〜放課後〜




「マイクロトフ、終わった?」

 カミューがそう言いながら教室を覗くと、そこにはまだ席に着いたまま難しい顔をして腕組みをしているマイクロトフが居た。

 カミューとマイクロトフはマチルダ騎士団に同期入団した従騎士である。
 入団試験の剣技の試験で手合わせをしたのが最初の縁で、それぞれ無事に合格した後、宛がわれた寮の6人部屋で同室になったのが2度目の縁だった。授業を受ける組はわかれたが、同室で過ごしているうちに仲良くなり、授業が終わるとこうしてカミューが迎えにきて行動を共にする、ということが多くなってきていた。

「どうしたの?」
 返事をしないマイクロトフにカミューが近付いて声をかけると、ようやく気付いたのかマイクロトフが顔を上げた。
「カミューか。いや、その、ちょっと気になることがあってだな……」
 そう言って再び戻した視線の先には、先程の授業で使われたであろう兵法の指南書が机に広げられたままだった。カミューは背後から本を覗き込む。
「どこ?」
 組は違うが、授業内容は多少進捗状況が前後することはあっても、基本的に同じものを受ける。マイクロトフが開いているページはカミューの組では昨日習っていた。それならば自分が答えられるかもしれない、と思って聞いたカミューだったが、
「いや、指南の内容ではなくて、先生が参考にとおっしゃった過去の話が……」
 と、マイクロトフはまた難しい顔で、うーん、と唸ってしまう。カミューはその様子に、またはじまった、と内心苦笑を漏らす。彼はどこまでも真面目で、少しでも納得がいかないことがあるとなかなか妥協できない性格なのだ。こうなると明確な答えが得られるまで頭から離れなくなってしまう。
「先生に聞きにいくかい?」
 生憎、マチルダの歴史となると他国からきた自分では答えられそうにない。だが、一人でこうして考え込んでいたところで、答えは出ないだろう。だったら話をした本人に聞くのが一番早い。そう思って促したカミューだったが、マイクロトフは即座に頭を振ってみせた。
「こんなことで先生の手を煩わせるわけにはいかない。授業の内容とは関係ないのだからな」
 そして、自分で言って吹っ切れたのか、決意したように立ち上がる。
「よし、調べに行ってくる。カミュー、おまえは……」
 先に帰ってくれ、と続けようとしたマイクロトフだったが、カミューがにっこりと笑って口をはさむほうが早かった。
「俺も付き合うよ」
「え?」
 マイクロトフは思いもしない言葉に目を瞬かせる。まだ自分が何を疑問に思っているのかも知らないはずなのに、なぜ簡単に付き合うと言うのか。それに、ようやく一日の授業が終わったのだから、勉強から離れて他の友人たちと息抜きしたいのではないだろうか。
「いいのか?」
 マイクロトフがそんなことを思いながら問うと、カミューは笑みを浮かべたまま、
「調べ物なら2人でやったほうが早いだろうし、おまえがどんなことに疑問を思ったのか興味があるしね」
 と応えると、「さ、行こう」とマイクロトフの腕を取って立ち上がらせると教室を出た。歩き出した方向が資料室のある方向であることから、本当に付き合ってくれるつもりらしい。マイクロトフは多少戸惑いながらも、カミューが付き合ってくれることを単純に嬉しく思った。

 出会ったばかりの頃は性格とタイプの違いからか、どんなことでも反発し合い、主にカミューのほうから避けて距離を置くようになった。しかし、組は違っても同室であることから、顔を合わさずに言葉を交わさずに過ごすことなど不可能に近い。そうしているうちに、どんなきっかけからか、カミューの態度が軟化しはじめ、積極的に話しかけてくるようになり、行動を共にすることが多くなった。今では自他共に認める親友同士である。
 カミューの中にどんな変化があったのかはマイクロトフにはわからない。だが、カミューと過ごすのはとても楽しく、マイクロトフはこうして仲良くなれたことが嬉しかった。

