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時は夕刻を過ぎ、街はごったがえしていた。 仕事を終えて帰宅するサラリーマン、家路に向かう学生たち、これから遊びに行く若者たち……。決して狭くない路上に老若男女がひしめきあう。 カミューもその中の一人だった。仕事を終え、自宅に向かう途中である。家に帰って早く煙草が吸いたい、などと考えながら足早に歩いていた。 そのとき。 背後から悲鳴が聞こえた。 振り返ると後ろを歩いていた人々も一斉に足を止め、振り返っている。その人込みの間を縫うように走ってくる若者がいた。 「ひったくりよ! 捕まえて!!」 背後から女性の声が響く。なるほど、若者の手には女性もののバッグが握られていた。若者は周りを威嚇しながら突き飛ばす勢いで走り抜ける。周りの人々も突然の出来事に咄嗟に動けずにいた。 カミューは、やれやれ、と内心ため息を吐く。その横を若者が走り抜けようとした。 「?!」 男は一瞬、自分の身に何が起こったのかわからなかった。視界が180度回転したかと思うと、次の瞬間には地面に全身を叩きつけられていたのだ。硬いコンクリートにしたたか身体を打ちつけ、呼吸が止まる。 「運が悪かったな。私は警察だ」 片腕を掴んだままのカミューがわずかに笑みを浮かべ、男に告げた。すれ違いざま、腕を掴み、足を払って投げ飛ばしたのだ。そのまま腕の関節を取り、動けなくする。 男はまさかの展開に呆然と目を見開いたが、我に返ると逃げるための算段をはじめた。警察に捕まるなど冗談ではない。幸い、一人しかいないのだからうまくやれば逃げられるはずだ。咄嗟に浮かんだのは芝居をうって相手を油断させる方法だった。 「ぎゃあ! 骨が折れた!!」 男が顔を顰め、痛い痛い、と大袈裟に騒ぎ立てはじめる。カミューは、あばら骨でも痛めたか、と腕を掴んでいた力を緩めて様子を見ようとした。過剰防衛をとられると、あとあと面倒だと思ったのだ。 わずかに拘束が緩むと、男はその隙にと腕を振り払おうとした。 しかし、 「俺が診てやろう」 カミューの横からその腕を掴む者がいた。カミューと男が驚いてその人物を見上げる。その人物はカミューと同じくらいの歳の黒髪の青年だった。青年は屈み込むと男の身体を簡単になぞるように触れ、ひとつ頷く。 「大丈夫だ。どこも折れていない」 「な、なんだ、てめえ……」 計画を邪魔した青年に男が呆然と問いかけた。 「運が良かったな。俺は医者だ」 青年は妙に生真面目な表情で男を見下ろす。 「骨が折れていたらこんなものではない」 「なっ……」 口をぱくぱくさせる男に、ひと足先に我に返ったカミューが再び腕を捻り上げた。呻き声を上げる男に、一見人好きのする、それでいて、目の底が笑っていない笑みを浮かべる。 「はいはい、医者がいて良かったね。騙そうとしてくれたお礼に公務執行妨害追加しとくから」 カミューはそう言うと片手でスーツの裏ポケットから携帯電話を取り出し、手馴れた様子で電話をかけた。 数分後、パトカーが到着し、事件は終わった……。 カミューはパトカーに乗せられる男を見送ると、傍らに立つ青年に視線を向けた。彼もなりゆきか、ずっと男の傍にいたのだ。 「ええと、ご協力感謝するよ」 「いや、俺は何もしていない」 さらりと応える態度はさっきの引ったくり犯に向けていた態度となんら変わらないもので。その落ち着きぶりになんだか居心地の悪さを覚える。 「ねえ、君……」 「マイクロトフだ」 「マイクロトフ、君は本当に医者なのかい?」 スーツをきっちりと着こなした姿は医者というよりサラリーマンといったほうがしっくりくる。だが、青年はあっさり頷いた。 「ああ。小児科だがな」 「小児科……」 カミューの頭の中で、この図体のでかい、無表情な青年が子供相手に「痛くないでちゅよー」とあやしている図が浮かんだ。