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夜も更けた頃、マチルダ騎士団の宿舎の前に2つの影があった。 「本気か、カミュー」 「仕方ないだろう。やるしかないよ」 どこか途方に暮れたような表情を浮かべているマイクロトフと、あきらめ半分、決意したかのような表情のカミュー。 2人の見上げる先にはマイクロトフの部屋があった。 「しかし、騎士にあるまじき行為ではないか……」 「だからって、まさかここで一晩明かすわけにはいかないだろう?」 凍死しちゃうよ、と言うカミューにマイクロトフも頷かざるを得ない。 2人が雪の舞う外で凍える思いをしながら立ち尽くしているには訳があった。 今夜、2人は城下町へ飲みに出かけていた。そして、程よい時間に帰ってきたのだが、どうやらマイクロトフが部屋の鍵を失くしてしまったようなのだ。ちなみにカミューは下心ありありで帰りにマイクロトフの部屋に寄るために、自分の部屋の鍵をマイクロトフの部屋に置いてきていた。 ……というわけで2人して部屋に入れなくなってしまったのである。これが昼間なら宿舎の管理人に申し出て合鍵を借りることができるのだが、今は真夜中。管理人もとっくに寝ている時間だ。ロックアックス城に行けば駐在所もあるし、自分たちの執務室もある。または、他の騎士の部屋に上がり込む、という選択肢もないわけではない。しかし、仮にも隊長という立場上、酒気を帯びたままそんなみっともない真似はできない、というのがマイクロトフの主張で、カミューはまだ下心を完全にあきらめたわけではなかったため、そんな真似はするつもりもなかった。 せっかくほろ酔い加減で帰ってきたというのに、氷点下になろうかという外気温に晒された身体はすっかり醒め、芯から底冷えしてきた。ついでに心も冷え切ってきた。 「だいたい、普段は俺にだらしないなどと口うるさいおまえが鍵を失くすからだぞ」 嫌味たらしくカミューが言えば、 「そういうおまえだって、何を考えて俺の部屋に鍵を置いていったんだ」 マイクロトフも負けじと言い返す。 「それぐらいしないとおまえはつれなく部屋の前で門前払いするじゃないか!」 「俺は明日の朝が早いから今日はダメだと言っただろう!」 「別に俺としたって早起きには変わりないじゃないか! たまには俺と一緒に心地良いまどろみの中で朝を迎えてみろってんだ!」 「気色悪いことを言うな、この痴れ者め!」 怒鳴り合いに発展するかと思われた口論だったが、マイクロトフの豪快なくしゃみによって突如終わりを告げた。お互い、一方的に相手を責められる立場ではなかったため不毛な言い合いだとわかっていたのかもしれない。 「とりあえず、ここで言い合ってもしょうがないよ。風邪を引く前に中に入ろう」 「う、うむ……」 マイクロトフは仕方なく頷くと自分の部屋を見上げた。 3階にあるマイクロトフの部屋に入るには、考えられる方法はひとつしかない。宿舎の壁に並ぶように生えている木を登り、窓から侵入するというものである。幸いと言うべきか、その木は大人の男が登ってもびくともしないであろうぐらいには太く、頑丈だった。 マイクロトフは木登りなど幼少の頃に数回やったぐらいだ。大丈夫だろうか、という不安がつきまとう。 「自信ない? それなら俺一人で登って中から鍵をあけるよ?」 そんな心境を読み取ったのか、カミューがそんなことを申し出た。カミューにしてみれば気遣ったつもりだったが、アルコールの入ったマイクロトフの頭は、少し馬鹿にされたかのように受け止める。ムッとしたように眉を寄せた。 「大丈夫だ! 木の一本や二本ぐらい登ってみせるぞ!」 「いや、登るのは一本でいいんだけどね……」 普通に考えれば木に登るのは1人でよかった。しかし、所詮2人は酔っ払い。そんなことには気付きもせず、なんとなく2人とも木を伝って部屋に入らなくてはいけないような気になっていた。 「よし。じゃあ、とりあえず俺が先に登って窓を開けるから」 「ああ。