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マチルダ騎士団の勤務は通常、交代制である。 平和に朝も夜もない。24時間目を光らせるために、8時間勤務を3班で交代してこなすのだ。ちなみに班は4つに分かれており、残りの1班は休みとなる。 カミューは今日、日勤にあたっていた。8:00から16:00までの勤務を特に問題もなく終えると、私用を済ませ、適当に夕食を摂ると、そのままマイクロトフの部屋に向かう。 当のマイクロトフは今日は夜勤だった。ちょうどカミューと入れ違いで、16:00から0:00までの勤務である。 カミューが合鍵を使って部屋に入ると、部屋の中はまだマイクロトフが居た頃の暖かみが幾分残っていた。火が消えて数時間経った部屋は肌寒いが、ずっと無人で冷え切った自分の部屋よりはよっぽどマシである。カミューは再び暖炉に火を入れ、マイクロトフのベッドにばふっと倒れ込んだ。身体を横たえると、程なく仕事の疲れと夕食の満腹感による眠気がカミューを包む。カミューはその眠りの誘いに逆らうことなく目を閉じた。 マイクロトフが帰ってくるまでまだ数時間ある。カミューはその間に少しでも眠っておかなくてはいけなかった。マイクロトフが帰ってきたらしばらく起きていることになるため、明日の仕事が辛くなる。カミューは明日も朝8時からの仕事だった。 こうして待っていれば、任務を終え、身体を冷やして帰ってくるであろうマイクロトフも助かるはずである。今夜は冷え込みが一段と厳しい。 なぜカミューがこんな真似をしているかといえば、べつにマイクロトフに頼まれているわけではない。カミューが好きでやっていることである。帰ってきたマイクロトフはカミューの姿を見て驚くことだろう。だが、カミューに言わせれば「せっかく恋人同士になったのだから、今は蜜月ってヤツだろう」ということになる。つまり、仕事の時間がすれ違っていても、たとえ短い時間でもかまわないから、一緒に過ごしたいというわけだ。この関係を得るまでの苦労を考えれば、これくらいの無理がなんだというのか。 マイクロトフが帰ってくれば、きっと不思議そうに「なぜここにいる」と問うてくるだろう。そうしたら、何食わぬ顔でこう応えてやるのだ。そんな自分の言葉に、彼はあの生真面目そうな顔を赤らめてうろたえるに決まっている。そんな姿を見たいと思う自分は相当悪趣味に違いなかった。 カミューは自分の想像に満足げな笑みを浮かべ、束の間の休息に入った。 「カミュー? どうしてここにいるのだ?」 カミューが想像したとおり、任務を終え部屋に戻ってきたマイクロトフはベッドの上の住人に不思議そうに口を開いた。寝惚け半分、予定通りに口を開こうとしたカミューだったが、マイクロトフのほうから匂ってきた香りに凍りつく。その香りはカミューの知っているものだったが、マイクロトフがまとわせるはずのないものだった。 「カミュー?」 上半身を起こしたものの、その体勢のまま自分を凝視しているカミューにマイクロトフは首を傾げる。様子を見ようとカミューに近づくと、いきなり腕を取られ強く引かれた。 「うわっ?!」 不意を突かれたマイクロトフはバランスを崩し、ベッドに引き倒される。衝撃に目を閉じたマイクロトフだったが、再び目を開けると目前にカミューの顔があった。その顔に浮かんでいる表情にマイクロトフは息を呑む。 「カ、カミュー……?」 「いい度胸じゃないか」 にっこりとカミューが笑った。だが、笑ったというのに、先程浮かんでいた冷たいばかりの怒りの表情よりも恐ろしいものにマイクロトフには感じられた。馬乗りになるようにして四肢を押さえるカミューの姿は捕食を前にした肉食獣のようである。 「な、何が、だ……?」 「恋人ができたというのに、一週間で浮気かい? おまえにそんな甲斐性があるとは思わなかったな」 そう言って笑みを深めるカミューに、マイクロトフはごくり、と咽喉を鳴らした。あまりの迫力に背中に冷たい汗が流れ落ちる。 「な、何を言って……?」 「問答無用!!」 カミューは獣のごとく噛み付くように口付けた。今まで受けたことのない乱暴な扱いに驚いて固まったマイクロトフだったが、危険を知らせる本能に従い、力いっぱい暴れてなんとか突っぱねる。 「ま、待て! いったいなんだというのだ!」 「ひどいよ、マイクロトフ! 