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カミューはその夜、どうしても眠れなかった。 同室の5人の少年たちが寝静まった後、2、3回寝返りを打って体勢を変えて寝る努力をしてみたが、一向に眠気がやってこない。仕方なくむくり、と身体を起こすものの、それ以上は動く気力がなくてその体勢のまま目を閉じる。昼間、授業と訓練をこなした身体は疲れているというのに、頭の中だけが妙に冴えていた。 マチルダに来て3ヶ月。そこそこうまくやっているつもりだった。 騎士団に入団したての頃はどうしても目立ってしまう容姿から浮いた存在になっていたが、月日を重ねるにつれ、なんとか溶け込みはじめてきたと思う。同室の連中とも馴染んできたし、友人と呼べる者も何人かできた。人間関係さえうまくいけば、騎士になるための授業にはあまり不安は感じていない。故郷でも少しは学んでいたし、それなりに器用なのは自負していたからこなしていく自信はあった。あとは目立ちすぎないようにうまく手を抜いて、中の上ぐらいに位置していればいいと思っている。 そうだ。すべてはうまくいっている。マチルダの生活に不安はない……。 自分に言い聞かせるようにそう確信したカミューだったが、眠れない原因は他にあることを漠然と感じていた。他ならぬ自分自身に対して得体の知れない不安を覚えているのだ……。 マチルダに来てから笑うことが多くなった。しかし、それはグラスランドに居た頃のような心の底から湧き上がる感情の表れではなく、すべてを包み隠す壁のような愛想笑い。だが、それはカミューにとっての社交術のひとつであり、欠かせないものだった。それなのに、そうやって自分を作り上げていることに言いようのない息苦しさを感じている。あたりさわりのない態度で友人たちに接している自分に、ときどき頭の中にもう一人の自分の声が響くことがあった。 そこに立って笑っているのは誰だ、と。 このまま『本当の自分』という存在を誰にも気付かれないまま大人になるのかと思うと、冷たいものが胸をよぎる。 自分はここにいるのに、誰も気付いてくれない……。 こうして闇の中に身を置いていると、消えてしまう、と言いようのない不安が押し寄せてくる。 「カミュー……?」 不意に名前を呼ばれ、カミューはびくり、と肩を震わせた。暗闇では相手の顔は見えなかったが、隣のベッドから聞こえてきたのだから声の主は容易にわかる。 「マイクロトフ……?」 カミューの心臓が意味もなく早鐘を打ち出した。 マイクロトフとはただならぬ縁がある。騎士団の入団試験の最後に行なわれた剣技の試験で対戦し、時間切れとなるまで決着がつかなかったのだ。そして、入団試験に合格してみると寮の同室に名前を連ねていた……。 カミューは実のところ、マイクロトフが少し苦手だった。マイクロトフは手を抜くということを知らないほどに真面目で、それに加えて頑固な性格の持ち主でどこまでも信念を曲げない少年だった。同期が呆れて、ついていけない、というような態度を取っても、平然と自分は自分、と己の考えを貫いてしまう。そんなふうに堂々と振る舞える強さは眩しいくらいだったが、騎士団は集団組織である。周りとうまくやっていかなくてはいけないのだから、マイクロトフの性格は少し向いていないと言える。 だが、カミューがマイクロトフを苦手と思っているのはそんなことが理由ではなかった。何事にも真っ直ぐで、それゆえに視野が狭く人の機微に疎いところがあるのだが、それでいて妙に鋭いところがあるのだ。入団して1ヶ月が経とうとしていた頃、なんの前置きもなく言われたことがある。「どうして手を抜いているのだ」と。そのときは周りに友人たちがいたため、動揺を押し殺して「そんなことないよ。これでも必死にやってるんだけどな」となんとかその場をしのいだのだが……。 カミューは見えないとはわかりつつ、柔らかい笑みを浮かべ、小声で応えた。 「ごめん。起こしちゃった?」 「眠れないのか?」 マイクロトフはそう言うと、カミューが何か言うより早くベッドを降りる。そしてカミューのベッドに歩み寄ると、おもむろにカミューの右手を握った。 「冷たいな」 眠って体温が高くなっていたのか、マイクロトフの手は温かかった。マイクロトフはカミューの左手も掴んでカミューの膝の上に重ねると、その上から両手で包むように握る。 「大丈夫だ」 短い、だが、揺らぎのない声だった。驚いたカミューが目を見開くと、間近な距離で漆黒の瞳と視線が絡む。 カミューはこの真っ直ぐな瞳が苦手だった。この瞳に見つめられると、何もかも見透かされてしまうのではないかという得体の知れない不安が胸をよぎるのだ……。 その瞳に顔を強張らせた自分の顔が映っている。 息をするのを忘れたかのように固まっているカミューにマイクロトフが囁いた。 「おまえはここにいる。そうだろう?」 何も知らないくせに確信に満ちた声で告げる少年に、カミューの胸に言いようのない感情が湧き上がる。 「俺は……ここにいる?」 問いかける声はわずかに震えた。 「ああ。ちゃんといる」 力強く頷くマイクロトフにカミューは目を閉じ、温かい手に包まれている手にぎゅっと力を込める。 「…………ありがとう」 俺を、見つけてくれて。 カミューはその後、すぐに眠りにつくことができた。 2人のベッドの間にはしっかりと繋がれた手があった……。 |