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最近、マイクロトフには気になることがあった。 それは、異国からやってきた同室の少年・カミューの本人も意識していないであろう、些細な癖のことである。 「ああ、そうか」 マイクロトフは背後から聞こえた小さな呟きに、まただ、と眉を寄せた。そう、マイクロトフが気にしているカミューの癖とは独り言である。 なぜ気になるのかはわからない。独り言ぐらい、自分だってときどき無意識に口にしてしまうこともあるし、他の友人が口にしても特に気に留めたりはしない。それなのに、なぜかカミューに関してはその呟きを耳にするたびに、心のどこかでちくり、と痛みに似た何かが走るのだ。 今は2人とも自分の机に向かって今日習った戦術の復習をやっている。勉強は2人で一緒にやることもあれば、こうやってお互いに自分のペースで進めることもある。それは同室になって3ヶ月が経った今、最初のよそよそしさを含んだ遠慮が消え、打ち解けてきた結果の関係であり、2人ともこの距離感を心地良く思っていた。 とはいえ、こうなるまでには相当な苦労があった。正反対といってもいいくらい違いすぎる性格に加えて国柄の違いもあり、2人はことあるごとに衝突を繰り返していたのだ。それが、1歩引くだけでこんなに近しい存在になるのだから、人間関係というものはおもしろい、とマイクロトフは思う。カミューは頭が切れるし、剣の腕も立つ。一度、その実力を尊敬してしまったら、あとはあっという間だった。気が付けば、マイクロトフの中でカミューという存在は、周りの友人たちとは違う、特別なものになっていたのだ。 しかし、そんなふうに思い始めた頃から、カミューの時折呟く独り言が気になりはじめてしまったように思う。そんなに頻繁に呟かれるわけではないというのに、どうしてこんなに気になるのか理由がわからず、マイクロトフを少し悩ませていた。生来、もやもやしたものを抱えるのは得意ではないのだ。 気になり始めたマイクロトフはとうとう勉強に対する集中力が切れ、手を止めて振り返った。振り返ったところで目に映るのはカミューの背中だけだが、なんともいえない思いでその後ろ姿をじっと見つめる。 そのとき。 「なるほどね……」 うつむいた頭が納得したようにわずかに動く様子を見て、マイクロトフの身体に恐怖に似た焦燥感が駆け抜けた。直感的にだが、この癖を嫌がる理由がわかったような気がする。 マイクロトフは居ても立ってもいられなくなり、椅子から立ち上がると、カミューの背後に近づいた。カミューは勉強に集中しているのかマイクロトフの行動に気付かない。 「カミュー!!」 「うわっ!」 不意を突かれた格好になったカミューは驚いたような声を上げた。振り返るとどこか怖い顔つきでマイクロトフが立っている。 「マ、マイクロトフ??」 突然の大声に目を白黒させるカミューにマイクロトフは真剣な表情で口を開いた。 「俺は……あまり頼りにならないかもしれないが、それでもカミューの話なら真剣に聞くぞ!」 「え?」 話がまったく見えないカミューは、きょとん、とするが、マイクロトフはかまわずに話し続ける。 「……だから、なんでも1人で解決しようとするな」 マイクロトフがカミューの何気ない呟きに感じていたのは『壁』だった。その壁は、カミューが他人の手など借りず、なんでも自己完結によってすべてを終わらせてしまうのではないか、という他人を拒む壁である。 確かにカミューなら1人でなんでもこなせるだろう。頭が良くて器用な彼は他の人間の助力など必要としないかもしれない。 それがマイクロトフにいいようのない不安を抱かせていたのだ。 そうなるとマイクロトフはカミューにとって必要のない存在になってしまう。一緒にいるために、少しでもいいから必要とされたい。 マイクロトフが抱いたのは、大事な存在を失うのでは、という危機感だった。 しかし、今は勉強をしているのだから、そんなことを言うのはお門違いもいいところである。カミューにしてみれば、突然、マイクロトフがへんなことを言い出したに過ぎない。マイクロトフの考えていることなど通じるはずもなかった。 案の定、カミューはわけがわからない、というふうに首を傾げている。 「えっと、マイクロトフ?」 不思議そうに名を呼ばれ、マイクロトフはハッと我に返った。 「い、いや、だから……!」 自分の考えなしの行動に赤面する思いで、どう言い訳しようかと慌てているマイクロトフを見て、カミューはくすっと笑う。 「マイクロトフっていいね」 「え?」 思わぬセリフに目を瞬かせるマイクロトフにカミューは優しく琥珀色の瞳を細めた。 「一緒にいるとホッとする」 「な、なぜだ?」 「何か裏で企んでいるんじゃないかって疑う必要もないから、たまにこんなふうに突拍子もないことをされても面白いだけだし」 どこかからかうように笑われ、マイクロトフはカミューの言わんとするところを察する。 「そ、それは俺が単純だと言っているのか……?」 「まあ、そうとも言うかな」 「カミュー!!」 くすくす笑うカミューにマイクロトフは真っ赤になって怒鳴った。カミューは笑いながら、まあまあ、と軽く宥める。 「褒めてるつもりなんだけど。俺にとってはとても貴重な存在だよ」 「単純のどこが褒め言葉なんだ!」 マイクロトフはむくれて背を向けた。 カミューはその背中を見つめながら目を細める。本人を目の前にするとついからかってしまうが、本当に、こんなふうに気を使わずに付き合える相手なんてそうそういない、と思っていた。 マイクロトフが何を考えて突然あんなことを言い出したのかはわからない。だが、あれは自分のことを気にかけてくれてるということ。 そう考えると胸に嬉しさが込み上げてくる。 カミューは怒っているであろう背中に勢いよく抱きついた。 「うわっ?!」 不意を突かれたマイクロトフはバランスを崩しそうになったが、なんとか足を踏ん張る。おんぶされるようにぶら下がりながらカミューは口を開いた。 「せっかく頼もしい友人がなんでも聞いてくれるって言うんだから、お言葉に甘えて恋の相談でもしようかな」 「そっ、それは無理だ!!」 べつに何の話もしていないというのに、恋、という単語だけで耳まで真っ赤にする友人にカミューは笑いが止まらない。 「自分の発言には責任を取れよ。なんでも聞いてもらうぞ」 「き、聞くだけなら努力する……」 マイクロトフはからかわれているのはわかっているだろうに、不器用な性格ゆえかどこまでも生真面目な返事を寄越す。カミューは、たまらない、と満面の笑みを浮かべた。 この日以来、カミューの独り言が減り、マイクロトフが気にすることがなくなった。しかし、どちらも無意識下のことだったので、2人がそれに気付くことはなかった……。 |