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従騎士・ザナヴィは朝からずっと緊張していた。 今日は街道の村付近に大量発生したモンスターの討伐に、青騎士団の精鋭部隊が赴くことになっている。ザナヴィは従騎士の仕事の一環として、その青騎士団を率いる若き青騎士団長の出立の準備を手伝うことになっていた。手伝う、といってもたいしたことをするわけではない。ただ、防具や武器を指示のあるとおり手渡したり、装着するのを手伝ったりするといった身の回りの世話をするだけである。 だが、それでも従騎士の彼らが騎士団長の傍に居られる機会など滅多にあることではないし、その間に何かためになる話を聞くことができるかもしれない。従騎士たちは希望的観測でそう考えていたが、実際、それは上司たちが考えていることであった。そのため、これは従騎士の仕事というよりは、先輩騎士から後輩たちへの戦での心構えなどを伝えるようなコミュニケーションの意味合いが強い時間となっている。 ザナヴィはロックアックス生まれのロックアックス育ち、生粋のマチルダっ子である。大抵のマチルダの少年たちがそうであるように、ザナヴィも幼い頃から騎士に憧れ、夢を叶えるために努力を重ね、見事、入団試験に受かった一人だった。 そんなザナヴィにとって騎士団長といえば目標であり憧れの人である。もう少し大人になれば華麗で優美な赤騎士団長に憧れるのかもしれないが、まだ思春期に差し掛かったばかりのザナヴィは、勇猛で凛々しい青騎士団長により強く憧れを抱いていた。 今日はその青騎士団長の傍に居ることができるのである。緊張するなというほうが無理であった。 そして、いよいよその時間がやってきた。 ザナヴィは指示された時間より10分ほど早く青騎士団長の執務室の前に着くと、重厚なつくりのドアの前で一呼吸置く。拳を固く握り締めてドアをノックすると、緊張で力んでいたためか、思いのほか大きな音が立ってしまった。その音にザナヴィは自らも驚いたが、ドアの向こうから何やらガタガタと慌しい物音が聞こえると、中にいる青騎士団長も驚かせてしまったのではないかと慌てて名乗りを上げる。 「あっ、あのっ、従騎士のザナヴィと申します! ほ、本日は青騎士団長様の出立の準備を手伝う役目を、お、お、仰せつかって参りました!」 声が裏返りそうになりながらも言い終わると、なぜかドアの向こう側が沈黙した。ザナヴィは、一字一句暗記したつもりだったが、ひょっとして何か間違ったことを言ってしまっただろうかと不安に駆られる。どきどきしながらドアの前に立っていると、ようやく中から声がかかった。 「あ、ああ、入ってくれ」 ザナヴィは入室の許可が下りたことにホッとして、ドアノブに手をかける。が、 「あっ、す、すまん、ちょっと待ってくれ!」 中から慌てたような大声が上がり、ザナヴィは驚いて熱いものを触ったかのようにドアノブから勢いよく手を離した。その手で今にも飛び出てきそうな心臓のあたりを抑え、少しでも落ち着こうと深呼吸を繰り返していると、やがてドアが中から開く。しかし、 「やあ、待たせたね」 そう言って顔を出したのは青騎士団長ではなかった。 「あっ、カ、カミュー様?!」 思いもしない人物の登場にザナヴィの心臓はまたも大きく跳ねた。青騎士団長の部屋を訪ねたつもりが、間違えて赤騎士団長の部屋を訪ねてしまったのだろうか、とありえない考えが頭をよぎる。ただでさえ緊張しているというのに、予想外の事柄の連続でザナヴィの頭はパニック寸前だった。おたおたしているザナヴィに、赤騎士団長・カミューはにっこりと微笑む。 「お勤めご苦労だね、ザナヴィ君。さ、中に入っていいよ」 その笑みは一見優しげだったが、ザナヴィはなぜか何か背筋にひやり、としたものを感じたような気がし、逃げるように開けられたドアの中に入った。 「し、失礼します!」 部屋の中にはまだ平服姿の青騎士団長・マイクロトフがいた。