|
ハイランド王国が都市同盟領地内へ攻め込んだことよりはじまったデュナン地方の戦争は、若きリーダー率いる新都市同盟軍の勝利で幕を閉じた。 新都市同盟軍の本拠地であるノースウィンドウ城は勝利に湧いたが、そんな賑わいも数日経てば元の姿を取り戻す。いや、戦いが終わり、本拠地の役目を終えた城が元の姿に戻ることはなかった。このたびの戦争で住むところを追われこの城に身を寄せた人々は、解放された自分たちの街に戻っていく。不幸にも住むところを失った人たちは新しい生活を始めるためにどこかの街へ旅立つ。 そんな中、新都市同盟軍のリーダーを務め、数々の激闘を戦い抜いた少年も人知れず城を出ていってしまった。何も言わずにいなくなったことに人々は心配したが、軍師・シュウの口から義姉が生きていたこと、そして、かつては敵として対峙した幼馴染みの少年との約束を果たすために旅立ったということを聞かされると、一様に安堵する。そして、年端のいかぬ少年が経験するにはあまりにも過酷な日々であったことを思うと、彼の行く末の幸せを祈らずにはいられなかった。 リーダーである少年が城を去ったために、不思議な縁によって集まった『宿星』と呼ばれる者たちも役目を終え、それぞれの道を歩むことになる。この地に留まり新しい国を支える者、次の目的地に向かう者、故郷に帰る者、あてもなく旅に出る者、その道は様々であった。 騎馬頭領として同盟軍の中心の一角を担った元・マチルダ騎士団のカミューとマイクロトフはしばらくノースウィンドウ城に留まり戦後の処理に追われていたが、それが一段落着くと身の回りの整理をはじめた。彼らもまた役目を終えたため、城を出ていくのだ。 自分たちがやらなくてはいけないことを果たすために。 マチルダからついてきてくれた部下たちに指示を出すと、自分たちも身の回りの整理にとりかかる。 先に片付けが終わったカミューが、マイクロトフの部屋に手伝いにきた。マイクロトフの部屋は元々は二人で使っていた部屋だったため、カミューの持ち物も残されていた。身の回りのものを片付ける作業にはいいようのない寂寥感がつきまとい、二人は自然と無口になる。この城には、幼い頃からずっと住んでいたような不思議な定着感があった。 この城で生活した期間は、二人の今まで生きてきた時間の中ではほんのわずかな部分を占めるものにすぎなかったが、そうとは思えないくらい様々な経験をしてきた。いろいろな人たちとの出会い、そして、別れ。何事もなくずっとマチルダで騎士を続けていたのなら、おおよそ経験できなかったであろう様々な出来事。すべてが貴重な経験として2人の胸に残っている。これから生きていく上での大きな糧となるだろう。 二人がいろいろな思いを抱えながら黙々と作業を進めていると、開けっ放しになっていたドアが軽くノックされた。視線を向けると元・軍師の戸口にシュウが立っている。 「シュウ殿」 彼がこうしてこの部屋に姿を見せることなどなかった。いつも用事があれば軍議を行う広場かシュウの執務室に呼びつけられる。 めずらしい姿に二人が戸惑っていると、シュウは普段と変わらない無表情に近い顔でぶっきらぼうに口を開いた。 「貴殿らは行くあてがあるのか?」 「え?」 「帰れるのか? マチルダに」 問うようなシュウの口調にカミューたちは彼が言わんとするところがわかった。 ハイランド王国に全面降伏したマチルダに新都市同盟が攻め込んだのは、ほんの数週間前のことである。カミューもマイクロトフも、そして、彼らの部下たちも先陣を切ってロックアックス城に攻め込んだ。それは自分たちが城の内部に一番精通しているということもあったが、ある意味、身内の責任を取るために自ら進んで申し出たところもあった。