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こんなはずじゃなかった、とカミューは焦っていた。 たしかに好きになったのは自分のほうが先だし、死ぬ気で打ち明けた長年の想いに、是、と応えてもらったときは、天にも昇るほど嬉しかった。 しかし、喜んでいたのも束の間。思わぬ誤算がカミューの焦燥感を掻き立てていた。 純朴な彼は恋愛沙汰は苦手としていて、それに比べて自分は……まあ、はっきりいって人より経験値が多いほうといってもいいだろう。だから、いろいろとリードしてやるつもりだったのだ。 それなのに。 いざとなると自分ばかりが夢中になって、余裕なんてものはまったくない。彼はそっけないほど変わらないというのに……。 不公平だ、とカミューは思う。 こんなはずじゃなかった。慣れない彼がことあるごとに恥らう姿を、目を細めて眺めていたはずなのに。こちらは常に彼のことで頭がいっぱいだというのに、気がつけば彼の姿を追っているというのに。 彼は変わらない。今までと同じように毎朝朝練に行っているということは毎晩よく寝ているのだろうし、自分と一緒にいるときもよく食べている。まったく今までどおりだ。 自分だけが余裕がなくてかっこ悪い。そんなのありか。 カミューはひっそりと決意する。 自分だって余裕のあるところを見せてやる……。 「なんだ、カミュー。今日は一人で起きたのか」 いつものように朝練を終え、カミューの部屋に起こしにいったマイクロトフが見たものは、すっかり身支度を終えたカミューの姿だった。 「うん。まあね。毎日おまえに起こされてばかりもいられないだろう?」 カミューが余裕のある笑みを浮かべて応えると、マイクロトフはカミューの顔を見つめたまま何やら黙り込んでいる。カミューは意外なセリフを聞いて驚いているのだろう、と少々得意げになりながら、 「これからはなるべく迷惑をかけないよう、努力するよ」 と、表面的にはあくまでも涼しげに微笑んだ。そして、マイクロトフの反応を待つ。 「えらいぞ、カミュー!」とか「がんばれよ、カミュー!」とか言ってくれるに違いない。そう思ったのだが……。 なぜかムッとしたように唇を尖らせたかと思うと、 「当たり前のことだろう! 今までがだらしなさすぎたんだ!」 と一喝し、足音も荒く部屋を出て行ってしまった。バタンっと大きな音を立ててドアが閉まり、部屋に静寂が訪れると一人取り残されたカミューが呆然とつぶやく。 「……どうして、怒るんだよ……」 カミューは廊下を歩きながらいろいろと思案していた。 どうやら早起き作戦ではマイクロトフを見直させることはできなかったらしい。カミューにしてみればマイクロトフが起こしにきてくれるあの時間は貴重なものだった。安心してウトウトしていられるというのももちろんあるが、マイクロトフが自分のためにわざわざ時間を割いてくれるのが嬉しかったからだ。正騎士になり、2人の所属がわかれたため、従騎士だった頃に比べると一緒に過ごせる時間は格段に減った。それで切羽詰ったこともあり、いきおいのままに愛の告白、なんて自分らしくもない失態をおかしたわけなのだが……。 でも、それで結果オーライだったのだから、そのときの格好悪い自分なんてどうでもよかった。しかし、いつまでたっても余裕のない格好悪い自分なんてマイクロトフに愛想を尽かされてしまうではないか。 「次は……どうしようか」 カミューは親指の爪を噛んだ。 カミューの次に出した結論は、少し距離を置いてみる、ということだった。 カミューは勤務中も青騎士団に用事があれば率先して手を上げ、休憩時間やちょっとした時間にもつい青騎士団の領域に足を踏み入れて彼の姿を探してしまう。仕事が終われば彼のところに顔を出し、互いに予定がなければそのまま居座ることも多かった。我ながらしつこいかな、と思うことも多々あったが、だが…… 「会いたいんだから仕方ないじゃないか……」 誰もいないところで寂しくぼやいてみる。 でも、これがいけなかったのかもしれない。プライベートの時間を自分が独占していたのではマイクロトフが自分たちのことについて考える暇がなかったはずである。最悪、親友の延長、と思われているかもしれなかった。 