〜告白〜




 今日のカミューはひとつの決意を胸に秘めていた。

 今朝は、いつものように彼が起こしにきてくれるまで惰眠を貪るのではなく、自力で起きた。鏡を見ながら念入りに身だしなみを整え、緊張のせいかあまり眠れなかったため少し腫れてしまった目に冷たい水をあてて、少しでも目立たないようにする。そして一通り整えると、気合いを入れるように両頬をパンッと叩いた。
「よし」
 鏡に写る自分にひとつ頷いて最後の仕上げにかかる。白い手袋をはめ、肩に深紅のマントを装着し、腰に愛剣ユーライアを差せば華麗な赤騎士団長の完成である。
 カミューは颯爽と部屋を出た。

 道場に着くと、早朝だというのに威勢のいい声が響いていた。朝練は自主参加なのだが、毎朝、所属を問わず大勢の騎士たちが参加している。その中心にいるのは従騎士の頃からかかさず参加していた青騎士団長のマイクロトフであった。
 その彼がカミューの姿に気付いた。その漆黒の瞳が大きく見開かれるのをカミューは苦笑でもって応える。同室だった頃に無理矢理何度か参加させられた以外は一度も参加したことがない自分がいるのだからその反応も無理もない。
 マイクロトフは足早に近づくと、開口一番、
「何かあったのか?」
 と問いかけた。いつもは人一倍挨拶にうるさいというのに、いきなり質問してくる彼にカミューは苦笑を浮かべたまま、「おはよう」と挨拶をする。すると、律儀な彼も「おはよう」と応えた。
「で、どうしたのだ? こんな時間に。槍でも降るのか?」
「酷い言われようだね」
 カミューは軽く肩をすくめてみせたが、マイクロトフは「普段の行ないが悪いからだ」と取り合ってくれない。やれやれ、と思いながら、早く起きてきた理由を言おうとすると、それより一瞬早くマイクロトフの指が目元に触れた。
「眠れなかったのか? 少し腫れているぞ」
 気遣う声にカミューの心臓がどきん、と跳ねる。自分でさえ鏡で見てもあまりわからなかったというのに、なぜこうもあっさり気付くのか。そんな些細なことに、自分は特別なのでは、という自惚れを抱いてしまう。……いや、長年、親友として付き合ってきているのだから、特別には違いないだろう。
 だが……。
 カミューはなんでもないよ、と首を振ると、にこり、と笑みを浮かべた。
「久しぶりにおまえと手合わせしたいと思ってね」
「本当か?!」
 マイクロトフは目を輝かせ、嬉しそうに笑った。昔から親友であると共に好敵手であるカミューとは、常々剣を合わせたいと思っているのに、カミューはなかなか相手にしてくれない。それが、向こうから手合わせを望んできたのだ。
 マイクロトフは張り切って手合わせする場所を探した。しかし、道場内は大勢の騎士たちが剣を合わせていて2人で充分に動けるスペースがない。悪いとは思ったが場所をあけてもらおうかと思ったマイクロトフだったが、カミューがその腕を掴んだ。
「邪魔しちゃ悪いからね。外に行こう」
 外という手があったか、とマイクロトフも頷くと、2人でそっと道場を抜ける。迷いなくある方向に歩き出したカミューに、マイクロトフは後を追いながら思い出していた。
「あそこに行くのだな」
「ああ。あそこなら充分広いだろう」
 カミューは片目を瞑ってみせる。
 あそこ、とは、2人が従騎士だった頃、剣の稽古をしていた場所であった。あの頃の2人は早く強くなりたくて、がむしゃらに稽古をしていた。それが、いつからだろうか。カミューがマイクロトフと剣を合わせなくなったのは……。
 マイクロトフが昔に思いを馳せていると、目的の場所に辿り着いた。カミューは振り返ると優雅な動作で腰からユーライアを抜く。マイクロトフは相手の早急さに少し驚いたが、自分もダンスニーを構えた。2人で1歩ずつ下がり、間合いを取る。
「はじめてもいいかな?」
「どこからでもかかってこい」
「じゃあ、遠慮なく」
 カミューは言葉と共にあけた間合いを一気に詰めた。鋭く一撃を繰り出すが、マイクロトフが少々力ずくに弾き返す。カミューがどこか好戦的に目を細めると、マイクロトフも挑発するように笑みを浮かべた。



