〜たったひとつの〜




「あ、カミューさん、マイクロトフさーん!」
 背後から元気のいい声がかかり、2人は足を止めた。振り返ると同盟軍の若きリーダーとその義姉が子犬のような軽い足取りで駆け寄ってくる。その顔に浮かんでいる表情からして、何が火急の事態が起こったというわけでもないと判断したカミューは、にっこりと人当たりのいい笑みを浮かべた。
「どうしたのですか?」
 ここ、都市同盟軍は戦が耐えない日々が続いているが、この2人は明るさを失わない。いつも元気よく跳ね回り、様々なアイデアを出しては同盟軍内を賑やかにする。ときどき、思わぬ騒動となることもあるが、そんな明るさがどれだけ周りの励みになっていることか。
 好奇心に目を輝かせているその表情に、また何かおもしろいことを思いついたのだろうという想像は難くない。2人は城主の言葉を待った。

「あのですね、無人島に一人で行くことになって、何かひとつだけ持っていけるとなったら、何を持っていきますか?」

「え?」
「無人島?」
 2人は突拍子もない単語に目を瞬かせ、顔を見合わせた。そんな反応に城主は笑いながら補足する。
「みんなに聞いて回っているんですけど、これがまたおもしろいんですよ!」
「ひとつ、と言われて選ぶものって、その人によって全然違うよね」
 義姉・ナナミの言葉に城主は大きく頷いた。
「みなさん、悩みに悩んで答えるんですけど、聞いててためになるというか、そういう考えもあるのかっていろいろ発見できておもしろいですよ!」
 なるほど。確かに、たった一人で無人島に行くことになり、持っていけるものがひとつだけ、と言われたら大いに悩むものだろう。一人でもあきらめずに生きていくための道具か、それともすべてをなくしても一番大事なものを持っていくか……。
 カミューはちらり、と隣の男を見た。マイクロトフは思い出を大事にするタイプではない。それは薄情とかそういうのではなく、常に前向きに生きているからだ。きっと生きることをあきらめずに最大限の努力をするのだろう。
 そんなカミューの視線に気付かず、マイクロトフは真剣な表情で悩んでいた。カミューは、そんなことが本当に起こりうるわけがないのだから、適当に答えればいいと思うのだが、こんな他愛もないお遊びにもちゃんと向き合って真剣に考えるところが彼らしい。
「ちなみに、騎士のみなさんとか、剣士の方は、やっぱり剣を持っていくという答えが多かったですよ」
「ビクトールさんはお酒だったけどね!」
 ナナミの突っ込みに姉弟はどっと笑った。
「カミューさんだったら何を持っていきますか? やっぱり剣ですか?」
「そうですねぇ」
 話を振られたカミューは考える素振りを見せるが、さほど深くは考えているわけでもない。軽く笑みを浮かべて応えた。
「確かに愛剣を持っていきたいとは思いますが、さすがにユーライアでは大きくて細かい作業をするのに向いてないでしょう。それよりはナイフとか小型の刃物のほうが役に立ちそうですが」
「じゃあ、カミューさんはナイフを持っていくんですか?」
「うーん、そうですねぇ……」
 ナナミに興味深そうに聞かれ、カミューは再び考えるふりをしながら、マイクロトフに視線を向けた。この視線にマイクロトフが気付けば、「なんだ?」と不審そうに問いかけてくるであろう、何かを含んだ視線だったのだが、マイクロトフは自分の思考に沈んでいてまったく気付かない。カミューはわずかに苦笑いを浮かべて、視線をナナミたちに戻した。
「恥ずかしいので内緒です」
「え?」
「恥ずかしい?」
 思いもしない返答に姉弟は目を瞬かせた。隣で一生懸命考えていたマイクロトフも思考を中断させてカミューを見る。そんな3人にカミューはにっこりと笑った。
「ええ。それがないと眠れなくなるものを持っていこうと思っているのです」
「眠れなくなるもの???」
 ますますわけがわからなくなったのか、2人は腕を組んで首を傾げる。マイクロトフもなんだろう、とわずかに眉を寄せ、心当たりを探った。
 カミューは悪戯っぽく片目を瞑り、内緒話をするように人差し指を唇にあてる。
「ヒントは、最初の文字は『マ』です」