ザナヴィはその姿を見て、ようやくホッとする。なぜか、マイクロトフのほうもザナヴィの姿を見てホッとしたような表情を浮かべた気がした。 「あ、ああ。ザナヴィだったか。ご苦労だな」 マイクロトフの労わりの言葉にザナヴィは背筋を伸ばす。 「は、はい!」 自分の役目を思い出し、気合いを入れ直したザナヴィだったが、 「指定した時間にはまだ早かったはずだけど?」 と、背後からかけられた声に皮肉めいたものを感じ、再び言い知れぬ恐怖に襲われた。自分が何かまずいことをしてしまったのだろうか、と慌てて考えを巡らせる。なぜ、カミューは怒っているのか。そもそも、なぜここにいるのか。 ひょっとして、大事な打ち合わせ中だったのではないか……。 そんな結論に達すると、自分はとんでもないことをしてしまったのではないか、と震え出しそうになった。 「も、もしかしてお邪魔だったのでしょうか……」 恐る恐る口を開くザナヴィに、カミューはおかしそうに目を細める。 「よくわかってるじゃないか。こちらとしては、もうちょっと時間通りにきてほしかったんだけどね」 やっぱり、と青ざめるザナヴィだったが、なぜかマイクロトフが赤くなり、慌てたように声を上げた。 「カ、カミュー! なんてことを言うのだ!」 怒鳴るマイクロトフに、カミューはにやりと笑って、どこか意味ありげな視線を向ける。 「だいたい、おまえも強情を張るから……」 「だ、黙れ! 人のせいにするな! 常日頃から時間に余裕を持って行動するのは当たり前のことだろう! おまえも少しは見習ったらどうだ!」 マイクロトフの迫力ある叱責に、自分が怒られたわけでもないのに思わずすくみ上がってしまったザナヴィだったが、カミューは平然と軽く肩をすくめてみせた。 「そうだね。今度は俺も『時間には余裕をみて』行動することにしよう」 そう言うと、カミューはひらひらと手を振って部屋から出て行く。成り行きを唖然と見守っていたザナヴィだったが、マイクロトフがやれやれ、というふうに深いため息を吐いた音に、ハッと我に返った。 「あ、あの……」 「ああ、気にしないでくれ。悪かったな」 おろおろするザナヴィにマイクロトフは力なく頭を振ると、気を取り直したように青い制服を取り出し、ばさりと羽織る。たったそれだけの動作なのに、とたん、青騎士団長としての風格がにじみ出て、ザナヴィを圧倒した。思わず見惚れてしまうザナヴィを余所に、マイクロトフは複雑なつくりの制服を手早く着用していく。最後に咽喉もとのプレートの留め金をはめると、すっかり見慣れた青騎士団長の姿となった。 「すまない、そこにある手袋を取ってくれるか?」 マイクロトフに声をかけられ、ザナヴィは我に返ると慌てて指差されたほうを見る。白い真新しい手袋を見つけると、それを手にし、マイクロトフの傍に足早に近付いて差し出した。マイクロトフが礼を言って手袋を受け取る。自分より一回り以上も大きいのではというくらいがっちりした手が白い手袋に覆われていくのを間近で見ていたザナヴィだったが、マイクロトフの指に『あるもの』を見つけて、思わず「あっ」と声を上げた。 「どうした?」 手を止めたマイクロトフに不思議そうに問われ、ザナヴィは気まずくなってうつむく。仕事中だというのに、仕事に関係ないものに反応してしまった自分が恥ずかしかった。しかし、ザナヴィも思春期に入ったばかりの年頃の少年。まだまだ子供特有の好奇心は抑えられる年齢ではなかった。遠慮がちにだが、自分が声を上げた原因に視線を向けて口ごもる。 「い、いえ、あの……、指輪、してらっしゃるんですね」 マイクロトフはザナヴィの視線が、己のまだ手袋をはめていない左手に向けられていることに気付くと、わずかに顔を赤らめた。その薬指には銀色の指輪が光っている。 「あ、ああ、これは『ガードリング』といってな。魔法に対する防御力を上げてくれるアイテムだ」 「え、そ、そうなんですか?」 