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12月31日 世の中は年の瀬を迎えていた。 ここ、ロックアックス城も例外ではないが、平和を守るマチルダ騎士団に休日はない。騎士団は、団長など常に日勤となる者を除いて4班に分かれ、8:00〜16:00、16:00〜0:00、0:00〜8:00、そして残りの1班は休日となる3交代制で、年中無休、24時間働いている。そのため、年を越すときも仕事に就いている者はいるのだ。 だが、やはり組織なのだから仕事納めという行事は存在する。昼勤が終わると、夕方からの当番にあたらなかった者たちがホールに集まり、白・赤・青の団長の一年の締めくくりと来年に向けての訓辞を受け、そのあとは懇親会……まあ、いわゆるどんちゃん騒ぎである、を行う。 その輪の中にカミューの姿があった。まだ正騎士になって2年目、新人の域を出ていないカミューたちは、勤務にあたらなければこういう行事にはほぼ強制参加である。もちろん、下っ端として使い走りをさせられるためだ。カミューは今日が休日、明日から深夜の勤務になっていた。同じ班の騎士たちは、実家で年越しができる、と、仕事納めに参加せずに帰る者もいたが、実家が傍にあるわけでもないカミューには関係のないことであり、特にすることもないため、この場に参加することもかまわなかった。だが、同期や先輩たちと適当な話をしながらも、カミューはどこかつまらない表情を浮かべている。それは、一番会いたい人物がこの会場にいないためであった。 そう、同期であるマイクロトフの姿はここにはない。今日のマイクロトフは16時からの勤務なのだ。 仕事納めはそのまま年越しパーティーとなる。カミューと同じように遠方から来ている者や、仲間と騒ぎながら年を越したい者たちが飲み続け、騒ぎ続ける。カミューはあちこちに酌をして回りながら、時間が経つのをやけに遅く感じた。新年がくればマイクロトフの勤務が終わるというのに。そうすれば彼に会えるというのに。 ずっとやきもきしていたカミューだったが、誰かが、あと30分で年越しだ、と言うのを聞くと、たまらず会場を飛び出した。 マイクロトフは厳しい寒さの中、先輩騎士と一緒に門の警備をしていた。寒空の下、黙って長時間突っ立っているなど、さすがの屈強の騎士たちでも耐えられないため、見回りと門の番とを交代で行う。先程まで見回りにいき、身体が幾分解れていた二人は、冷えはじめた身体をなんとか気力で奮い立たせていなければならなかった。手に息を吹きかけながら、先輩騎士の「まあ、あと半刻だからな」という励ましの言葉に「はい!」と生真面目に応えるマイクロトフ。そんな二人の頭にちらほらと雪が降り積もっていく。 「今年も終わりか……。おまえはどんな年だった?」 「そうですね。いろいろと学んだ実りの多い年でした。まだまだ頑張らなくてはいけないことがたくさんあります!」 「そうか。頑張れよ」 常に前向きで真っ直ぐな姿勢を崩さないマイクロトフは先輩たちにかわいがられていた。たまに融通の利かない頑固な性格に手を焼くこともあるが、それも理想の騎士になろうと努力するゆえのことである。将来が楽しみな新人の一人であった。 「はい! ありがとうございます!」 「それはそうと、色気のある話はないのか?」 「は?」 唐突な話の流れにマイクロトフは目を丸くする。先輩騎士はにやりと笑った。 「いや、おまえも18歳だろ。18といやあ、若気の至りで浮いた話のひとつやふたつ、あってもおかしくないだろう」 「な、な、な、何を言っているんですか!!」 火が点いたように真っ赤になったマイクロトフに先輩騎士は豪快に笑う。 「そんな不健全なことではいかんぞ。健全な身体に健全な精神が宿るというだろう? なんなら、今夜、仕事が終わったらいいところに連れていってやろうか?」 「結構です」 突然、第三者の声が割り込んだ。驚いた二人が声のした方を見ると、グラスを二つ持ったマイクロトフがよく知っている人物が立っていた。 「カミュー!」 「これ、差し入れです」 カミューは少々表情を固くしながら青騎士にグラスを渡す。そのグラスには会場で振舞われていた酒が入っていた。 