〜過去〜




「カミューさんとマイクロトフさんって、マチルダに居た頃はどちらがモテたんですか?」

 新都市同盟軍の中心人物である義姉弟に無邪気に訊ねられ、カミューとマイクロトフは顔を見合わせた。

 ここはレオナの酒場。夜も更け、酒場は賑わいをみせているが、もう子供は寝ている時間である。だが、大人顔負けの活躍をみせるこの二人を子供扱いするのは失礼というものだろう。その証拠に、二人がこんな時間に酒場にいることを、誰一人、咎めようともしない。

 好奇心いっぱいの顔で二人を見つめる義姉弟に、カミューは困ったような笑みを浮かべ、マイクロトフは気まずそうに頬を赤らめた。
 これが昼間だったなら、明るいうちから話すようなことではない、とやんわりとはぐらかすこともできただろうが、こんな時間ではこういう話題こそ相応しいくらいである。
「城の女性たちに聞いて回ったんですけど、気軽に付き合うならカミューさんで、将来を重視するならマイクロトフさん、っていう結果だったんですよ」
「ははは。ずいぶんな扱いですね。私は遊び相手ですか」
 カミューは笑い声を上げて肩をすくめた。その笑顔は完璧だがどこかわざとらしく、こんな結果など気にしていないのは明白である。そんなカミューに城主がピッと人差し指を立て真剣な顔つきで身を乗り出した。
「いやいや、カミューさんにはきっと長年想っている本命がいて、その人以外とは真剣に付き合わないだろうっていう意見が多かったんですけどね」
 そんな突っ込みにカミューは一瞬笑いを納め、ちらりと隣に視線を向けるとすぐにまた元の笑みに戻る。
「……それはまた鋭いことで」
「で、実際のところ、どうなのかなーって」
 と、期待に満ちた顔で2人が答えを待つ姿勢に入った。どうやら話を聞くまでは引くつもりはないようである。
 しかし、そんなアンケートをいつのまに行なっていたのか。噂に疎いマイクロトフならともかく、カミューですらまったく気付かなかったのだから、もしかしたらよれよれのコートを着た探偵を雇ったのかもしれない。まったくもって城主と義姉の発想の突飛さと行動力には驚かされてばかりである。
 だが、感心している場合ではない。マイクロトフは明らかに動揺した様子で目線を下げ、手元のグラスをいじりながら口を開いた。
「そ、そんなのは聞くまでもなくカミューに決まって……」
「実はこう見えてマイクロトフは、なかなか罪な男だったんですよ」
「カ、カミュー!」
「来る者は拒まず、去る者は追わず、といった感じで、何人もの女性を泣かせてきたことか……」
「い、いいかげんなことを言うな!」
 涼しい顔をしてとんでもないことを言い出すカミューにマイクロトフは首を締めんばかりに怒り出す。だが、どこか慌てふためいた態度を見ると、まったくの作り話というわけではなさそうだ。
「えー、そうなんですかー?」
「カミューさんならともかく、マイクロトフさんが、なんて意外ー」
 姉弟は予想していなかった展開にますます目を輝かせる。さらっと失礼なことを言われたカミューは気にしたふうもなく笑っていたが、向かい側のマイクロトフは困ったようにうつむいてしまった。しかし、2人の視線を感じ、自分の答えを待っているのだということを覚ったのか、覚悟を決めて顔を上げる。
「あの頃の俺は……、女性と付き合うということをあまりよくわかっていなくて……。随分と女性たちに失礼を働いてしまいました」
 マイクロトフの神妙な言葉に2人は「ほんとなんだー」と興味津々な表情で顔を見合わせた。その口調に邪気がないだけに、マイクロトフはますます居たたまれなくなってしまう。隣でにやにやしながら成り行きを見守っていたカミューはそこで口を挟んだ。
「その頃のマイクロトフは、女性が勇気を出して気持ちを打ち明けてくれたのに断るのは失礼だ、と思っていたんですね」
「なるほどー」
「マイクロトフさんらしいね」
 カミューの補足に2人は納得したように頷く。マイクロトフが、助け舟を出してもらった、と幾分ホッとするのも束の間、カミューはあっけらかんとした口調で付け足した。
「まあ、失礼を働いた、といっても手当たり次第に食っちゃった、というわけではないですから」
「おっ、おまえは子供に向かってなんてことを言うのだ!!」
 ぎょっと目を剥いたマイクロトフだったが、歴戦のつわものである姉弟は驚いた様子もなく平然と言葉を返した。
「あー、やっぱりそうなんだー」
「マイクロトフさんらしいねー」
「あああああああ、い、いえ、そっ、その……」
 子供が平然としているというのに、いい大人であるマイクロトフが一人慌ててしまっている図にカミューはおかしそうに笑った。ふと、笑いをおさめて城主が首を傾げる。
「でも、マイクロトフさんから断ったりしなかったんですよね? だったら、ひとりの女性と長く続きそうですけど」
 いくら少々朴念仁とはいえ、この若さで騎士団長まで上り詰めたのだから、その頃から将来性が有望視されていただろうし、間違いなく誠実の塊であったであろうこの男を、したたかな女性たちがそう簡単に手放すだろうか。
 少年らしからぬ鋭い質問にマイクロトフは苦笑を浮かべるしかない。
「聡い女性たちは早々と俺の中身を見抜き、幻滅した、ということだったのでしょう」
「ええー。ありえないー」
 ナナミが目を丸くした。カミューに一人の『レディ』として扱われてからというもの、「騎士様って素敵(はーと)」と強い憧れを抱くようになったナナミにしてみれば、騎士と付き合えるなんて夢のような話である。
カミューは氷だけになったグラスを弄りながら涼しげに笑った。
「まあ、当時の女性たちはまだまだ見る目が甘かったということですね。
 さて、ずいぶん時間も遅くなりましたね。そろそろ休まないと明日に差し支えるのではないですか?」
 やんわりと、だが、この話はおしまい、とばかりに隙のない笑みを浮かべるカミューに城主と義姉は顔を見合わせ、これ以上の話を聞くことはできないだろうと確認しあうと、勢いよく立ち上がった。
「いろいろとありがとうございました。楽しかったです」
「じゃあ、おやすみなさーい」
 ひらひらと手を振って部屋へと戻っていく2人を見送ったカミューとマイクロトフは、その姿が見えなくなるとどちらともなく、ほう、と息を吐く。そして視線を交わすと、「そろそろ我々も引き上げるか」と肩をすくめ合い、酒場を後にした。