「……俺たちは恋人同士なんだよ?」 わかってる? とカミューはここにはいない少年に問いかける。関係が変わったことを意識させようとして隙をみては何度もキスをした。しかし、彼は身体を強張らせ、何かに耐えるようにじっとしているだけである。はじめは慣れないせいかと思っていたが、いまだ反応が変わらないのだから、単に嫌がっているだけかもしれない。 だけど、これでしばらく距離を置いたら、マイクロトフだって寂しく思うだろう。そして、2人のことをじっくりと考え、うまくいえば彼のほうから会いにきてくれるかもしれない。 「よしっ」 カミューは暗くなりがちな己の思考を励ますように拳を握った。 しかし、これもまったくうまくいかなかった。一ヶ月、我慢してみたのだが、マイクロトフからはなんの音沙汰もなかったのだ。当然、耐え切れなくなるのはカミューのほうである。とうとう限界を超えたカミューは、とある夜、マイクロトフの部屋に押し入った。 「不公平だ」 なんの前触れもなくドアが開き、カミューが姿を見せたかと思うといきなりそんなことを言われ、マイクロトフは目を瞬かせた。ちなみにマイクロトフはベッドに腰かけ、就寝前の読書をしていたところである。 いきなりの展開に唖然としたマイクロトフは、カミューがその『不公平』とやらを言ってくるかと思い、次の言葉を待ったが、カミューはどこか拗ねたような顔つきで上目遣いに睨みつけてくるだけであった。仕方がないのでマイクロトフのほうから問いかけてみる。 「何がだ?」 「全部だよ、全部! どうしてマイクロトフは何も変わらないの? 俺一人バカみたいじゃないか!」 子供の癇癪のように怒鳴るカミューにマイクロトフはますますわけがわからなくなり、眉を寄せた。カミューという男は、普段は涼しい顔をしてすましているくせに、自分の前では感情をむき出しにした子供のようになる。こうなると相当面倒なことになるのは従騎士のときからの付き合いでよくわかっていた。マイクロトフは自分に冷静になれ、と言い聞かせながら口を開く。 「落ち着け。話がさっぱりわからない。最初からちゃんと話してくれ」 「おまえはっ、俺のこと、全然好きじゃないんだろう!」 「は?」 「ただ、頭がおかしくなった親友に同情して頷いただけなんだろう! そうなんだろ?!」 きつく睨まれ、マイクロトフはわずかに怯んだが、カミューの言葉を理解するとすぐさま睨み返した。 「馬鹿か、おまえは!!」 「ああ、馬鹿でけっこう。色恋沙汰に鈍いおまえに同情までされた俺は、どこからみても大馬鹿だろうさ」 カミューは自棄になったように笑みを浮かべ、両手を軽く上げる。その言動にカッとなったマイクロトフはカミューの胸倉を掴んだ。そのまま壁に身体を押し付けるが、自分を見るカミューの瞳が暗い色を宿しているのに気付き、冷静さを取り戻す。自分まで感情的になってはいけない。マイクロトフは胸倉を掴む手を緩め、ひとつ深い息を吐いた。 「なに、もう呆れて言葉も出ない?」 マイクロトフをからかうというより自虐的な言葉にマイクロトフは静かに顔を上げる。 「カミュー……、おまえが望むなら別れるから……」 だから頼むから落ち着いてくれ、と力なくつぶやかれたセリフにカミューは目を見開いた。 「なんで……、どうして別れるなんて言うの? やっぱり俺のこと好きじゃなかった?」 震える声で聞いてくるカミューにマイクロトフは、人の話を聞け、と頭痛する思いで目を閉じる。あまりにも彼らしくない。何をそんなに思い詰めてこんなことになっているのか。 こうなったらカミューの気が済むまでとことん付き合ってやる。だいたい、自分にだってここ最近のカミューの態度には言いたいことがあるのだ。 マイクロトフは覚悟を決めるとカミューの額に自分の額を合わせ、息が触れるほど近くなった琥珀色の瞳を正面から捉えた。さすがにこの距離では逃げられないだろう。 「おまえが別れたいと思っているんじゃないのか? と、思っただけだ」 「どうして? こんなにおまえのことが好きなのに……」 カミューが怯えるように力なく応えると、マイクロトフは一番恐れていた返事を聞かずに済んだことに少しホッとする。 「では、どうして距離を置いた?」 