〜熱い夜〜




 都市同盟軍の本拠地があるデュナン湖周辺は、ここより北に位置するマチルダに比べ、当然暑かった。マチルダ騎士団から離反してきた騎士たちは慣れない猛暑に連日四苦八苦していた。戦闘服である制服は丈夫な生地でできているため、当然、通気性が悪く、暑いことこのうえない。
 マチルダではそろそろ秋の気配が近づく頃だというのに、ここはまだまだ真夏の日差しが降り注いでいた。

「あー、暑いな……」
 外を巡視していた青騎士のひとりが胸元に少しでも風が入るよう襟元を緩めた。隣を歩く青騎士が苦笑いする。
「暑い暑い、言うなよ。心頭滅却すればなんとやらってな。ほら、うちの団長を見てみろ。あの分厚い制服を少しも着崩さずにいるじゃないか」
 指差した先には、なるほど、元・青騎士団長マイクロトフが暑さをものともせず、颯爽と歩いていた。
「団長はさすがだなぁ」
「精神力が我々と違うんだろうな」

そんな青騎士たちの羨望の眼差しを集めているマイクロトフとて、生粋の北国育ちである。外を歩くときはだらしない姿を見せられない、と気を張っているが、1歩部屋に入るとやはりぐったりとしていた。
「毎日こう暑くてはかなわんな……」
 咽喉元のプレートを外し、襟を緩めるマイクロトフにカミューが「お疲れ様」と笑った。カミューはここの暑さをマイクロトフたちほどはこたえてないようだった。聞けばグラスランドはもっと暑いらしい。
「でも、今夜あたりはぐっと涼しくなると思うよ。薄手の毛布の一枚くらい用意しておいたほうがいい」
「そんなに急に涼しくなるものか。昼間はこの暑さだというのに」
「それでも。夜は冷えるはずだよ」
「涼しくなるならもってこいだ。まだ毛布などいるものか」
 ふん、と鼻を鳴らすマイクロトフにカミューは肩をすくめた。


「どこが涼しくなるというんだ。こんなに暑いではないか」
 夜になっても一向に気温が下がらないことにマイクロトフはイライラしたように言った。カミューはそれには応えず、冷えたワイングラスを片手に窓の外を見ている。
 確かに今夜も連日の熱帯夜とさほど変わらない熱気に包まれていた。このままでは寝苦しい夜になることだろう。
「おまえ、俺が……させないからってあんなことを言ったんだろう」
 暑さに弱いマイクロトフは夏になってからカミューが触れるのを心底嫌がっていた。よって、カミューは1ヶ月以上、禁欲を強いられていたのだ。
 マイクロトフの恨みがましい口調にカミューは少し苦笑いする。マイクロトフの口からそういうセリフが出てくるとは随分成長したものだ、と。
「まあ……それもあるんだけど。今夜はそろそろ寝ようか」
 カミューはグラスの中身を飲み干すと立ち上がった。そして、寝る、という単語に少し身体を強張らせているマイクロトフに触れるだけのキスを落とす。
「じゃあ、おやすみ。窓はちゃんと閉めてね」
 結局、自分の忠告を聞かず毛布を用意してないマイクロトフを気遣うようにカミューは言ったが、マイクロトフは酔いのせいもあるのか、そっけなく手を振るだけだった。カミューは、意地っ張りめ、と苦く笑うと、
「素っ裸で寝るなよ」
 襲われるからな、とからかうように言い残し、マイクロトフの罵声を聞きながら部屋を出、隣の自分の部屋に戻った。
 1人になったマイクロトフは、ふう、とため息を吐いてベッドに腰掛ける。カミューの、涼しくなる、という嘘は確かに腹立たしいが、嘘をつくくらい煮詰まっているのなら押し切ればいいのに……。そう考えてハッと我に返った。
「な、なにを考えているんだ、俺は……」
 ひとりごちて赤くなる。
 少し前まで。ここ、都市同盟軍の本拠地は手狭で部屋数が足りず、マイクロトフとカミューは同室となっていた。なんの冗談かベッドもひとつしかなく、それは困ったことになっていたのだが。
 最近になってようやく増築が進み、部屋は別々になった。清々するとともに、ほんの少しだけ落胆を覚えたりした。
「よ、酔っ払っているんだな……」
 らしくない思考を打ち切ろうとマイクロトフはベッドにごろり、と横になった。火照った身体にシーツの冷たさが気持ちいい。しかし、それはすぐ体温で生ぬるいものとなってしまった。
「暑い……」
 酒を飲んだせいもあるのだろうが、今夜は一際暑い。マイクロトフはしばらくごろごろとしていたが、ついに耐え切れなくなって上半身を脱いだ。
 カミューの「襲われるからな」というからかいの言葉を思い出す。
「そんな物好き、おまえぐらいだ……」
 憮然と呟いて、マイクロトフは眠りについた。


