〜時計〜




「マイクロトフ副隊長、そろそろ交代の時間です」
「あ、ああ、わかった」
 見張り台に立っていたマイクロトフは下からかかった声に、もうそんな時間か、と制服の内ポケットを探って懐中時計を取り出した。

「カミュー隊長、もうすぐ会議の時間ですよ」
「ああ、今行くよ」
 執務室の窓から外を眺めていたカミューは、部下の催促に頷いた。懐から懐中時計を取り出して時間を確かめる。

「「3時か……」」



 マイクロトフがハイランドとの国境付近の警備隊に副隊長として赴任してから1ヶ月が経っていた。マイクロトフは新しい環境に新しい仕事、そして新しい人間関係と、新しいことずくめであったが、意外と柔軟性を持ち合わせていたのか、それとも何事にも動じない神経なのか、体調を崩すこともなく精力的に日々を過ごしていた。
 前任者からの引き継ぎも先週ようやく終わり、数日前に前任者たちはロックアックスへ向けて出立した。その動きを察したのか、今のところは大きな戦闘などは起こっていないが、ハイランド側に少々不穏な動きがあるため油断もできない。
 マイクロトフは時計を懐にしまうと見張り台を降りた。


「時計を交換しよう」

 マイクロトフの赴任が決まったとき、カミューがおもむろに言い出した。なぜ、と首を傾げるマイクロトフにカミューは笑う。

「時間を共有できるみたいじゃないか」

 そのときはあまり意味がわかっていなかったマイクロトフだが、今ならわかるような気がする。相手の持ち物だった時計を見るたびに、自然と相手に思いを馳せるのだ。
 朝はそろそろ起きただろうかと、昼はちゃんと昼食を摂っているだろうかと、夜は今頃は私室でくつろいで本でも読んでいるだろうかと。
 気付けばあたりまえのように時間を相手の生活パターンに照らし合わせて相手のことを考えていた。それは会えないという一抹の寂しさも募らせたが、それ以上に胸に温かいものを灯らせる。
 いつのまにか時計を頻繁に見る癖がついていた。



「白の連中、何も言えませんでしたね」
 会議終了後、会議室を出て執務室に戻る途中に話しかけてくる部下はどこか溜飲が下がったような表情を浮かべていた。時計を見ていたカミューは懐にしまいながら軽く肩をすくめる。
「まあ、最初からヤツらの出方はわかっていたからね。自分たちだけ楽しようとしたってそうはいかないさ」
 2人が話しているのは先程まで行なわれていた会議でのことだった。貴族出身の者が多いせいか赤騎士団や青騎士団を下に見ているふうの白騎士団が当然のように面倒事を赤・青に押し付け、最後のおいしいところだけを引き受けようとしたのをカミューがうまく舌戦に持ち込み、最終的に全団に平等に役割を分担させることに成功したのだ。普段の騎士としての評価も高いカミューだったが、このような会議での能力の高さは上からも一目置かれていた。
「カミュー!」
 廊下の向こうから呼ぶ声にカミューは顔を上げた。すると、そこには国境警備にあたっていた同期の青騎士が立っている。彼はマイクロトフたちと入れ替わりでロックアックスに帰ってくることになっていたのだ。所属が違う彼がわざわざ自分に会いにきたということに、カミューはなんとなく予感がして小走りに彼に近付いた。
「帰ってきたのか」
「ああ、今着いたところだ。ようやくお役ごめんだぜ」
 1年半赴任していた青騎士は肩の荷が下りたように笑う。
「お疲れ様」
 カミューが人当たりのいい笑みを浮かべると、青騎士は「そうそう」と懐から何やら封書を取り出した。
「マイクロトフからだ。あいつ、俺がいない間に随分出世したんだな。副隊長だと聞いて驚いたぜ」
「そうか。私は赤の第3部隊の隊長だ」
 封書を受け取りながら、にやり、と笑うカミューに青騎士は一瞬ぽかん、と口を開けたが、すぐに相好を崩す。
「なるほど。おまえたち2人は俺たちの中でも出世頭だったな」
 「おめでとう」と拳で肩のあたりを叩く青騎士に、カミューは「ありがとう」と返した。
「そういうおまえも第5部隊の副隊長内定だそうだな」
「そうらしいな。まあ、苦労した分は報われないとな」
 やってられないぜ、と笑う青騎士にカミューはふっと顔を曇らせる。
「やはり、向こうは大変か?」
「そうだな。あまり気が休まるときがないというか……」
 言いかけた青騎士に他の騎士が軽くぶつかった。廊下で立ち話していた2人は通行の妨げになっていることに気付く。
「悪い。仕事中だったな」
「いや、そっちこそ報告は終わったのか?」
「ああ、あとは家に帰って寝るだけだ」
「実家に帰るのか?」
「ああ。3日休暇をもらったからな」
 羽を伸ばす、という意味なのか伸びをしてみせる青騎士にカミューはひとつ頷いた。
「そうか。何日かはゆっくり過ごすのだろうけど、近いうちに飲みにいかないか。いろいろと話を聞きたい」
 カミューの誘いに青騎士は軽く目を瞠った。同期とはいえ、プライベートで飲みにいくような仲ではなかったからだ。しかし、様々な情報に長けているカミューと話すのは悪くないと思った青騎士は頷いた。
「ああ、そうだな。俺がいないうちにこちらではどんなことがあったか知りたいしな」
「あまり大きな事件はないけどね。少しは有力な話があるかもしれないよ」
 どこか人の悪そうな笑みを浮かべるカミューに、青騎士はずいぶん有力な話を聞けそうだ、と思う。だいたい、自分の昇格の話もまだ正式には発表されていないはずなのに、当たり前のように知っているのだ。
 そのまま別れようとした2人だったが、ふと青騎士が思い出したように口を開く。
「そういえば、あいつはやはり大物だな」
 あいつ、が誰を指すのか考えるまでもない。カミューが軽く首を傾げると青騎士が笑った。
「俺は気候の変化や慣れない仕事やらで、向こうに着いて一週間後には熱を出して倒れたものだがな。あいつはピンピンしている」
「それはおまえの鍛え方が足りないのだろう」
「ぬかせ。俺は繊細なんだ」
 カミューのからかいに青騎士は負けずに憎まれ口を叩くと、片手を上げて別れを告げた。カミューも自分の執務室に向かう。
 ……手にはマイクロトフからの封書を大事そうに持って。



