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マイクロトフは目を開けた瞬間、あれ、と思った。目覚めた景色がいつもと違ったのだ。不思議に思いながら身体を起こし、辺りを見回すと、ようやく合点がいった。昨日から住み慣れた実家ではなく、マチルダ騎士団の宿舎で生活することになったのだ。 そう、マイクロトフはマチルダ騎士団の入団試験に受かり、今日から従騎士として騎士団の一員となったのである。幼い頃からの夢を叶えたマイクロトフは、希望に満ちた第一日目を迎えたのだった。 マイクロトフは入団試験に合格したのが夢ではないことを改めて実感し、ベッドの上で一人、拳を握り締め、嬉しそうな笑みを浮かべる。隣のベッドでは同室となった少年がまだ寝ていたため、こらえたが、もし、この部屋に一人きりだったら「やったー!」と声を上げていたかもしれない。 マイクロトフは勢いよくベッドから飛び降りた。決められた起床の時間にはまだ早かったが、騎士たちの間で自主的な朝の練習が行なわれている、と聞いていたため、それに参加しようと思っていた。 顔を洗い、真新しい制服に袖を通す。まだ着慣れていないため少し固い生地の感触に、気持ちが引き締まる思いがした。準備が終わると張り切って部屋を出ていこうとしたマイクロトフだったが、ふと思い立って、まだふくらみのあるベッドに視線を向ける。 同室になったのは、グラスランドという西の異国からやってきた、カミューという少年だった。 カミューとは入団試験のときに、剣の実技試験にて剣を交えたという縁があった。カミューは剣の型は変わっていたが、実力は同期の中で群を抜いており、幼い頃から通っていた道場でそれなりの実力をつけてきたつもりだったマイクロトフも彼の技についていくのがやっとだった。勝負は接戦となったが、結局は時間切れになってしまい決着が着いていない。 そんな彼との偶然の再会に、最初は驚いたマイクロトフだったが、それはすぐ喜びに変わった。試験が終わってから、もし、二人とも合格していたら、彼と仲良くなっていろいろ話してみたいと思っていたのだ。強いライバルがいれば自分も強くなれる、と感じたためである。それが、同室という偶然に恵まれ、マイクロトフは期待に胸をふくらませた。昨日、挨拶を兼ねていろいろと話してみたところ、自分とは随分タイプが違うようだが、それでもなんとなくウマが合うような気がした。そして、互いの目指す先が一緒であることを知ると、二人で競いながら強くなっていきたいと思ったのだ。きっと一人より二人のほうが励みになり、刺激になる。 マイクロトフの脳裏に、カミューを起こそうか、という考えが浮かんだ。 カミューを起こして一緒に朝練に行けば、また剣を交えることができる。それにカミューも先輩騎士たちと剣を交わせば、もっと強くなるはずだ。自分ももちろん強くなりたいが、カミューにももっともっと強くなってもらいたい、とマイクロトフは思う。 だが、朝練は自由参加である。せっかく寝ているのを無理に誘うのはやはり悪いと思った。 そうだ。朝食のときにでも誘ってみよう。 自分の感想を聞けばカミューも参加したいと思うのではないだろうか。 マイクロトフはそう思い、今日は一人で参加することにした。ドアを開け、部屋を出ようとしたが、カミューが起きたときに自分を探してはいけない、と思い、カミューの枕の横にメモを残していく。そして、足取りも軽く道場に向かった。 「おっ、見ない顔だな」 「はい! 従騎士のマイクロトフといいます! よろしくお願いします!」 声をかけられたマイクロトフが、ぴしっと背筋を伸ばして答えると、騎士たちは顔を見合わせた。 「そうか、おまえがマイクロトフか」 「なんだ、思っていたより小さいな」 昨日、入団したばかりのマイクロトフを知ったふうの騎士たちにマイクロトフは目を瞬かせる。入団試験のとき、カミューとの対戦が試合の最長記録を作ったことなど、当の本人たちは知る由もなかった。 「おまえのことは聞いてるぜ。ずいぶん有望なのが入ったってな。どれ、後輩いびりが趣味な先輩が稽古をつけてやろう」 青騎士が笑いながら模造刀を手にすると、マイクロトフは目を輝かせ、勢いよく頭を下げた。 「はい! よろしくお願いします!」 朝練を終えたマイクロトフは鼻歌でも歌いだしそうなほど浮かれた面持ちで部屋に向かっていた。先輩騎士たちの圧倒的な剣技を目の当たりにすることができ、しかも、直々に稽古をつけてもらったのだから、上機嫌なのは無理もない。入団初日の朝からこんなに期待した以上の時間を過ごすことができて、マイクロトフの胸は弾んでいた。 これがカミューと一緒ならもっと楽しいだろう! 部屋に帰ったらカミューにこのことを話そう。