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「まさか、何も変わっていないとはな……」 「そうだね。しかも……」 カミューは言いながら傍らの棚に指を滑らせた。その指に何もついていないことを確認して目を細める。 「きちんと掃除までしてくれていたようだよ」 「…………おまえは小姑か」 大の男がやるとは思えないしぐさに、マイクロトフは嫌そうに眉をひそめた。 ここはマイクロトフの部屋……ロックアックス城内の青騎士団長の私室である。 新都市同盟とハイランド王国が争ったデュナン統一戦争が終結し、宿星を背負った者たちの役目は終わった。自分たちの信じた正義を貫くため、マチルダ騎士団を離反して新都市同盟軍の一員として剣を振るったマイクロトフとカミューは、白騎士団長不在により崩壊寸前となっていたマチルダ騎士団を再建するためにロックアックスに戻ってきたのだ。 マチルダがハイランドに寝返ったという事情があったとはいえ、自らの手で崩壊寸前にまで追い込んだのだから、反発があるのは当然予想していた。だが、統率者を失った騎士団の現状は予想以上に酷く、反乱分子が存在することすらできなかったのである。騎士に見切りをつけた者は城を去り、城に残った者は戻ってきた2人を歓迎した。 …………本音はどうであれ表向きは。 そして、自分たちにはもう役職がないのだから、と一般の騎士たちと同じ待遇を望む2人だったが、以前の部屋を使ってください、と元の団長室をあてがわれたのだ。 「だいたい、なぜついてきたのだ? おまえは自分の部屋に帰ればいいだろう」 マイクロトフに冷たく言われ、カミューはまいった、というふうに両手を軽く上げて苦笑を浮かべる。 「それがさー、俺の部屋は蜘蛛の巣だらけで……」 「そ、そうなのか?」 マイクロトフが驚いて目を丸くすると、その素直な反応にカミューはにやっと笑った。 「嘘。おまえと一緒に居たかったんだ」 言うが早いか、背後からマイクロトフの顎を捉えるとそのまま振り向かせ、強引に口付ける。 「ちょっ……んっ!」 何か言おうとするのにかまわず両手でしっかりと頭をおさえると、壁に身体を押し付け、体重をかけて動きを封じた。最初は抵抗しようと全身に力を込めていたマイクロトフだったが、やがてあきらめたのか身体の力を抜き、口付けに応えはじめる。やがて満足したのかカミューが口付けを解くと、与えられた刺激と酸欠で顔を赤らめたマイクロトフがカミューを睨みつけた。 「いきなりなんなのだ、おまえは……」 「言ったでしょ」 わずかに息を弾ませたカミューの指がマイクロトフの濡れた唇を拭う。それすらも熱が上がりかけた身体には刺激になりそうで、マイクロトフは咄嗟に目を瞑った。そんな反応にカミューはもう一度軽く口付け、こつん、と額を合わせる。 「おまえと一緒に居たかったんだって」 「だからって……」 いきなりこんなことをするヤツがあるか、と目に怒りを込めてカミューを見上げるが、カミューにはそんな生易しい抗議は通用するはずもない。赤らんだ頬を満足そうに撫でながら笑っているだけである。 その視線がちらり、と部屋の奥に向けられた。 「この分なら……使っても大丈夫かな」 「…………何をだ?」 いやーな予感がしつつもマイクロトフは訊ねてみる。すると、カミューの満面の笑みが返ってきた。 「もちろんベッド♪」 「なっ……! じょ、冗談ではない……!」 「うん。冗談じゃないよー。明日から忙しくなるだろうし」 ぎょっと目を剥くマイクロトフにかまわず、カミューはマイクロトフの腕を引いて部屋の奥へと誘う。踏ん張りそこねたマイクロトフはたたらを踏みながら後を追う格好となった。 「あ、明日から忙しくなるのだから、今日はゆっくり……」 「うん。ゆっくり愛し合って、ゆっくり眠ろうねー」 にっこり。 振り返った一点の曇りもない笑みにマイクロトフはカミューの本気を知る。ごくっと息を飲んだマイクロトフは、どうにか思い留まらせることはできないかと混乱した頭で必死に考えた。 「ほ、ほら、明日からのことについていろいろと考えたいこともあるし……」 「うん。考えることがいっぱいあるよね。一人で考えるより2人で考えたほうがいい案が浮かぶよ。一緒に考えよう?」 「だ、だが……」 素直に頷かないマイクロトフにカミューは目を据わらせる。 「往生際が悪い!」 「う、わっ!」 言葉と共に足を引っかけられ、完全に無防備だったマイクロトフはベッドに倒れ込んだ。しまった、と思ったときにはもうカミューがのしかかってくる。 「ちょっ……、カミュー!」 「あのさ……、正直、余裕ないんだよね」 「え?」 声のトーンが低くなったことに驚いてカミューを見ると、その目にはどこか焦燥の色が浮かんでいた。 