「よう、マイクロトフ副隊長」
 廊下を歩いていたマイクロトフは背後からの声に振り返った。そこにはこの砦に赴任して2年以上経つ先輩騎士が立っている。マイクロトフはばつの悪そうな顔になった。
「副隊長はやめてください。俺はまだ何もしていないのに、そんな肩書きは……」
 赴任してきたばかりだというのにいきなりナンバー2となることは、マイクロトフには抵抗があった。ロックアックスで命を受けたときはまだ実感が湧かず、ただ頑張ろうと思っていただけだが、現地にきて、無知の状態では何もできないことを知ったのだ。
「まあ、いいじゃねえか。大事なときに肩書きにふさわしい活躍をしてみせてくれればな」
 青騎士は、にやり、と人の悪い笑みを浮かべる。この青騎士は30代半ばくらいで、ロックアックス城に居た頃は少々風変わりなことで有名な騎士だった。飄々としていて何を考えているのか読めない人物だったが、なぜかマイクロトフを気にかけてくれていたらしく、騎士になりたての頃、現実と理想のギャップに悩んでいるマイクロトフにたまにアドバイスとわかりづらい助言をしてくれたりしていた。
「は、はい。頑張ります!」
 しゃきっと背筋を伸ばすマイクロトフに青騎士は「そう力むな」と笑う。
「おまえの実力は誰もが認めている。何せ、入団したときから有名だったからな」
「は、はあ……」
 それはどういう意味だろう、と思いつつマイクロトフが曖昧に相槌を打つと、青騎士は片目を眇めてひとつ頷いた。
「まあ、近いうちに活躍することになるだろうぜ」
「えっ」
 青騎士の一言にマイクロトフの顔つきが変わる。
「やはり、ハイランドの動きがおかしいですか?」
「そうだな。ヤツら、こちらのここ一ヶ月の人の出入りに気付いているからな。こちらが新しい組織になってばたばたしているうちを狙って腕試しにくるだろうぜ」
 顎のあたりを撫でながら応える青騎士の言葉を聞きながらマイクロトフは拳を握り締めた。
「俺、隊長と話してきます」
 そう言うなり隊長室がある方向に走り出す。その場に取り残された青騎士は軽く肩をすくめる。
「相変わらず真面目なヤツだな」
 だからこそこの若さで警備隊の副隊長にまでなれたのだろうが。
 青騎士はゆったりとした足取りで自分の持ち場へと向かった。



