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「カミュー、これはなんだ?」 そういうマイクロトフの顔は少々ひきつっているようだった。 「何ってお土産のつもりだけど…」 そう応えるカミューの笑顔も心なしか強ばっているようだった。 二人の間には液体が入った小さな瓶がひとつ。ガラスでできたその小瓶は白をベースにした半透明の器で、花をあしらったデザインも凝っており、女性が見れば喜びそうな感じだった。 だが、目の前にいる元・マチルダ騎士団青騎士団長は男なのである。しかも、男の中の男、と評され、騎士団内で憧れる者が少なくないほどの立派な男なのである。こんな少女趣味なものをもらっても嬉しいはずがなかった。 「カミュー、前から思っていたのだがな、女の代わりだったら他をあたってくれ」 こんな女性ものを贈りたいくらいなら。 凄味の混じった低音で言われ、カミューは慌てて首を振った。 「ち、違うよ! マイクロトフだけを好きなんだから、女の代わりとかのはずがないじゃないか!」 「だったら、何なんだ、これは!!」 瓶を投げつけそうな勢いでマイクロトフが怒鳴る。カミューはその剣幕に首をすくめ、恐る恐るといったふうに上目遣いにマイクロトフを見つめながら、 「……おまえに……似合いそうな匂いだったから……」 と、ぼそ、と呟いた。そう、中味は香水である。女性ものか男性向けかはマイクロトフにはわからなかったが、自分に縁があるものとは到底思えなくて、声を荒げてしまった。だが、カミューのしょんぼりとした様子に、彼の好意を頭ごなしに否定してしまったことを少々気まずく思い、わずかにトーンダウンする。 「こ、香水など、女性がつけるものだろうが」 「俺だってつけてるじゃん……」 「おまえは似合っているからいいんだ……って、そういう問題じゃなくてだな」 思わず口走ってしまったことを誤魔化すように咳払いするマイクロトフに、カミューは、一瞬目を瞬かせた後、えへへー、と締まりのない笑みを浮かべた。マイクロトフの首にするりと腕を回し、顔を覗き込む。 「そう思ってくれてたんだ? 嬉しいな。俺の匂い、好き?」 「ううう、うるさい。そういう話ではない……」 顔を背けるマイクロトフの耳は見事なまでに真っ赤で、カミューの笑いは止まらない。 「じゃあ、同じのつける? お揃いの匂いっていうのもいいよね」 「黙れ!!」 怒鳴りながらもこちらを見ようともしないマイクロトフにカミューはくすくす笑いながら、首に回していた手を背中に回し、抱きついた。 「可愛いなぁ、おまえは」 肩のあたりに顔を埋めるとマイクロトフの汗の匂いがする。カミューは嗅ぎ慣れたその匂いに、彼に香水を買おうと思ったいきさつを思い返した。 騎士、といえば聞こえはいいが、ようするに肉体労働者である自分たちは当然、相当量の汗をかく。騎士服は毎日着替えられるほど支給されるわけではないし、遠征ともなれば何日も着の身着のままで過ごすのは当たり前だった。となれば、体臭はそれなりに、いや、かなり男臭いものであるのは仕方ないことであるといえよう。 だが、騎士団は男所帯だったため、あまり気にしたことがなかった。だが、ここ同盟軍は女性も多い。騎士たちもそれは少しは意識しているのか、朝練のあとはほぼ全員が風呂に入るようになったし、中には自分のように香水を使う者まで出始めた。しかし、どんなに身体から汗を流そうが、他の匂いで誤魔化そうが、汗の匂いは騎士服に染み付いているのだからあまり効果がないと言えよう。 自分は汗の匂いも考えて香水を選んでいるからあまり目立ちはしないだろうが、そんなことに無頓着なマイクロトフはどうだ。自分はマニアだから(←自覚あり)マイクロトフの汗の匂いは嫌いじゃない(むしろ萌え)が、周りの女性たちは気にするのでは、と思ったら、つい買ってしまった。 だけど考えてみたら、これで変に人気が出ても困るしなぁ。 カミューはマイクロトフを緩く抱き締めながらそんなことを考え、 「わかったよ」 と、折れたふりをした。マイクロトフが「せっかく買ってきてくれたのにすまない…」と申し訳なさそうに俯くと、カミューは見えないことをいいことに、にんまりと含みのある笑みを浮かべる。 「俺の好意、無駄になっちゃったね」 「そ、そんなことはない!」 マイクロトフが慌てて顔を上げると、カミューは瞬時に寂しそうな微笑に切り替えた。どうしてこの愛しい人は毎回同じ手に引っかかるのだろう。実は、かなーり愛されちゃってたりして。 そんなことを考えているなどとは微塵も見せずに口を開く。 「ほんとに?」 目をうるうると潤ませて見上げるカミューに、マイクロトフは、うっ、と詰まった。即座に頷かなかったのは少しは学習能力がついてきたのだろうか。だが、所詮、マイクロトフはマイクロトフであった。真っ直ぐな性格が災いして、人の裏側の心理など読めるはずがない。 「こ、香水は無理だが、それ以外なら……」 おまえの好意は嬉しい、とマイクロトフがぼそっと呟くと、カミューは心の中で「ゲッツ!」とマイクロトフを指差した。 「じゃあ受け取ってー!!」 カミューは言うが早いか、がばっと抱きつくとそのまま押し倒しにかかる。どさり、と大した抵抗もなくベッドに沈む身体にのしかかりながら、マイクロトフの体臭を胸いっぱいに吸い込んだ。 ああ、やっぱりこの匂い、好きだな……。 「カ、カミュー……」 「ん? なあに」 上機嫌に、ぺろり、と首筋を舐めるカミューにマイクロトフがぼそっと呟く。 「その……おかえり」 気付けば、カミューが各地の交易から帰ってきてすぐの香水騒動だったため、ろくに挨拶も交わしてなかった。 カミューは、可愛いなぁ、もう、と頬が緩みっぱなしになるのをこらえながら極上の笑みを浮かべた。 「うん。ただいま」 「これがいつもつけてるやつか?」 小瓶に鼻を近づけたマイクロトフが怪訝そうな表情になった。その小瓶はカミューが愛用している香水が入っているものである。こちらはちゃんと男性ものだとわかるくらいシンプルなデザインの小瓶だった。マイクロトフは、せめてこれくらいのデザインだったらあんなに頑なに拒まなかったかもしれない、と思いつつカミューの答えを待つ。 「そうだよ。どうかした?」 「なんか、少し違うような……」 首を傾げるマイクロトフにカミューは苦笑を浮かべた。自分とて汗をかくのだから純粋に香水の匂いだけがするわけじゃない。マイクロトフが普段嗅いでいる匂いは香水と体臭が混ざったものだろう。 そんなことを思っているとマイクロトフがおもむろにカミューの胸倉を掴んで引き寄せ、肩あてのあたりに顔を埋めた。 「マ、マイク……?」 「やっぱりこっちの匂いのほうが落ち着くな」 そう言って離した顔は真っ赤で、カミューは、やはりかなわないな、と思いつつ嬉しそうに微笑んだ。 |