 マイクロトフはぶるっと身体を震わせ、目が覚めた。目を開けると外はまだ深い闇である。マイクロトフは上半身を起こすと、身体に鳥肌が立っているのに気付いた。触れると身体がすっかり冷えている。
薄いカーテンが風に揺れているのを見て、窓を閉めにベッドを降りた。窓を閉めようとすると顔にあたる風が随分涼しく感じる。冷えてしまった腕をこするようにしながら、寝る前に脱ぎ捨てた薄い夜着を拾うと、それを羽織りながら、カミューにしきりに忠告されていたことを思い出した。
「まさか、本当に涼しくなるとは……」
 さっきまであんなに暑かったのに。
 カミューの生まれ育った国では風を読み、雲の流れを読んで気候を予測すると聞いたことがあった。あんなに暑い日中でも何か秋の気配を感じさせるものがあったのだろう。
 それをおしえてくれたにもかかわらず、自分は変な邪推までして突っぱねてしまった……。
 マイクロトフは恥ずかしく思いながらベッドに横になった。明日謝ろうと思いつつ、再び眠りにつこうとする。
 だが……。
 ぶるっと身震いする。身体が冷えてしまったせいか、眠れそうになかった。夜着も夏用の半袖の薄手のものである。当然、上に掛ける毛布もない。
「……………………」
 マイクロトフは眉を寄せた。このままでは眠りにつけないし、風邪を引いてしまうかもしれない。
 マイクロトフは、体調を崩して周りに迷惑をかけるよりは、と、一晩の恥を選んだ。ベッドを降りると机の引き出しに入っている小さな鍵を取り出し、部屋を出る。
 行き先は隣の部屋だった。
 なるべく起こさないようにと、そうっと鍵穴に合鍵を差し込む。そして、回そうとして手応えがおかしいことに気付く。あれ、と思い、鍵を抜いてドアノブを回すとドアは簡単に開いた。普段、戸締りをきちんとしているカミューが鍵のかけ忘れなどありえない。
 マイクロトフは自分の行動は予想済みだったのか、と、恥ずかしいような、嵌められたような、複雑な心境で中に入った。ベッドには毛布にくるまって眠っているカミューの姿。
 マイクロトフは彼の思うつぼになっているようでちょっと悔しく思いつつ、だが、どうすることもできず、その隣に滑り込んだ。
「ん……」
 寝惚けたような声とともにカミューの目がうっすらと開いた。マイクロトフはどんな嫌味がくるだろう、と心構えしたが、「冷たいね」と笑って額に口付け、ぎゅっと抱きしめられる。寝ていたせいかカミューの身体がとても温かい。
 冷え切った身体をもろともせずに包み込むカミューに、マイクロトフは、やっぱりこの男にはかなわない、と思う。
「明日は朝練休みでしょ? たまにはゆっくり寝ていようよ」
 カミューは頭を抱き込みながらそう言うと、再び眠りにつこうと目を閉じる。ほどなくカミューの呼吸が規則的になる頃には、マイクロトフの身体もだいぶ温かくなっていた。そして、つられるように眠りの淵に引き込まれる。
 マイクロトフはまどろみに身をまかせた……。


 夜明け前に目が覚めたマイクロトフは自分の身体に染みついた習慣に苦笑いした。だが、夜中に一度起きたせいでまだ眠り足りない。今日は朝練が休みなのだから、と、少し言い訳めいたことを思いつつ、もう一度眠りにつこうとした。外気は夜より冷えていて、そっとカミューにすり寄ると、無意識なのかカミューの腕がさらに引き寄せる。目を閉じれば簡単に睡魔が襲ってきた……。


 がすっ

 穏やかな眠りについていたカミューは毛布とともにベッドから蹴り落とされた。突然の衝撃にカミューは、何事?! と目を白黒させる。ベッドを見ればマイクロトフが大の字になって寝苦しそうに眉を寄せていた。顔にはびっしりと汗をかいている。
 すでに日は高く、当然、つられるように気温が上がっており、窓を閉め切ったこの部屋はサウナよろしく亜熱帯気候となっていた。昨夜の冷え込みはどこへやら、である。暑さに弱いマイクロトフは本能的な行動に出たのだろうが……。
「ひ、酷いよ、マイク……」
 昨夜はあんなに甘えてきたのに。
 カミューはベッドの下で泣き崩れた。





甘々推進委員会の交換会に提出させていただいた文です。
テーマは「残暑」
甘々のはずが微妙に赤が不幸(笑)

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