 お世辞にも広いといえない部屋の大半を占拠するように置かれたベッドに腰かけ、ああ、心臓に悪い話題だった、とぐったりとしているマイクロトフにカミューが何かを含んだような笑みを浮かべながら声をかけた。
「おまえ、あの当時、どうして女性たちにすぐ振られていたかわかるか?」
「…………俺がそれに足らない男だったからだろう」
 決して楽しいとはいえない過去の話を蒸し返されて、マイクロトフはカミューをじろりと睨みつけながら不機嫌そうに応える。まだこの男は自分をからかい足りないのか、と腹立たしいことこの上ない。だいたい、そんなことがあったとはいえ、この男は自分とは比べ物にならないくらいの経験を重ねてきているはずであった。それなのにどうして自分ばかりが槍玉に上がらねばならなかったのか。
 ムッとするマイクロトフだったが、カミューは気にしたふうもなく笑みを崩さなかった。
「まさか。俺が片っ端から口説き落としたからだよ」
「は?」
 今なんて言った?
 あっさりと告げられた言葉にマイクロトフは耳を疑う。
「なんだと……?」
 茫然と見つめてくるマイクロトフにカミューは見惚れるくらい綺麗に微笑んでみせた。
「おまえに恋人ができるとすぐに相手を誘惑して別れさせていたんだ」
「ば、馬鹿な……。なぜそんなことを……」
 カミューは笑みを浮かべたまま、まだ何を言われているのか理解できないのかベッドに腰かけたまま固まっているマイクロトフに歩み寄ると両肩に手をかける。
 そして、
「なぜ……? 決まっているだろ。おまえに恋人ができるなんて許せなかったんだ」
 そう言って、綺麗な、だが、どこか暗い笑みを浮かべて顔を寄せ、軽く唇を触れ合わせた。そのまま睫毛が触れそうなほどの距離で視線を絡め取り、低く囁く。
「おまえは俺だけのものであってほしかったから」
「カ……」
 名前を呼ぼうとしたマイクロトフの唇をカミューはもう一度塞いだ。今度は開きかけていた唇に舌をしのばせしっとりと深く口付ける。マイクロトフはそれに応えながら、心の中では複雑な思いを抱えていた。
 当時、確かに少し妙に思っていたのだが、まさかそんなからくりがあったとは。その頃にこんな裏話を知っていたらいろいろと考えたかもしれないが、今なら……カミューの想いを知っている今なら理由は単純明快である。
 考え事をしていて反応がどこかおざなりになっているのを感じたのか、カミューの口付けが少し荒っぽくなった。魂ごと引き抜かれるのではないかというほど強く舌を吸われ、ようやく離れる。
「女だというだけでおまえの恋人になれる彼女らに嫉妬したよ。俺がちょっと誘っただけで心移りするような軽い気持ちでおまえを獲ろうとするのも許せなかった」
 熱っぽく語るカミューの口調には嘘はかけらも感じられなかった。だが、だからといって女性に対する無体が許されるはずもない。マイクロトフは乱れた呼吸を押し殺し、抗議するように目の前の男を睨み上げた。
「だからっておまえ……」
「そんなに酷いことはしていないつもりだよ。別れるときに揉めたこともないし」
 余裕たっぷりに笑みを返され、マイクロトフは何も言えなくなる。基本的に女性に優しい男なのだから、どうにかうまくやったのだろう。だが、自分への恋情をひた隠しにしながら、こんな事情で恋人をとっかえひっかえしていたなんて、どこまでしたたかな男なのか。
「まあ、過去の話さ。今はこうしておまえが傍にいる。俺は幸せだよ……」
 ぎゅう、と抱きしめられ、マイクロトフはあきらめたように目を閉じた。過去がどうであれ、自分はこの男の気持ちに応えたのだ。……もう後戻りはできない。






赤い人はこれくらいしてそうです


2007/8/13


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