|
「なあ、おまえはどう思う?」 「ん? 何がだ?」 おもむろに問いかけられ、マイクロトフはノートに走らせていたペンを止めて顔を上げた。机を挟んで向かい合って座っていたカミューは頬杖をついて、マイクロトフの顔をじっと見つめている。視線が合うと、夕日を浴びて不思議な色合いを帯びた瞳が緩く細められた。ゆっくりと、どこか試すような口ぶりで質問を口にする。 「願いが叶うまでと叶ったとき、どちらが幸せだと思う?」 マイクロトフはひとつ瞬きをすると、カミューの質問を頭の中で反芻してみた。 カミューはいろいろと複雑な思考の持ち主で、最近仲良くなったマイクロトフもまだ彼の全てを理解しているわけではない。良く言えば柔軟な、悪く言えばひねくれた考え方をする、というのがマイクロトフの現時点での印象だった。 自分とはまったく違うタイプのこの友人といろいろなことを話すのは驚きと発見の連続で、それが今のマイクロトフにはとても楽しい。だから、いつもマイクロトフはカミューに何か聞かれると真剣に考え、率直に応えることにしている。 「俺は願いが叶ったときだと思う」 今回の問いに対しては自分の中で検討するまでもなかった。自分の立場に置き換えるのならば、今、すべてをかけて目指しているものがある。苦手な理論の授業が終わった後もこうしてノートに要点をまとめたりするほど努力しているもの。それは今の自分にとって最大の『願い』を叶えるためだった。苦手分野にぶつかるたびに投げ出したくなることもあるが、そんなことでくじけていられない。 マイクロトフの答えが予想どおりだったのか、カミューは少し意地悪げな笑みを浮かべた。 「でもさ、よく言うじゃない。ずっと焦がれていたはずのものなのに、手にしたとたん、こんなものだったのかって冷めてしまう、とかさ」 なるほど、とマイクロトフは思う。確かに昔読んだ物語の中にそんな話があった。いろいろなものを捨ててまでようやく探し当てた宝物がたいしたものではなかったと知って落胆した主人公。結局は大きなものを望まず、身近な幸せが大切なのだという教訓を含んだ話だったように思う。 しかし、マイクロトフはそうじゃないと思った。 「それは、そいつの思いが足りないのだ」 「え?」 マイクロトフの反論にカミューは意外そうに目を瞠る。 「俺だったら、願いが叶ったときにがっかりするようなものを追いかけない。そんな中途半端な気持ちで努力したところで、叶ったときに嬉しいはずがない。 俺は願いが叶ったとき……マチルダの騎士になれたとき、きっともっと高い目標を見つけて努力を続けると思う」 カミューの目を真正面から捉え、迷いのない口調で答えるマイクロトフにカミューは少しの間沈黙した。そして、にやっと人の悪い笑みを浮かべ、楽しげに咽喉を震わせる。 「なるほど。おまえに愛される人は幸せだね」 「は?! な、なんのことだ?!」 急に愛だのと言われ、マイクロトフは瞬時に真っ赤になった。その反応をおかしそうに見つめながらカミューは笑った拍子に乱れた前髪を軽くかきあげる。 「俺は恋愛のことを言っているつもりだったんだけど。そんなに一途に思ってもらえるのなら心移りの心配もないし、将来安泰だね」 「なっ……なっ……なっ……」 話をまったく取り違えていたと知って、マイクロトフは口をぱくぱくさせた。そして、いつまでも笑っているカミューをギッと睨みつける。 「カミュー! 俺にそういう話を振るな!!」 自分が色恋に絡む話を苦手としていることはとうに知っているはずだ。わざと曖昧な質問にして自分をからかったのだ。 マイクロトフはこんな性悪の相手をしている場合じゃない、と憤然としながらノートに再び向かい、ガリガリと少し力の入った様子でペンを走らせはじめた。 「紙、破れちゃうよ?」 「うるさい! 話しかけるな! あっ……!」 言ってるそばから鈍い音と共に紙に穴があく。 「あーあ。言わんこっちゃない」 笑みを浮かべたままからかうような口調で言うカミューに、マイクロトフは羞恥と怒りで赤いままの顔を上げて睨みつける。そして、筆圧で穴があいてしまったページを乱暴に切り取ると、くしゃくしゃにまるめてカミューの頭に投げつけた。 「あいた! 何するんだよ」 「うるさい! これ以上邪魔をするなら出て行け!」 紙が痛いはずがない。マイクロトフはかまわずノートに専念する。軽く肩をすくめたカミューは席を立ったが、教室の出口とは反対の窓際に向かい、夕日を背に窓枠に背中を預けた。そのまま口を開くことはせず、教室にはマイクロトフのペンを走らせる音だけが響く。 「思いが足りない……か」 カミューは真剣な顔つきでノートをまとめているマイクロトフを見つめ、ぽつりとつぶやいた。顔を上げないままマイクロトフが口を開く。 「……何か言ったか?」 「ううん。何も」 俺は思いが足りないつもりはないんだけどね……。じゃあ、願いが叶うように頑張らせてもらおうかな。 願いが叶えば幸せになれる。彼の言動は疑いようもない。 カミューは笑みを浮かべ、ひっそりと決意を固めた。 |