「歴史を調べるならE列のあたりかな」
「そうだな」
「で、どんなことを調べるの?」
 資料室に向かう廊下を歩きながらマイクロトフはカミューに説明をはじめた。


 1時間後。
 資料室から出てきたマイクロトフの顔は満足げだった。ようやく納得のいく記述を見つけることができ、カミューと確認し合ったのだ。
 廊下に出るとすでに辺りは暗くなりはじめていた。
「カミュー、付き合ってくれてありがとう。俺ひとりで探していたらもっと時間がかかるところだった」
 どこか不器用なところがあるマイクロトフは、探し物をするのもあまり要領がいいとはいえない。だいたいの見当をつけるというのが苦手で、結局は最初から最後まで目を通してしまうため、見つけることはできても時間がかかるのだ。その点、カミューは要領がよく、ある程度の見当をつけて調べ始めるため、作業は早い。今回もカミューが調べたい箇所を発見した。
「見つかってよかったよ。これでゆっくり夕食が食べられるね」
 授業が終わってからも細かい文字を追って疲れただろうに、そんな素振りも見せずに微笑むカミューにマイクロトフは感謝と共に申し訳ない気持ちを抱く。
「俺のわがままですまなかった。疲れただろう?」
「ううん。好きだからいいんだ」
 なんでもないように応えるカミューに、マイクロトフは、カミューはそんなに歴史が好きだったろうか、と思った。だが、異国から来たカミューがマチルダの歴史に興味を持ってくれることはとても嬉しいことで、マイクロトフはくすぐったそうに笑った。



 次の日。

「マイクロトフー。終わったー?」
 少し間延びした声で言いながらカミューがマイクロトフの教室に入ってきた。今日はすっきり授業を終えていたマイクロトフは教科書をカバンにしまいながら「ああ」と頷く。カミューはマイクロトフの机の正面に立つと両手をついてマイクロトフと視線を合わせた。
「今日、何か予定ある? 予定がなかったらゼントの道具屋に行こうよ」
「ゼントの道具屋? 何かあるのか?」
 カミューが口にした店は、マチルダの中ではあまり大きくない規模の店だった。それに少し遠い。何か買うのなら、もっと近くて品揃えのいい店が他にもたくさんある。
「めずらしい紋章球が入ったらしいよ。見に行かないか?」
「へえ! そうなのか?」
 カミューの誘いにマイクロトフは目を輝かせた。紋章球とは魔法の力を封じた球のことで、それを身体に宿すことによって様々な力を身につけることができる。彼ら従騎士にとって、紋章というものはまだ手の届かない遠い存在であるが、いずれ正騎士になれば宿す機会があるかもしれない。紋章の力については毎日のように授業で学んでいるため、紋章球というものは好奇心をおおいに刺激されるものであった。
 マイクロトフの興味津々な反応にカミューは気を良くして「早く行こうよ」と手を取った。


