〜鎖〜




「納得できません! なぜ、ミューズに兵を出してはいけないのですか?!」
「だまれ! ミューズにはミューズの市兵がいるではないか!」
「ですが、ハイランド軍は圧倒的な兵力で侵攻しています! ミューズの兵だけでは太刀打ちできないでしょう!」
「だまれというのがわからぬか! もうよい、下がれ!」
「ですが、ゴルドー様!!」
「下がれと言っている!! 貴様、このワシに逆らう気か?!」
 まったく聞く耳を持たない白騎士団長・ゴルドーの態度にマイクロトフは唇を噛んでうつむいた。
「ミューズを……都市同盟の仲間を見捨てるというのですか……?」
 マイクロトフの声は激しい感情を無理矢理抑えこんでいるためか、わずかに震えている。その問いにゴルドーは鼻で笑った。
「仲間だと? あんな都合の悪いときだけ仲間面するような関係が仲間だというのか? 都市間の関係など、とうの昔に腐っておるわ」
 吐き捨てるような口調に、うつむいたマイクロトフの肩がわずかに震える。拳が何かをこらえるようにきつく握られた。そのまま立ち尽くしていると、ゴルドーの隣にひかえたカミューが静かに口を開く。
「マイクロトフ、ゴルドー様は下がれとおっしゃられたのだぞ。従え」
 カミューの言葉にマイクロトフが弾かれたように顔を上げた。その顔に傷ついたような表情が浮かんでいるのをカミューは痛ましく思いながら、「冷静になれ」という思いを目に込めわずかに頷いてみせる。すると、マイクロトフにも伝わったのか、「失礼します」と常の彼らしくない小声でつぶやくと、謁見室を後にした。
 マイクロトフが出て行くとゴルドーは忌々しげにため息を吐く。
「あやつにも困ったものだ。少々権力を持ったからといっていい気になりおって。もっと言うことを聞く者と交代させてやるか」
 ゴルドーの言葉にカミューはわずかに目を伏せ、落ち着いた口調で答えた。
「……マイクロトフは部下に慕われております。この時期の交代は青騎士団内に動揺・反発を生むでしょう」
「うむ……」
「私がマイクロトフに言い聞かせますゆえ」
 カミューが頭を下げるとゴルドーは渋い表情のまま鷹揚に頷いてみせる。
「……ならば仕方あるまい」
「それでは、私も失礼します」
 カミューは深く一礼すると謁見室を出た。重厚な作りの扉が閉まるとカミューは扉にもたれるように背中を預け、深いため息を吐く。そんなカミューに扉の外で警備にあたっていた青騎士が遠慮がちに声をかけてきた。
「カミュー様、団長は……」
 先にこの部屋から出ていったマイクロトフの様子に不安を覚えたのだろう。青騎士も、一緒に警備にあたっている赤騎士もなんともいえぬ表情を浮かべていた。カミューはわずかに苦笑を浮かべると軽く頭を振る。
「心配いらない。いつものことさ」
「ですが……」
「大丈夫だ」
 カミューは騎士たちに向かって言うというより、自分に言い聞かせるような思いでそう口にすると、片手を上げてその場を去った。廊下の角を曲がり、騎士たちの視線から逃れると一人思考に沈む。

 ルカ・ブライト率いるハイランド軍が都市同盟に侵略を開始してからというもの、マイクロトフとゴルドーが毎日のように対立するようになった。いや、対立というのは正しくない。権限の差は明らかであるのだから、マイクロトフがたてついている格好となる。
 ミューズの東に位置する小さな村が王国軍によっていくつか攻撃され、都市同盟は大きな危機感を抱いていた。狂皇子ルカ・ブライトの攻撃は容赦なく、襲われた村々は壊滅状態だという。そんな脅威が迫っているのだから、悠長にかまえている場合ではないはずだ。現に、ミューズの市長・アナベルにより都市同盟の代表が召集され、会議を行なったのだが、カミューも同席したがそれはもうひどい有様だった。本来であれば、同盟内で一致団結して王国軍と戦わねばならないところだろうが、それぞれがそれぞれの立場でしか意見せず、まとまりも何もあったものではない。ゴルドーの言うとおり、すでに都市間の関係は崩れてしまっているのだろう。
 しかし、同盟間で結束し、総力を挙げても互角までいけるかわからないというのに、こんなふうにバラバラに戦うことになっては勝ち目はないことは明らかである。誰もがそれをわかっているはずなのに、なぜ、手を結ばないのか。