 『マ』からはじまる、ないと眠れないもの……。

「ああ、わかった!」
 姉弟は手を叩いて同時に声を上げた。
「そっかー。けっこうこだわる人っていますよね」
「ナナミはどこでも寝られるけど」
「なんですって!」
 ナナミが城主を殴ろうとすると城主は笑いながらそれを避ける。するとナナミは更にムキになって二激、三激と拳を繰り出した。ひょいひょいと身をかわしながら、そのまま逃げ出そうとする城主にカミューが声をかける。
「マイクロトフはもうしばらく悩むみたいですから、答えは後日ということで」
「わかりましたー」
 城主は手を振って走っていく。その後をナナミが追いかけ、賑やかだった場は一気に静かになった。二人きりに戻るとマイクロトフが意外そうな表情を浮かべてカミューを見る。
「……おまえが枕が変わると眠れない性質だったとは知らなかったな」
 マイクロトフの言葉にカミューは意味ありげに微笑んだが、そのことには触れなかった。
「とりあえず、おまえも答えが見つかったら、ぜひともおしえてほしいものだな」
「う、うむ……」
 こうして、マイクロトフはまた思考に沈むことになったのである。



 食べ物を持っていってもいつかは尽きる。
 それなら、やはり道具を作ったりする刃物がいいだろうか。
 いや、木を削ったりするのなら、刃物じゃなくても硬い石などでも代用が利くかもしれない。
 結局は何を持っていってもそれは役に立つだろうし、それだけでは足りないだろう。そうなれば、どんなものを持っていくのがベストなのか……。

 マイクロトフはぐるぐると考えを巡らせていた。そして、突然、視点を変えなくてはいけないのでは、という考えが浮かぶ。自分は根本的に勘違いをしていたのではないか。無人島で1人で生きていくために必要なのは『道具』ではなくて、どんな状況に陥ってもあきらめない精神的な支えではないのか。
 たとえば大事な家族の写真。一度は捨てたものの、マイクロトフの誇りのすべてが込められている騎士団のエンブレム。
 これがあるかぎり、生きていけるというものを選ばなくてはいけないのではないか……。

「……………………」

 マイクロトフの脳裏に、ようやくひとつの答えが浮かんだ。



「カミュー、答えが見つかったぞ」
 部屋を訪ねてくるなりのマイクロトフの言葉に、カミューは、へえ、とおもしろそうな表情を浮かべた。マイクロトフの顔はどこか固く、この男らしく悩みに悩んで出した結論であることを知る。果たしてどんな答えを見つけてきたのか。カミューの好奇心がうずいた。
「で、おまえは無人島に何を持っていくんだい?」
「俺は……」

「俺は、『カミュー』を持っていく」

 マイクロトフの言葉にカミューはきょとん、とした表情になる。
「……俺は『もの』じゃないんだけど」
「持っていくものはなんでもいいと言ったではないか。人はダメだとは言われていない」
 強引な理屈を通すマイクロトフに軽く目を瞠っていたカミューだったが、やがてゆっくりと笑みを取り戻した。その笑みは嬉しそうな、それでいてどこか、して得たり、というような笑みである。
「理由も聞いておこうかな」
「カミューなら何か道具を作ったりするのに様々な知恵が浮かぶだろうし、狩りも上手い。自然に対する知識に長けているから、いろいろと役立つ話をしてくれるだろう。
 そして、何より。
 おまえは俺を生かすために最大限の手を尽くす。違うか?」
 そう問うたマイクロトフの顔はどこか自信に満ちていた。カミューは目を細め、マイクロトフの頭に手を伸ばす。
「良くできました。正解だよ、マイクロトフ」
 そう言って子供にするように黒髪をくしゃりと撫ぜた。
「俺はおまえを生かすためならなんだってする。おまえを生き長らせる自信があるよ」
 カミューの答えにマイクロトフは、そうだろう、とどこか得意げに笑った。カミューはそれに笑い返して、
「じゃあ、俺の昼間の答えもわかったかな」
 と、問う。
「最初の言葉が『マ』ではじまり、ないと眠れないもの、か?」
「そう」
 どこか色を含んだ視線で見つめてくるカミューにマイクロトフは、ニッと笑った。
「枕だろう?」
 めずらしくからかわれ、カミューは情けない表情を浮かべる。
「おまえも案外、意地が悪いね」






勝手に世界の果てで2人で生きていくがいい
このバカップルめ!

2006/2/18


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