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「おまえも罪な男だね」 人が机に向かって真面目に仕事をしているというのにその正面を陣取り、あまつさえ頬杖をついている男にそんなことを言われ、マイクロトフはムッとしたようにペンを止めた。 「……なんだ、やぶからぼうに」 その顔も声も明らかに機嫌の悪いものだったが、カミューはそんなことはおかまいなしに笑って、謎かけをするように首を傾げる。 「凛々しき青騎士団長殿が社交界ではなんと呼ばれているかご存知かな?」 社交界、という単語にマイクロトフの顔はますます渋いものになった。 社交界、いわゆる貴族が主催するパーティへの出席は、マイクロトフのもっとも苦手とする仕事のひとつである。騎士団長という立場を考えると、マチルダの有力な貴族たちと顔を合わせるのも大事な仕事であることはわかっている。貴族からの寄付が騎士団の財源の一部を担っているからだ。 だが、マイクロトフはあのような場が苦手だった。装飾や音楽、食も贅を尽くしていてもどこか中身がなく、華やかに着飾った人間たちもうわべには笑みを浮かべて楽しげに会話を交わしていても、心の中は見せない。そんな嘘と虚飾に塗り固められたような世界にいて落ち着けというほうが無理である。はっきりいって苦行に近い。訓練場で剣を振っているほうがよっぽど有意義だった。 そのため、ことあるごとに強引に欠席したり、やむを得ず参加してもさっさと帰る自分に良い評判の立つはずがない。 「……知るか」 聞きたくもない、とばかりにぶっきらぼうに答えると、カミューはおかしそうに咽喉を震わせた。 「深窓の騎士団長殿、さ」 「な、なんだ、その表現は!」 深窓の、といえば身分の高い女性があまり人前に姿を見せないときに使う言葉である。それを自分に使われるなど、あまりの侮辱。マイクロトフは顔を赤らめて叫んだ。 「『レザーカットの景徳鎮(けいとくちん)』と言われるほうがまだマシだ!!」 レザーカットとは洛帝山に生息するモンスターの名である。景徳鎮とはそのモンスターが稀に落とす絵画の呼び名だった。モンスターがなぜそんなものを持っているのかはわからないが、大変めずらしいものであるため、市場では高値で取り引きされている。そのため、めったに姿を見せない人物をからかいの意味を込めて『レザーカットの景徳鎮』などと呼んでいた。他にも『コカトリスの雷鳴(の封印)球』など、いくつかのレパートリーがある。 「そうか? 意外とおまえにあっていると思うんだけどね」 「恥に決まっているだろうが!」 拳で机を叩くマイクロトフにカミューは、まあまあ、と笑った。 「おまえがいけないのだろう。欠席ばかりでめったに顔を出さないのだから」 「あんなところで時間を過ごすくらいなら、敵のど真ん中に単身で突っ込めと言われたほうがまだマシだ」 カミューは彼らしい物言いに笑いながら、からかうような視線を向ける。 「俺がいるのに?」 「……おまえは女性の相手をするのに忙しいだろうが」 礼装したカミューは男ですら引きつけるほど様になっている。騎士といえば厳つい顔つきの武人が多かったため、こういった宴に参加するのは形式的な意味合いが強かった。本人たちも周りもそれを承知で当たり障りのない態度で接してきたのだ。しかし、カミューはその慣習を吹き飛ばすほどの魅力を振りまいた。人当たりのいい笑みを浮かべ、フェミニストときているのだから、女性が集まらないわけがない。 マイクロトフの憮然とした口調にカミューはにやにやと人の悪い笑みを浮かべて応えた。 「おまえが嫌がるから引き受けてやってるというのに、なんか棘のある言い方だな」 「人のせいにするな! おまえが進んで引き受けているのだろう」 礼装したカミューの優美な姿は好きだ。だが、本気ではないとわかっていても女性に愛嬌を振りまくところなど見たくない。音楽にあわせ、優雅なステップで踊っている姿を見るのは好きだ。しかし、その相手が可憐な女性(妙齢の女性の場合もあるが)だと思うと見たくない。……そんなことは口が裂けても言わないが。 そんなことを思うマイクロトフの口調は、隠したつもりでもやはりいつもの憮然とした口調とは少し違った。カミューは目敏くそれに気付き、軽く肩をすくめる。 「まあ、否定しないけどさ。気に入らないならおまえも俺の隣にいればいいだろう」 そんな言葉にマイクロトフは思わずその光景を想像してしまう。2人の周りに群がる、人、人、人……(主に若い女性)。その恐ろしい光景に勇猛な青騎士団長の背筋が凍った。 「冗談ではない! 一生俺に近づくな!」 「ひ、ひどい……。それが恋人に対しての言葉かい?」 傷ついた表情をしてみせるカミューに、勢いとはいえ酷いことを言ったと自覚したマイクロトフは慌てて付け足す。 