〜確信犯〜




 グラスランド生まれのカミューがマチルダに来て一番こたえたのは、なんといっても冬の厳しい寒さだった。グラスランドは夏は猛烈に暑いが、冬は乾燥した風が吹くぐらいでそれほど寒くない気候である。
 春、カマロ自由騎士連合の推薦状を手にマチルダ騎士団の入団試験に挑んだカミューは見事合格し、晴れて従騎士となった。勉強やら訓練やらの忙しい日々を送っているうちにマチルダには短い夏が訪れ、周りの少年たちは暑さにまいっていたが、カミューにしてみれば初夏程度の陽気でそれほど苦ではなかった。が、その反動が冬にきたのである。
 初めて迎える雪国の冬は想像を絶する寒さであった。すでに秋の涼しいうち(カミューにとっては充分冬の寒さだった)に一度風邪を引き、初雪が降った頃には高熱にうなされた。マチルダの人間より日数をかけてなんとか回復したが、だからといって寒さに慣れたわけではない。
 日中は室内で授業を受けるときは暖房の一番近くを陣取り、休憩時間に周りが外に遊びにいってもカミューがそこを動くことはなかった。訓練で屋外に出てしまえば、ある程度身体を動かして身体が暖まるまではどんなに我慢しても歯がガチガチと鳴ってしまい、はじめはそれを注意していた教官もあきらめ、励ます始末である。
 そして、一番辛いのは夜中に寒くて何度も目が覚めてしまい、充分に睡眠がとることができないことだった。どんなにお風呂で温まってから寝ても、すぐ手足の先から冷えはじめ、氷のように冷たくなってしまうのだからどうしようもない。少しでも熱を逃がさないようにと胎児のように丸くなり、震えながら、辛い夜を過ごすしかなかった。まだ冬ははじまったばかりだというのにすでにこの調子では冬を乗り切れないのでは、と周りは心配し、カミュー自身も絶対無理だ、とあきらめ半分思っていた。

 しかし、そんなカミューに奇跡が起きた。数日前に思わぬ解決策を見つけたのだ。

 その解決策を実行するための手順はこうである。
 まずは何食わぬ顔をして同室の少年と同じ時間に就寝する。そして、部屋の明かりが消えたらこっそり手足を布団から出しておくのだ。風呂上がりの身体はぽかぽかしているが、当然、外気に晒したりしたらすぐに冷たくなってしまう。他の人間が知ったら、自ら冷えるように仕向けるなんて正気の沙汰ではないと思うだろうが、作戦を実行するにはそれが必要なのである。放っておいてもいずれは冷えるのだが、あまり時間が遅くなってから作戦を実行すると、協力者……といっても一方的な関係である、が可哀相だ。
 そして、手足がほどよく冷えたら実行開始である。
 カミューはベッドから下り、隣のベッドで早くも寝息を立てている少年を軽く揺さぶった。
「マイクロトフ、ねえ、マイクロトフってば」
 寝付きのいい少年はしばらく反応がなかったが、やがてゆっくりと目を開ける。
「カミュー……?」
 寝惚け半分に名を呼ぶ様子は、いつものはきはきとした態度に比べてよほど子供っぽい。カミューはマイクロトフの意識があまり覚醒しないようにと気を使いながら小声でそっと囁いた。
「今日も寒くて眠れないんだ。そっちに入れてくれないかな?」
 カミューのお願いに、寝惚け半分のマイクロトフは言葉の意味を理解しようと2、3回瞬きをした。そして、
「今日はそれほど寒くないと思うんだが……」
 と、少し眉を寄せて口を開く。その口調は、どこか困ったような、それでいて呆れたような響きが含まれていた。しかし、カミューは引き下がる気などまったくない。せっかく人が、あまり目を覚まさせては可哀相だと思っていたのに、などと自分勝手なことを思いながら、
「そんなことないよ。ほら、手もこんなに冷えちゃって……」
 そう言って、冷えた、いや、冷やした手をマイクロトフの頬に押し付けた。
「うわ! 冷たい! 何をするのだ!」
 氷のような冷たさにマイクロトフはたまらず悲鳴を上げる。カミューの手を乱暴に払いのけて布団に潜り込むマイクロトフに、カミューはにっこりと笑みを浮かべた。
「ね、冷たいだろ。これじゃあ眠れそうにないよ。また風邪を引いたらマイクロトフにも迷惑をかけちゃうし」
 わずかな沈黙の後、マイクロトフが仕方なさそうにため息を吐き、自分の布団を半分ほどめくる。カミューは、しめしめ、と思いながら、ぬくもりが逃げないうちにベッドに上がり、布団に潜り込んだ。ぐんと近くなった顔はまだどこか寝惚けているようである。
「いつも悪いね」
 にこにこと笑いながらカミューは温かい身体にぎゅーっと抱きついた。
「冷たい……」
 触れた身体に憮然とつぶやくマイクロトフだが、カミューは機嫌のいい猫のように目を閉じ、更にマイクロトフの身体にすり寄る。
「おまえは温かいよ。じゃあ、おやすみー」
 一方的な挨拶と共にカミューは眠りにつこうと身体から力を抜いた。頭上からあきらめたようなため息が聞こえたが気にしない。自分の安眠のほうが大事である。



