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「大事な話があるんだ……」 マイクロトフが深刻な表情を浮かべてそう言ってきたとき、カミューはどきり、とした。 親友であるはずの彼に友情とは異なる思いを抱いているのではと思い始めたのはついこの間のこと。それ以来、マイクロトフを変に意識してしまって落ち着かない日々を送っているカミューである。 自分がそんな状況だったものだから、突然「大事な話」と言われ、まさか、マイクロトフも同じ思いを抱いているのでは、などと思ってしまった。後から考えれば、かなり飛躍した思考になってしまったものだ。 カミューは、ごくり、と咽喉を鳴らしかねないほど緊張した面持ちでマイクロトフを見つめ、次の言葉を待つ。 「そ、その、だな……。カミューに言っておかなければならないことがあるんだ」 常に真っ直ぐ相手の目を捉えて話をする彼らしくなく、視線が泳いでいた。そんな態度にカミューの緊張は否応にも高まる。 「何?」 すると、マイクロトフは困ったように眉を寄せてしまったが、言い出しっぺがマイクロトフである以上、カミューにはどうすることもできない。マイクロトフが口を開くのを待つしかなかった。 やがて、マイクロトフがぽつり、と口を開く。 「……もうすぐ野外演習がはじまるではないか」 なんでも直球勝負のマイクロトフにしては随分遠回りな出だしだった。確かにもうすぐ従騎士の野外での演習がはじまる。実戦を想定し、野営や夜通しの見張りなど授業だけではわからない部分を学ぶのだ。しかし、それが恋愛となんの関係があるというのか。 カミューは、どうやらそういう話ではないらしい、マイクロトフだもんな、と納得しつつ落胆しつつ、とりあえずは相づちを打った。どんな話にしろ、マイクロトフが「大事」だと言うのだから真剣に聞いてやりたかった。 「そうだね」 「……だめなんだ」 「何が?」 いきなり、だめなんだ、と言われてもさすがにカミューにもなんのことかわからない。わずかに眉を寄せて首を傾げると、マイクロトフは、うっと詰まったが、やがてか細い声で呟いた。 「バッタが……」 「は?」 声が小さいのと出てきた単語があまりにも意外だったため、カミューは間の抜けた声を上げる。するとマイクロトフは顔を上げ、開き直ったかのように大声で応えた。 「だからバッタがダメなのだ!」 「バッタってあの緑色の……?」 他に思いつくものがなく、とまどったようにカミューが言うと、 「緑色も茶色も大きいのも小さいのも全部ダメなんだ!」 マイクロトフは顔を真っ赤にして言い切った。カミューは呆気に取られてそんなマイクロトフの顔をまじまじと見つめる。 いや、男であろうと虫を苦手とする人間がたくさんいる。ただ、大抵はゴキブリや毛虫など一般的に『気味が悪い』と言われる部類が対象で、あのただ飛び跳ねているだけの虫が恐いだなんて、女性でもあまりいないのではないだろうか。しかも、同期の中でも骨のあるヤツだ、と言われているこの男が。 拍子抜けしたというより、あまりにも想像できない事態にカミューは半ば呆れたように問う。 「なんでまた、そんなものが怖いの?」 「怖いんじゃない! 苦手なんだ!」 さすがにあの小さな虫が怖いのかと言われるのはプライドが許さなかったようでムキになって反論してきたマイクロトフだったが、 「同じだろう。違うと言うなら、どう違うか説明してみろ」 カミューの意地悪な突っ込みに言葉に詰まると、やがてしょんぼりと項垂れて、「同じだ……」と呟いた。 「……ショウユバッタというのがいるだろう?」 「ああ、口から醤油みたいなのを出すヤツかい?」 グラスランドでは違う呼び名だったが、だいたいの想像はつく。敵を威嚇するために口から茶色い液体を吐く種類がいた。マイクロトフはひとつ頷く。 「昔、あの汁は醤油の味がすると聞いたんだ」 「はあ……」 まあ、見た目がよく似ているため、そんなふうにからかう子供もいるかもしれない。だからといって虫から醤油の味がするはずもなく、ちょっと考えれば他愛もない嘘だということはすぐわかるはず……。 カミューはそこまで考えて、はた、と気付く。目の前の少年は頭が固く融通が利かないところもあるが、基本的に素直で人を疑うことを知らない。そして、思い立ったらすぐ突っ走る性格ではないか。 「まさか舐めたのか?」 「仕方ないだろう! 舐めてみろと言われたんだ!」 今、思えば恥ずかしいことをしたと自覚しているのだろう。顔を真っ赤にして答えるマイクロトフにカミューはこめかみのあたりを押さえたくなったが、マイクロトフの名誉のためにそれはこらえた。 カミューはあの茶色い液体を舐めたことはないが、美味いはずがないことは容易に想像できる。しかし、そういう事件はまだ食べ物に対する認識が甘い小さい頃にはありがちのことで、カミューだって雑草やらアヤしい木の実やら様々なものを口にして苦い経験をしてきたものだ。 カミューは一気に脱力しながら、「そんなことぐらいで嫌わなくても……」と力なく呟いた。するとマイクロトフは怒ったように言い返してくる。 「それだけではない! もっと恐ろしい目にあったのだ!」 ぐっと拳を握り締める姿は、まるで騎士の理想を語っているかのように熱い。周りから見れば、とてもバッタが苦手だという話をしているとは思わないだろう。 「その事件から俺はバッタを避けるようになった。それから何年か経ったある日、おばあさまが佃煮を作ってくれたのだ」 「はあ……」 急に飛躍した話にカミューは気の抜けた相づちを打った。なぜ、いきなり佃煮が出てくるのだろうか。 「おじいさまと一緒に食べていると、おじいさまが美味いかって聞いてきたから、俺はなぜそんなことを聞くのだろうと思いながら頷いた。するとおじいさまは笑って言ったのだ……」 「なんて?」 カミューの問いにマイクロトフは世にも恐ろしいものを口にするかのように青ざめて叫んだ。 「その佃煮はバッタだぞって!」 「バッタ?」 マチルダにバッタを食べる習慣があったとは知らなかったカミューはさすがに目を丸くする。 「イナゴだったのだ! 俺は気付かずにバッタを食っていたのだ!」 「ああ、イナゴの佃煮か……」 イナゴの佃煮なら食べたことはないが、聞いたことはある。カミューの祖母もよく作っていたらしい。 「別にれっきとした食べ物なんだからいいじゃないか」 「よくない! 俺は笑っているおじいさまの歯の間にバッタの足が挟まっているのを見てしまい、気が遠くなりかけたのだ!」 必死な形相で力説するマイクロトフにカミューはどっと疲れながらも納得することにした。こういう幼児期の体験は後を引くという。そんな体験をしたのならバッタが苦手になるのも無理はないのかもしれない、と。 「わかったよ……。野外演習のときにはおまえの周りにバッタがいないか気をつけるから……」 「わかってくれるか、カミュー! こんなことはおまえ以外には言えないからな!」 マイクロトフが嬉しそうに手を握ってくるとカミューは力なく笑った。 「俺以外には言わないほうがいいよ……」 従騎士の中でも将来を有望されているこの男がバッタごときが苦手だなんて。 マイクロトフを倒すのに剣はいらぬ。バッタを用意しろ、などと噂されてはあまりにもかわいそうだ。 カミューは『おまえ以外には言えない』という言葉に少々気を良くしつつ、秋には奉仕を兼ねた農業の収穫実習もあるんだよなぁ……と先行きに不安を感じるのであった。 |