「おお、気が利くじゃねえか」 青騎士が嬉しそうに受け取るとカミューはもう片方のグラスをマイクロトフに渡す。匂いを嗅いだマイクロトフは慌てて返そうとした。 「勤務中に酒など……!」 「今夜は無礼講だ。これぐらいの酒じゃあ、酔っ払ったりしないだろう」 そう言うなり、青騎士は一息で呷る。アルコールのきつい酒ではあるが、寒さの厳しいこの地方では身体を温めるために子供の頃から口にしている馴染みのある酒である。マイクロトフも幾度と口にしている酒ではあるが、さすがに勤務中ということでためらった。しかし、カミューの好意を無駄にしたくなかったし、やはり、年末というどこか浮ついた気持ちがあったせいか、ええい、と一息にグラスを空ける。冷たい液体が咽喉を通り、胃のあたりからカッと熱くなった。 「そうそう。そうこなくちゃな。どうせ、もうすぐ交代のヤツらがくるさ」 青騎士はめずらしく羽目をはずしたマイクロトフの頭をぽんぽん、と軽く叩く。とたん、キッとカミューの視線がきつくなったのに気付くと、用を足してくる、と苦笑しながら持ち場を離れた。門の前にはマイクロトフとカミューの二人きりになった。 「ありがとう、カミュー」 差し入れに対して礼を言うマイクロトフを一瞥したカミューは、無言で2個のグラスを地面に置く。マイクロトフがその行動を不思議そうに見ていると、いきなり両腕を掴まれた。何を、と声を上げる前に唇が重なってくる。驚いたマイクロトフは暴れようとしたが、両腕はそのまま門の脇の壁に縫い付けられ、身体が密着し、動きを封じられた。 「……んっ…………!」 口腔に侵入してきた舌はひどく熱く、マイクロトフはくぐもった声を上げる。カミューはますます深く口付け、思うままに口内を貪った。雪が降りしきる音のない世界に二人の乱れた呼吸音だけが響く。 「っは…………!」 ようやく解放された頃にはマイクロトフの息はすっかり上がっていた。膝から力が抜けそうになるのをなんとかこらえるとカミューをぐいっと押しやる。 「なっ、何をする!!」 「いや、何って今年最後の口付けを……」 「そ、そんなもの、こんなところでするな!」 「だって仕事が終わる頃には年が変わってしまうじゃないか」 なのでもう一度、と再び顔を寄せようとするカミューをマイクロトフは冗談じゃない、と突っぱねた。二人の間で力ずくの攻防が始まる。 と、そのとき。 ガコッ! 鈍い音と共にカミューが頭を抱えてしゃがみ込んだ。いきなり背後の門が開き、カミューの後頭部を直撃したのだ。 「おお、なんだ、人がいたのか?」 それは0時から勤務に就く青騎士たちだった。マイクロトフはカミューの状態も心配だったが、それより先輩騎士に敬礼を取るのが先である。 「お疲れ様です! こちら、異常ありません!」 「異常ありませんって、そいつは大丈夫そうじゃないけどな……」 「すごい音がしたしな」 青騎士たちは心配そうにしゃがみこんでいるカミューを見下ろした。 「そ、そいつは自業自得なのでいいんです!」 なぜか真っ赤になって言うマイクロトフに青騎士たちは首を捻る。そこに用を足してきた青騎士が戻ってきた。 「どうした、騒がしいな」 「あ、お疲れ様です」 「どうしたんだ、こいつ……」 全員の視線がカミューに集まると、うずくまっていたカミューがようやく顔を上げる。目には痛みのあまりか涙が滲んでいた。しかし、それより驚くべき事態となっている。 「うわっ、カミュー! おまえ、血が出ているぞ!」 「血……?」 頭を押さえていたカミューは自分の掌を見てみた。しかし、血痕はついていない。 「違う! 鼻血だ!」 「え……?」 言われて鼻の下に手をやればなるほどべっとりと血がついた。 「あ、ほんとだ」 「馬鹿! 上を向け!」 のんきに手を眺めているカミューにマイクロトフが怒鳴る。とりあえず持っていたハンカチをカミューの鼻にあてた。カミューが「ごめん」と謝って受け取る。 「おい、早く横になったほうがいいぞ」 「マイクロトフ、ここはもういいから、おまえ、ついていってやれ」 周りに口々に言われ、マイクロトフは一瞬、勤務時間が終わっていないことをためらったが、カミューをこのままにしておくわけにもいかず、言葉に甘えることにした。 