 カミューがこのようなことを覚えたのは数日前のことだった。
 例によって寒さで目が覚め、布団の中で震えながら耐えていると、ふと隣で寝ていたマイクロトフが起き上がり、ベッドを下りた。どうやらトイレに起きたようで、少ししてベッドに戻ってきたが、カミューが起きていることに気付くと、
「すまない、起こしてしまったか?」
 と謝ってきた。自分の物音で起こしたと思ったらしい。
「いや、起きてたから……」
 カミューの返答にマイクロトフは眉を寄せる。
「眠れないのか?」
「うん……、寒くて」
 その夜は一段と冷え込んだ日だった。マイクロトフはちょっと考える素振りをすると、おもむろにカミューのベッドに上がり込んできた。
「マ、マイクロトフ?」
「もうちょっとそっちに寄ってくれ」
 マイクロトフは自分の場所を確保しようと、突然の行動に目を白黒させているカミューをベッドの端に追いやる。ベッドは成長期に入り始めた2人がなんとか並んで眠れる大きさだった。少しでも寝返りを打ったら落ちてしまいそうである。カミューがそんなことを思っていると、さっさと横になったマイクロトフがカミューの身体に腕を巻きつけてきた。
「ああ、随分冷えているな」
 そう言ったが、腕は離さずそのまま抱き込むようにして目を閉じる。カミューは、まさかこのまま寝る気か? と目を剥いた。誰かとこうして眠るなど幼少の頃以来で、人の気配に敏いタイプのカミューがこんな状態で寝られるはずがない。だが、少しすると触れ合った身体がぽかぽかと熱を帯びてきた。
「あったかい……」
 カミューは人間の身体がこんなに温かいなんて、と驚きながら、自分からも身を寄せてみる。そうやってマイクロトフのぬくもりを感じているうちに、程なく眠りの波にさらわれていったのだった……。



 それ以来、マイクロトフはカミューの中で『安眠のための協力者』となった。はじめの頃は身体が冷えたらマイクロトフのベッドに潜り込んでいたが、どうせなら冷える前に一緒に寝てしまったほうが早い。マイクロトフも夜中に起こされては迷惑だろう、とベッドに潜り込む行為そのものが迷惑だということはあえて考えず、こうしてせっせと手足を冷やしては作戦を実行する。

「……いつまでこうして眠る気だ」
 マイクロトフのぼやきに、春が来るまでかなー、と心地良い眠りの波に誘われながらカミューは思った。
 マチルダの春はまだまだ先である。






この頃は普通の添い寝状態でした。
しかし、数年後には……(以下略)

2006/2/8


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