〜手紙〜




『話がある。今夜、厩舎に1人で来い』

 こんな手紙が自分の机に入っているのを見つけたとき、マイクロトフはとうとうきたか、と思った。
 手紙の差出人は異国から来た少年・カミュー。
 日頃から何かとつっかかってくる、マイクロトフの天敵ともいえる人物だった。そんな彼から果たし状がきたのである。マイクロトフの闘志に火が点くのは当然のことだった。
「よし、決着をつけてやる!」



 カミューと出会ったのはマチルダ騎士団の入団試験のときだった。
 最後に行なわれた剣技の試験の対戦相手だったのである。幼い頃から街の剣道場に通っていたマイクロトフは、道場内で年上に混じっても1、2を争う腕前で、それなりの自負があった。しかし、対戦したカミューは自分と互角の、いや、それ以上の剣技を見せ、圧倒してきたのである。マイクロトフも必死で応戦し、試験は長引いた。結局は二人の気力と体力の限界を感じた試験官に止められ、引き分けに終わったのだ。
 マイクロトフは試験が終わった直後は勝てなかった悔しさを噛み締めていたが、それが吹っ切れると対戦相手の少年に興味を持った。彼は見たこともない剣技を操っていた。流れるような剣の動きに自分の攻撃はことごとくかわされたのである。道場で練習をしていても受け止められることはあれど、あんなふうに軽やかにかわされるのは初めての経験だった。
 そして、彼の姿を思い出し、今更ながらマチルダの人間ではないらしいことに気付いた。色素の薄い髪の色や瞳の色、そして、顔立ちがマチルダの人間と明らかに違う。
 あまり他国には詳しくないマイクロトフは、どこの国から来たのか、今度会ったら聞いてみようと思った。そう、あの腕なら間違いなく入団試験に受かっているはずだから……。



 厩舎に向かう途中、当時のことを思い出したマイクロトフは暗い面持ちで目を伏せた。
 マイクロトフが思ったとおり入団式には彼の姿もあって、入団式が終わった後、思い切って声をかけてみた。幸い、向こうも自分のことを覚えていてくれて、すぐ話は通じた。そして、偶然にも寮では同じ部屋になり、自然と行動を共にするようになった。マチルダの西に位置するグラスランドから来たというカミューは、多少、言語にハンデがあったが、そんなことは問題にならないくらい頭が良く、何事もうまくこなした。互いにいろいろなことを話し、勉強も訓練も一緒に励んでいった。
 それなりにうまくやっていたと思う。少なくてもマイクロトフはカミューと一緒に居て楽しかった。性格はかなり違ったが、ウマが合うというのか、不思議と過程は違っても最後に辿り着くところが同じだったりして面白かったのだ。それなのに、いつからか彼の態度が変わりはじめてしまった。マイクロトフが嫌がるようなことを言ってきたり、気付けばじっと睨まれていたこともある。無視するのかといえばそうでもなく、何かとつけ回してはちょっかいを出してくる感じだった。それがとても嫌で、マイクロトフは彼と距離を取るようになっていったのだ……。

 何がいけなかったんだろう……。

 マイクロトフの中で幾度となく自問したことだった。それなのに、どうしてこんなにも嫌われてしまったのか。特に彼を怒らせるようなことをした覚えはないのだが、知らない間に何かしてしまったのだろうか。
 と、何かにぶつかりそうになり、マイクロトフは我に返った。目の前にあったのは柱で、物思いにふけっているうちに厩舎の前まで来ていたことに気付く。カミューの姿を探そうと辺りを見回そうとしたそのとき、

「マイクロトフ」

 不意に後方から聞き慣れた声で名前を呼ばれ、振り返ろうとした。が、突然背後から羽交い絞めにされるように拘束され、仰天する。まさかいきなり実力行使でくるとは思っていなかったマイクロトフは驚いて仰ぎ見るように背後の人物を振り返った。
「ふ、不意打ちだなんてひきょっ……?!」
 振り返った顎を強い力で捉えられたと思うと、卑怯だぞ、と叫ぼうとした口が柔らかいものに塞がれた。目の前には焦点が合わないほど近い位置にカミューの顔がある。口に押し当てられた柔らかいものがカミューの唇だと知ると、あまりの状況にマイクロトフは頭が真っ白になった。

 どうしてこんなことを……?!