「すみません。それでは、失礼します」 マイクロトフは深々と頭を下げると仰向けになっているカミューの肩を支えるようにして宿舎に向かう。 と、カミューがやや上を向いたまま振り返った。 「言っておきますけど、マイクロトフは不健全に溜め込んだりしてませんから」 その言葉はマイクロトフと組んでいた先輩騎士に向かってのものだった。マイクロトフは何を言っているんだ、と首を傾げたが、すぐ思い当たったのか、かあっと赤くなる。そして、目にも止まらぬ速さでカミューを思い切り殴りつけると、呆然としている先輩騎士たちを尻目に、カミューを引きずるようにして憤然とした足取りで歩き出した。その場には血溜まりが残された……。 カミューは自室で上機嫌に横になっていた。その頭は枕ではなく、マイクロトフの膝の上に乗っている。鼻にティッシュを詰めたカミューに、膝枕してくれないとこのままキスをするぞ、というわけのわからない脅しに屈したマイクロトフは仏頂面でベッドに腰かけていた。 マイクロトフの膝の感触を楽しんでいたカミューはそれでも予定が大きく狂ってしまったことをぼやく。 「あーあ。せっかくマイクロトフの仕事が年内に終わったっていうのに、鼻血が止まらないんじゃ、今年最後のえっちもできないよー」 「こっ、この阿呆! もう5分しかないというのに、何を馬鹿なことを言っている!!」 「いや、5分あったらできる! 今年は二人がめでたく身も心も結ばれた年なんだから、記念に繋がったまま迎えたいんだよ!」 自信満々に力説するカミューをマイクロトフは冷たい視線で見下ろしていたかと思うと、 「……………………もうおまえとは二度としない」 ぷい、と顔を背けるマイクロトフにカミューは慌てて謝る。 「わー! うそうそ! そんなぞんざいなことしないよー」 怒っても頭を落とさないのが律儀な彼らしい。カミューはそのことにホッとしつつ、窺うようにマイクロトフを見上げる。 「でも……、キスはできるよね……?」 カミューのセリフにマイクロトフは嫌そうに眉を顰めた。 「……するのか?」 「したい」 「キスなんてさっきもしただろう」 「さっきはマイクロトフが嫌がったじゃないかー。確かに強引にして悪かったけど……」 だからやり直し、とねだるように見上げてくる視線にマイクロトフは内心ため息を吐く。友人の頃からカミューのこの目には弱いのだ。仕方なく、恥ずかしいのを我慢して身を屈める。するとカミューの腕が首に回り、さらに引き寄せられた。 柔らかく唇が重なる。 「……血の味がする」 唇を離したとたん色気のないセリフにカミューは、あはは、と笑った。 「鼻と口は繋がっているからねー」 「まだ止まらないのか」 「血の気が多いのかなー。少し発散しないと」 にやり、と意味ありげな笑みを浮かべるカミューに、マイクロトフは負けじと睨みつける。 「……外で素っ裸で素振りでもしてこい」 「やだよ。ここで暖かいことをするほうがいい」 カミューは笑いながら時計を見た。まもなく日付が、年が変わる。マイクロトフにちょっと悪いな、と思いつつ、身体をわずかに起こしてもう一度口付けた。頭の中で10を数え、唇を離す。 「明けましておめでとう、マイクロトフ」 「……明けましておめでとう」 なんだかんだいってカミューの策略に半分はまってしまったのが悔しかったのか、血の味が嫌だったのか、マイクロトフはぶっきらぼうに返してきた。カミューは嬉しそうな笑みを浮かべる。 「今年もよろしくね」 「ああ」 「じゃあ、さっそく今年初えっちを……」 カミューは言うなり、がばり、と起き上がり、マイクロトフの両肩を押し倒した。不意を突かれたマイクロトフはベッドに沈んでしまう。 「ちょっ、待て……!」 慌てたマイクロトフの手がカミューの顔にかかった。 と、 ぼたたっ 「「あ……」」 赤い液体がマイクロトフの顔を汚した。恐ろしいまでの沈黙が下りる。 「マ、マイクロトフ……?」 「……………………俺はもう寝る」 「わー! ごめん! ごめんなさい!!」 カミューが鼻血も拭わず、必死に平身低頭謝り倒し、宥めすかしてようやく許してもらえたのはそれから2時間後のことであった。 ……今年も平和なようである。 |