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「手を繋ごう」 カミューの一言をマイクロトフはきれいさっぱり無視した。目の前の書類に集中しているということもあるが、カミューのこんな戯言をいちいち真に受けていたら仕事にならない、ということを身をもって知っている。 「ねえ、マイクロトフ」 「うるさい。仕事中だ」 月末も押し迫り、のらりくらりと書類整理から逃れては剣を振り回していたマイクロトフもついに年貢の納め時となってしまった。今月中に決裁しなくてはいけない書類が山積みとなり、今日は事務担当の騎士に泣きつかれてしまい、朝から執務室で缶詰状態である。 にべもない返事にカミューはむう、とむくれてみせた。しかし、書類と睨めっこしているマイクロトフに見えるはずもない。だが、付き合いの長さは伊達ではなかった。 「27歳になる男がむくれてみせても可愛くもなんともないぞ」 「酷いよ、マイクロトフ……。昔は俺の顔、綺麗で好きだって言ってくれたのに」 さめざめと泣き真似をしてみせるカミューにマイクロトフは書類から目を離さず憮然として応える。 「今でも大して変わらんだろうが」 「それって、今でも俺の顔好きってこと?」 「…………………………」 「あーあ、マイクロトフに好きって言ってもらえる顔だけは何があっても守らないとなぁ〜」 「別に顔だけ好きとは言ってな……って、おい!」 危うく恥ずかしいセリフを言わされそうになったマイクロトフは思わず顔を上げた。「ふ〜ん、へぇ〜、ほぉ〜」と、締まりない笑みを浮かべているカミューにびしっと指を突きつける。 「出ていけ! 仕事の邪魔だ!!」 「ヤダ! 手を繋いでくれるまで出ていかない!」 「おまえは幼児か!」 「幼児でもいいもん! お願い、マイクロトフ!」 ぶちり、と堪忍袋の尾が切れたマイクロトフは怒りのままに、バンッと机に手を叩きつけた。 「この書類整理で忙しい中にどうやったら手が空くと言うんだ!!」 「ちょっとだけ! ほんの少しの時間でいいから!!」 カミューの頑なな態度にマイクロトフは怒りよりも驚きのほうが勝った。いつも突拍子もなく馬鹿なことを言い出す男だが、こちらが本気で怒れば慌てて謝ってくるというのに。そういうところでは自分に勝てないことを知っているため、マイクロトフはいつもと違うカミューの態度に眉を顰める。 「何か……」 「戻るよ……」 あったのか、と言いかけたマイクロトフのセリフを遮るようにカミューが力なく呟いた。表情を見せたくないのか顔をうつむけて、くるり、と背中を向けるととぼとぼと歩き出す。 「な、なんだというのだ、おまえは!!」 しょんぼりとした後ろ姿にマイクロトフが怒鳴っても振り返る様子はなかった。マイクロトフは、散々駄々をこねておいてその態度はなんだ、と頭にきたが、それ以上に様子がおかしいことが気になってしまう。 「………………………」 後ろ姿を睨みつけていたマイクロトフだが、ひとつため息を吐くと椅子から立ち上がった。我ながら甘いことだ、と苦虫を噛み潰したような顔でカミューの後を追うと、カミューがドアノブにかけた手を背後から掴んだ。 「?!」 普段は気配に敏いカミューがまったくマイクロトフの動きに気付いていなかったらしく、酷く驚いた顔をして振り返った。マイクロトフはその隙にドアノブからカミューの手を引き剥がしてそのまま握り込む。文句あるか、とばかりに睨みつけるようにして視線を合わせれば、驚きから解放されたカミューはくしゃり、と笑い出しそうな、それでいてどこか泣きそうに顔を歪めた。そして、空いている手をマイクロトフの背中に回して抱きつくようにして身を寄せると肩に顔を埋め、握られた手を器用に動かして指を絡めるように握り直す。 その、どこかすがるような態度にマイクロトフは苦々しげに眉を寄せた。どう考えても普通ではない様子に、怒りのままに放っておかなくてよかった、と安堵しつつも、どうしてこの男はこうなのか、と呆れてしまう。 「何かあったならちゃんと話せ」 「うん……。大丈夫」 カミューはぽつり、と呟くと握った手に力を込めた。その『大丈夫』はマイクロトフへの返事というよりも自分に言い聞かせているようである。マイクロトフは頬をくすぐる亜麻色の髪を、ぽかり、と軽く拳で殴った。 「俺はこのとおり鈍いのだから、わかりづらい頼り方をするな」 「大丈夫……」 カミューは再びそう言うと握っている手にぎゅっと力を込めた。そのまま黙ってしまったためマイクロトフもそれに付き合う。 自分に話さないということは直接自分に関係ないということだ。ただし、それはあくまでも『直接』であり、カミューのことだから最終的には自分に関わっていることだろうと思う。カミューがいつも秘密裏に手回しをして、自分が行動しやすいようにお膳立てしてくれていることはわかっていた。それをありがたいと思うと同時に、もどかしくもある。自分に関わることなら相談してほしいし、それ以外のことでも悩みがあるのならおしえてほしい。 これが逆の立場ならカミューは言葉のかぎりを尽くして自分が抱えているものを聞き出し、それに対してアドバイスしてくれるだろう。だが、不器用な自分はしたいようにさせてやることしかできない。もどかしい思いが胸を占め、何か言ったほうがいいのだろうか、と考えるが、自分がべらべらと流暢に言葉を並び立てる姿を想像し、梅雨時に1週間ほど放置したパンを発見したときのような微妙な顔つきになった。身分相応という言葉があるとおり、無理して自分に似合わないことをしても仕方ないではないか。自分にできる範囲のことをやるしかない。 そんなことを考えていると、ふと、肩から重みが去った。顔を上げたカミューは照れくさそうに、だが、どこかすっきりしたような笑み浮かべている。繋いだ手を自分の口元に持ってくるとマイクロトフの拳に軽くキスした。 「おまえは鈍くなんかないよ」 何もしていないというのに嬉しそうに言われ、マイクロトフは釈然としない思いを抱えて憮然と応える。 「何もしていない」 「いや。充分助けてもらったよ」 事情を話さない自分に黙って付き合ってくれた。それでどれだけ救われていることか。 事情を話さないのは余計な心配をかけたくないというのももちろんあるが、彼に聞かせたくない内容であることが多いからだ。彼は彼らしく光の中を歩めばいい。陰の汚い話など知る必要がない。そして、それを知られて軽蔑されるのが怖いのだ……。 ずるい自分を赦してくれるマイクロトフが傍に居てくれるだけで、自分はなんでもできるような気がする……。 カミューが思いを馳せていると渋い顔を崩さないマイクロトフがぼそっと言う。 「……他にしてほしいことがあれば言え」 「えー? じゃあ、ちゅーして」 恥も臆面もない要求にマイクロトフは男らしく拳で応えてみせた。 「阿呆! 調子に乗るな!」 「あいたたた……。じゃあ、本気で怒られないうちに退散するかな。仕事の邪魔をして悪かったね」 カミューは絡めた指を解くとけっこうな力で殴られた頭をさすりながらドアノブを回す。ドアを開いて廊下に出ると、ドアが閉まる瞬間に小声で囁いた。 「ありがとう」 「カ……」 思わず呼び止めようとしたマイクロトフだったが、パタン、とドアの閉まる音にため息を吐く。ぬくもりを失った手をなんとなく見つめ、ぎゅっと拳を握るとカミューが触れたところに唇をあてた……。 |