在だったのか?!」 堰を切ったようにカミューを責めはじめるマイクロトフにカミューは眉を寄せる。おおよそ普段の彼の態度ではない。しかも、カミューがマイクロトフに対していかに寛容とはいえ、許容できる内容ではなかった。 「マイクロトフ」 少し険を含んで名を呼ぶと、マイクロトフはびくり、と肩を震わせ、口を噤んだ。その様子に、彼自身も混乱しているのを悟る。 直情型のマイクロトフは思っていることが顔に出やすいタイプだ。それが最近は無表情でいることが多かった。いま思えば、ずっと感情をためこんでいたのだろう。それがこんな形で溢れるとは。 カミューは苦々しい思いで問いかけた。 「マイクロトフは後悔しているのか? マチルダを離反したことを……」 「……違う……、そうじゃ、ない……」 ゆるゆると首を振る様は普段の毅然とした彼の姿からはかけ離れた、頼りないものだった。すでに自分が何を言いたくて、カミューに何を答えてほしいのかすらわかってないようだ。 カミューはひとつため息を吐くと 「俺がマチルダを攻めることに対して、心の底から冷静でいると思うのか?」 と、重ねて問う。マイクロトフはカミューの視線に耐えられないのか、視線をそらし、うつむいた。 「……少なくても俺よりは冷静だ……」 「おまえが感情的になったときに俺まで感情的になったら、誰がおまえを止めるんだ?」 カミューは苦笑いして応えたが、マイクロトフには揶揄するような口調に聞こえたらしい。カッとしたように睨みつけてきた。 「おまえは元々情が薄いではないか! 俺が悩んで悩んで決死の思いでエンブレムを捨てたのにおまえはあっさり捨てた!! おまえにとって騎士の誓いとはそんなに軽いものだったのか?!」 「マイクロトフ……」 「おまえにとってマチルダは生まれ故郷でもないのだから、攻めることに抵抗はないのだろうが……俺はっ……」 「マイクロトフ!」 カミューに怒鳴られてマイクロトフはハッとしたように言葉を止める。カミューは衝動のままにマイクロトフの胸倉を掴んでいた。 「マチルダは俺にとって第二の故郷だ……。それをおまえは侮辱するのか?」 窓際に押しつけ、低く問う。マイクロトフはめったにみせないカミューの激昂した姿に目を見開いていた。己の発言の愚かさと、カミューの態度に、いいようのない恐怖が芽生える。その脅えが瞳に現れると、カミューはようやく冷静になった。胸倉を掴んでいた手を離し、そっと髪をかきあげる。その顔は苦渋に満ちていた。 「だから言ったろう……。2人とも感情的になったら誰が止めるんだって」 「カミュー……」 「……少し頭を冷やしてくる」 「おまたせしました」 かわいい声とともに酒のボトルと水と氷がテーブルに並べられる。カミューは我に返ると礼を言い、グラスに氷と酒を注いだ。水を入れる気にはなれなく、きつい酒をそのまま呷る。喉を焼けつくような液体が流れていった。熱い息を吐くとグラスに酒を足す。今度は一気に飲んだりせず、手の中でグラスをゆっくりと動かした。からからと氷がぶつかる音がする。カミューはその透明な音に気分が静まってくるのを感じた。 マイクロトフが。あの、いつも真っ直ぐ前を見据えているマイクロトフが、初めて後ろ向きな態度をみせた。 それは、離反当時からずっと抱えていただろう、不安。それでも彼は周りに、自分にすらみせることなく毅然としていた。 グリンヒルがハイランドから解放されたとき、同盟軍が喜びで沸く中、マチルダ騎士団から一緒に離反してくれた元赤騎士、青騎士の中で「次はマチルダだ……」という不安の声が上がっていたことには気づいていた。カミューはマイクロトフの耳に入ったら心配をかける、と思い、まとめ役の何人かを呼んで口止めをさせていたのだ。それなのに、どこからか耳にしてしまったのか。 それにしても、とカミューは思う。 自分の信じる正義のためとはいえ、マチルダに攻め込む日がくることを、かつては共に戦った仲間たちと剣を交えることを、マイクロトフは覚悟していなかったのだろうか……。 答えは否、だ。わかっていたはずなのだ。あのエンブレムを投げ捨てたときに。ただ、心で思うのと実際に向き合うのとではやはり重みが違う。 失格だな……。 親友としても、恋人としても。 あんなに追い詰められるまで気づかなかったなんて。長年の付き合いに甘えて、相手の心境を思いやってやれなかった。なんでも話してくれる、といつのまにか傲慢なことを思い込んでいた。 彼が自分の弱いところをそう簡単にみせる人間ではない、ということを知っていたはずなのに。自分には特別だと……。 カミューは酒を一口飲んだ。苦い味がして、顔をしかめる。 苦いのは……俺の心だ……。 『どんなことがあっても、俺はおまえを支えてみせる。だから、おまえは自分らしく自分の信じる道を進んでほしい』 いつだったか、彼に言った言葉。それが、このざまだ。 自分に向けられた言葉が彼の本心ではないことはわかっている。 精神的に不安定になっていて、誰かを責めずにはいられなかったのだろう。それの相手が自分だっただけのこと。 しかし。 それを、自分は受け止めてやれなかった。一時的な感情にとらわれて……。 俺もまだまだだな。 カミューは苦く笑う。 ひとつ年上、ということを盾に、いつも喜怒哀楽のままに感情を露わにする恋人を「可愛い」とからかっているのに。いざとなったらその余裕ぶった仮面はあっさり引き剥がされてしまった。 それでも。 彼の感情をぶつける相手が自分だったということに、優越感を覚えているのだから、手のつけようがない。 とりあえず、とカミューはグラスに残っていた酒を空にした。 自分自身の発言で傷ついているだろう恋人を慰めないとね……。 終 |