 同年代に比べて奥手と言われているマイクロトフでもこの行為の意味はわかる。だが、本来であれば好きな人同士でするはずだ。カミューが自分を好きなはずがない。だいたい、同性同士ですることでもないはずだ。となれば、これはこういうことに関して知識の乏しいマイクロトフへの嫌がらせとしか考えられないではないか……。
 こんなことをされるほど嫌われていたなんて、とマイクロトフは愕然とする思いで目の前のカミューの顔を凝視した。近すぎて表情も何もわからないが、閉ざされた瞼がマイクロトフを拒んでいるように感じる。
 と、いきなり後ろから覆い被さるような体勢のままカミューが体重をかけてきた。混乱した頭では咄嗟に踏ん張ることもできずに、マイクロトフはバランスを崩す。カミューに押されるように足をもつれさせ、数歩進んだところで厩舎の壁に身体が当たって止まった。壁とカミューの身体に挟まれ、ますます身動きが取れなくなったマイクロトフはどうにか振り解かなくては、と焦る。しかし、1歳年上のカミューは先に成長期に入っていて、現在はマイクロトフより頭ひとつ分ほど大きい。そのため、後ろから腕で囲われるとすっぽりと収まってしまう。振り解こうにも体格の差は明らかだった。
 それでも背後を完全に取られているという状況は恐怖心を煽る。マイクロトフがなんとか逃れようと身を捩ると、すんなりと180度返ることができた。が、それは単に背後からの拘束が正面の拘束に変わっただけだった。両肩を掴まれ、背中を壁に押し付けられた体制で口付けは執拗に続けられる。
「っ!!」
 開いたままの口内にぬるりとした熱いものが入ってくる感触に、マイクロトフは咄嗟に力いっぱいカミューの身体を突き飛ばした。はずみで唇が離れ、マイクロトフの肺に新鮮な空気が送り込まれる。ほっとしたのも束の間、カミューが再び身体を抱き込んできた。
「マイクロトフ……」
 耳元で聞いたこともないような低く掠れた声で名前を呼ばれ、マイクロトフの身体がびくりと震える。マイクロトフの意思とは関係なく身体の芯が疼くように熱くなりはじめたことに、マイクロトフは大混乱に陥った。
「いっ、嫌だ! 放せ、カミュー!!」
 無我夢中で叫びながら暴れると、偶然手がカミューの頬に当たり、ひるんだところを渾身の力で突き飛ばす。たまらずカミューが後ろによろめくと、ようやく自由を取り戻したマイクロトフは荒い息を吐きながらカミューを睨みつけた。悔しさのあまり、涙がこぼれそうになったが、それを歯を食いしばってこらえる。
「マイクロトフ……」
 感情の読めないどこか虚ろな表情で見つめてくるカミューに、マイクロトフの中で怒りがふつふつと湧き上がってきた。まだ殴り合いの喧嘩になるほうがマシだった。こんなわけのわからない嫌がらせを受けるなど耐えられない。
「そんなに……」

