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マイクロトフはカミューの私室に居た。 とはいえ、そこに部屋の主の姿はない。カミューは渉外の関係でミューズに出かけており、2週間ほど城をあけているのだ。そんな部屋の主が留守の隙にマイクロトフが何をやっているのかというと、べつにアヤしいことをしにきたわけではない。単に探し物にきたのだ。 赤騎士団長が不在のため、青騎士団長であるマイクロトフはここ数日間、普段よりも雑務が増えていた。ただ、幸いにも留守を任された赤騎士団の副長は優秀であるし、騎士団そのものがそれほど忙しい時期でもなかったため、今日も定時を1時間ほど過ぎたあたりで執務を終えることができた。 私室に帰ったマイクロトフは堅苦しい制服を脱ぎ捨て、ようやく一息ついた。しかし、なんとなく時間を持て余してしまい、どうしようかと考えていると、ふと読みかけの本があったことを思い出す。その記憶が本の内容にまでいたると、その話の続きが気になりはじめ、本を探してみたのだが部屋をあらかた探しても見つからなかった。そのため、この部屋に探しにきたのだ。それは、記憶の糸を辿った結果というよりは、自分の部屋にないものは大抵この部屋にある、という経験に基づいた行動である。 互いの私物が当たり前のように互いの部屋に存在している状況は少々不本意、というかかなり気恥ずかしいことではあるのだが、気付けばそうなってしまうのだから仕方がない。 そういうわけで、マイクロトフは滅多に使うことのない合鍵でカミューの私室に入り、本を探そうと思ったのだが、そこには難関が待ち受けていた。カミューの部屋は、出発前にばたばたと準備をしていったのが手に取るようにわかるほど散らかっていたのである。 とりあえず自分が置いたはずの、というか、本を読んでいたところを背後から圧し掛かられたため、結果的には落とす羽目となったソファの下を覗いてみたが、さすがにそこからはなくなっていた。どこかに寄せたようだが、この部屋でその『どこか』を探すのは一苦労である。 見た目は優美な男だが、その実は案外だらしない。大事なものはちゃんと管理しているのだが、どうでもいいものは本当にどうでもいいのだ。そこかしこに山積みにしていたり、まとめてどこかに放り込んでしまったりする。そのため、発見したときには無残な姿になっていることも少なくない。そういうことが起こるたびにマイクロトフは咎めるのだが、本人は、この方法が一番無駄がなくていいんだ、と威張ってみせるため、いっこうに改善されない。たまに部屋の惨状に業を煮やしたマイクロトフが、自分の私物だけでも、と片付けはじめるのだが、マイクロトフに自分のものだけを片付けるような器用な真似ができるはずもなく、結局は部屋全体を片付ける羽目になっていた。 どうやら出立する前に『どうでもいい』ものの中に必要なものがあったらしい。ところかまわず物が散乱している状況にマイクロトフはため息を吐く。どうやら本を探すにはある程度片付けないといけないようだ。 「仕方ない……やるか」 ため息を吐いたところで部屋がきれいになるわけでもない。本を探すのをあきらめればいいとはわかっているが、一度読みたいと思ってしまったものはどこまでも読みたい性格の男である。 マイクロトフはぶちぶちと文句を言いながらも部屋の片付けに取りかかることにした。 途中、夕食を挟み、夜半近くなってきた頃にようやく探していた本が発掘された。文字通り発掘された本の上には様々な物が乱雑に積み上がっていたため、表紙が少々折れ曲がってしまっている。マイクロトフはそれをため息を吐く思いで直しながら、部屋をぐるっと見渡した。簡単にではあるが、部屋に入ったときとは比べ物にならないくらい整然としている。 「こんなものか……」 しかし、なぜ人の部屋をこんな夜遅くまで片付けなくてはいけないのか。マイクロトフはとっても今更だが、理不尽なものを感じた。だが、自分の納得のいくままに片付いた部屋に満足している自分がいるのも事実で、その怒りは苦笑を浮かべてやり過ごす以外ない。それに、随分と発見もあった。他で失くしたと思っていたものがこの部屋で見つかったりしたのである。 