リーダーの少年をはじめ、周りは元の仲間を攻めることに気を使ってくれたが、これだけは自分たちがやるべきことだというのが元・マチルダ騎士団員の総意だったのである。かくして、カミューたちの活躍によりロックアックス城の屋上で騎士団のシンボルだった旗は燃え上がり、新都市同盟軍を勝利へと導いた。 戦争が終わり、ハイランド王国が滅びたことにより新都市同盟は平和を取り戻した。だが、いくら戦争を終わらせるためとはいえ、自分たちの騎士団を攻め、事実上崩壊させたカミューたちがどの面下げてマチルダに戻れるというのか。 シュウはそれを言っているのだ。 「もし行くところがなければここに留まればいい。仕事はいくらでもあるぞ」 彼はリーダーだった少年がいなくなってしまったため、新しく建国されたこの地方の盟主に就任することになっていた。本人は渋い顔をしたが、他に適任者がいないのだからと有無を言わさず決定してしまったのだ。 言い方はそっけなかったが、彼なりに身を案じてくれているのだろう。……仕事はいくらでもある、というのは本気だろうが。シュウという男は目的を果たすためには誰彼かまわず遠慮なくこき使う。 カミューは彼らしい言動に思わず苦笑を浮かべた。しかし、額面どおりに受け取ったマイクロトフは恐縮したように眉を寄せ応える。 「シュウ殿、気持ちはありがたいのですが……」 「まさか、貴殿らも身軽になったことをこれ幸いにと旅にでも出るつもりか?」 シュウの申し出を遠慮する返事に、シュウが言葉を遮った。その口調は、問うというより責めるような響きが強い。本来であれば新しい国のトップに立つべき少年がさっさといなくなってしまったことへの皮肉が混じっているのだろう。 だからといって自分たちに当たられてもな、とカミューはますます苦笑を深め、口を開いた。 「我々はマチルダに帰ろうと思っています」 「マチルダに?」 カミューの言葉にシュウは意外そうに片眉を上げる。自らの手で攻め落とした故郷になど帰ることができないだろうと思っていたのだから、その反応は無理もない。 沈黙するシュウにマイクロトフがひとつ頷いた。 「マチルダ騎士団を復興したいのです」 「騎士団を……?」 シュウはいぶかしむように眉を寄せる。シュウにしてみればマチルダ騎士団と真っ向から戦った彼らは騎士団と完全に決別したと思っていたのだ。それを復興したいなどと思っていたとは、シュウにしてみれば本気なのかと問いたいところなのだろう。第一、新しい時代が訪れた今、崩壊した古い体制を立て直すよりは、新しく組織を作り上げるほうがはるかに簡単だ。 「シュウ殿としても手駒として使えるまとまった戦力が欲しいところでしょう。時間はかかるかと思いますが、再びマチルダ騎士団をデュナンの盾としてみせますよ」 シュウが何かを言う前にカミューが涼しげな笑みを浮かべて言い切った。だが、誰よりも本人たちが、それを為すことがどれほどに困難なのかはわかっているはずである。 「……容易なことではないと思うが?」 シュウが低く問えば、二人とも表情を改めた。 「それは百も承知です」 「それでも我々は騎士団を再建したいのです」 静かな口調が二人の決意を表していた。シュウは引き止めるだけ無駄だと判断すると、彼らの手腕を信じることにする。自分はあまり物事に執着しない性格のためよくわからないが、彼らにとって騎士団とは何事にも代えられない大事な存在だったのだろう。そんなかけがえのないものとあれほど堂々とためらいなく戦うにはどれほどの精神力を必要としたことか。 シュウは内心舌を巻きながら、それでも表面上はいつものポーカーフェイスを崩さないまま口を開いた。 「ならば3年は待とう。そのくらいなら他国もおとなしくしているだろうし、小競り合い程度ならこの城に残る兵たちでもなんとかなるだろうからな」 彼らしい尊大な物言いにカミューは再び苦笑する。