〜甘い時間〜




 カミューとマイクロトフは昼食を摂るためにレストランへと足を運んだ。すると、入り口に人だかりができている。何事か、と人々の間から覗いてみると、ピンクの広告が貼られているのがみえた。


『春満開! いちごフェア!!
 14:00〜16:00まで苺をたっぷり使ったデザートを限定発売!!』


「苺か……。もうそんな時期なんだね」
 広告を見ながら、どこかうきうきしたように言うカミューに、マイクロトフは視線を向けた。
 そういえば、と思い出す。
「カミューは苺が好きだったな。あとで食べにくるか?」
 マイクロトフの問いかけにカミューは目を瞬かせ、次の瞬間には嬉しそうに笑った。
「うん。今日のティータイムはここにこよう」
「ああ」
 話が決まった二人は並んでレストランに入る。ちょうど2人席が空いていたのでそこに腰をおろした。テーブルに立てかけられたメニューを取ろうとした、マイクロトフの動きが止まる。
「…………何をにやにやしているんだ?」
「え?」
 声をかけられてマイクロトフの方を見たカミューの顔には、満面、といった表現がぴったりの笑顔がはりついていた。
「だって。苺好きなのを覚えていてくれただけでも嬉しいのに、誘ってくれるなんて思いもしなかったし」
 えへへ、とだらしないくらい頬を緩める。
「ひょっとして、俺もけっこう愛されてるのかなーなんて思ったりして」
「ばっ、ばか! こんなところで何を言っている……」
 瞬時に赤面するマイクロトフを幸せそうに見つめるカミュー。場所が場所だったらキスのひとつもしてやりたいくらいの可愛らしさだ、と思っていたりする。
 そこに、ウエイトレスが注文を取りにきた。かすかに頬が赤いように思えるのは気のせいか。
 2人が慌てて注文を決めると、ウエイトレスは厨房に伝えに行く。去り際に「おじゃましました……」と聞こえたのは空耳か。
 マイクロトフは火照りを沈めようと運ばれてきたお冷を口にする。向かいを見れば相変わらず笑み崩れている男が1人。
 こんなヤツだったろうか、とマイクロトフは思う。マチルダにいたときはいつも涼しげな笑みを浮かべ、感情を表に出さなかった。いや、自分といるときは表情豊かだったが、それも2人でいるときだけ。周りに他の人間がいれば、こっちが、冷たいじゃないか……と思うくらい壁を作っていたのに。
 しかも好物を覚えていた、というたったそれだけのことで、こんなに喜んでしまうなんて。情けないような、申し訳ないような気持ちになる。そんなに普段の自分は彼に無関心にみえるのだろうか……?
 そうかもしれない。
 いつもカミューが自分をかまってくれるから。あれこれ気を使ってくれるから。自分はそれに甘えてばかりで、カミューに何一つ喜ばせることをしていない。
 マイクロトフはため息をついた。
「どうしたの?」
 すかさず聞いてくるカミューにマイクロトフは緩く首を振った。
「なんでもない」
「なんでもなくてため息なんかつかないでしょ? どうしたの?」
 あくまでも優しい、心配げな声。自分はいつもこうして甘やかされているのだ、とマイクロトフは思う。