気をつけろよ」 「おまかせを」 カミューは片目を瞑ってみせると、木の幹に手をかけた。そのままじっと上を見上げていたかと思うと、おもむろに登りはじめる。 「猿か、アイツは……」 マイクロトフが呆れてしまうほど、その身のこなしは見事なものだった。あっというまにマイクロトフの部屋に一番近い枝まで登ってしまう。 そして、 「よっ、と」 軽いかけ声と共に枝からマイクロトフの部屋の小さなベランダに飛び移った。マイクロトフはそれを見届けると自分も木に登りはじめる。大木とはいえ、さすがに大柄な2人を支えられるか確信がなかったのだ。カミューは窓に手をかけようとして、気付いたように下を見る。 「窓は鍵がかかっているよね? ちょっと割ってもいいかい?」 そう問うカミューに、マイクロトフは一旦手を止めると、ちょっと考えるように黙ったが、 「いや、たぶん鍵はかけていないはずだ」 と、答えた。 「え? 無用心だなぁ」 「3階の窓から誰が忍び込んでくるというのだ」 憮然としたように言い返すマイクロトフに、カミューは、甘いなぁ、と笑う。 「俺みたいなのがいるかもしれないじゃないか」 「……おまえぐらいだ」 こんな真似ができるのも、自分のところに忍び込もうとする物好きも。 再び登りはじめたマイクロトフの突っ込みに笑いながら、カミューはマイクロトフが登ってくるのを待った。そして、マイクロトフがさっき自分がベランダまで飛び移った枝まで辿り着くと、両手を差し伸べる。 「おお、ロミオ。なぜ、貴方はロミオなの」 「……もう二度と悩まなくていいようにしてやろうか? ジュリエット」 芝居がかった口調でふざけるカミューにマイクロトフは物騒な返答を返した。カミューはやれやれ、と肩をすくめる。 「ムードがないなぁ」 「この状況でどうやってムードを出せと言うのだ!」 「しーっ。誰か起きちゃうよ」 わざとらしく制するカミューにマイクロトフは悔しそうに唇を噛んだ。しかし、指摘されたとおりなのでこれ以上は我慢し、ベランダに飛び移ることにする。 「どけ」 ベランダはあまり大きくなく、カミューが隅に避けないと接触する危険があった。そう思って忠告したのに、 「やだ。受け止める」 と、目の前の男はまた馬鹿なことを言い出す。 「阿呆なことを言っていないで、どけ!」 「さあ、恥ずかしがらずにこの胸に飛び込んでおいで。マイクロトフ」 両手を広げるカミューに業を煮やしたマイクロトフはためらいなく足から飛び込んでいった。いわゆる飛び蹴りの体勢である。さすがにカミューは間一髪のところでかわした。靴が掠めたのか、亜麻色の髪の毛が宙に2、3本舞う。 「避けるな!」 「死んじゃうってば!」 「飛び込んでこいと言ったのはおまえだろうが!」 「酷いよ……男のロマンもわかってくれないなんて」 そう言うなり、しくしく、と両手で顔を覆って泣き出すカミューを、マイクロトフはさっくりと無視し、窓を開けてさっさと部屋の中に入った。ついでにガチャリ、と窓に鍵をかける。 「ちょっ、マイクロトフ?!」 さすがにぎょっとしたように叫ぶカミューにマイクロトフは冷たい一言を返した。 「いつ変な輩が忍び込んでくるかわからないからな。用心することにした」 「ちょっ、ちょっと待っ……」 「ではな。おやすみ」 そう言うと、シャッとカーテンを閉めるマイクロトフにカミューは慌てて窓を叩く。 「マイクロトフ! 開けてよ! 寒いよ! 死んじゃうってば〜〜〜!!」 「一晩そこで頭を冷やしていろ」 「そんな〜〜〜!!」 この珍騒動は本人たちはまったく意識外だったが、酔っ払い特有の普段より大きい声で繰り広げられていたため、敏い者は木に登る前から、どんなに鈍い者でも怒鳴り合う声のあたりから眠りを妨げられていた。何事か、とカーテンの隙間から覗いて見るも、もはや騎士団で知らない者はいないというほど名物、いや、有名となっている赤騎士団第2部隊隊長と、青騎士団第5部隊隊長の姿に、あきらめ半分、小さく神の名を唱えながら嵐が過ぎ去るのを待つしかなかったのである……。 触らぬ神に祟りなし。 |