 こういうところが都市同盟の難しいところだな……。

 長きにわたる平穏は危機感を薄れさせ、自立心を煽る。他の都市の力など借りずとも自分の都市だけで充分やっていけると錯覚させるのだ。同盟を結んだのが先代の時代であることも、都市間の関係を他人事のように思わせている一因なのだろう。
 だが、マイクロトフが危惧しているとおり、このままではミューズが陥ち、次は他の都市が攻め込まれる。いずれ、このマチルダにもやってくるだろう。いくら都市間で一番の軍事力を誇るマチルダとはいえ、単体でハイランド軍に勝てるとは思えなかった。
 それなのに、ゴルドーのあの落ち着き払った態度はどうだ。まるで、ハイランドに攻め込まることはないと確信しているかのように……。

 ひやり、とカミューの背中に冷たい汗が流れ落ちた。ひょっとして、という思いが嫌な予感と共に胸を支配していく。

 もし、裏でハイランドとなんらかのやりとりがあったのなら。ゴルドーの戦う素振りを見せない姿勢も納得がいくではないか。いや、それより問題なのは赤・青騎士団長を務める自分たちになんの話もないことだ。
 マイクロトフに話さないのはまだわかる。あれほど実直な男にそんな話をしても、真っ向から反対してくるのは火を見るより明らかだからだ。だが、自分はそれなりに忠義の態度を取ってきたつもりである。もちろんそれは心からの忠誠ではなかったが、マイクロトフをフォローするにはあの男の信頼を得る必要があったからだ。しかし、マイクロトフと親友の仲だということは周知の事実であるため、それで話が漏れるのを警戒したのかもしれない。もし、ゴルドーが一人で話を進めていたというなら。

「まずいな……」
 カミューは厳しい顔つきで爪を噛んだ。

 カミューは時期を見てゴルドーに出兵を促すつもりだった。マイクロトフのように正攻法ではなく、兵を出さざるを得ないという状況を説明し、説得にあたろうと思っていたのだ。だが、ハイランドとなんらかのやりとりがあったとすれば、こちらが何を言っても聞く耳を持たないということだ。ハイランドとどんな条件で話を進めているのかは知らないが、あのルカ・ブライトが生ぬるい和平など結ぶはずがないというのに。
 カミューは改めてこの騎士団の縦割り組織の歪みを感じる。なぜ、白騎士団長の権限がこうも強大なのか。せめて、赤・青にも同等の権限があれば、こんな事態にはならないというのに。これでは横暴な王権制度となんら変わらないではないか。これでは騎士団の未来は明るくない……。

 カミューはマイクロトフのことを思う。
あの正義感あふれる男がこの事態をどんなに憂いていることか。騎士団の危機はもちろん、ミューズの罪なき人々が殺められるのを黙ってみていることなどできないはずだ。
 カミューはマイクロトフほど騎士にふさわしい男を他に知らない。私利私欲がなく、己が信じる正義のために剣を振るっている、本当に強い男だ。
 そんなマイクロトフが思うままに行動できるようにと、カミューは様々なことに手を尽くしてきたつもりである。だが、赤騎士団長となった今でも、どうにもならないことがあまりにも多かった。この組織は昔からのしがらみが強すぎて、実力など二の次とされることも多い。極端な話、家柄さえよければそこそこの地位まで上がれるのだ。そんな中、異国の出身でありながら赤騎士団の頂点に立ったカミューは異例の出世だといえよう。だが、それで満足をしているわけではない。自分の地位はこれで充分だが、マイクロトフが自由に動けるような体制を作りたいのだ。
 これはカミューがある程度の地位まで上り詰めたときからの目標だった。入団した当初はあまり馴染めなかったこの騎士団に、今では愛着すら沸いている。それは、マイクロトフ、という唯一無二の親友であり、そして大事な恋人である存在ができたのが一番の理由だ。彼のためにできることをしていくのがカミューにとって喜びであり、望みなのだから……。