一週間で浮気だなんていくらなんでも早すぎるだろう! ひょっとしてこのあいだのが物足りなかった?!」 「は、はあ?!」 「言っておくけど、このあいだのは初めてのおまえに無理をさせないようにって手加減したんだからね! 俺の本気はあんなもんじゃないよ!」 興奮しきった様子でそう叫んだカミューは再び口付けようとマイクロトフに迫った。しかし、一瞬早く我を取り戻したマイクロトフがそうはさせじと頭突きを食らわす。まともに食らったカミューは額を押さえてベッドにうずくまった。 「ひどいよ、マイクロトフ……」 「おまえはさっきから何を言っているのだ! 浮気とか、も、物足りないとか、いったいなんの話だ?!」 顔を真っ赤にして怒鳴るマイクロトフに一瞬怯んだカミューだったが、気を取り直したようにキッとマイクロトフを睨み返した。 「そんな香りをまとわせていながらシラを切る気かい?!」 「香り?」 マイクロトフは目を瞬かせると自分の腕を鼻に近付ける。しかし、自分ではわからなかったのか首を傾げた。 「そんなに香るか?」 「香るよ!」 否定をしないということは香りが身についた覚えがあるということだ。このきつい柑橘系の香りを鼻が馬鹿になるほど嗅いだのかと思うとカミューの怒りはまた再燃する。この柑橘系の匂いは、今、マチルダの女性の間で流行っている香水のものだった。 がるる、と噛み付きそうな剣幕でカミューは睨み付けたが、当のマイクロトフはどこか照れたような表情を浮かべつつも悪びれた様子は見せない。 「おまえはこの匂いが嫌いなのか?」 しまいにはこんなことまで聞いてくる始末である。カミューは怒りにブチ切れた。 「好き嫌いの問題じゃない! おまえがその匂いをまとっていることが問題なんだ!」 「そうか。だが、仕方ないだろう。任務中のやむを得ないことだったのだから」 「任務中に暴漢に襲われたレディでも助けたっていうのかい?! で、そのついでに匂いが移るくらい抱きつかれたと?!」 ヤケになったように叫ぶカミューにマイクロトフはきょとん、とした表情を浮かべる。 「……何を言っているのだ? 暴漢に襲われた女性を助けたのは当たりだが、だ、抱きつかれたりとかはしてないぞ?」 最後のほうは彼らしく顔を赤らめながら上目遣いで見つめてくるマイクロトフに、カミューはうっと詰まる。普段、ぶっきらぼうなまでに仏頂面の多い彼の、こんな子供っぽい表情に弱かった。しかし、これは曖昧にしていいことではない。気を取り直してマイクロトフを更に糾弾する。 「だったら、その匂いはなんなんだ?!」 「何って……オレンジの香りだろう?」 「え?」 「暴漢を取り押さえるときに、勢い余って道の脇に置いてあったオレンジを積んだ貨車に突っ込んでしまってな……。半分くらいをダメにしてしまったんだ」 恥ずかしそうに頭をかきながら話すマイクロトフを、カミューは呆然と見つめていた。 彼のことだからそれこそ猪のごとく思い切り突っ込んでいったのだろう。マイクロトフの立派な体躯と暴漢の下敷きになった哀れなオレンジはぐちゃぐちゃに潰れてしまったに違いない。そんな光景は容易に想像がつく。 こんな器用な嘘などつけるはずのないマイクロトフが言うのだから、それが真実なのだろう。 「なーんだ。オレンジかー」 安堵に肩の力を抜きながらカミューが笑った。 「おい、カミュー……」 「早く言ってよー。勘違いしちゃったじゃないか」 低い声で呼ばれたというのにカミューは気に留めたふうもなく、マイクロトフにぎゅーっと抱きつく。上機嫌な様子で胸のあたりに頬をすり寄せた。 早く言えって、口を挟む暇も与えず一方的に糾弾してきたのはおまえだろうとか、言いたいことはいろいろあったマイクロトフだったが、この調子では聞く耳を持たないのはわかりきっている。オレンジの香りがなぜ浮気の疑惑に繋がったのかはわからないが、ああも必死になるカミューの姿など、そう見られるものではないのも確かで……。 「俺は浮気の疑惑をかけられただけで、あんな恐ろしい目に合わなくてはいけないのか?」 ため息混じりに呆れたようなあきらめたような口調で言うマイクロトフに、カミューはにっこりと満面の笑みを浮かべた。 「愛ゆえに、だよ。大好き、マイクロトフ♪」 そう言って指先にちゅ、とキスをする。その指先にも柑橘系の香りが染みついていた。 「いい香りだね」 「よく言う……」 |