〜嫉妬〜




 マイクロトフは一人で新都市同盟軍の本拠地であるノースウィンドウ城の周りを探索していた。

 ノースウィンドウとは10年以上前にこの地に存在した村の名称である。村といっても南に位置するサウスウィンドウの街と同じくらい栄えていた大きな村だった。それが、たった一晩で人ひとりいない廃墟と化したのである。生存者がいなかったため、何が起こったのか誰もわからない。一晩で村がひとつ壊滅するという異常な事態に人々は恐怖し、いつしか、ノースウィンドウの地名を口に出すことすら禁忌とされるようになった。そうしてノースウィンドウ村は人々の記憶から忘れ去られ、荒れ果てていったのである。
 だが、新都市同盟がこの古城を中心に本拠地をかまえてからは、昔の活気を取り戻すかのように賑やかになりつつあった。様々な国や地域、そして、種族から集まった人々。個性豊かな面々が毎日をたくましく、明るく生きていく。
 まだ新都市同盟に参入して日が浅いマイクロトフも、その溢れんばかりの生命力をひしひしと感じていた。状況は決して楽観できるものではない。だが、皆、自分にできることを一生懸命こなし、それを尊重し合う事により、次なる活気に繋がっていく。そんなふうに重ねられる日々は、人間が生きていくための原点を見ているようである。マチルダ騎士団という限られた組織の中で生活していては、なかなか気付くことができないものだった。
 そんな新しい発見の連続である日々に、マイクロトフは早くもこの地での生活を気に入っていた。

「こんにちは。騎士様」

 不意に背後から声がかかり、マイクロトフは立ち止まった。正確にいえばマチルダ騎士団を離反してきたためもう騎士ではないのだが、やはり周りからは「騎士」と呼ばれることが多い。騎士団を離反したとはいえ、騎士であることに誇りを抱いているマイクロトフたちもあえて否定もしなかった。
 マイクロトフが振り返ると、そこには旅芸人をしているという姉妹が立っていた。姉が占いを生業としているリィナ、妹がナイフ投げを得意とするというアイリである。
「こんにちは。リィナ殿、アイリ殿」
 マイクロトフは軽く頭を下げながらも、自分に何の用だろう、と内心不思議に思った。騎士と旅芸人ではあまりにも共通点がない。しかも、相手はまだ10代の姉妹である。
「今日はカミューさんはいらっしゃらないのかしら?」
 姉のリィナが軽く首を傾げて訊ねてきた。マイクロトフは彼女の10代とは思えぬ妖艶な雰囲気に少々たじろぐ。傍らにいる妹のアイリや城主の姉・ナナミのようなはつらつとした少女っぽさはまだ平気だったが、女性を強く意識させる雰囲気を持つ異性と面と向かって話をするのは全般的に苦手としていた。騎士団が男所帯であるためか大抵の騎士たちはそうであったが、夜の街に遊びに行ったりすることも少なかったマイクロトフは特にその傾向が強かった。
「カ、カミューですか? ええ、今日は城主殿と一緒に交易に出かけていますが……」
 意識しないように努めても自然と頬が熱くなってくるのがわかる。7歳も下の少女相手に情けないと思うが、こればかりは身についてしまった悲しい習性とでも言うしかない。
「そうですか……」
 リィナはひとつ頷くと背後を振り返り、どこかからかうような口調で妹に話しかける。
「残念だったわね、アイリ」
「なっ、なんであたしに振るんだよ!」
 アイリは慌てたように怒鳴った。その顔は黒い肌でもわかるくらい赤くなっている。
「あら、貴女がカミューさんとお話したいって言うから探しているんじゃない」
「あっ、あたしばっかりのせいにするなよな! アネキだって楽しみにしてたんだろ!」
「うふふ。それはそうだけど……」
 目の前で繰り広げられる2人のやりとりにマイクロトフは、昔もよくこんなことがあったな……、とどこか懐かしく思った。

 騎士団に入団してからしばらくの期間、カミューの端正な顔立ちと愛想のいい笑みに心を奪われた街の女性たちがカミューの後を追いかけることも少なくなく、マイクロトフはよくカミューの居場所を聞かれていたのだ。それも歳を重ね、自分とカミューの地位が上がるたびに少なくなっていったが、ある程度の地位になると今度はカミューの優雅な物腰に惹かれたらしい貴族の令嬢たちが尋ねてくるようになった。マイクロトフは自分がカミューの親友だから聞かれるのだろうと思っていたのだが、女性たちがあわよくばこれを機にマイクロトフと仲良くなろうと思っていたなどとは知る由もない。