「やっぱり普段から鍛えているヤツにはかなわないなぁ……」
「おまえな……。それは引き分けた俺に対する嫌味か?」
 2人は地面に背中を合わせるように座り込み、足を投げ出して天を仰いでいた。顔からは汗が吹き出し、息は激しく切れ、激闘の様子を物語る。結局、最後はマイクロトフの渾身の攻撃をカミューが受けた際、2人とも剣を落としてしまい、そこで引き分けとした。もう握力がなくなるほど剣を交えていたのだ。
「いやいや、とんでもない。あれから剣を拾って続きをやっていたら、一撃でやられていたよ」
 カミューが感覚のなくなった手を握ったり開いたりしながら苦く笑うと、マイクロトフも手をひらひらさせて「俺も似たようなものだ」と笑う。カミューはマイクロトフの背中に、ごろり、と寄りかかるように体重を預けた。
「おい、重いぞ」
「いーじゃん。おまえも寄りかかれば?」
 マイクロトフは抗議したが、カミューが取り合わないと知ると、わざとらしいくらい大きなため息を吐いて、お返し、とばかりにカミューのほうに体重をかけてやる。互いに背中を預けると、絶妙なバランスで安定された。
 カミューは呼吸が幾分楽になると空を見上げる。朝、念入りにセットした髪はぐしゃぐしゃに乱れてしまったし、きっちりと着込んだはずの制服も汗ばんでよれよれになってしまった。部屋を出る前の華麗な赤騎士団長の姿は見る影もない。
 心地良い風が吹いてきたのを目を閉じて受けながら、軽く前髪をかきあげた。

 あーあ。勝ちたかったのになぁ……。

 せっかく一大決心して早起きしてきたのに。この勝負に勝ったら、と決意してきたのに、引き分けてしまってはすべて台無しである。
 カミューがひっそりと消沈していると、背後でマイクロトフが不意に口を開いた。
「カミュー」
「え?」
「……何か言いたいことがあるんじゃないのか?」
「え? え?」
 な、なんだ、とカミューが動揺しているとマイクロトフは「違うならいい」と言って黙ってしまう。カミューは呆気に取られて、
「エスパー?」
 などとアホなことを口走った。
「阿呆。なんとなくそう思っただけだ」
「よ、よくわかったね……」
「何年の付き合いだと思っているのだ」
 マイクロトフの呆れたような口調に、どうしてわかったのだろう、とカミューは驚きを隠せない。どちらかといえば人の機微には疎いはずなのに……。
「で、なんだ?」
「え?」
 動揺しているところにマイクロトフに突っ込まれ、カミューは最早、パニック寸前だった。マイクロトフは背中合わせのまま、首だけをカミューのほうに向ける。
「言いたいことだ。なんでも言え」
「い、いや、それはちょっと……」
 勝負に勝ったら言うつもりだった、とは言えず、カミューは言葉を濁した。そんなカミューにマイクロトフは更に畳みかける。
「何を遠慮している? 今更だろう?」
「い、いや……その……」
 マイクロトフの顔を見ることができず、カミューはうつむいた。どうしよう、という単語が頭の中をぐるぐると回っていて、考えがまとまらない。
 いつまで経っても言い出さないカミューに、マイクロトフが痺れを切らしたように立ち上がった。支えをなくしたカミューは勢いよく地面に仰向けに転がる。衝撃に目をぱちくりさせているカミューを、マイクロトフは腰を屈めて見下ろした。
「俺は言いたいことも言えないような友を持った覚えはないぞ」
 怒ったような口調で言い捨てるとすたすたと歩き始めてしまう。カミューはハッと我に返り、慌てて立ち上がった。
「待ってくれ、マイクロトフ!」
 こうなれば自棄だ、とカミューは半ば開き直る。足を止め、振り返ったマイクロトフに勝負に勝ったら告げようと思っていた言葉を口にした。

「おまえが、好きだ」

 カミューの告白に沈黙が降りる。剣の勝負に勝利したら、高揚感と共に勢いで言ってしまおうと思っていたのに、セットした髪はぐしゃぐしゃだし、隙なく着込んだ騎士服はよれよれだし。もう格好悪いことこの上なかったが、気持ちだけは真摯に込めて告げた。
 何やら恐い顔つきになり黙っているマイクロトフに、カミューが恐る恐る反応を待っていると、
「……遅い」
「……えっ?!」
 ぼそり、と言われたセリフにカミューは思わず耳を疑う。
「あまり言わないから、今生の別れとか、定年を迎えて退団するときまで言われないのかと思った」
 ぽかん、と口を開けているカミューにマイクロトフは小さく笑った。

「知らなかったろう。おまえのことはけっこうお見通しなのだぞ」






いろいろ悩んだ挙句、結局ベタな話に……

2004/10/23


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