だが、期限があるほうが目標となりやすいのも確かであった。 「わかりました。3年後にはシュウ殿のもとにマチルダ騎士団の代表が挨拶に伺うことをお約束します」 気取って頭を下げてみせるとシュウは鼻を鳴らし、そっけなく応える。 「その頃には俺は引退していると思うがな」 思わぬセリフに二人は唖然と顔を見合わせた。 「シュウ殿は本当に3年で盟主の座を降りるつもりなのだろうか」 「まあ、もともと無理矢理押し付けられたものだしね」 シュウが去り、再び部屋の片付けをはじめた2人の話題は、先程のシュウの引退宣言についてだった。 「だが、リーダー殿がいなくなった今、跡を継ぐ人物がいるだろうか……」 「3年の間になんとかするつもりだろう。テレーズ殿あたりが候補なんじゃないかな」 「テレーズ殿が?」 マイクロトフはグリンヒル市の市長代理……いや、今や正式な市長となった女性の姿を思い浮かべる。確かに聡明な彼女なら務まるかもしれない。だが、やはり女性に大役を背負わせてしまっていいのかという後ろめたい思いを抱いてしまう。 そんなマイクロトフの心境などたやすく読み取ったカミューがからかうような笑みを浮かべた。 「マイクロトフ、すぐに人の心配などしていられなくなるぞ」 自分たちはゼロから、いや、離反というかたちを取ったことを考えるとマイナスといってもいいかもしれない、そこからのスタートになるのだ。 「確かにな……」 それは重々承知しているマイクロトフが目を伏せて応えると場に沈黙が満ちる。2人は黙々と作業を続けた。 やがて、 「なあ、カミュー……」 ぽつり、とマイクロトフが口を開く。 「ん?」 「……笑わないで聞いてくれるか?」 らしくない物言いにカミューは手を止め、マイクロトフに視線を向けた。マイクロトフは自分の手元をじっと見つめている。 「なんだい?」 「俺は……」 「俺は、帰るのが少し怖い」 「え?」 「故郷に帰るというのに怖いんだ」 小声でつぶやかれた言葉は2人しかいない部屋でははっきりと聞き取れた。誰よりもマチルダを愛しているはずのこの男が、いや、大事に思っているからこそ、マチルダの人々に受け入れられなかったときのことを考えると不安になるのだろう。その気持ちは痛いほどわかった。 カミューはわずかの間、目を閉じ、奥歯を噛み締める。そして、再び目を開けたときにはいつもの明るい表情を浮かべていた。 「俺も怖いよ」 「え?」 カミューのセリフにマイクロトフが驚いたように顔を上げる。カミューはマイクロトフの顔を見て、軽く肩をすくめた。 「マチルダを出る前の夜にさ、食べかけのチーズを皿に乗せたまましまってきちゃったんだよねー」 こんなことになるとわかっていたらその晩に全部食べたのに。 カミューは、まいったなぁ、とぼやいた。 マチルダを出てから丸一年が経とうとしている。そのチーズは今頃どうなっていることか。 「…………それは、怖いな」 思わず想像してしまったらしいマイクロトフがなんともいえない顔で応えた。 「だよねー。部屋を開けたとき、ものすごい異臭がしたらどうしよう。そのときはおまえの部屋に当分泊めてくれよ」 「泊めてもいいが、処分はちゃんとおまえがやれよ」 「えええ、やっぱり?」 「当たり前だ」 マイクロトフはぴしゃりと言いながらも情けない顔をしているカミューに吹き出す。カミューもつられるように笑うとマイクロトフに片目を瞑ってみせた。 「怖いから手を繋いで帰ろうか」 「…………そんなことをしたら石を投げられるぞ」 心底嫌そうに言うマイクロトフにカミューは明快に笑う。 「違いない」 「まったくおまえは……」 マイクロトフはこれが他愛もない冗談だとはわかっていたが、ほんの少しだけそれができたらいいと思った。 |