たまらず、ぶっと吹き出す。何を想像したのかだいたい予想がついたのか、青年・マイクロトフがちょっと赤くなりながらムッとしたように言い返した。 「おまえこそ本当に警察の人間なのか? どこぞのホストのほうが似合っているんじゃないか」 今度はカミューがムッとする番だった。カミューはいわゆる優男風で、確かにそんなことを言われたのも一度や二度ではなかったが、折りしもホストクラブに潜入調査し、薬物取引事件が片付いたばかりだったのだ。 カミューはスーツのポケットから警察手帳を取り出し、マイクロトフに見せた。そこには顔写真と所属、名前が書いてある。 「これで文句あるかい?」 「カミュー、か。警察を名乗り出ても手帳を見せないと信用されないカタだろう?」 「うるさいな。そっちこそ、その無愛想な顔じゃ、子供に怖がられて泣かれてばかりいるんじゃないのか?」 「なんだと?」 二人はしばし睨み合った。 妙なことになった、と、どちらもが思っていた。 カミューとマイクロトフは居酒屋にいた。あのあと、不毛な言い合いをしていたのだが、ただでさえ人だかりができていたのに、その中での口論は目立ちに目立っていることに気付いたカミューがなぜか場所を変えようと言い出し、なぜかマイクロトフがそれに頷いた。そして今に至る。 カミューが運ばれてきた生ビールのジョッキを持つとマイクロトフもそれにならった。 「なんて言うか……とりあえず、ひったくり逮捕に乾杯」 「乾杯」 へんな音頭に低い声でマイクロトフが応じる。カチリ、とジョッキがぶつかった。 二人はぐいっとジョッキを呷り、ほぼ同時にテーブルに置く。マイクロトフのジョッキのほうが残量がわずかに少なかった。それにムッとしたカミューがすぐさまもう一度呷り、逆転を計る。それに気付いたマイクロトフが負けじとジョッキを傾けた。 お互い頭の中で、何をしているんだ、と思わないではなかったが、なぜか相手に負けるのは癪だった。ダンッ、と叩きつけるように空になったジョッキを置いたのはほぼ同時。二人は睨むように互いを見た。 「いける口なのか?」 カミューが問えば、 「たしなむ程度だ」 と、そっけない答えが返る。たしなむ程度のわりには一気飲みしたじゃないか、とカミューは思いつつ、通りかかった店員に次の杯を頼んだ。 「負けず嫌いめ」 メニューを見るふりをしてぼそっと呟けば、ざわめきの中だったにもかかわらずマイクロトフの耳には届いたようで、少し赤くなった顔で言い返す。 「おまえのほうが先に飲んだんだろうが」 「べつに張り合おうだなんて思っていなかったけど?」 「だったら、途中で飲むのを止めればよかっただろう。それともいつもおまえはビールを一気飲みするのか?」 まったくもって低次元な言い合いに、しかも分が悪くなってきたカミューは話を逸らそうとスーツの胸ポケットから煙草を取り出した。 「煙草、いいか?」 一応、聞いてみる。すると小児科の医師は顔を顰めた。 「警察のくせに煙草を吸っているのか? そんなもの、百害あって一利なしだぞ」 聞いたのは失敗だった、と思ってもあとのまつりである。カミューはわずかに眉を寄せ、かまわず煙草をくわえると火をつけた。 「喫煙マナーは守っているんだ。文句を言われる筋合いはない。それとも警察は煙草を吸ってはいけないという法律でもあるのか?」 カミューは言いながら煙をマイクロトフの反対側を向いて吐き出す。 「それは……」 言葉に詰まるマイクロトフをカミューが小気味いい思いで見ていると、次のビールが運ばれてきた。カミューは一口飲み、咽喉を潤すと、さらに畳みかけてやろうと口を開く。 「だいたい、医者は煙草を吸わないのか? このあいだ、看護婦とコンパしたが、みんなあたりまえのように吸っていたぞ」 「おまえ、コンパなんかに行っているのか?」 