「そんなに俺のことが嫌いなのか?!」
「おまえが好きなんだ、マイクロトフ!」

 2人の叫びが交錯した。
「は?」
 目を丸くしたのはマイクロトフである。カミューは先程までの無表情はどこへやら、今にも泣き出しそうな悲痛な表情を浮かべていた。
「なん……だって?」
「おまえが好きなんだ、マイクロトフ……」
 もう一度呟くようなカミューの声にマイクロトフは混乱した頭で、これも嫌がらせの続きだろうか、とぼんやり考える。
「俺を……からかっているのか?」
「……からかいでこんなこと、できるわけないだろう」
「だって、毎日からかってくるじゃないか」
「……ムキになって怒るおまえが可愛いから……」
「…………………………」
 黙るマイクロトフに通じなかったと思ったのか、カミューがぽつりと付け加えた。
「好きな子ほど苛めたくなるって言うだろ……」
 マイクロトフは驚きというより呆れのあまり、口をあんぐりと開ける。日々の『あれ』が、好きだから苛めたくなる、というつもりだったとでもいうのか。だいたい、好きなのにどうして苛めなくてはいけないのか。幼い頃から素直に育ってきたマイクロトフには全く理解できない心境だった。
 あまりにも理解の範疇を超えた展開にマイクロトフは、男が男を好き、と言っている通常ではありえない状況も、いきなりひどいことをされたということもすでに記憶の彼方に消えてしまっていた。頭を占めるのはカミューに嫌われていなかったということだけである。すっかり嫌われていたと思っていたのが、好きだった、だなんて大逆転もいいところだ。
「……おまえ、わかりにくすぎるぞ」
 一人で空回りしていたのが悔しくてマイクロトフはカミューを睨みつけた。するとカミューは不思議そうに首を傾げる。
「わかりにくい……? 俺としてはけっこうあからさまなつもりだったんだけど……おまえが俺を避けはじめるから焦っちゃって……」
 焦っちゃってあんなことをされてはたまらない。女の子としたこともなかったのに、とマイクロトフは今更ながらカミューにされたことに赤くなった。しかし、それほど嫌悪していないことに気付く。いや、それどころか、嫌われてなかったということに安堵しているではないか。これではまるで……。
 辿り着く考えにマイクロトフは慌てて頭を振った。誤魔化すようにカミューを怒鳴りつける。
「だ、だいたい、あんな手紙を寄こしたら果たし状だと思うではないか!」
 命令系でああも簡潔に書かれていては、意図など量りようがない。普段の関係を考えれば、喧嘩を売っていると捉えても仕方ないではないか。
「え? あれ以外に書きようがあるのかい?」
 きょとんとした表情で首を捻るカミューに、マイクロトフはカミューが他国から来た人間だったことを改めて思い出した。普段、言葉に苦労している姿をまったく見せないどころかマイクロトフより口が達者なくらいなため、すっかり失念していたが、こんなふうに微妙な文法の違いをまだ覚えていなくても何ら不思議はない。だいたい、さっきの『好き』だって親愛の意味のほうだったではないか。無理矢理あんなことをしておいて、親愛の範囲のはずがない。
「あれは命令文だ。友達と待ち合わせたりするときは違う文法を使う」
「そうなんだ。じゃあ、こういうときの書き方をおしえてよ。こういうことって、マイクロトフにしか聞けないし」
 カミューはどこか照れくさそうに笑いながら言った。マイクロトフは、以前、仲良くなってすぐの頃、この国で生まれ育っていれば年端のいかない子供でもわかるようなことを他人に聞くのは嫌だ、と言っていたことを思い出す。それはカミューのプライドの問題なのだろうが、マイクロトフにだけは例外だったらしくなんでも聞いてきた。マイクロトフはそれが嬉しくて「なんでも聞いてくれ」と先輩ぶって応えたものだ。思えば、その頃からカミューはマイクロトフを特別扱いしていた。
 その理由がこれだったのだろうか、とマイクロトフは頬が熱くなるのを感じる。
「う、うむ……」
「とびっきりの色っぽい文章をおしえてくれよ。もらった相手が赤面するくらいに」
「なっ?!」
 ぎょっと目を剥くマイクロトフにカミューは悪戯っぽく片目を瞑ってみせた。
「今度はそれでマイクロトフを呼び出すからさ」
「い、いらん!」
 にやにやと笑っているカミューに、この調子では一生からかわれ続けるのかもしれない、とマイクロトフは少々気が重くなる。しかし、嫌われていないとわかっただけでそれほど腹が立っていない自分はなんと単純なんだろう、とおかしくなってきた。
「よし、今夜から特訓だ!」
 マイクロトフがさほど機嫌を悪くしたふうもなく張り切ってみせると、カミューは大袈裟に肩をすくめる。
「えー、明日からでいいよ」
「何を言う! こういうことは早いに越したことはないのだぞ!」
 善は急げとばかりに寮のほうへ戻ろうと歩き出したマイクロトフだったが、足を止めるとくるりとカミューを振り返った。
「言っておくが、普通の文章しかおしえないからな!」
 びしっと宣言するマイクロトフにカミューは一瞬、きょとん、としたが、言葉の意味を把握すると爆笑する。こんなふうにどこまでも律儀で、どこまでも真面目で、どこまでも馬鹿正直な彼が可愛くてしょうがないというのがなぜわからないのか。なんだかんだ言ってまったく拒まれていないことにカミューは込み上げてくる嬉しさを噛み締めた。
 再び歩き始めたマイクロトフの襟から覗く首筋が赤く染まっているのを見つけたカミューは後ろから勢いよく首筋に抱きつく。
「うわっ!」
「ひょっとして、俺の言ってる『好き』も違っていた?」
 カミューの鋭いツッコミにマイクロトフの顔がますます赤くなった。
「う……、そ、それは……」
 言葉に詰まるマイクロトフにカミューは見惚れるくらい奇麗に笑う。

「じゃあ、まずはそれからおしえて。俺に言ってよ、そういう意味の『好き』を」






赤い人、久々に暴走。
言葉の壁はあったのかなかったのか…

2006/8/10


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