「副隊長! 敵襲です!!」
 知らせが飛び込んできたのはまだ夜も明けきらぬ早朝だった。早起きが習慣となっていたマイクロトフはちょうど目覚め、訓練のため制服に着替えている最中だったため、知らせがきて数分後には砦の屋上に辿り着くことができた。屋上では夜勤だったのか何人かの騎士たちが既に応戦しており、次々と矢を放っている。
「おお、早いな、副隊長殿」
 騎士たちがマイクロトフの姿を見て軽く驚いた。マイクロトフは「ちょうど起きたところでしたから」と律儀に応え、見張り番の責任者に状況の報告を促す。敵はそれほど大規模に攻めてきたわけではなかった。前に先輩の青騎士が言っていた「腕試し」のつもりなのだろうか。
 しかし、戦は戦である。
 マイクロトフも弓を構え、矢を番えた。一人の兵士に狙いをつけて矢を放つ。その矢は狙い違わず敵の兵士に命中した。
 砦の攻防戦は高台にいる砦側のほうが有利である。下から上を狙うよりは上から下に射るほうが狙いやすい。しかし、相手側には紋章の使い手が何人かいるようだ。屋上からの弓だけの攻撃では致命傷になるとは考えにくかった。
 マイクロトフがどうするか逡巡していると隊長が駆けつけてくる。その姿を見たマイクロトフは即座に決断した。
「隊長! 俺は何人か率いて下から討ってでます!」
「そうか。気をつけろよ!」
 隊長もまた即決した。マイクロトフの勇猛ぶりはロックアックスに居た頃から知っているのである。
「はい!」
 マイクロトフはひとつ頷くと、周りに檄を飛ばしながら騎馬隊を収集した。集まった精鋭たちと馬を駆って門を飛び出していく。まさかこんなに早く地上から応戦されるとは思っていなかったのか、ハイランド軍は浮き足立った。
 マイクロトフは騎馬隊の先頭に立ち、ダンスニーを力強く振りかざして敵陣に突っ込んでいく。集団を分断して一気にカタをつけようという作戦だった。上からの弓攻撃と騎馬隊の早い攻撃でハイランド軍は混乱し、怯みはじめる。
「くっ! 撤退だ!!」
 指揮官らしき男の声が響き渡った。後退するハイランド軍にマチルダ騎士団は少しでもダメージを与えておこうと追い討ちをかける。マイクロトフも剣を振るった。
 そのとき。
 どこからか風を切るような音が聞こえたと思った。マイクロトフが、しまった、と思ったときには胸に深々と1本の矢が突き立っていた。



 カシャン……

 廊下を歩いていたカミューは物が落ちる音に床に目をやった。そこに落ちていたのは大事にしている恋人の懐中時計だった。
「おっと」
 慌てて拾い上げて中を見る。大きな傷はなく、硝子も割れていなかったが、その針が止まってしまっていた。
「壊れてしまったのか……?」
 せっかく恋人のものと交換したのに。
 カミューはため息をついて時計をぎゅっと握り締めた。



「副隊長!!」
 背後からの慌てた声にマイクロトフは茫然としながらも片手を上げて、大丈夫だ、と告げた。矢が心臓のあたりを貫いたと思ったのに、衝撃はあったものの、なんともないではないか。
 マイクロトフは不思議に思って懐に手を入れてみる。すると、自分のものではない懐中時計がひび割れ、壊れていた。
「時計に矢が……?」
「なんと運がいい」
 周りの騎士たちがホッとした声を上げる。マイクロトフは時が止まってしまった時計をじっと見つめていた。
「これに……救われたのか……」
 傍に居なくても自分を救ってくれるなんてヤツらしい、とマイクロトフの顔に笑みが浮かぶ。ロックアックスに帰ったら新しいのを買ってやろうと思いつつ、マイクロトフは時計を大事そうに握り締めた。






「任務」の続きっぽい話に。戦略は適当なので矛盾があっても目を瞑ってください。

2004/10/31


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