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「……何をしているんだ、おまえは」 マイクロトフは頭上を見上げて呆れたように言った。 赤騎士団の事務担当官が泣きそうな顔で「団長が失踪した」と青騎士団長執務室に駆け込んできたのは30分ほど前の出来事だった。その悲愴な顔つきに同情したのか青騎士団の副団長がマイクロトフに、休憩を兼ねて探してきたらどうか、と進言した。 デュナン統一戦争後、再建したばかりのマチルダ騎士団はまだまだ問題が山積みであった。白騎士団長亡き後、最高権力者代行というかたちで中心的立場となっているカミューとマイクロトフはここしばらく朝から晩まで働き通しの状態である。そのため、副団長の申し出は、朝から根を詰めて執務をこなしていたマイクロトフへの気遣いもあったのだろう。 マイクロトフは机の上に山積みされた書類の量に一瞬ためらったが、カミューがいないことによって仕事が長い間滞ってしまえば互いの首を絞めかねない。ありがたく気遣いに甘えることにした。 見つからなかったら1時間で戻る、と言い置いて執務室を出たマイクロトフだったが、いざ外の空気を吸ってみるとホッとしている自分に、ずいぶんと疲れていることを改めて思い知らされた。20代も終わりに近づいているとはいえ、まだまだ体力には自信があるのだが、連日、あまり得意ではないデスクワークに縛られているのが堪えているのだろう。このままどこかへ逃げ出してしまいたい、という考えもちらりと脳裏をかすめないわけではなかったが、どこまでも真面目な性格がそれを許すはずもない。いや、普通に仕事に責任ある立場にいれば許されるはずがなかった。 それをあっさりと許した馬鹿者を、マイクロトフは散策を兼ねて探し歩く。そして、城の周りを半周ほどしたあたりで、あまり人目のつかないところに生えている一本の大木の根元に見慣れた靴と紫色のマントが置かれているのを発見し、その上にようやく探し人の姿を見つけたのである。 「……よくここがわかったね」 太い枝に抱きついてうつ伏せに寝そべっているカミューの姿はなんとも言えず間が抜けていた。 「わからいでか」 本人の靴が落ちていれば持ち主もすぐ傍にいるであろうことは幼児でも想像がつく。 マイクロトフは、暖かい地方にこんな動物がいたな、と思いつつ腰に両手をあてて口を開いた。 「だいたい、こんなところに靴を脱ぎ捨てるとは何事だ。これが橋の上とかだったら大騒ぎになっていたところだぞ」 「ああ、それはいいね。今度やってみよう」 「……締めるぞ」 説教しているというのに他人事のように笑うカミューに、マイクロトフは低い声で応えた。だいたい、さぼっているところを見つかったというのにまったく悪びれていないとはどういうことだ。 「まあまあ。怒りっぽいのは疲れている証拠だよ」 「そんな俺を更に疲れさせているのは誰だ!」 「え? 最近はすっかりご無沙汰してるじゃないか。ああ、もしかして誘っているのかな? だったら今夜あたり……って、危ないじゃないか!」 カミューは飛んできた小石を間一髪かわすと石を投げつけた男に抗議した。しかし、マイクロトフが鬼のような形相でこちらを睨み上げているのを見て、首をすくめる。本気で怒っているのかもしれないが、顔が赤いのでは効果も半減というものだ。 「とっとと下りてこい! その腐った頭を叩き直してやる!」 腐った根性を叩き直す、とはよく聞くが、頭を叩き直す、とは言わないのではないか。というか、今の彼に叩かれたら頭をかち割られそうだなぁ、などとカミューはのんきに考え、にやり、と人を食ったような笑みを浮かべた。 「やだよ。用があるならおまえがここまでおいで」 「なっ……!」 とんでもないことを言い出すカミューにマイクロトフが目を剥くと、カミューは更に意地悪く笑う。 「ああ、そういえば青騎士団長殿は木登りが不得意でしたな」 「なっ、なんだと?!」 まだ騎士見習いだった頃、何度勝負しても勝てなかったことを引き合いに出され、マイクロトフはカッとなった。 「そこで待っていろ!」 と叫んで、ばさり、と青い上着を勢いよく脱ぎ捨てて身軽になると、木の幹に足をかける。木登りなどそれこそ見習い時代以来だったが、あの頃に比べて身体が大きくなった分、筋力がついている。充分に登れる自信があった。近くの枝に手を伸ばし、力強く身体を引き上げていくその様をカミューは面白そうに見つめていた。 そして、あっというまにカミューが寝そべっている枝の下まで登り詰めてくる。 「やあ、昔より早くなったんじゃないか?」 感嘆というよりからかうような口調で言うカミューに、一旦手を止めたマイクロトフがわずかに息切れさせながら憮然と応えた。 「……お褒めに預かり光栄だ。 さて、覚悟はいいか?」 と、カミューがいる枝に手をかけようとするマイクロトフに、 「あ、ちょっと待った」 すかさずカミューが制止する。 「なんだ? 今更、逃がさんぞ」 「それは違うシチュエーションで言ってほしいなぁ。 残念ながら、この枝に2人は無理かもしれない」 カミューはそう言って自分が寝そべっている枝をぽんぽんと叩いた。充分に太い枝だったが、体格のいい大人2人を支えるかはマイクロトフも確信が持てない。さすがにこの高さから落ちても死にはしないだろうが、こんなことで騎士団のまとめ役を担っている2人が怪我をしてはいい笑い者である。 「貴様、わかってて俺をここまで呼んだな?!」 まんまと挑発に乗ってしまった自分が悔しくてマイクロトフは歯噛みした。そんなマイクロトフにカミューは柔らかい笑みを浮かべる。 「まあまあ。そんなことより目を閉じてごらんよ。風が気持ちいいから」 穏やかな笑みにマイクロトフは毒気を抜かれた格好となり、渋々とカミューより一段下の枝に腰かけると目を閉じた。とたん、目を開けているときは気付かなかった優しい風が前髪を揺らしていく。 「気持ちいいだろう?」 思いがけず近くから声がしたかと思うと、 「ああ……、そうだ……な?!」 不意に唇を何かが掠めた。驚いて目を開けると、目の前に逆さになったカミューの顔がある。その顔には悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。 「なっ?!」 鉄棒をするように足を枝に引っかけてぶらさがっているのだ、と状況を把握すると同時に、カミューはくるり、と身をひねって身軽に木から飛び降りてしまった。 「さて、仕事に戻るとするかな。息抜きもほどほどにしておかないと、後で痛い目を見るよ、青騎士団長殿」 「なっ……、なっ……、なっ!」 ひらひらと手を振って去っていく男に、「貴様は猿か!」と怒鳴りながらマイクロトフは慌てて木から下りようとする。……もちろんこの高さで飛び降りることなどできはしなかった。 |