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「マイクロトフっていっつもカミューと一緒にいるよな」 友人のその一言はマイクロトフに大きな衝撃を与えた。 確かにカミューと一緒にいることは多いが、それはカミューが何かにつけてつきまとってくるからであって、自分がカミューにくっついているわけではない。だが、友人の言い方は、まるで自分がカミューの後を追いかけているように聞こえたのだ。それは、日頃から何かと不器用で悪目立ちしそうになるマイクロトフをカミューがフォローしてくれているため、友人たちの目にはそう映っている、ということなのだろう。だが、もちろんそのことに感謝はしているものの、カミューにべったりと依存しているつもりはないマイクロトフにしてみれば、それはあまりにも納得がいかない見解だった。まるで、自分はカミューがいなければ何もできない、と言われているようである。 友人にしてみれば何気ない一言だったのかもしれないが、このときのマイクロトフにはそう感じてしまった。それはマイクロトフの自尊心を深く傷つけたのである……。 「当分、俺に近付くな」 マイクロトフにいきなりそんなことを言い渡されたカミューは、わけがわからず目を瞬かせた。この同室の少年は感情が先走りやすいためか、よく突拍子もない行動に出るタイプだということはこの半年の付き合いでよくわかっている。だが、部屋に入ってくるなりこんな一方的な宣告を突き付けられてはさすがに呆気に取られるしかなかった。 「え? えっと……、ごめん、俺、何かしたっけ?」 いきなり「近付くな」と言われるほどマイクロトフの気に障るようなことをした覚えなどなかったカミューだが、マイクロトフは何か怒っているようである。とりあえず下手に出て聞いてみた。自分の知らないところで何かあったのだろうか、と一抹の不安が胸をよぎる。 「おまえが俺の傍にいると、俺がおまえに頼ってばかりいると周りから思われるのだ! そんなのは迷惑だ!」 マイクロトフの言葉にカミューは目を見開いた。マイクロトフがいつ自分を頼ったというのだろうか。 「なにそれ……」 確かにカミューのほうが年上のため、周りからはそう見えるのかもしれない。だが、それはあまりにも事実と異なっていることであり、そんなことを言われたマイクロトフが感じたであろう屈辱感を思うと、カミューの中にも怒りに似た感情が湧いてきた。 「誰だよ、そんなこと言ったの! 俺がそれは違うって言うから、おしえろよ!」 「そんなことしたって余計に笑い者にされるだけだ! いいから、しばらく俺には近付かないでくれ!!」 マイクロトフの訴えにカミューは一瞬、顔を歪めた。その表情にマイクロトフはどきっとする。 泣き出すのではないか、というほど弱々しい表情。 どうしてカミューがそんな顔を見せたのかわからず、マイクロトフが内心動揺しているうちに、カミューはうつむいて表情を隠してしまうと、「わかったよ……」と力なく呟いたのであった……。 それから数日後。 マイクロトフは日に日に気持ちが沈んでいくのを感じていた。 カミューはあの日から約束どおり、必要最低限しか近寄らなくなった。それは自分が望んだことであり、そのことをどこか寂しいと思ってしまうのは自分の我侭だということはわかっている。だから、マイクロトフはそんな弱さを誤魔化すように「カミューがいなくても平気だぞ」と、常に気を張っていた。実際、カミュー以外にも友人はいるのだから、一人でいるということはほとんどなかったのだが、なんとなくもやもやとしたものを抱えて過ごしていた。 しかし、マイクロトフの気を重くしているのはそのことではない。 マイクロトフはカミューと人前ではあまり接触しないようにしても、寮の部屋に二人でいるときは他人の目があるわけではないのだから、普段どおりでいいと思っていた。ところが、カミューはこの日を境に部屋を留守にすることが多くなったのだ。平日、夕食が終わると、ふらりと出て行って就寝時間ぎりぎりに戻ってきたり、休日も朝から1日中出かけてしまったり。まるで二人きりになるのを避けるようである。そして、部屋で二人で過ごしているときも会話が減り、部屋には沈黙が満ちることが多くなってしまった。以前はカミューが絶妙なタイミングであれこれと話しかけてきて、沈黙に気まずさなど感じたことがなかったのに……。 今も互いに本を読んでいて、会話らしい会話を交わしていなかった。時折、ページをめくる音だけが沈黙を破る唯一の音である。 マイクロトフはカミューがどうしてそんな態度を取るのか聞けずにいた。だいたい、聞くまでもない。カミューは怒っているに決まっているのだ。誰だって、「近付くな」などと言われておもしろいはずがないではないか。 マイクロトフは自分の取った行動を後悔しはじめていた。