マイクロトフ団長、といえばあまり浮いた話とは縁のない印象だった。それなのに左手の薬指に指輪をしているなんて、と好奇心を刺激されたザナヴィだったが、それが装備品だと知って、己の早とちりに赤面する思いである。きっと左手の薬指にはめているのには深い意味はなくて、サイズとかそういう都合だったのだろう。 そう思ったのだが…… 「ああ。カミューにもらったのだ」 「ええっ?!」 さらりと告げられた衝撃の事実にザナヴィはあんぐりと口を開けた。 自分で買ったならまだしも、人に……しかも、あの赤騎士団長にもらったものを左手の薬指にはめているというのか。それになんの意味もない、というほうが無理があるのではないか。いや、それ以前の問題として、装備品とはいえ同性にもらった指輪を左手の薬指にはめておいて、こうも堂々としていていいのか……。 そう思ったザナヴィだったが、マイクロトフはどこか照れた表情を浮かべながらも隠す素振りはまったく見せない。 「おまえにはこういうものをくれる人間がまだいないのか?」 「え、は、はあ……。いない……ですね……」 まだ恋人がいないザナヴィが思いつくのはせいぜい母親くらいである。 曖昧な返事を返すザナヴィにマイクロトフは快活に笑った。 「そうか。早くできるといいな」 ザナヴィは、それってそういう意味ですか……と心の中で激しく突っ込んだ。 青騎士団長の身の回りの世話をする、という任務を終えたザナヴィは執務室を辞すると、力尽きたように分厚いドアに寄りかかった。若き青騎士団長はやはり憧れるにふさわしい立派な人物だった。いろいろと勉強になる話を聞かせてもらえた。 しかし……。 あの指輪の一件のおかげでザナヴィの頭には半分も入ってこなかったのだ。 マイクロトフ様とカミュー様が……。 二人は同期で従騎士時代からの親友だというふうに聞いていた。現に、よく二人でいるのを見かけていたし、それを疑ったことはなかった。しかし、実際はもっと深い仲だったのである……。 難しい試験を乗り越えて従騎士となったとはいえ、まだまだ子供の領域を出ないザナヴィにとって、それは一人で抱えるにはあまりにも大きな事柄だった。これからずっと一人でこのことを胸にしまって生きていかなくてはいけないのか。それはひどい重圧のように思えた。 廊下を歩きながらそんなことを悶々と考えていると、とりあえず自分のルームメイトにこのことを打ち明けたらどうか、と思いつく。誰かに話せば少しは気が休まるはずだ……。 そう結論づくと気分が幾分落ち着き、ザナヴィの足取りはようやく軽くなった。 一人で秘密を抱えることはない。誰かと共有すればいいのだ。 そう思ったザナヴィだったが、他の人間も自分と同じように考えるとは思いもしなかったのである……。 一週間後。 無事、モンスター退治を終え、ロックアックスに帰還したマイクロトフを待っていたのは留守をまかされていた事務官だった。事務官は「お疲れ様でした」と労いの言葉をかけ、執務室までの廊下を並んで歩きながら、留守中にあった主な事柄を簡単に報告する。それが一通り終わると、周りを見渡し、人影がまばらなのを確認すると声をひそめた。 「団長」 「ん? なんだ?」 「左手の薬指にカミュー様からもらった指輪をしているって本当ですか?」 唐突な問いにマイクロトフは目を瞬かせた。 「なぜおまえが知っている?」 「噂になってますよ。従騎士を中心に」 ため息混じりに応える事務官にマイクロトフはわずかに首を傾げる。 「そうか……」 マイクロトフの脳裏に遠征前に執務室を訪ねた従騎士の少年の顔が浮かんだ。年端のいかない少年が噂好きなのは仕方ないことである。 「まあ、指輪ではなく、ガードリングなのだがな。 去年の誕生日のときにもらったのだ。隊長になったあたりから、毎年、お互いの誕生日にリングの装備品を渡すことになってな」 苦笑混じりに話すマイクロトフの落ち着き払った態度に、事務官は訝しげに眉を顰めた。