「ノースウィンドウから移動してくる間は部下たちの目があったし、これからも自分たちの時間はほとんど持てないだろう? 今日ぐらいしかゆっくり一緒に居られないじゃないか」 「カミュー……」 「だから、ね?」 吐息混じりに囁きながらカミューはマイクロトフの耳を軽く噛む。弱いところに触れられてびくりと震える身体に手を伸ばし、少々、荒っぽい手つきで複雑な団長服を脱がしにかかった。こういう状態になるとこの男は止まらないことを嫌というほどわかっている。マイクロトフはあきらめのため息をひとつ吐くと、身体の力を抜いて目を瞑った。 しかし、 チャリーン 程なく床に響いた硬い音に、何の音だろう、と目を開ける。床をころころと転がっていく小さなものを視線で追っていると、カミューが少し恥ずかしそうに音の正体を口にした。 「ごめん。エンブレム、取れちゃった」 手荒に扱うからだ! と憤るマイクロトフだったが、ふと、昔の記憶が脳裏をよぎる。 「そうだ……! 確か……!」 思わずカミューを押しのけ、ベッドの下を覗き込んだ。 「マ、マイクロトフ……?」 突然の奇行にカミューが唖然としていたが、マイクロトフはそれにかまわずベッドの下に視線を巡らせる。カミューが、すごい格好だなぁ……襲っちゃおうかなぁ……と考えていると、マイクロトフが「あった!」と声を上げておもむろにベッドの下に手を突っ込んだ。 「何があったの?」 「これだ!」 と、マイクロトフが差し出した手のひらには、先程床を転がっていった騎士の象徴が乗っていた。 「あれ……? これは……?」 さっきのはドアのほうに転がっていったはずだった。それがどうしてベッドの下に落ちているのだろう。 「おまえがっ、前にも同じことをしたからだ!!」 マイクロトフはその当時のことを思い出しているのか、顔を赤らめて怒鳴った。 「え、そうだった……?」 「しかも、俺が拾おうとしたのを、おまえが『後でいいから』ってさせなかったのだ!」 言われてみればそんなこともあったかもしれない。だが、カミューはマイクロトフには口が裂けても言えないが、マイクロトフと肌を合わせるときはいつもいろいろといっぱいいっぱいなので、あまり細かい記憶がないのだ。そのため、いつのことなのかさっぱり思い出せなかった。 「ま、まあ、エンブレムなんて紛失届けさえ出せば新しいのをもらえるし、そんなに怒らなくても……」 見た目を裏切って大雑把なカミューはちょくちょくエンブレムを失くしていた。団長になってからも紛失届けを10枚近くは書いたのではないだろうか。部屋を掃除するたびに数個発見されて返却しているが、それでも相当な数を失くしている。カミューにしてみれば物品管理係の嫌味をさらっと聞き流せばいいだけの大した作業ではなかった。 しかし、真面目なマイクロトフにとってはそうではなかったらしい。 「こんな理由で紛失届けを出さなくてはいけなかった俺の恥辱がおまえにわかるか?!」 「ご、ごめん……」 マイクロトフの剣幕にカミューは思わず条件反射的に謝ってしまったが、待てよ、と首を捻る。 「あれ、でもこうして覚えていたのなら、後で拾えばよかったじゃないか……」 カミューのもっともな指摘に、マイクロトフはなぜか真っ赤になった。どうしたのだろう、とカミューが見つめていると、ぼそり、と何事か呟く。 「え?」 語尾しか聞き取れずカミューが聞き返すと、マイクロトフは自棄になったように叫んだ。 「今の今まで忘れていたのだ!」 「そ、そう……」 何をそんなに怒っているのだろう、と思いながら相槌を打ったカミューは頭の中で状況を整理してみる。 襲ったときはエンブレムを落としていたことを覚えていた → 終わった後にはすっかり忘れていた…… それってつまり……。 「んふふふふー」 カミューは相好を崩すと、むくれているマイクロトフの背後から抱きついた。 「なっ、なんだ? 気色悪い……!」 「それって、そんなに良かったってこと?」 「はあ?!」 「記憶を失くすほど夢中になったってことだよね?」 「なっ、何を言っているのだ、おまえは……!」 カミューの腕を振りほどこうとしたマイクロトフだったが、その茹蛸のように真っ赤になった顔が図星であることを物語っている。 「今日も夢中になろうね。いっぱい愛してあげる」 「いらんっ! さっさと終われ!」 「そういう色気のないこと言わない。可愛いだけだから」 「かわっ……?! おまえの頭はどこまでおかしいのだ!」 「マイクロトフではじまってマイクロトフで終わるほどおかしいよ〜」 カミューは笑ってそう言うと、会話はもういい、とばかりにマイクロトフの唇を塞いだ。 次の日の朝、洗面所に向かおうとしたカミューの足に、夕べ転がったエンブレムの突起部分が刺さった。きちんとバチは当たるものなのである……。 |