あのときは感情的になっていたとはいえ、なんて馬鹿なことを言ってしまったのだろう、と。早く謝りたかったが、もう許してくれないのでは、という不安がそれをさせずにいた。それは、普段のカミューを見ていると特に変わった様子はなく、それはカミューにとって自分の存在などたいしたものではなかったということを示しているからである。現に、カミューには毎日遊びに行く友人がいるではないか。人当たりのいいカミューには多くの友人がいた。 その事実はマイクロトフに重くのしかかった。カミューとは、出会った当初は正反対のタイプだったからか意見が合わず、よく衝突したが、本音をぶつけ合った結果、誤解と理解を挟んで互いを認め合い、仲良くなった貴重な存在だった。他にも友人はいるが、カミューは特別な存在だったのだ。 特別な存在、という言葉にマイクロトフは胸を突かれる。そう、カミューは特別な存在だった……。 「マイクロトフ?」 突然、名前を呼ばれてマイクロトフは飛び上がるほど驚いた。いつのまに近付いてきたのか、カミューが顔を覗き込むように見つめている。 「な、なんだ?」 「いや、じっと動かないから具合でも悪いのかと思って……」 本のページをめくる音がしばらく途絶えていたため、カミューが不審に思ったらしい。マイクロトフは動揺したまま首を振った。 「い、いや、なんでもない……」 「そう……。じゃあ、ちょっと出かけてくるよ」 カミューはそう言って本を机の上に置くと、上着を羽織りドアに向かう。 「い、今からか?」 もう就寝時間まで1時間もない。だが、カミューは表情隠すようにうつむくと、 「就寝時間までには戻るよ」 と言って逃げるように部屋を出て行ってしまった。マイクロトフはたった1時間も自分と一緒にいたくないのか、と唇を噛む。 しばし沈黙した後、 謝ろう。 マイクロトフは決心した。謝っても許してくれないかもしれないが、それでも、もうだめだと思うまで謝ろう。 きっと友人の部屋にいるはずだ。 マイクロトフは部屋を飛び出した。 しかし、マイクロトフの予想ははずれ、カミューは誰の部屋にもいなかった。しかも、友人たちの話によるとそれは今夜にかぎってのことではなく、一度も姿を見せていないという。どうやら、休日に一緒に過ごした者もいないようだった。 簡単に見つかると思っていたマイクロトフは途方に暮れてしまう。カミューはいったいどこにいるのだろうか。この時間では、よほどの理由がないかぎり外出はできないはずだから、敷地内にいるはずである。 マイクロトフはそう結論づけると気を取り直して片っ端から探し歩くことにした。カミューが行きそうなところ、といってもあまり浮かばなかったが、厩舎や剣道場などを見て回る。思いつくかぎりあちこちを駆けずり回っていたが、就寝時間が近付き、そろそろあきらめなくてはいけない時間となった。ひょっとすればカミューも戻ってきているかもしれない、と考え、部屋に戻ろうかと考える。 そのとき、ふと上に通じる階段が目に入った。その階段を昇ると屋上に出る。寮の屋上に通じるドアは普段は施錠がされていたが、実は壊れている、とカミューにおしえてもらったことがあった。それを思い出し、マイクロトフの足が階段に向かう。階段を昇り、ドアノブを握ると、鈍い手応えとともにゆっくりと回った。マイクロトフはどこか緊張して屋上に足を踏み入れる。 はたして。 そこにはカミューの姿があった。 カミューは地面に座り込み、膝を抱えた格好で夜空を見上げていた。その姿にマイクロトフは言葉を失くす。 一人で夜空を見上げる様は、寂しそう、なんてものではなかった。それは孤独そのもの。他を拒む壁が存在するかのように、そこには孤独があるだけだった。 あの日からずっと一人でこうしていたのか。夜も休日も……。 マイクロトフの脳裏に、マイクロトフの言葉を受けてとても傷ついた顔をしたカミューの表情が浮かぶ。マイクロトフは衝動に駆られるままにカミューに駆け寄り、その身体に抱きついた。 「マ、マイクロトフ……?」 「すまない」 驚いたような声が上がったがマイクロトフは抱きしめる腕に力を込めてその肩に顔を埋める。 大事な存在だったのはお互い様だったのだ。自分がくだらない意地を張り、他の友人といることで気を紛らわせている間、カミューは他を頼ることなく一人で耐えていたというのに。 マイクロトフは己の愚かさに涙が出そうだった。友人のくだらないからかいなどを気にしている場合ではなかった。カミューの気持ちに気付かず、酷いことをしていた。自分はもう少しでとても大切なものをなくすところだったのかもしれない……。 マイクロトフはきつく目を閉じて自分を叱咤するとゆっくり顔を上げる。 「カミュー……、これからずっと傍に居てくれるか?」 カミューは驚いたように目を瞠ったが、次の瞬間とても優しく微笑んでくれた。 |