彼をはじめ、両団長に近しい者はもちろん2人の関係を知っていたが、それは公然の秘密となっている。しかし、カミューはともかく、マイクロトフは自分たちにすら関係がばれているなど思いもしないはずだ。それがこうも堂々と自ら人に話すとは思えない……。 事務官は嫌な予感がして恐る恐る聞いてみた。 「団長……。左手の薬指に指輪をはめる意味を知っていますか?」 「ん? そ、それくらい知っているぞ」 マイクロトフはわずかに顔を赤らめる。その反応に、やっぱり知っているのか、と事務官が安堵というには複雑な思いを抱えていると、 「親友の証だろう」 爽やかにマイクロトフが言い切った。 「はい?」 「仲の良い親友同士が友情の証として指輪を贈り合い、それをこの指にはめると聞いたのだが……ちがうのか?」 最後の問いかけは事務官の呆気に取られた表情に一抹の不安を覚えたのだろう。事務官は頭痛がする思いでこめかみを押さえた。誰にそんなことを聞いたのかなど聞くまでもない。 地位は上だが自分の後輩にあたるマイクロトフは従騎士の頃から奥手で有名だった。奥手、というより、色恋沙汰より立派な騎士になることに情熱を注ぎすぎていただけなのだが。その努力はいまや立派に実を成し、青騎士団のトップとなった。 しかし……。 あんな少年たちですら知っていることを知らなかったとは。 恐らくいろいろと手回しをして、自分の都合のいいように純粋培養してきたであろう赤い姿を思い出し、事務官は深い深いため息を吐いた。 「カミュー!!!」 怒号のような声を上げ、執務室に入ってきた青い姿に、カミューはにこやかな笑みを浮かべた。 「ああ、おかえり。迎えに出られなくて悪かったね。ちょっと急ぎの書類が入ってしまって……」 「馬鹿者!! それどころではない!!」 マイクロトフはバンッとものすごい勢いで両手を机に叩きつける。その風圧に書類が2、3枚宙を舞った。その剣幕にカミューは不思議そうに目を瞬かせる。 「……どうしたんだい?」 「どうした、ではない! おっ、おまえというヤツは!!」 マイクロトフは怒りと受けた恥辱にふるふると身体を震わせた。 「俺がどうしたって?」 首を傾げるカミューにマイクロトフは左手の手袋を乱暴に脱ぎ捨てる。 「これだ!」 突きつけた左手の薬指には銀色の指輪が鈍く光っていた。それはカミューが去年のマイクロトフの誕生日の際にプレゼントしたガードリングである。 「ん? ガードリングがどうしたの? ちゃんと本物だよ」 「ガードリングのことではない! 左手の薬指の意味だ!」 「ああ……」 マイクロトフの剣幕にカミューはようやくなんのことか理解した。マイクロトフに関しての記憶力は並大抵のものではない。随分昔にしかけた些細な悪戯がようやくバレたということを知ると、笑いが込み上げてくるのを止めることができなかった。いくらなんでもあまりにも今更だろう。 笑いをこらえようとするカミューの表情にマイクロトフの怒りは更に募る。 「よくも今まで騙してくれたな!」 「騙すなんて人聞きの悪い。誰も騙しちゃいないさ」 「黙れ! 何が親友の証だ!」 「だから、グラスランドの風習だって言ったじゃな……」 「グラスランドにもそんな風習などないと聞いたぞ!」 ちっ どうやら余計な入れ知恵をしたヤツがいるようだ。カミューは内心舌打ちしたが、表面上は余裕ありげな笑みを崩さなかった。 「まあ、いいじゃないか。別に嘘ではないのだし」 「え?」 「俺たちはれっきとした恋人同士なんだから、なんの問題もないだろう?」 「そ、それはそうだが……。って、そういう問題ではない! 俺は従騎士におまえからもらったと言って見せてしまったのだぞ!」 怒り心頭に怒鳴るマイクロトフにカミューは肩をすくめて笑う。 「それは俺としては『よくやった!』と手を叩いてやりたいくらいなんだけどね」 「ふざけるな!!」 人の噂も75日。知らなかったとはいえ、自分が蒔いた種なのだから、黙って耐えるしかなかった。 |