「パ、パーティでの話だ」 「あたりまえだ。これがパーティでの話でなかったら、この場で押し倒しているところだぞ」 拗ねたような顔で物騒なことを呟くカミューだったが、気を取り直したように髪をかきあげると、話を元に戻した。 「そんなおまえのおかげで、無粋な男たちは次のパーティには出席するかを賭け、純粋な女性たちはおまえが万が一参上したときの踊るための順番を争っている。これを罪と言わずしてなんと言おうか」 芝居がかった口調で言うカミューに今度はマイクロトフが拗ねたような表情を浮かべる。 「……俺の知ったことか」 人がいないところで勝手に盛り上がられても責任など取れるか。 自棄気味にそんなことを思ったマイクロトフだったが、カミューの思わぬセリフにどきっとする。 「まあ、確かに。俺としてもおまえが女性と踊るところなんて見たくないしな」 「え?」 それはさっきの自分の心の中のセリフではないか。まさか、心の中を読んだのではないだろうな、とどぎまぎしていると、そんなマイクロトフをどう思ったのか、カミューはニッと目を細めた。 「当たり前だろう。俺はおまえの女性関係の許容範囲に関しては、これくらいしか持ち合わせていないんだ」 と、カミューは人差し指と親指で何かをつまむようにほんの少しの隙間を作ってみせる。 「なんだ、それは」 「お年を召したレディと幼いレディさ。それ以外はダメ」 当然とばかりに言い切るカミューにマイクロトフは呆れ、少し子供じみた反感を持った。 「自分のしていることを棚に上げて好き勝手言うな」 「俺はいいの。どんなレディと一緒にいても平然としてるでしょ。たとえ、どんなに魅力的なレディだとしても、心が揺らぐことなんてありえないからね。 でも、おまえはその気はないってわかっていても、顔を赤らめたりされると、こっちとしては気が気じゃないんだよ」 「ぐ……」 痛いところを突かれ、マイクロトフは言葉に詰まる。確かにカミューは誰にでも愛想よく接するが、相手が誰であろうとその態度が変わるのを見たことがない。それは一見、優しい態度に思えるが、裏を返せば誰でも同じということで、どうでもいいのだ。 マイクロトフは、カミューが女性を前に顔を赤らめたり、うろたえたりする姿を想像してみた。実際には見たことがないため、自分にしか見せない表情の中から想像するしかなかったが……かなり嫌かもしれない。 黙るマイクロトフにカミューは心境を察したらしく、満足げに目を細めると話題を変えた。 「今、俺が賭けてるのは何だと思う?」 「俺がパーティに行くか行かないか、じゃないのか?」 「俺はその賭けからは除外されているんだよ。親友の俺が誘えばいくらでも出てくるだろうって」 そんなことないのにね、とカミューは軽く肩をすくめる。 「では、なんだ?」 マイクロトフの問いにカミューは人の悪い笑みを浮かべた。その笑みに嫌なものを感じ、眉を寄せるマイクロトフに楽しげに告げる。 「俺とおまえがダンスを踊るってやつ」 「なっ?! だっ、誰がそんな馬鹿げた真似するか!」 「まあまあ。ありえないことだから賭けになるんじゃないか。ちなみに、この賭けに勝てば……」 カミューは周りに誰もいないというのにもったいぶって賭けの賞金を耳打ちした。その額に思わず目を見開くマイクロトフにカミューは悪戯っ子のように目を細める。 「どうせ、金持ちの道楽だ。ありがたくいただこうじゃないか」 「だ、だが……」 「おまえ、武器屋の掘り出し物で、欲しい篭手が入ったと言っていたよな。早く買わないとなくなるぞ」 「う……」 カミューの見透かしたような言葉にマイクロトフはめまぐるしく思考を巡らせた。 パーティは苦手だ。 順番を争っているという女性たちには悪いが、誰とも踊る気など全くない。 それに、勝手に「深窓の」などと小馬鹿にした呼び名をつけられて、おもしろいはずがない。 勝手に賭けの対象にされたのも腹立たしい。 だいたい賭け事などもってのほかではないか。 …………そんな連中に、一矢報いるのも悪くないかもしれない。 そんな結論に達したマイクロトフはカミューを見た。 どうせ大した意味のない酒の席だ。前もって少し多めに飲んでおけば、酒の勢いということで笑い話で済むだろう。 その顔に浮かんでいる表情でカミューは結論を知る。めずらしくノリのいい恋人に気持ちが弾んできた。 「そうこなくっちゃ」 「言っておくが、おまえが女性パートだからな」 「まかせてくれ。他ならぬおまえと踊れるんだから、レディが嫉妬するような完璧なステップを踏んでやるよ」 「足を踏んでも許せよ」 2人は顔を見合わせると、悪戯をしかける子供のような笑みを浮かべた。 すべては幻だと思えばいい。 嘘偽りの世界も悪くない。 |