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そして午後の執務がはじまり2人はそれぞれの仕事に戻った。今日はカミューは軍師・シュウたちと軍事的な会議。マイクロトフは一般志願兵に剣の稽古だった。 いつもの時間きっかりにカミューがマイクロトフを訪ねた。通常ならそのままマイクロトフの部屋でティータイムとなるのだが、今日は約束どおりレストランに足を運ぶ。しかし……。 「……………………」 「……すごい、人、だね」 レストランは既に順番待ちになっていた。並んでいるのはさすがに女性が多い。きゃっきゃっと楽しそうな笑い声を上げて、待つことなど苦でもないような様子で列を作っている。 さすがに並ぶのはためらわれて2人して途方に暮れていると、レストランから城主が義姉と一緒に出てきた。 「あ。カミューさん、マイクロトフさん、こんにちは。お2人も食べにきたんですか?」 「え、ええ。ですが、この人では……」 と、カミューが人の列に視線をやって苦笑いすると、城主も困ったように首を傾げる。 「うーん……。数は充分にあるんですけどね。席が足りなくて……」 「あ! わ、わたし、もらってきます! ちょっと待ってて!」 ナナミは元気よくそう言うと、レストランの中に引き返していった。声もかける間もないほどの早業にカミューもマイクロトフも呆然と見送る。城主だけはくっくと笑っていた。 ナナミはカミューに初対面のときに「レディ」として扱われたときから、騎士コンビのファンなのだ。いいところがみせたかったのだろう。 そして、ほどなくナナミが小さい箱を手に戻ってくる。 「お待たせしましたー。どういうのがいいのかわからなくて、勝手に選んできちゃったけど……」 最後は少し申し訳なさそうに言うナナミにカミューは優しく微笑んで箱を受け取る。 「いえ。とんでもないです。ありがとうございました。ナナミ殿」 「すみません、ナナミ殿……」 マイクロトフもお礼を言うと、ナナミはばっと赤くなってうつむく。 「い、いえ……。ゆっくり食べてくださいね。それじゃあっ」 と、弟の腕を強引に取り、そのまま引きずるように駆け出していった。2人はまたも呆然と後姿を見送ったが、先に我に返ったカミューがマイクロトフに笑いかける。 「では。せっかくだから、部屋でいただこうか?」 「あ、ああ。そうだな……」 2人はマイクロトフの部屋に戻った。 勝手知ったるなんとやら、でカミューがマイクロトフの部屋の茶器を使って紅茶を煎れている間、テーブルではマイクロトフが箱を開けていた。中には苺をふんだんに使ったショートケーキとミルクレープが一切れずつ入っている。 どちらもおいしそうだ……と眺めていると、背後からティーカップを持ったカミューが覗き込んできた。 「ああ、おいしそうだね。マイクはどっちがいい?」 椅子に腰掛けているマイクロトフの肩越しにカップを置きながらカミューが問うと、マイクロトフは振り返った。後ろから抱きつくような格好になっているカミューを見上げる。 「カミューの好物なのだから、カミューが選べ」 「ふふ。ありがとう。でも、どちらもおいしそうだからどっちでもいいな。マイク、どっちか選んでよ」 「……おまえはすぐそうやって俺に譲る……」 マイクロトフが少し眉を寄せると、カミューは優しく笑って眉間に口付けた。 「俺にはマイクより優先されるものはないんだよ」 「カミュー……」 マイクロトフは照れたように前を向いてしまった。カミューはカップを置いて空いた手でそのまま椅子ごと抱きしめ、マイクロトフの頬に自分の頬を寄せる。 「俺はマイクの喜ぶ顔を見るのがいちばん幸せなんだ……。だから、好きな方を選んで、嬉しそうに食べてよ」 カミューが囁くとマイクロトフはうつむいて黙り込んだ。カミューは少し待ったが、なんの動きもみせないマイクロトフに、また何か怒らせたのだろうか……、と不安になり、恐る恐る呼びかける。 「マイク……?」 「…………ぃ」 「え?」 小声で言った言葉を聞き取れなくてカミューが問い返すと、マイクロトフは顔を真っ赤にして振り返った。 「両方食べたい」 ……………………。 一瞬の沈黙の後、カミューが吹き出す。 「わっ、笑うな……っ」 怒ったように言うマイクロトフの頭を優しく撫でて、カミューは笑いに声を震わせながら応えた。 「うんうん。そうだよね。じゃあ2個とも半分こにしよう。そうすれば俺も両方食べられるし」 「笑うなって……」 「ああ、もう。おまえは本当に可愛いね」 「かっ、可愛いと言うな!」 カミューは、本気で怒り出しそうなマイクロトフから身体を離して 「さ。紅茶が冷めてしまう前にいただこう」 と、とっとと向かい側に座る。怒りをうまくそらされたマイクロトフは憮然とした顔をしていたが、カミューがフォークでケーキをそれぞれ半分に分けたのを見て気を取り直した。