 青騎士団長の執務室の前に立ったカミューはドアを軽くノックすると、ロクに返事も待たずにドアを開けた。マイクロトフは思考に沈んでいたのか、机に両肘をつき、組んだ指に額を押し当てていたが、ノックの音に顔を上げる。
「カミュー……」
「少しは頭も冷えたか?」
 カミューのセリフにマイクロトフはカッとしたように机に手のひらを叩きつけ、勢いよく立ち上がった。
「頭を冷やしている場合だと思うか?! こうしている間にもハイランド軍が……!」
「俺が言っているのは、相手を見てものを言え、ということだ。ゴルドー相手に真っ向からあんなことを言ったって無駄に決まっているだろう」
 マイクロトフの言葉を遮り、どこか冷たく言い放つカミューにマイクロトフの怒りはさらに募る。
「だからといって黙ってろと……?!」
 そう怒鳴りかけたが、ふと先程のカミューのセリフに何か違和感があったことに気付いた。
「……おまえ、敬称が抜けているぞ」
「おや」
 咎めるような、呆れたような口調で突っ込むマイクロトフにカミューはそらとぼけて笑ってみせる。マイクロトフはその確信犯めいた笑みに毒気を抜かれたのか、少し落ち着きを取り戻した。背筋を伸ばし、カミューを正面から見つめる。
「なあ、カミュー」
「ん?」
「……俺は青騎士だけでも出陣しようかと思っている」
 真正面から見据えてくる真剣な眼差しにカミューは眩しいものを見るように目を細めた。この男はどこまで強いのか。先程の出来事をなんの苦ともせず、まだ自分の正義を貫こうとするなんて。
 カミューは羨望に似た何か強い感情を抱きながら頷いた。
「……そうだな」
 カミューの返事に幾分間があいたのをどう捉えたのか、マイクロトフは目を伏せる。
「すまない、カミュー……。また迷惑をかけるのはわかっているが、俺はこの状況を見過ごすことができない」
「ああ、わかっているよ」
 マイクロトフの言葉にカミューは微笑んだ。マイクロトフは真っ直ぐな気性ゆえ、視野が狭く鈍感だと思われがちだが、ときどき熱くなったときは周りが見えないこともあるが、それ以外は冷静に状況を判断する力がある。自分の力だけでなんでもできるなどと自惚れることもない謙虚さも持っている。おそらくカミューが黙っているため口には出さないのだろうが、カミューが陰でいろいろ手を回していることを知っているようだ。
 それは自分が好きでやっていることだから謝られたくなどないと思ったカミューは軽く肩をすくめてみせた。
「ただ、たまにはそのくらいの情熱を俺に向けてほしいものだね」
「ば、馬鹿を言うな!」
 からかいに赤くなったマイクロトフをカミューはひとしきり笑ったが、ふと真顔になり正面から見つめる。
「無茶はするなよ」
「ああ」
 マイクロトフはひとつ頷くと足早に執務室を出て行った。部下たちに召集をかけるのだろう。
 こんな勝手なことをすればゴルドーが怒り狂うのは目に見えていたが、カミューはあえて止めなかった。ゴルドーの耳に入ればすぐに撤退の命令が下るだろうが、少しでも彼のやりたいようにやらせてやりたいと思う。それは、マチルダ騎士団が根っこから腐っているのではないということを近隣都市に知らせる役目も果たすだろう。その後のことをフォローするのは自分の役目だ。
 カミューはマイクロトフの机に軽く腰かけ、窓の外を見た。空を自由に飛ぶ鳥の姿に自分の思いが重なる。
 こんな縛られた組織ではなく、もっとマイクロトフが正しいと思ったことを実行できるような自由な環境を作ってやりたい。だが、今のマチルダ騎士団でそれを為すのは不可能に近い。基盤から叩き壊して再建できるならともかく……。
 ふと浮かんだ物騒な想像にカミューは苦笑を浮かべた。そんな非現実的な思いに囚われるより、大事な人の無事を祈ろう。

 いつまでもおまえがおまえらしく、信じる道を突き進んでいけるように……。






権力という名の鎖にがんじがらめにされた二人

2005/8/3


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