「……おまえが」 「ん?」 「おまえがあまりにも態度が変わらないから、俺のことどうも思っていないのかな、って……」 「……それで俺を試したのか?」 「違う! 俺ばっかり余裕がないのが格好悪くて、俺だって余裕があるところを見せたかったし、でも、おまえはやっぱり変わらなくて……」 言いながらまたも落ち込んできたのかカミューはしょんぼりと項垂れる。マイクロトフは額からぬくもりがなくなってしまったことを残念に思いつつ、そうっと抱きしめてみた。 「馬鹿だな……」 「……何回も言うことないだろ。どうせ馬鹿だよ」 「違う。俺が、だ」 「え?」 顔を上げる気配がする。だが、すっぽりと抱きしめたため、カミューの顔はマイクロトフの肩のあたりにあった。 「俺は、自分のことで精一杯でおまえのそんな心境に気付いてやることができなかった」 「え? え?」 「どう振る舞っていいのかわからなくて、必死に平静を保とうとしていたんだ。あまりみっともなくうろたえていたら、おまえに呆れられるのではないかと思って、な」 マイクロトフの表情を窺い知ることはできないが、すぐ傍にある首筋がうっすらと朱に染まっていくのをカミューは信じられない思いで見つめていた。 「じゃあ、俺といてもご飯をばんばん食べていたのは……?」 「おまえと2人きりでいると思うとどうしたらいいのかわからなくて、とりあえず目の前のものを食べるくらいしかできなかった」 彼らしい返答にすっと肩の荷が下りるような気がした。 「じゃあ、夜、さっさと『俺は寝る』と言って俺を追い出していたのは……?」 「あれ以上2人きりでいたら心臓がもたない」 ああ、彼はやはり恋愛沙汰は苦手なのではないか。 「夜、眠れなかったりした……?」 「今日も立ったまま居眠りしかけて隊長に怒られた」 ふてくされたような返答がカミューにますます勇気を与える。バッと抱擁を解くと、意気込んで両肩を掴んだ。 「じゃあ、じゃあ、毎朝、変わらず朝練にいっていたのは?!」 「そうだ! 朝練だ! おまえはなぜ、自分で起きるなどと言い出したのだ?!」 これにはマイクロトフのほうが噛みついてきた。カミューはその勢いに押されつつ、恐る恐る応える。 「自分で早起きしたら見直してくれるかと思ったんだ……」 「はあ?!」 マイクロトフはすっとんきょうな声を上げた。その反応はいくらなんでも失礼だろう、とカミューがムッとしたように唇を尖らせる。 「おまえ、そんなことを考えていたのか……」 マイクロトフのどこか疲れたような声にカミューはますます唇を尖らせ、反論した。 「だって、毎朝、面倒だったろう」 「おまえな……、いったいどれだけ続いていると思っているんだ。そんなものは最初の一ヶ月でなんとも思わなくなった」 「え?」 「そりゃあ、寝汚いおまえを起こすのは少し骨が折れたが、起こしにいったほうが確実に一緒に食堂に行けるし……」 「え、え、ちょっと待った! さっき、2人で食事に行くとどうしたらいいのかわからなくなって、食べることぐらいしかできなかったって言ったよね? だったら、一緒に食べないほうがマイクロトフとしてはよかったんじゃ……」 カミューが慌てて矛盾点を突くと、マイクロトフは、ぎろり、と今までの比にならないくらい恐ろしい目つきで睨みつけてきた。 「おまえ……本当に馬鹿だろう……」 その迫力にカミューは思わず息を呑み、どうしてマイクロトフがこんなに怒っているのか考える。 大好きな食事くらいリラックスして思う存分食べたいと思わないのだろうか。わざわざ嫌な思いをしてまで…………嫌な思い? カミューの胸に何かが引っかかった。そう、マイクロトフは『嫌』とは一言も言っていないではないか……? カミューは思わず顔を上げた。まさか、という信じられない思いと、ひょっとして、という期待がカミューを焦らせる。しかし、ここでがっついては格好悪すぎる、と焦っているのを誤魔化すように髪をかきあげた。 「なんかさ……。ひょっとしてマイクロトフって、けっこう俺のこと、好き?」 カミューが冗談とも本気ともつかない口調で問うと、マイクロトフはこともあろうか赤面してみせた。そして、どこか恨めしそうな目付きで睨みつけてくる。 「…………知らなかったのか?」 |