2枚の皿に半分になった2個のケーキがそれぞれのせられると、マイクロトフはショートケーキの苺がのってないほうの皿を自分の方に引き寄せる。 「あ、マイク、こっち……」 慌ててもう片方の皿を差し出そうとしたカミューをマイクロトフは遮った。 「カミュー、これ以上譲られては俺は情けないにもほどがある」 「マイク……」 「おまえの気持ちは充分だから。……俺だってカミューの喜ぶ顔がみたい」 ちょっと照れたように笑うマイクロトフを見てカミューの胸は甘く痺れる。そして、極上の笑みを浮かべた。 「ありがとう、マイク」 何度見ても見惚れてしまうその笑みにマイクロトフは少し赤面する。それをごまかすように少しぬるくなった紅茶に口をつけた。カミューは、可愛いなぁ、と目を細め、フォークを手にして軽く頭を下げる。 「じゃあ、いただきます」 マイクロトフもカップを置いてフォークを手にした。 カミューはミルクレープを、マイクロトフはショートケーキを一口大に切り取り、2人ほとんど同時に口に運ぶ。 「うまい」 「うん。おいしいね」 2人は談笑しながら1個目を片付けた。ちょうど紅茶もなくなり、カミューがそれぞれのカップに注ぎたす。 2個目にとりかかろうとしたカミューはふと手を止めてマイクロトフの口元を見た。ショートケーキの生クリームが少し唇の端についている。 指ですくったら……怒るかなぁ……。 昼食のときのやりとりを思い出してカミューは心の中で悩みはじめた。怒らせたくはないが、マイクロトフの唇についている白いクリームがとてもおいしそうに見える。 悶々と葛藤していると、すい、とマイクロトフの手がカミューの口元に伸びてきた。カミューは突然のことに反応が遅れる。と、唇の端を指で拭われた。ミルクレープのかけらがついていたらしい。 「ついているぞ」 マイクロトフはちょっとからかうように笑って、そのまま指を舐めとった。カミューは呆然とマイクロトフの顔を見つめる。しかしマイクロトフはそんなカミューに気づかず、2個目のミルクレープにとりかかりはじめた。 昼間はあんなに怒ったのに。どうして今は自分から……? 考えて、考えて、ひとつの仮定に辿りつく。 ひょっとして、人前じゃないといいのか……? 都合のよすぎる結論だとは思ったが、カミューはテーブルの上に身を乗り出して、恐る恐るマイクロトフに近づいた。 「マイク」 「ん?」 ぺろり。 マイクロトフが顔を上げたところですばやく唇の端を舐めた。生クリームだけではない甘さが舌に広がる。 「なっ、カ、カミュー!」 「生クリーム、ついていたよ」 真っ赤になったマイクロトフをからかうように笑いながらも、カミューの心臓はばくばくいっていた。せっかく幸せな気分だったのに、自分の行動でだいなしになったらどうしようと緊張していた。しかし。 「い、いきなりそういうことはするな……。心臓に悪い」 マイクロトフはちょっと怒ったような、拗ねたような顔をして、諌める、というには程遠い口調で言った。カミューの耳には照れ隠しにしか聞こえない。 カミューは内心万歳しつつ、ふふ、と笑う。 「だって、あんまりおいしそうだったから」 「自分のを食べればいいだろう……」 「マイクの口についていたから、だよ」 「ばかもの……」 呆れたように言うマイクロトフを、この上なく幸せそうな笑みを浮かべてカミューは見つめる。 マイクロトフはその視線から逃れるようにうつむいてケーキをまたつつきはじめた。カミューも笑みを刻んだままショートケーキに手をつける。 少しして。一足先に食べ終わったマイクロトフは、カミューのフォークが器用に苺を避けてスポンジを削っていくさまを見るとはなしに見ていた。苺の砦だけになると、今度は苺を寄せてその下のスポンジを食べていく。マイクロトフは自分とは違う食べ方になんとなく夢中になっていた。カミューはマイクロトフの視線を感じて顔を上げる。 「マイク?」 「え? あ、ああ、おもしろい食べ方をするな、と思って」 「おもしろい? そうかな?」 小首を傾げるカミューにマイクロトフはちょっと笑ってケーキを指差す。 「苺をとことん避けているだろう」 「うん。最後のお楽しみだよ」 「俺は最初に食べる」 「えー? もったいないじゃないか」 「おいしいものは最初に食べる。お腹が空いてるうちに好きなものを食べたほうがうまい、と聞いてからはそうしてる」 「そうなの? 俺は楽しみは最後にとっておきたいけどなぁ」 と言ってカミューは最後に残った苺を口に放り込んだ。そしておもむろに立ち上がる。何事だ?とつられて顔を上げたマイクロトフにすばやく口づけて、口の中で半分に噛み切っておいた苺を舌で押し込む。ついでにそのまま口内を味わってから唇を離した。 「ごちそうさま」 にっこり笑うカミューに、マイクロトフは苺に負けないくらい真っ赤になった。 おわり |