驚いたように目を見開いて呆れたような口調で言うマイクロトフに、突っ込みどころはそこじゃないだろう、とカミューは激しく思ったが、 「め、面子が足りなくて誘われたんだ。しょうがないだろう」 口から突いて出たのは言い訳めいたことだった。本当は主催側だったのだが、なぜだかマイクロトフには喜んで参加したふうには取られたくなかったのだ。 誤魔化すようにビールをさらに呷ると、頭の中がふわふわとした浮遊感に似た酩酊感に包まれる。いつもならこの程度の量では酔いはしないのだが、最初の一杯を一気飲みしたせいか、いつもより早くアルコールが回りはじめたようだ。アルコールのおかげで気が大きくなったところで、カミューは意地の悪い視線を向ける。 「まあ、おまえみたいなお堅いヤツには声もかからないだろうがな」 「……べつに見知らぬ女性と飲みたいとは思わない」 憮然と返ってきた言葉は負け惜しみではないことがはっきりと出ていて、本当にああいう場が好きではないことが窺える。カミューは軽く肩をすくめた。 「おまえ、人生捨ててるなー。可愛い子……じゃなかった、運命の相手ってやつに出会えるかもしれないだろう?」 からかうように言ってやると、てっきり真っ赤になって怒ってくるかと思ったが、マイクロトフはわずかに目を伏せてビールを一口飲んだだけだった。そして、視線を上げてカミューを見る。 「……運命の相手なら何をしていても出会うはずだろう」 向けられた視線に、静かな口調に、なぜかカミューはどきっとした。な、なんだ、と思いながら視線を外すこともできずに勝手に口が動く。 「……それって俺のこと?」 「はあ?!」 一瞬、カミューは自分が何を言ったのか理解できなかった。だが、マイクロトフの声が裏返るまでに驚いたあんまりな反応に、かちん、とする。 「だって、こんな出会い、普通じゃありえないじゃん」 不満そうに唇を尖らせてムキになったように言うカミューにマイクロトフは、ちょっと待て、とおもしろいように慌てた。 「な、何を馬鹿なことを言っているんだ?」 「馬鹿なことってなんだよ。人が本気で言っているのに」 「本気っておまえ、男相手に何を言っているかわかっているのか?」 マイクロトフの言い分に、まったくだ、とカミューは思った。だが、おもしろくないものはおもしろくない。こうなったら意地でも認めさせてやる、とだんだんまともに働かなくなってきた頭の中でひとり拳を握った。 「わかってるに決まっているだろう」 顎を軽くしゃくり上げて言い放つ姿は、なぜか偉そうですらある。マイクロトフは、この展開はなんなんだ、と冷や汗をかく思いでカミューを見つめた。 「おまえ……男が好きなのか?」 「まさか」 即答するカミューにマイクロトフは呆れたようにため息を吐く。 「だったら、男同士で運命の出会い云々が成り立つわけがないだろう」 「そんなのわかんないじゃん」 子供のようにムキになって言い返す様は、先程までのどこか人を小馬鹿にしたような態度とはあまりにもかけ離れていた。一貫性のない会話にマイクロトフは疲れてくる。 「おまえ、言っていることがめちゃくちゃだぞ。酔っているのか?」 「酔っているよ」 「……………………すみません、冷酒ください」 胸を張って応えるカミューに沈黙したマイクロトフは、ちょうど通りかかった店員に声をかけた。酔っ払いの言葉を真に受けてしまった自分が恥ずかしい。今までのやりとりはなかったことにしよう、と自分に言い聞かせた。 しかし、無視されたかたちになったカミューはマイクロトフのほうにずいっと顔を寄せると、 「なんだよ、酒飲んで酔っ払ったらいけないのか? 警察は酔っ払っちゃいけないという法律でもあるっていうのかよ?」 と、急に絡み口調になってくる。目が据わっているカミューに、マイクロトフは呆れたように眉を寄せた。 「おまえ……実は酒が弱いのか?」 