〜癖〜




「カミュー、頼みがあるんだ……」
 いつにない親友の姿にカミューは眉を顰めた。普段のマイクロトフはいつも年不相応なほど堂々としていて、こんなふうにどこか不安げな態度など見せたことがない。
「どうした? 何かあったのか?」
 心配そうに顔を覗き込むと、マイクロトフは言いにくそうに言いよどんだ。
「その……」
 わずかに顔を赤らめ、思い切ったように顔を上げる。

「抱きついてもいいだろうか?」
「はい?」

 …………………………。

「家でヴァルという大きな犬を飼っているんだ」
 何事にも動じることなく臨機応変に対処する、と自他共に認めているカミューをたっぷり5秒は呆けさせる、という離れ業をやってのけたマイクロトフは、赤面しながらぽつりぽつりと話し始めた。カミューは、どうして犬の話なのか、と脈絡がまったく掴めなかったが、とりあえず聞き手に回るしかない。話があまり上手いとはいえないマイクロトフから話を引き出すには辛抱強く付き合う必要があった。
 カミューがそんなことを考えているなど気付かないマイクロトフは話を続ける。
「もう8歳になるというのに、普段は悪戯好きでな。よく俺の靴とか持っていかれる」
 そう言ってちょっと笑うマイクロトフからは、その犬への愛情が溢れているのが容易に想像でき、カミューは、その犬に何かあったのかな、と思った。しかし、マイクロトフの顔にそこまで悲痛な色は窺えない。話の続きを待つしかなかった。
「だが、不思議と、俺が落ち込んでいるときはじっとしてるんだ」
「え?」
「俺が抱きついても、いつもならじゃれてくるのに、そのときは気の済むまでじっとしていてくれる。
だから……」
 辛いことがあるとヴァルを抱きしめるようになった、とマイクロトフが言った。沈黙が下りるとカミューは、話は終わりか、と頭の中を整理にとりかかる。前の申し出と突き合わせてみて、出た結論は……。
 それって、つまり……。
「俺は犬の代わり?」
 首を傾げるカミューにマイクロトフは真っ赤になりながら慌てて首を振った。
「い、いや、嫌に決まっているよな……。すまない、今のは忘れて……」
「いいよ」
 カミューはにっこりと微笑む。マイクロトフは虚を突かれたように目を瞬かせた。
「え?」
「ヴァル嬢ほど抱き心地がいいとは思えないけど、それでもかまわないならいいよ」
「い、いいのか?」
 自分から申し出ておいて、許可が下りるとは思っていなかったらしい。とまどったふうのマイクロトフにカミューは笑みを深めた。
「俺でいいなら」
 普段、毅然としているマイクロトフにそんな甘えた一面があるなんて。可愛いなぁと微笑ましく思い、叶えてやりたかった。
 そんな年上の余裕を感じたのかマイクロトフは目元を赤くしたが、決心したかのようにゆっくりとカミューに腕を伸ばした。1歳上のカミューは一足先に成長期に入っている。自分より一回り大きい身体にマイクロトフは抱きついた。首に手を回し肩のあたりに顔を埋めると目を閉じる。カミューは触れるぬくもりに心地良いものを感じながら背中に手を回した。
「どうしたんだ? 何があった?」
 辛いことがあると、とマイクロトフは言った。それならと優しく聞いたつもりだったカミューだが、返ってきたのは不満げな声だった。
「……ヴァルはそういうことを聞かない」
 そりゃそうだ。相手は犬なのだから。
 カミューが口をへの字にしてそんなことを思っていると、マイクロトフは言葉を続けた。
「慰めてほしいことは母上に抱きついていた。自分で耐えなくてはいけないことは……ヴァルを頼っていたんだ」
 ああ、そうか、とカミューは思う。マイクロトフはいつの頃からかそうやって甘えるときと甘えてはいけないときを区別してきたのだ。そして今は……。
「……わかった。気の済むまでこうしているといいよ」
 ぬくもりを欲しがる幼い面を見せる一方で、自分で辛いことを耐えようとする大人な面を併せ持つ。そのどちらもマイクロトフの魅力だ、と思いながら自分もぬくもりを甘受するためにカミューは目を閉じた。マイクロトフの犬もこんな気持ちだったのだろうかという思いが頭をよぎった……。



 10年後

 通された部屋はどう見ても一人部屋を無理矢理拡張したような狭さだった。だがカミューもマイクロトフもそれを不満だと思う気も余裕もなかった。バタン、とドアが閉まり、二人きりの空間になるとどちらともなくため息が漏れる。カミューは埃にまみれた髪をかきあげるとベッドに歩み寄り腰をかけた。そしてマイクロトフに向かって両手を広げる。
「はい、マイクロトフ」
 マイクロトフは一瞬、なんのことだ、と眉を寄せたがすぐ意図に気付いた。余計なお世話だ、と咄嗟に口を突いて出そうになったがそれをため息でやり過ごし、おとなしく床に両膝をついて腕に収まる。マイクロトフは何か話そうと口を開きかけたが、上手い言葉が浮かんでこず、結局は押し黙った。目を閉じれば先程までの出来事が脳裏に浮かぶ。
 辛い、などと一言で片付くはずがなかった。今日はいろいろなことがありすぎた。昨日からは想像もできないほど人生が変わってしまったのだ……。
 しばらく沈黙が続いていたが、ふとマイクロトフが口を開く。
「カミュー……」
「なんだい?」
「……ありがとう」
「ばか」
 笑って返され、マイクロトフは口を閉ざした。カミューが笑ってくれるのが嬉しい。これ以上何かを言ったら泣いてしまうかもしれない、と思ったのだ。
 再び沈黙が下りると、今度はカミューが口を開いた。
「ねえ」
「ん?」
「この部屋、ベッド、ひとつしかないんだけど」
「なぬ?!」
 ぎょっとするマイクロトフにカミューは笑みの種類を変えて問いかける。
「話しかけてきたってことは……慰めてほしいんだよね?」
 さわり、と背中に回っていた手が不埒な動きをし、マイクロトフはがばっと顔を上げた。
「なっ……! ち、違う!!」
 明らかに『慰める』の種類が違うことにマイクロトフは冗談じゃない、と身を引こうとするがカミューの腕ははずれなかった。
「またまたぁ。もう10年以上付き合ってきてるからね。マイクロトフのことならなんでもわかっているって」
 癖でもなんでもね、と、にんまり、と笑ったカミューはマイクロトフをベッドに引きずり込もうと腕に力を込める。
「馬鹿者! やめろって!」
「遠慮しないで慰め合おうよ〜」


 次の日、隣の住人がげっそりとやつれていたのはまた別の話。






赤さんは喜んで犬の代わりを務めましたとさ

2004/2/14


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