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数日後。 カミューは再びパステルの元を訪ねていた。 もちろん色事目的での訪問ではない。彼女がマイクロトフを結婚相手に考えている、と言い出した晩から彼女とはそういう関係を絶っていた。気楽な関係だったはずが、マイクロトフの名前が出たとたん、なぜか重枷に感じるようになり、彼女がそれとなく誘いをかけてきても気付かないふりをして避けてきたのだ。 今ならその理由もわかる。自分からマイクロトフを遠ざけようとする人間はライバル以外の何者でもなく、本能が彼女を拒んでいたのだろう。 そして、今日のカミューはこのドタバタ劇に終止符を打つためにやってきたのだ。プライドの高い彼女をどう納得させるか、あまりこういう場面に出くわしたことがないカミューは内心、戦々恐々である。しかも、結果が結果だ。彼女は知る由もないだろうが、誰がこんな結末を予想しただろうか。当事者のカミューですら、いまだに信じられないところがあるのだが、 くっついてしまったものは仕方ないじゃないか。 と、なかば開き直りともいえる態度でカミューは事実を受け止めていた。 まさか親友だと思っていた相手と恋人同士になるなんて。 しかし、その一方で今までの数々の女性遍歴の中では味わうことのなかった『何か』を感じている。それは、気付けば彼のことを考えていたりとか、偶然、城内で姿を見かけると嬉しくなったりとか、まるで恋を知ったばかりの十代の少女のようにはしゃいでいる浮ついた思いだ。ひょっとしたら初めて恋らしい恋をしているのかもしれない、などと考える自分を恥ずかしいと思うより、嬉しく感じているのだから救いようがなかった。 とはいえ、まだはじまったばかりの恋人という関係を平穏に進めていくには、まずこの問題を片付けなくてはいけない。しかも、プライドの高い彼女が逆上することなく終わらせなくては、後々厄介なことになりかねないのは重々承知だ。自分たちの関係が変わってしまったことを気付かれるなんてもってのほかである。 騎士団の代表として他勢力との政略的な駆け引きを行なっているほうがよっぽど気楽だ、と思いながらカミューは用意されたワインに口をつけた。マイクロトフが以前、女性と2人で居るくらいなら単身戦場に突っ込むほうがまだマシだ、と言ったことを思い出す。そのときは鼻で笑い飛ばしたものだが、今ならその気持ちも少しはわかった。 「どうだった? マイクロトフは。堅苦しい男だったろう?」 とりあえず差し当たりのない話題で反応を探ることにする。すると、彼女は目を伏せたまましばし考えるように沈黙した後、大仰にため息を吐いた。その、どう見ても思わしくない反応にカミューはいい感じだ、とこれからの展開に期待を抱く。 「……あんなに心臓に悪い男もいないわね」 「え?」 ぽつりと呟かれた言葉にカミューは聞き返したが、彼女はそれに応えなかった。どこか疲れたような表情でワインを口に運ぶ彼女にカミューは何があったのだろう、と思ったが、やぶ蛇になってはまずいため追求は避けることにする。ただ、マイクロトフは昔から妙に勘が鋭いところがあった。自分もよく核心をついた一言に肝を冷やしたことがあるため、彼女もそんな思いをしたのだろう、と推測する。 「それは大変だったね。だからアイツはやめたほうがいいって言っただろう?」 カミューが同情したふうに慰めの言葉を口にすると、突如、彼女の黒い瞳が冷たく光った。カミューはその迫力に一瞬たじろいだが、次の瞬間には元の表情に戻っていて、今のは気のせいだったのだろうか、と内心首をひねる。だいたい最初から、やめたほうがいい、と言っていたのだから、この件がうまくいかなかったことで彼女を怒らせる理由はない……はずである。……真相を知らなければ。 真相など知るはずがない。知るはずがないのだが……。 こういうときの女性の勘が驚くほど鋭いことは今回の件で嫌というほど思い知らされたが、いくらなんでも親友が、しかも男同士がくっついたなどと想像できるはずもない。 カミューはそう思いつつも、どこか一抹の不安を捨てきれずにいた。内心身構えつつ、彼女の出方を待っていると、やがてパステルが軽くため息を吐いて、「まあね」と呟いた。そして、顔を上げたときには、いつもの彼女の勝気な表情に戻っている。 「で、私にふさわしい方を紹介してくださるのでしょうね?」 「も、もちろん。責任を持っていい男を紹介するよ」 カミューは慌てて頷いたが、 「責任、ね……」 すっと目を細め、苦笑とも嫌味ともつかない口調で返され、内心びくっとした。今のは何か、意味ありげではないか……。 いやいや、知っているはずが……ない……だろう、どう考えても。 カミューがそう自分に言い聞かせながらどぎまぎしていると、パステルはその顔をじっと見つめていたが、やがて軽く肩をすくめた。 「せいぜい、いい男を紹介してちょうだい」 その顔には、何かを吹っ切ったような、それでいてあきらめたような表情が浮かんでいる。カミューは話が進んだことにホッとしつつも、その表情に少し戸惑いを覚えながら頷いた。 「あ、ああ。君が手のひらで転がせられるような、とびきりのいい男を連れてくるよ」 彼女の気性からいって亭主関白タイプなど冗談ではないだろう。素直で、優しくて、なんだかんだ言っても結局は彼女に勝てずに尻に敷かれるような男がいいはずだ。 そう考えるとまさにマイクロトフは理想だったのかもしれない。尻に敷かれるタイプではないが、一歩引いてすべてを許す度量がある。 そんな彼を(狙ったわけではないが)奪ったのは他ならぬ自分だ。カミューは彼女に捧げる羊候補を頭の中に浮かべながら、せめて最良の選択をしようと思った。 「そうね。今度は期待しているわ」 ようやく彼女の顔に笑みが浮かんだことに安堵したカミューは立ち上がり、「じゃあ、また連絡するよ」と言い置いて部屋を出ていった。ドアが閉まり、部屋に一人になるとパステルは深いため息を吐く。 「同時に2人に振られるなんて、ね」 ついてないわ、と小さく呟いた。 |