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「はい、マイクロトフ。今日の花はマーガレット。心に秘めた愛、とか恋占いって意味があるんだ」 差し出された中心の黄色と真っ白い花びらが鮮やかな対比となった可憐な花束を、マイクロトフは多少の戸惑いを感じながら受け取った。 「う、うむ、ありがとう……」 「ほら、少女漫画なんかで『好き、嫌い』ってやってるあれだよ」 「ああ、なるほどな……」 それで恋占いか、などと納得しかけたマイクロトフだったが、それどころではない。今日こそ言わねばならないことがあった。マイクロトフは花束を握りつぶさないように気をつけながら顔を上げ、目の前でにこにこと笑っている青年を見つめる。 「カミュー、あのな……」 「うん?」 「俺は、今、家では『どれだけ可憐で清純なお嬢さんと付き合っているんだ』と言われているのだが……」 そう言ったとたん、カミューの顔色が変わった。がしっとマイクロトフの肩を押さえつけ、鬼の形相で問い詰める。 「なんだって?! マイクロトフ、それはどこの馬の骨だい?!」 「おまえだ、馬鹿!」 マイクロトフの返答にカミューの動きがぴたりと止まった。 「え? 俺? なんで?」 不思議そうに首を傾げる姿はとぼけている様子はない。マイクロトフは、普段はにくらしいほど敏いくせに、なぜこういうときに鈍いのか、と少々頭痛を覚える。 「おまえがデ……会うたびに花をくれるから、だ」 出かけるたびに、ときには可憐な、ときには豪奢な花束を持ち帰る息子に、家族は『花好きの素敵なお嬢さん』を想像しているのだ。初めて花を持ち帰ったときに正直に「花屋のカミューからもらった」と言えばよかったのかもしれないが、一度言いそびれてしまったものは今更言えない。おかげで、カミューと会っているとも言えていないのだ。 マイクロトフがそんな複雑な悩みを抱えているというのに、カミューは気付きもせずに不満そうに唇を尖らせた。 「ちゃんとデートって言おうよ」 「い、いや、今はそこが問題じゃないだろう……」 「いやいや、ここは大事なところだよ。俺だって男の友人に会うたびに花を贈る趣味はない。大好きな恋人に会うからこそ、用意するんじゃないか」 「う、うむ……」 「言っておくけど、この花は店からタダで持ってきているんじゃないからね。ちゃんと俺の安月給から払っているんだから」 社員割引、と称して多少安くしているのは内緒だが。 カミューが力説するとマイクロトフはその迫力に押されたようにわずかに身を引く。 「わかった?」 「わ、わかった……」 思わず頷いてしまうとカミューは嬉しそうににっこりと笑った。 「だから、これはちゃんとしたデートなんだよ。いいね?」 「あ、ああ……。いつもありがとう、カミュー」 「どういたしまして。さ、風邪を引かないうちに家に入ったほうがいいよ」 3月に入ったとはいえ、夜はまだまだ冷える。呼吸をするたびに2人の口から白い息が暗闇に溶けていた。 「じゃあ、おやすみ」 言葉と共に、ちゅ、と軽く唇を触れ合わせる。それが最後の挨拶だった。 「………………おやすみ」 「じゃあ、またね」 カミューは車に乗り込んで窓から手を振ると車を発進させた。マイクロトフは花束を手にそれを見送ると、今日もダメだった、と少々肩を落としながら玄関のドアを開ける。 「おかえり。あらあ、今日はずいぶん可愛いお花だこと」 ドアの開く音を聞きつけてやってきた母親がマイクロトフの手に握られている花束を見て嬉しそうに笑った。女性というものはいくつになっても花が好きらしい。マイクロトフの手から花束を受け取るとウキウキと洗面所に向かっていった。 マイクロトフは自分の部屋に入るとコートを脱ぎ、ベッドに仰向けに横たわる。口から大きなため息がこぼれた。 去年のクリスマスに9年ぶりに再会し、大晦日に気持ちを通い合わせたカミュー。 彼と恋人同士という関係になって3ヶ月が経とうとしていた。 カミューは会うたびにいろいろな花をくれる。別れ際に渡してくれるのは、一緒にいる間に気を使わなくていいようにと気遣ってくれているのだろう。 べつに花をもらうのは嫌ではない。いや、カミューの選んでくれた花なのだから嬉しいにきまっている。だが、女性のように、たとえばさっきの母のように嬉しさを素直に表現することなどできるはずもなかった。それがカミューの気持ちに応えていないようで嫌なのだ。 とはいえ、自分のような一目でスポーツをやってきたとわかるようながっしりとした体つきの男が力いっぱい喜んだところで気色悪いだけだろうが……。 悶々と考え事をしていると、不意にドアがノックされマイクロトフは飛び起きた。ドアを開けると一輪差しを手にした母が立っていて、 「はい。あなたもせっかくだから一輪くらい飾りなさい」 と、それを押し付けられる。マイクロトフは部屋をぐるりと見渡して、ベッドの近くの窓枠に置くことにした。もう一度ベッドにごろりと横になって見上げれば白い花が視界に入る。 「心に秘めた恋、ってまったく秘めてないし、恋占いって占う必要もないだろうが……」 指を伸ばして花びらに軽く触れた。なんとはなしに花びらの数を数え、それが奇数であることを知る。そのことにマイクロトフは、ぷ、と軽く吹き出した。 「まさか、アイツ、わざわざ奇数ばかり集めたのではないだろうな」 好き、嫌い、好き…… 「ちゃんと……好き、だぞ」 おわり |