とりあえず目的は果たしたものの、今日は遅くなってしまったため本を読むのはあきらめるしかない。自分の部屋に戻ろうとしたマイクロトフはふと、机に目がいった。机はいわゆる、『必要な』ものが置かれている場所であり、なかなかきちんと片付いている。そんな中でマイクロトフの目に留まったのは、きれいなガラス細工の施された小瓶だった。中には透明な液体が入っている。その、どこかで見たことがあるような容器にマイクロトフは記憶を巡らせ、カミューが身につけている香水ではないかという結論に辿り着いた。 この瓶の中にカミューがいつもまとっている香りがあるのか、と思ったマイクロトフは無意識のうちにその瓶を手に取り、じっと見つめていた。そして、我に返りひとり赤面する。 「な、何をやっているのだ、俺は……」 無意識とはいえ、いや、無意識だからこそ恥ずかしすぎる行動だった。誰もいないというのに慌てて瓶を机に戻そうとしたマイクロトフだったが、寸前で手を止め、自棄気味に自分を正当化しはじめる。2週間も離れているのだから、寂しく思って何が悪い。いつもつれないとかそっけないとか言われているが、それなりの想いくらいはあるのだ。……言葉や態度になかなか出せないだけで。 瓶を睨むように見つめていたマイクロトフは覚悟を決めたように瓶の蓋に手をかけた。精巧な細工は少しでも無理な力を加えると壊れてしまいそうである。慎重に蓋を開けていった。己は何をしようとしているのか。いや、しようとしていることはわかるが、その行動はあまりにも恥ずかしくはないか。理性のどこかでそんなことを思ったが、これからすぐ風呂に入るのだし、ほんの少しだけだ、と言い訳じみたことを考えながら蓋を外した。 そして、緊張した面持ちで小瓶の口を左の手のひらに傾ける……。 ぬちゃり 「……………………………………」 「…………………………」 「………………」 「……」 マイクロトフは何事もなかったかのように右手で瓶に蓋をはめると、本を手にカミューの部屋を後にした。その左手はマイクロトフの部屋に戻るまできつく握り締められ、開かれることはなかった。 香りを通じて、少しでもいいから彼を感じたいなどと、柄にもないことを考えた報いなのか。 マイクロトフは部屋に帰るとちょっと泣きたい思いで、手のひらにまとわりつくぬめりを布で拭き取った。あれはカミューの香水などではなく、自分のよく知っているものだった。夜の行為の最中に己に使われている、口にするのも恥ずかしいものだったのである……。 「あいつめ……。なぜ、あんなものをあんなところに……!」 情けない思いが一通り過ぎると、横着にもほどがある相手に対する怒りが湧いてきたマイクロトフであった。 それから数日後。ようやくロックアックスに帰還したカミューは恋人を自室に招いて、思う存分抱きしめていた。 「部屋を片付けてくれたんだね。ありがとう」 「仮にも赤騎士団のトップという立場の人間が、こんなだらしないことでどうする。もう少しきちんとした生活をだな……」 「うんうん。ありがとう♪」 ちゅ、と軽いキスでお説教をかわせるのも離れていた時間が長かったからこそ。「会いたかった……」と、もう一度抱きしめれば遠慮がちにだが抱きしめ返された。そんな久しぶりの甘い反応に浸りながら、カミューは整然と片付けられた部屋を目を細めて見回していた。小言をつきながらも自分の世話を焼いてくれる恋人を嬉しく思わないわけがない。 そんなことを考えてご満悦なカミューだったが、目敏く机の上の小瓶の異変に気付いた。その小瓶は、本来であれば机の上などに置いておくものではなかったのだが、使用する相手が傍にいない以上、遠征先に持っていく意味もなく、出掛けになくさないようにとそのまま置いていってしまっていたのである。 「あれ? 中身が減ってる? ……ひょっとして、一人で使ったのかな?」 それは、瓶の中身の正体すら知らないであろう傍らの恋人に対しての、軽い冗談つもりだった。しかし、その一言は数日経った今、忘れようとしていたマイクロトフを凍らせるのに充分な効力を持っていたのである。 マイクロトフは顔を真っ赤にしたかと思うと、力加減なしに一発拳をお見舞いし、憤然と部屋を出ていってしまった。そして、そのまま1週間は口をきいてくれなかったのであった……。 |