そんなことを思いながら自分の部屋のドアを勢いよく開けた。 「おはよう、カミュー! って……あれ?」 そこには、とっくの昔に起きているであろうと思ったカミューの姿がない。不思議に思ってベッドに視線を向けると、なんと、まだ寝ているではないか。さすがに起床時間は過ぎ、もうすぐ朝食の時間である。この状況に最初に思い浮かんだのは、体調が悪くて起きられないのでは、ということだった。焦ってベッドに駆け寄る。カミューの枕元に置いたメモもそのままだった。 「おい、カミュー、具合でも悪いのか?」 ゆさゆさと肩を揺すると、わずかな間をおいて色素の薄い瞳がうっすらと開いた。 「う、ん……?」 「カミュー、大丈夫か?」 心配そうな口調で顔を覗き込んでくるマイクロトフにカミューは何事かと目を瞬かせる。 「………………マイクロトフ?」 夕べ、知ったばかりの名を呟くまで間があいたのは、やはりカミューも環境が変わったことを理解するのに時間がかかったのだろう。カミューは怪訝そうに眉を顰めながらも、とりあえず、むくり、と上半身を起こしてマイクロトフを見た。 「どうしたの……?」 「具合でも悪いのか?」 「え? どうして?」 マイクロトフの問いかけにカミューは再び不思議そうに目を瞬かせる。その反応にマイクロトフも目を瞬かせた。 「だって……、もうとっくに起きる時間が過ぎてるぞ……」 「え? もうそんな時間?」 カミューはベッド脇に置いてある時計を見た。その針が差す時間に慌ててベッドを飛び降りる。 「大変だ! 朝ごはんに間に合わなくなっちゃうよ!」 「う、うむ……」 どうやらただの寝坊だったらしい。マイクロトフは、おいていくのもなんだしな、と思い、カミューの準備ができるのを待つことにした。カミューは急いで着替えながら、とっくに準備ができているマイクロトフに声をかける。 「マイクロトフはどこかに行ってたの?」 先に起きていて今まで起こさなかったということは部屋にいなかった可能性が高い。そんな予測をしたカミューだったが、マイクロトフにしてみれば突然の問いかけである。なぜわかったのだろう、と戸惑いながら頷いた。 「あ、ああ、朝練だ」 「そっか、参加したんだ。どうだった?」 首を傾げるカミューにマイクロトフはそれが本題だったことを思い出す。一気に目を輝かせ、意気込んで口を開いた。 「先輩方の剣を目の当たりにできるし、稽古もつけてもらえるし、とてもためになるぞ! カミューも明日から参加しないか?!」 「うーん」 カミューは顎に手をあて考え込むように天井を仰ぐ。てっきりすぐさま同意してくれると思っていたマイクロトフが、あれ、と思っていると、カミューは軽く肩をすくめてみせた。 「まあ、遠慮しておくよ」 その口調はあまり関心がなさそうである。マイクロトフは呆然とカミューを見つめた。 「強く……なりたくないのか?」 「ん? もちろん強くなりたいさ。でも、俺には朝練は向かないかな……」 カミューは、信じられないものを見るような大きく開かれた瞳に苦笑しながら応える。カミューのセリフにマイクロトフはしゅん、と項垂れた。 「そ、そうか……」 「さ、ご飯食べにいこう」 あまりの落胆ようにカミューは優しく目を細め、くしゃり、と慰めるように頭を撫でる。この純朴そうな少年は、自分のような余所者が朝練などに顔を出したりしたら、周りからどんな目で見られるのか想像もつかないのだろう。ある程度の確たる地位を手に入れるまでは下手に目立つのは得策ではないとカミューは思っていた。 それに……、早起きはあまり得意じゃないしね……。 自分のためを思って誘ってくれるマイクロトフの気遣いは嬉しいが、内心は少々肩をすくめる思いであることも否めない。とりあえず当面のライバルになるであろう少年がいいヤツであることにホッとしつつ、置いていかれないようにこっそり努力をしなくては、と思うカミューであった……。 「おい、カミュー! いいかげんに起きろ! 朝食に間に合わないぞ!!」 一ヶ月経ってもカミューが朝練に参加することはなかった。いや、それどころか、朝練に行ってきたマイクロトフに叩き起こされる日々である。もはや、二人の間では日課と化していた。 「やあ、おはよう、マイクロトフ」 「おはよう、ではない! 毎日毎日だらしないぞ!」 目を吊り上げるマイクロトフにカミューは上半身を起こしながら、にこり、と笑う。 「いや、俺は幸せ者だな。こうして毎朝起こしてくれるヤツと同室になって」 「少しは反省しろ! おまえ、俺と同室の間、毎日起こさせるつもりか?!」 「まあまあ」 ……同室の間どころか、10年後にも同じことをしているなど、この頃のマイクロトフは知る由もなかった。思えば、初日の朝に未来は決まっていたようなものである……。 |