 ゼントの道具屋から出てきた2人の顔には、感心したような不思議がるような、なんともいえない奇妙な表情が浮かんでいた。
「世の中には様々な紋章があるとは聞いていたが……」
「ぬりかべの紋章、ねぇ……」
 2人が見せてもらった紋章は、ぬりかべの紋章、といって、宿した者は防御力が2倍になる代わりに、一切身動きが取れなくなるというものだった。防御力が2倍といえばどんな攻撃にも耐えられるかもしれない。そう考えると一見、便利なようだが、自分が動けないのでは反撃もできないではないか。ちょっと使いどころがわかりづらい紋章だった。
「きっと、あの紋章を便利だと思えないのは俺が未熟なのだな」
 店の店主は買うはずもない客として現れた2人に対し気前良く紋章球を見せてくれ、自慢げに効力もおしえてくれた。値段は従騎士の2人には目玉が飛び出るほどのものであったことから、貴重なものには違いないのだろう。だが、マイクロトフにはそのありがたみがいまいちわからなかった。
「そうだねぇ……。たとえば、味方が複数いるときは使えるかも?」
 カミューの独り言のようなつぶやきに、マイクロトフは目から鱗が落ちたような表情を浮かべる。
「そうか! 他に味方がいるときは盾になることができるのだな!」
 動けない味方を盾にするというのはちょっと微妙な気もするが、恐らくそんな使い方になるのだろう。カミューはそんなことを思いながら、「たとえば、だよ」と応えた。
「カミューはさすがだな!」
 マイクロトフは屈託のない笑みを浮かべて感嘆してみせた。他の人間だったらお世辞や嫌味に取られそうな言葉でも、マイクロトフの口から出ると心の底からそう思って言っていることがわかる。カミューは遠慮がちに、だが、嬉しそうに笑った。
「そんなことないよ」
「俺はどうも頭が固くていかん。もっと柔軟に物事を考えなくては、と思うのだが……」
 そう言って口をへの字に曲げる姿は年相応のあどけないものだった。マイクロトフの中では、騎士の戦いといえば1対1の図式が自然と浮かぶのだろう。それがあまりにも彼らしくてカミューはくすくす笑う。
「まあまあ。そこがマイクロトフのいいところでもあるんだからさ」
 カミューのフォローにマイクロトフは、むむむ、と納得いかないように唸っていたが、あ、と思い出したようにカミューを振り返った。
「カミューと一緒に見にきたおかげで勉強になった! ありがとうな!」
 笑顔で礼を言うマイクロトフにカミューもにっこりと笑って応える。
「俺が好きなんだから気にしないで」
 好き、という単語にマイクロトフは驚いたように目を見開いたが、すぐその言葉に意味に気付く。
「カミューは魔力に素質があるって言われたものな!」
 魔力の才能があるならそれを使うための紋章に興味があるのは当然だった。入団してから受けた適性検査のことを持ち出すマイクロトフに、カミューは一瞬、なんとも言えない表情を浮かべたが、すぐに「まあね」と頷いた。
「カミューは騎士になったらどんな紋章を宿すのだろうな。楽しみだ!」
 マイクロトフは自分のことのようにわくわくした表情で寮に帰るべく歩き出す。一歩遅れて歩くカミューが苦笑を漏らしているのにも気付かず……。



 それからもカミューの『好きなもの』は続いた。

 パン屋で新作のピザができたらしいと誘い、

 武器屋で、実用ではないが骨董のめずらしい短剣が入ったと誘い、

 路地裏に可愛い子猫を見つけたと誘う。

 そんなことが数日続くと、さすがにマイクロトフは疑問に思い始めた。いくらなんでもそんなになんでもかんでも好きなはずがない。いや、好きなものはたくさんあったほうがいいと思うし、付き合った自分もとても楽しいものばかりだったのだが。
 ちなみに今日は『夕陽がとても綺麗な場所を見つけた』と誘われている。連れてこられた丘は、確かにマチルダで生まれ育ったマイクロトフですら驚くくらい見事な夕陽が望める絶好の場所だった。
 2人は並んでしばし夕陽を眺めていたが、マイクロトフが意を決して口を開く。
「なあ、カミュー」
「ん?」
 振り返ったカミューの顔は夕陽で逆光になり、表情が隠れてしまった。マイクロトフは眩しさに目を細めながら、日々胸の内で大きくなっていった疑問をぶつけてみる。
「カミューは……ずいぶん好きなものがあるんだな」
 そう言うと、返ってきたのはなぜか沈黙だった。マイクロトフが、何か変なことを言っただろうか、と思っていると、表情は見えなかったがふと笑った気配がする。

「……俺が好きなのはひとつだけだよ」

「え?」
 思いもしない言葉にマイクロトフは驚いて目を見開いた。
「最初から……ひとつだけだった」
 そう言うとカミューの顔が近付きマイクロトフの目の前が影で覆われる。何も見えない、と思ったところで、ふわり、とマイクロトフの唇を何かが掠めていった。そして、カミューの顔が離れ、そのまま丘を下りていってしまう。
 残されたマイクロトフは茫然と立ち尽くした。

 好きなのはひとつだけ……?
 じゃあ、今までのは……?

「マイクロトフ」
 数歩先で立ち止まり振り返ったカミューに呼ばれ、ハッと我に返る。相変わらずカミューの顔は逆光で見えなかった。それがマイクロトフを不安にさせる。
「帰ろう」
 そう言って手を伸ばすカミューにマイクロトフは混乱したまま頷き、後を追った。

 明日からもカミューの「好きなもの」は続くのだろうか。

 そんなことを思いながら。






放課後、と聞くと甘酸っぱい感じがします…


2006/11/9


−back−