 それにしてもまだここにきて日が浅いというのに、いつのまにこんな少女たちとまで仲良くなっていたのだろう。
 昔から女性には愛想良く振る舞っていた男だが、少し節操がなさすぎるのではないか。
 そう考えるマイクロトフの胸が、ちくり、と痛んだ。それは今までは感じることのなかった痛み。ここにきてから2人の関係に変化が訪れたために知る痛みである……。
「と、とにかく行こうぜ! いないんじゃしょうがないだろ!」
「そうね……。私はお話しするのはマイクロトフさんでもかまわないのだけど……」
 アイリの言葉にリィナはそう応え、ちらり、とマイクロトフに色を含んだ視線を向けてきた。ハッと我に返ったマイクロトフは慌てて、「お、俺はこれから鍛錬がありますので!」と頭を下げると逃げるようにその場を去っていった。



「ただいま。カナカン産のワインが手に入ったよ」
 ドアを開け、片目を瞑ってみせた男をマイクロトフは仏頂面で出迎えた。
「おかえり。カミュー、ちょっとこい」
 マイクロトフが招いたのは狭い部屋の半分を占領しているベッドの上。カミューは瞬きをひとつするととりあえずテーブルにワインのボトルを置いてベッドに向かった。
「ここに座れ」
 マイクロトフの正面を指差され、おとなしくそれに従う。どう見ても1.5人分しかないベッドに大の男2人で向き合って座るとあっというまに余分なスペースはなくなった。しかし、こうして膝を突き合わせていても雰囲気はどうも穏やかではない。
「どうしたの? 何か怒ってる?」
 今朝、別れたときは普通だったはずである。自分がいないときに何かあったのかとカミューは首を捻った。そんなカミューにマイクロトフは気難しい表情を崩さず口を開く。
「今日、リィナ殿とアイリ殿がおまえを探していた」
「リィナ殿とアイリ殿?」
 カミューはもう一度首を傾げた。そして、ああ、と納得したふうに頷く。その顔が意外なほど優しい表情を浮かべたのでマイクロトフはカッとなった。
「相手はまだ10代の年端もいかぬ少女だぞ! この節操なしめ!!」
 言いたいことは他にあったのだが、面と向かってはそう一喝したマイクロトフにカミューは目を瞬かせる。
「え? え? 節操なしって……?」
「……おまえがそういうつもりなら、俺も考えるところがある」
 低く唸るような声は従騎士あたりが聞いたら逃げ出しそうなほど迫力があった。カミューは慌ててマイクロトフの膝の上にある手を握る。
「ちょっ、待って。何か誤解してない?!」
「何が誤解だ! おまえがリィナ殿たちと仲が良いということだろう!」
 そう怒鳴り、力いっぱい振り払おうとしたマイクロトフだが、カミューが必死に力を込め、それを阻止した。
「だから、誤解だってば!! 彼女たちは俺と同郷なんだよ!」
「え?」
 思いもしない言葉にマイクロトフの動きが止まる。カミューはもう片方の手をマイクロトフの肩に置き、そこに額を押し当てて深く息を吐いた。
「彼女たちは俺とクランは違うけど、グラスランドの生まれなんだ。だけど、幼い頃に国を出てしまって、祖国の記憶がほとんどないそうだ。だから、俺からグラスランドの話を聞いて興味を持ったというわけさ」
 カミューの説明が終わると場に沈黙が満ちる。やがて、マイクロトフがゆっくりと口を開いた。
「そう……だったのか」
「納得してくれた?」
 カミューは顔を上げてすぐそばにあるマイクロトフの顔を覗き込んだ。マイクロトフはバツが悪そうに視線を逸らせる。そんなマイクロトフを見つめていたカミューは不意に頭を引き寄せ、唇を重ねた。
「なっ、何をする?!」
 瞬時に真っ赤になった顔をカミューは目を細めて見つめる。
「いや、可愛いなぁと思って」
「な、か、かわいいだと……?」
「だって、妬いてくれたんでしょ?」
 図星を指され、マイクロトフは応えるべき言葉をなくしてしまった。そう、今まではこんなことがあってもカミューのだらしなさに呆れることが多かったというのに、今回は怒りを覚えてしまった。それは……。
「し、仕方ないではないか……」
 さっきまでの勢いが嘘のように小声で呟くマイクロトフの頬にカミューは優しく口付ける。いわれなき罪で怒られたというのにどこか嬉しそうだ。
「そうだね。おまえには怒る権利があるんだから」
 恋人なのだから嫉妬する権利はある。
 新都市同盟軍にきてから思いを通わせた恋人に、よくできました、とばかりに頭を撫でるカミューだった。






嫉妬は赤い人の専売特許みたいな感じですが、
あえて青い人に。おかげでちょっと乙女入ってます…

2006/6/5


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