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マイクロトフは執務に追われていた。 今日は事務作業を補佐してくれる副長が二人ともいない。一人は1週間の長期休暇をとって帰郷している最中で、もう一人は風邪でも引いたのか、具合が悪いというのに無理をして出勤してきたため、それに気付いたマイクロトフが帰るよう命じたのだ。 二人の有能ぶりを軽く見ていたわけではないが、一人でもなんとかやっていけるだろう、と気軽に構えていた念は否めない。こんな日に限って細々としたトラブルが舞い込んできて、マイクロトフはてんてこ舞い状態だった。普段から感謝していなかったわけではないが、改めて二人の補佐の素晴らしさを実感させられていた。 マイクロトフは集中力のある男である。ひとつのことに熱中すると、周りが見えなくなるほど一心不乱になるタイプだった。それは長所であり、短所でもあるのだが、とにかく書類と格闘しているマイクロトフは執務室に誰かが入ってきたことにすら気付かないほど集中していた。 「だーれだ」 声と共にふっと目が何かに覆われ、視界が暗くなる。マイクロトフは一瞬、心臓が飛び上がるほど驚いたが、その聞き慣れた声にすぐ落ち着きを取り戻した。 「…………………………」 無言で手に持っていたペンを目を覆っている手に突き刺す。 「あいたー!」 声と共に手が離れ、視界が明るくなった。マイクロトフは、情けない顔で手を押さえている男を睨みつける。 「いきなり何をするんだよー」 「それはこっちのセリフだ! 仕事の邪魔をするな!!」 「仕事の邪魔だなんてひどいなー。心配で様子を見にきたっていうのに」 「様子を見にきたヤツが、いきなり目隠しなんかするか?!」 こんなアホな真似をしている男が、巷では華麗な赤騎士団長様などと呼ばれているかと思うと、腹立たしいことこの上ない。もっと腹立たしいのはデスクワークは颯爽とこなし、剣技も紋章を操る力も騎士団でダントツのトップレベルであるということだ。 世の中の不公平さに、マイクロトフは窓を開けてこの男の正体を大声で叫びたくなる衝動に駆られた。しかし、当の本人は気に留めたふうもなく、飄々とした仕草で肩をすくめる。 「いや、ほんのちょっとふざけただけじゃないか」 「俺は忙しいんだ! 用がないなら出て行け!」 青騎士団長の一喝は、新米騎士だったら震え上がりそうなほど迫力があった。だが、怒鳴られ慣れているカミューは素知らぬ顔で、ペンを突き刺された手の甲にふーふーと息を吹きかけている。そして、おもむろにマイクロトフの目の前に差し出した。 「ほら、血が出たじゃないかー」 なるほど、差し出された手の甲には黒いインクの点ができていて、そこから血がわずかに滲んでいる。かなり遠慮なく突き刺したのだから無理もないだろう。さすがにやりすぎたか、と反省しかけたマイクロトフだったが、 「お詫びに舐めて♪」 嬉々とした口調で言い放つ、その人を食ったような態度は、ただでさえ仕事が煮詰まっていたマイクロトフの怒りに火を注ぐには充分だった。 「…………………………」 マイクロトフは無言でカミューの手を掴むと、再び物凄い勢いでペンを振り下ろす。 「うわ! 危ない! 何するんだよ?!」 間一髪、手を振り解いて難を逃れたカミューが責めるように言うが、今度はマイクロトフも反省するはずがない。 「うるさい! とっとと出て行け!!」 「まあまあまあまあ」 烈火のごとく怒り狂うマイクロトフにカミューは両肩を宥めるようにぽんぽん、と叩いた。そして、何食わぬ顔で、噛みつかんばかりに睨みつけてくるマイクロトフの顔を覗き込む。 「根詰めてるから、そうやって怒りっぽくなっているんだってば。ちょっと息抜きしないと、却って効率が上がらないよ?」 ん? と同意を求めるように首を傾げると、マイクロトフはぎりり、と歯噛みしたが、やがて大きくため息を吐くと、おとなしく肩から力を抜いた。 本題に入るまでが、いささか気に食わないというか、回りくどいというか、まったく余計なことではあったが、自分のことを心配して、わざわざきてくれたのは確かなのだろう。そう思えるのは、やはり自分でもどこかイライラしていると自覚していたからであった。 触れている肩から力が抜けるとカミューは目を細める。 「ね。お茶でも飲んで一息つこう?」 「そうだな……」 思えば、もはや日課となっている二人の休憩を兼ねたお茶の時間もすっ飛ばしていた。マイクロトフは、余裕がないと周りが見えなくなるのは自分の悪い癖だ、と気持ちを切り替えるように軽く両頬を叩く。 「で、おまえが淹れてくれるのだろう?」 「もちろん、青騎士団長のお望みのままに」 カミューは優雅に頭を下げて見せると、茶道具を持ってきて、てきぱきとお茶を淹れはじめた。ソファに座って待っていたマイクロトフは、どうぞ、と差し出されたカップに口をつける。 「……余計なことをしなければいい男なのだがな」 「俺は何をしててもいい男だよ」 マイクロトフの前ではね、とカミューは片目を瞑ってみせた。 |