 そのうち愛想を尽かされるかもしれない。与えてばかりで満足する人間なんていないのだから……。

 そう考えるといいようのない痛みに襲われる。カミューに嫌われた自分、など想像するのも恐ろしかった。
 そんな考えにふけって無言でいるマイクロトフにカミューはちょっと首を傾げ、それからおもむろにがばっと立ち上がった。
「ひょっとして俺に愛想を尽かした? 別れ話をどうやってきりだそうか悩んでいるんじゃないだろうね!」
「なっ、何をわけのわからないことを言っているんだっ、おまえは!」
 突然、突拍子もないことを言い出したカミューに、しかも自分が心の中で思っていた『愛想を尽かす』という単語が出てきてマイクロトフはぎょっとする。しかし、カミューはマイクロトフの言葉など聞いていないかのように
「俺を捨てるの? ひどいよ。こんなに愛しているのに……」
 と、テーブルから身を乗り出す。マイクロトフは真っ赤になって自分も立ち上がった。
「こっ、声がでかい! 馬鹿者!!」
 ゆうにカミューの3倍くらいの声量でマイクロトフが怒鳴ると、カミューはくす、と笑って人差し 指をマイクロトフの唇にあてた。
「マイクの方が声が大きいよ」
 そのとき。
「し、失礼します……」
 か細い声がカミューの背後からかかった。マイクロトフが何事かとカミューの背後に視線をやると、 料理を持ったウエイトレスがなぜか赤面したまま、目のやり場に困っているようにうつむいて立っている。
 どうしてそんな赤くなっているんだろう、とマイクロトフは首を傾げ、はた、と自分たちの今の状況に気づいた。
 大の男がテーブルをはさんで立ち上がっていて、さらにカミューの指が自分の口に触れている……。
「!!!!」
 マイクロトフは瞬時に真っ赤になってカミューの手を振り払った。カミューはちょっと肩をすくめると、何食わぬ顔をして背後を振り返り、にこやかな笑みを浮かべる。
「ああ、すみません。並べていただけますか?」
「あ、は、はい……」
 ウエイトレスはほっとしたように、名残惜しいように息をつくと、手際よく料理を並べ、「失礼しました……」と意味ありげな言葉を残して去っていった。
「じゃあ、食べようか」
 先程のウエイトレスに向けたものより柔らかい笑みを浮かべてカミューが言うと、マイクロトフは赤面したまま口をぱくぱくさせていたが、まったく動じてないカミューの笑顔をしばし見つめたあと、がっくりとうなだれて席に着いた。カミューもならって席に着く。
 2人して「いただきます」と軽く頭を下げて昼食を摂りはじめた。
 今日の昼食は『寿司』にしていた。マチルダにいたときはナイフとフォークばかり手にしていた2人は、ここ、同盟軍にきてから、箸というものを知った。そして、いまではなんとか人並みに使えるようになっている。
 しばしの沈黙のあと、マイクロトフがぽつりと口を開いた。
「カミュー……」
 暗い、といった表現がぴったりのマイクロトフの声にカミューは箸を止める。
「どうしたの?」
「その……、人前でああいう真似は……」
 まだ少し赤面しているマイクロトフにカミューはふふ、と楽しげに笑った。
「俺よりマイクの方が大胆だったと思うけど」
「あっ、あれはおまえが先に妙なことを言うからだっ」
 テーブルを叩かんばかりの勢いで反論してくるマイクロトフにカミューは肩を軽くすくめる。
「妙なことなんて傷つくなぁ。俺はてっきりマイクに捨てられると思って必死だったのに」
「だっ、だから、なんでそんな話になるんだ! だいたい、おまえ、マチルダにいたときはこんなところでそういうことを話すヤツではなかっただろう」
「うーん。あの頃はね……。一応、立場も肩書きもあったし。でも、ここでは一介の剣士だからね。少し開放的になっているのかも」
「開放的すぎだ……」
 げんなりした口調でマイクロトフが言うとカミューは悪戯っぽく笑う。
「これでもセーブしてるつもりだけどね。本当は……」
 と、カミューが手をマイクロトフの口元に伸ばすと、マイクロトフは反射的に身を引いた。カミューは、逃げられたか、と苦笑いして、そのままマイクロトフの口元を指差す。
「そこ。ご飯つぶついてる」
 マイクロトフは見事な早さで、ばっと手でカミューに差された箇所を隠した。そして手探りでそれを取り除くと小声で「すまない……」と謝る。その間、もちろん顔は真っ赤だ。
 カミューはその様子を可愛い、と目を細めて眺めながら、
「本当はこういうのも取ってあげたいんだよね」
 と、さらりと言う。マイクロトフは目を見開いてカミューを見た。ちょっと今の言葉はマイクロトフの理解を越えた。
「は?」
「え? だって、新婚みたいじゃない。ほら、ついてるよ、とか言って取ってあげてそれを食べるの」
 マイクロトフは楽しげに言うカミューをじっと見ていたが、はあ、とため息をついた。
「…………カミュー……」
「ん? なんだい?」
「おまえ……、馬鹿になったな」
「うーん。さしずめマイク馬鹿ってとこかな♪」
 けろりん、とカミューが答えると、
 ばきっ
 マイクロトフの手に握られていた箸が勢いよく折れた。それを見て、カミューは慌てて首と手を左右に振る。
「嘘。前言撤回。ごめんなさい」
「…………そうか」
 マイクロトフは地を這うような低い声で応え、予備の箸に手を伸ばした。カミューはその様子を眺めながら、背中に冷たい汗が流れ落ちたのを感じる。

 調子に乗りすぎたか……。

 マイクロトフは本気で怒ると怒鳴ったりしない。無表情になって感情を一切見せなくなってしまう。普段はおもしろいほど、考えてることが素直に顔に出るマイクロトフがそうなるとかなり怖いものがある。
 カミューは首をすくめて食事を再開した。恐る恐る、どのくらい怒っているか探りをいれてみる。
「……マイク、このマグロ、おいしいよ?」
「そうか」
「あ、甘エビ、食べるかい?」
「いいからおまえもちゃんと食え」
「う、うん……」
 黙々。
 2人の箸が無言で動く。

 せっかくマイクが誘ってくれたのに。この様子じゃあ無理かなぁ……。

 カミューのテンションはどん底にまで落ちる。自業自得とはいえ、めったにない機会をつぶしてしまったのは悔やんでも悔やみきれない。
「ごちそうさま」
 マイクロトフが箸を置いた。カミューは我に返ると顔を上げて、あれ? と首を傾げる。
「マイク、それだけでいいの? 追加は?」
 寿司、というメニューの一人前の量はどう考えても少ない。女性でもちょうどいいかどうかという量だ。カミューですら2人前くらいは食べる。カミューより身体を動かすため食欲旺盛のマイクロトフは軽く3人前は食べるはずだ。
 カミューの問いに、今度はマイクロトフが首を傾げる。
「いま食べたらデザートが食えないだろう?」
 あっさりとそんなことを言われてカミューはぽかん、と口を開いた。その表情にマイクロトフが怪訝そうに眉をひそめると、カミューは慌てて頷く。
「うん。そうだよね。いくらマイクでも、今お腹いっぱい食べちゃったらおやつは無理だよね」
「いくら俺でもっていうのは余計だ……」
 憮然として応えるマイクロトフにカミューは、ふふ、といつものからかうような笑みを浮かべた。内心、安堵と歓喜でいっぱいになりながら。
「どんなデザートがあるか楽しみだね」
 カミューがにっこり笑って言うと、マイクロトフは子供扱いされたとでも思ったのか、ちょっとむっとしたような顔をした。が、カミューがあんまり嬉しそうに笑っていたので、自分の頬も自然と緩んでしまう。
「そうだな」

 ああ、ティータイムが待ち遠しい!





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