「そんなことないぞ。自慢じゃないが徹夜で飲み明かしてそのまま出勤したこともある」 またも胸を張る。マイクロトフはさらに呆れ、ため息を吐いた。 「そんな真似、身体に悪いだけで本当に自慢にもならんな」 「おい、こら、待て。すごいだろうが。徹夜で飲んで、ちゃんと出勤したんだぞ?」 しかもその日は強盗未遂を捕まえた。少々やりすぎて始末書ものだったけど。と、カミューは、けらけらと笑った。 警察が、酒気帯び、いや、朝まで飲んでいたなら完全に飲酒状態だ、で、仕事をこなした(しかも何かをやりすぎたらしい)などと市民が知ったら、税金返せ、と思うだろう。 一市民であるマイクロトフは頭痛をこらえるように眉間を押さえた。 「どこがすごいんだ。阿呆なだけだろうが。だいたい、そんなに強いというなら、その様はなんだ? まだ一杯しか飲んでいないというのに」 「だって、誰かさんが一気飲みとかさせるしさ」 カミューが、さらり、と責任転嫁してくると、マイクロトフは、こら待て、と顔を上げる。 「だから、それはおまえが……って、おい!」 マイクロトフがちょっと目を離した隙に、カミューは二杯目のビールを一気飲みしている最中だった。マイクロトフは慌てて止めようとするが、既に遅く、最後の一滴まで飲み干してしまう。ぷは、と息を吐きながらジョッキを下ろした顔はさっきより確実に赤かった。 マイクロトフが唖然としているうちに店員が冷酒を持ってきた。カミューはその店員に「もう三本追加ー」と明るく言うとマイクロトフに冷酒用のグラスを持たせる。そして、冷酒をなみなみと注いだ。 「ま、飲め」 「……………………」 マイクロトフが何ともいえない顔でグラスに口をつけようとすると、 「おい、俺にも注げ。気の利かないヤツだな」 と怒られる。マイクロトフは深いため息を吐きながらカミューのグラスに冷酒を注いだ。 「ほら、乾杯」 かちん、とグラス同士を触れ合わせ、カミューは一気に呷る。日本酒のアルコール度はビールの比ではない。マイクロトフは呆れたようにそれを見ていた。 「おい……」 「おかわり」 「……………………」 マイクロトフは再びこめかみを押さえる。初対面の人間に、酔っ払っているとはいえ、こんな突拍子のない行動を取られ続けても対応に困ってしまう。だが、もう一度おかわりを催促されると、渋々二杯目を注いでやった。それをうまそうに空けるカミューを複雑な表情で見つめる。 「おい、マイクロトフ、全然飲んでいないじゃないか」 馴れ馴れしく名前を呼んだ挙句、肩まで抱いてくるのに、マイクロトフは絡み上戸か、と辟易しながらグラスを口に運んだ。わずかに口をつけると、 「ほら、男だったらぐいっと空けろ」 と、腕を掴んでグラスを思い切り傾けようとしてくるカミューにマイクロトフは慌てて反対側の手にグラスを持ち替える。 「馬鹿者。日本酒は香りと味を楽しみながら、ちびちびやるのがいいんだ」 「そんな廃れたオヤジのようなことを言うな」 「うるさい。絡んでくるおまえのほうがよっぽどオヤジだ。あ、こら、俺のを飲むな!」 すっかりペースを乱され、てんやわんやと騒いでいるうちに気付けば空になった冷酒の瓶は二桁を数えていた……。 「カミュー、そろそろ止めておけ。飲みすぎだ」 マイクロトフは些か呂律がアヤしくなってきた口調で、まだ杯を重ねようとするカミューを制止した。カミューは上機嫌な笑みを浮かべて、ばんばんとマイクロトフの肩を叩く。 「飲みすぎたってここに医者がいるんだからいいじゃないか」 「俺は小児科だ」 憮然と応えるマイクロトフにカミューは声を上げて笑った。 「でっかい子供だと思えばいいだろ〜。せんせー、吐き気がするでちゅー」 恥ずかしげもなく赤ちゃん言葉を真似るカミューにマイクロトフは一喝する。 「阿呆! 子供は酒を飲まん!!」 こうしているとマイクロトフはまともに振る舞っているように見えたが、二人の酔いぶりにそれほど大差はなかった。ただ、カミューの上半身がテーブルに突っ伏しはじめると、医者の性か、そろそろ頃合だと判断する理性がまだ残っていただけのことである。さっきから会話らしい会話が成り立たっていない有様だった。互いが、事情のわかるはずのない相手に普段の愚痴を好き勝手にぶちまけ、無理矢理同意を求める姿は会社組織に疲れたサラリーマンのようである。互いに苦労話を散々聞いたせいか、二人の間には奇妙な、友情に似た親近感が芽生えていた。 「まだ飲む〜」 カミューがテーブルに頬をくっつけて見上げてくると、マイクロトフは、ぽんぽん、と宥めるように頭を叩く。 「ほら、今日はもう帰ったほうがいい」 そう言うと立ち上がり、カミューの腕を掴んで立ち上がらせようとした。しかし、逆に腕を掴まれ、軽く引かれる。少々思考が鈍った頭で、何事か、とカミューの顔を覗き込むさまは完全に無防備だった。 「どうし……?!」 マイクロトフの言葉は途中で止まった。いや、封じられた。……信じられない方法で。 「なっ、何をするー!!」 我に返ったマイクロトフは力任せにカミューの顔を引き離した。唇に残っている感触が信じられなくて、手の甲で乱暴にこする。 「えへへー。キスしちゃった」 へらへらと笑うカミューにマイクロトフは真っ赤になって怒鳴った。 「し、しちゃった、じゃないだろう! この馬鹿者が!」 「だって酔ってるんだもーん」 「酔っ払いは何をしても許されるというのか?!」 「そうだよ」 ふと、カミューの表情が改まる。 「だから一度しか言わない。おまえが好きかもしれない。どうしたらいいと思う?」 「なっ……!」 突然の告白にマイクロトフは絶句した。酔っ払いの戯言というにはカミューの表情は真剣すぎて、馬鹿を言うな、という罵声は咄嗟に口を突いて出てこなかった。 「男にキスしたのは初めてだったけど、嫌じゃなかった。そもそも、どうしておまえにキスしたのか……」 カミューはそう言うと目を伏せ、力なく頭を振った。そして、傍らに茫然と立っているマイクロトフの腕を引いて再び椅子に座らせる。 「どうしたらいいと思う?」 覗き込んでくる顔は多少赤かったが、先程までの酔っ払っている姿が嘘のように真剣な顔つきだった。マイクロトフはアルコールで麻痺した頭で途方に暮れる。 「……おまえがやったことを俺に聞くな」 「そう。じゃあ、こちらで決めさせてもらおうか。答えが出るまでしばらく付き合ってもらうよ」 「な、なぜそうなる?!」 目を剥くマイクロトフにカミューは軽く肩をすくめた。 「いや、自分で決めろって言うからさ」 「俺の意思はどうなる!」 「さあ」 「さあって、おまえ……!」 マイクロトフはあまりにも無責任な言動に詰め寄ろうとしたが、カミューの問いに硬直する。 「だって、嫌だった?」 「え?」 嫌だった、と即座に言えれば状況は変わっていたかもしれない。だが、驚きはしたが……。 「脈ありのようだね」 心を見透かしたように笑われ、マイクロトフはどきっとする。 「な、何を馬鹿なことを……」 「もう一回してみる?」 「冗談じゃ……っ!」 拒否の言葉を吐きかけたが、有無を言わさず迫ってきた端正な顔にマイクロトフは思わずぎゅっと目を瞑った。一瞬後、鼻が何か固いもので挟まれ、びっくりして目を開ける。間近でにやにやと笑っている顔に、今のは鼻に噛みつかれたのだと知った。 「なっ……!」 真っ赤になって怒鳴ろうとしたマイクロトフだったが、今度こそ唇を塞がれ、再び目を瞑るはめになるのであった……。 「運が悪かったな。こんなやつに捕まるとは……」 店を出たマイクロトフは夜空を見上げ、深々とため息を吐いた。 「運が良かったよ。運命を感じる相手に出会うことができたのだから、ね」 カミューはマイクロトフを見つめ、晴れやかに笑った。 おわり |